魔石加工技師エンジュの夢

咲倉 未来

《不当な扱いに耐えかねて退職した技師は、新しい工房で返り咲く》

「エンジュ君、君は明日から資材調達室へ異動してもらう」

「ど、どうしてですか、ディアン副長?!」


 突然言い渡された、異動辞令。


 エンジュは驚きのあまり持っていた資料を床にばらまき、大きな声をあげた。

 その失態と大声が癇に障ったのだろう。ディアン副長は不愉快さを隠そうともせず盛大に眉根を寄せる。


「心当たりが無いのかね」

「――あ、ありません」


 逡巡したが、まるで思い当たらない。


 エンジュの所属する魔石加工第1室は、工房の中でも難易度の高い仕事が回される。


 最近は、前例の少ない低硬度の鉱石を使う仕事が増えていた。

 力加減が難しく室の誰もが嫌がる仕事で、エンジュが一手に引き受けている。


 ただ、エンジュは魔法加工よりも、そのあとの工程――細工加工が得意だ。

 どうしても細工加工の経験を積みたくて、魔法加工を通常の半分の時間で終わらせる荒業を、日々繰り出している。


 他の技師よりも難しい仕事を消化しているはずなのに、どうして――?



(資材調達室って、加工技師の能力が無いと評価された人が左遷される部署なのに……)




 だから、まったく、これっぽっちも、心当たりなど見つからなかった。




「アゲート技術長より上がってくる君の能力評価では、工房に入った当初からほとんど変わりがないそうだ。七年も従事していて、だ」


「っ!」


 アゲート技術長の名前を出された瞬間、エンジュはどうして自分の扱いが悪いのか理解した。

 唇を噛み俯けば、耳にかけていた亜麻色の髪がハラリと落ちる。


「すぐに異動できるよう準備しておきたまえ」


「あ、あの。引き継ぎもありますし、せめてもう一ヵ月伸ばしていただけませんか? そのあいだに評価を見直して下さい。お願いします」


 勢いよく頭を下げて願い出る。

 その後頭部にディアン副長の冷たい言葉が投げつけられた。


「はっ。碌な仕事もしていないのに引き継ぎに時間をかける必要はないだろう。今すぐ始めて帰るまでに済ませるんだな」


 コツコツと立ち去る靴音を聞きながら、エンジュは床を見つめていた。

 そこにぽつりとシミが浮かび上がった。







 工房からの帰り道を、エンジュはトボトボと歩き続ける。


 あの後、アゲート技術長に相談しようとしたが捕まらず、引き継ぎも使っていた資料を整理して同僚に渡すのがやっとであった。



「こんにちは、エンジュさん」


 急に名前を呼ばれて振り向けば、工房のお得意様で王立研究所に務めるセラフィがヒラヒラと手をふりながら歩いてくる。


「ご近所なせいか、よく会いますよね」


 セラフィとエンジュは一度だけ仕事を一緒にしたことがあった。

 家が近所だという理由もあって、今では会えば挨拶を交わす程度の付き合いがある。


「お疲れ様です。セラフィさん」


「エンジュさんは相変わらずお疲れ顔だね。仕事が忙しいの?」


「えっと、そう、ですね」


 能力不足を理由に左遷されることが決まったばかりだとは、言いづらかった。


「そっか。実はもうすぐ国境防壁の『六芒星の魔石』と『中央魔石』の老朽化対応がはじまるんだ。エンジュさんが空いていたら声をかけたいと思っていたんだけど、難しいかな?」



『六芒星と魔石』と『中央魔石』とは、王国を守るため外周に置かれた六つの魔石と国の中心部におかれた巨大な魔石のことである。

 六つの魔石は、上空から見ると国を囲んで六芒星を描く位置に置かれるため『六芒星の魔石』と呼ばれている。


 これらは二十五年に一度交換する必要があり、王国中の魔石を扱う工房が参加する大規模国家プロジェクトとなるのだ。


 セラフィは今回の交換を担当するひとりで、エンジュの仕事ぶりを知っているため声をかけたのだった。




 仕事を誘ってもらえるということは、評価されているということで。

 この話を持っていけば、資材調達室への異動を無かったことにしてもらえるかもしれない。


 エンジュは天の助けとばかりに、セラフィの服を掴んで引っ張った。


「いいえ! ぜんぜん暇です。明日からでも行けます!」


「うわ! いきなりどうしたの? 開始はもう少し先だから明日とかではないけど。なら、募集の条件を渡しておくね」


「ありがとうございます!」


 エンジュは紙を受け取り大きく頷いた。

 初めて名指しで仕事を貰えたのだ。それだけで涙が出るほどに嬉しかった。






 翌日、エンジュはディアン副長の元へ行き、『六芒星の魔石』交換という大規模プロジェクトに誘われたことを伝えた。

 そして、このまま魔石加工技師として働けるように願い出たのだ。


 資料を渡して説明し、何度も何度も頭を下げてお願いした。

 そんなエンジュに、ディアン副長は侮蔑を含んだ視線を投げると、吐き捨てるように言った。


「無理を言って頼み込んだのだろう。応募できると思うなよ」


 あまりの言われように、エンジュは言葉を失う。

 助けを求めようと、同席してもらったアゲート技術長に視線を送ったが、あからさまにそらされてしまった。



 ――ああ、やっぱりダメなんだ



 こういったことは初めてではない。

 魔石加工技師の殆どは男性ばかりで、エンジュのような女性の技師は少ない。

 目を逸らしたアゲート技術長の下につくまでにも、エンジュは不当な扱いを何度も受けていた。


 そんなエンジュを哀れに思い、見かねて引き取ってくれたのがアゲート技術長だった。彼の室に配属されて、初めて仕事らしい仕事を回してもらえたのだ。


 出遅れた分を取り戻そうと、人の二倍を目標に働いた。

 アゲート技術長も丁寧に教えてくれたので、エンジュは充実した日々を送る。


 ただ、出来ることが増えるたびにエンジュの受け持つ仕事は増えていった。


 エンジュは経験が積めるのだからと自らを鼓舞して、仕事の速度と精度を鍛えることに没頭する。

 多少の違和感はあったが、不当な扱いを受け続けたエンジュは仕事を回してくれるアゲート技術長に感謝すらしていた。






 室の外では、アゲート技術長がエンジュの成果を自分と他の技師に振り分けているとも知らないで。




「まったく。与えられた仕事が嫌だからと駄々をこねるなんて未熟な証拠だ。せめて三ヵ月携わってから文句を言え」



 ――上手く立ち回れない、どんくさいエンジュは、いつだって損をする。


 唇を強くかみしめたせいで、口のなかで鉄の味がじわりと広がった。



 くやしくて、くやしくて。

 異動した先で資材調達室の仕事をしていても、何日経ってもくやしさが増していく。


 だから言われた通り三ヵ月間資材調達室の仕事をこなしたあと、エンジュは工房を辞めた。



 ◆◇◆◇


 仕事を辞めたエンジュは、まずは誘ってくれたセラフィに残念な結果を詫びるため謝りに行った。


 話を聞かされたセラフィは、あまりの出来事に口を半分開いたまま固まってしまう。


「せっかく誘ってくれたのに、ごめんなさい」


「いや、そんなことより、君はこれからどうするの?」


 セラフィとしては、エンジュの身の振り方が気になって仕方ない。



「……一応、他の工房の募集に申し込んでみようと思ってる。でもダメなら、実家に戻って家の手伝いをするわ」


 エンジュの実家は小さな宝飾加工を生業としていた。

 先細りの家業を立て直す目新しい技術を求めて、王都で魔石加工技師を志した身だ。


 十八歳で伝手を頼りに工房に入れてもらい、七年勤めあげた。

 やっと魔石加工技師として仕事が楽しくなってきた矢先の左遷と退職。



 もう少しだけ自分の実力を試してみたい。

 けれど、二十五歳という年齢に焦りを覚えて、実家に戻り結婚して家業を継いだほうが、という考えもよぎる。



 エンジュは悩んだ末、他の工房で雇ってもらえなければ所詮はその程度の能力なのだと、きっぱり割り切るつもりでいた。






「勿体無いな。いや、家業を継ぐのは大切なことだから無理に引き留めたくはないけど。もし仕事を続けたいなら紹介しようか?」


 セラフィは、自分が携わる大規模プロジェクトに優秀な人材を引き入れたかった。

 目の前のエンジュは、仕事が早くて丁寧で、なんでもこなせる優良技師だ。


(飛びぬけて何かが光るわけじゃないけど、何でも対応してくれる普通の技師って、実は見つけるのが大変なんだよな)


 ある程度の技術を身に着けると、余計なプライドが邪魔をするのか慣れない仕事をやりたがらない輩が多い。

 局所的な専門家ばかり揃えれば人件費は跳ね上がり、あげく手空きの者が増えて全体の士気が下がる。


 その点、エンジュは新しいことや不安要素のある仕事は事前にリスク共有し前向きに頑張ってくれる気立ての良い人柄だ。

 セラフィが、また一緒に仕事をしたいと思える数少ない技師のひとりであった。




「え、いいんですか?」


 セラフィの提案に、エンジュは勢いよく飛びついた。


 一見協力的だったアゲード技術長にまんまと嵌められたばかりなのに、また信じる。 田舎育ちなせいか、エンジュの迂闊な性格は何度痛い目を見ても治る気配がない。


 今は大好きな魔石加工の仕事を目の前に、頭の中は『やりたい』一色で染まりきっていた。



 幸運にもセラフィに限っては、人情味あふれる真面目な青年であったため、今度ばかりは天の助けといえた。

 こうしてエンジュは魔石加工技師の仕事を続けることが叶ったのだった。









 セラフィに紹介された工房で働き出して半年後、いよいよ『六芒星の魔石』交換プロジェクトが始まった。


 国を守る六芒星は、魔石と操作用の魔具で構成される。

 原動力となる魔石は魔石加工技師が作り換え、操作用の魔具は魔道具技師が改修する。


 名だたる工房が、優秀な技師を引き連れて王都へと馳せ参じた。


 残念ながら、エンジュは最初の魔石加工チームには参加できなかった。

 なぜなら、第1チームは以前働いていたライト工房が主体で取り仕切ることになったからだ。


 第1チームがスタートした一ヶ月後に第2チームが並行始動するため、エンジュはそちらに参加していた。






 一ヵ月、ライト工房の手がける第1チームは暗礁に乗り上げる。



 ライト工房は歴史が古く幾度も魔石交換に携わっている実績のある工房だ。

 故に第1チームへの指名は妥当なものであった。



 ただ、毎度のことながら前回と同じように魔石加工すれば済む話にはならない。


 その時代によって入手できる鉱石が異なるため加工を変えざるをえなかったり、環境の変化に耐えうるよう設計を見直す必要が出たり。


 それらの要件を吸収して再検討するため、現行を知り尽くし新技術に精通していなければ難しい。

 実績のある工房というだけでは太刀打ちできないのであった。



 エンジュは第1チームの仕事を参考に第2チームの魔石加工を準備していたが、どうにも引っ掛かりを覚えた。


(これ……私がライト工房で考えた加工方法に似ている気がする)


 近年採掘終了し閉鎖した鉱山がいくつかあり、どこも硬度の高い鉱石が出土することで有名な採掘場であった。

 そのため流通量の減った高硬度の鉱石は、日々値段が上がり続けている。



 国家プロジェクトといえど予算は有限。

 安価な鉱石を取り入れることになったが、ライト工房で低硬度の魔石加工を熟知していたのはエンジュひとりであり、他に有識者はいない。

 彼らはエンジュが残した引き継ぎ資料に頼りながら、加工を進めていたのであった。



 ◆◇◆◇


 第2チームもまた第1チームが苦戦している工程まで進み、作業が停滞しはじめる。

 割り振られる仕事も少なくなったので、エンジュは空き時間に複数の鉱石と魔力を組み合わせて実験を繰り返した。




 そして、さくっと耐久性のよい組み合わせを導き出すと、魔石を完成させてしまったのである。



 これにはセラフィも驚いて、普段の冷静さを欠いた。


「どどど、どうやって考えたの? どういうこと? 説明してよ!」


「えっと……で、できた、よ」


 説明せよと言われても、エンジュはまだ理屈の裏付けをしていなかった。

 組み合わせのメモは取ってあるので、これから理論を整理しようと思っていたところなのだ。


「嘘だろ? 机上で理論を展開せずに試すなんて、何考えてるのさ?!」


「頭の中では考えていたわ。それに、配分はメモしてあるもの。あとでちゃんと説明できるようにまとめるわよ」



 ライト工房で、前例のない難しい魔石加工を渡されて毎日悪戦苦闘した。

 ついでに早く魔法加工を済ませないと細工加工に参加できない。


 追い詰められたエンジュは、常に頭の中で理論を展開させて魔石加工に没頭した。工房でも家でも時間のゆるす限り鉱石をいじりたおす。


 その結果、多様な経験が蓄積され勘所が研ぎ澄まされていった。

 最後には、理論よりも先に答えがなんとなく浮かんでくるという特殊能力を開花させたのだ。


 そして思いついたなら試さずにはいられない好奇心と度胸により、エンジュは最速で答えに辿り着くのだった。



 エンジュの目立たない才能が、世に顕現した瞬間であった。










 第2チームの快挙は、すぐに他チームへと伝わっていった。


 これに泡を食ったのが第1チームのディアン副長にアゲート技術長である。

 実は先日、加工が難しく長期化しそうだと説明し追加予算を申請したばかりであった。


 第1チームが前進しなければ他のチームが全て止まる。強気に増員の要望も出して押し切ったばかりだというのに――



「大変です。ディアン副長!」


「なんだ?! もしかして王立研究所から使者でも来たのか?」


 ディアン副長は、部下の声に酷く狼狽した。

 第2チームが結果を出したせいで、先日の追加予算が不当だと指摘されることを恐れているのだ。


「違います! 第2チームにエンジュさんがいるんです。彼女が魔石加工に成功したみたいなんです!」


 技術不足で左遷したら退職していった技師がどうして――ディアン副長は思わずアゲート技術長を見やる。


「あ、あいつ、うまいことやりやがって!」


「どういうことだ、アゲート技術長。彼女は技師として出来損ないではなかったのか?」


 ディアン副長の言葉にアゲート技術長が勢いよく目を逸らしたことで、それが真実ではないことが伝わった。


「今すぐ全て話せ!」


 剣幕に押されて、アゲート技術長はエンジュの評価を不当に報告したことを打ち明けたのだった。







 エンジュが有能な技師だったと今更分かったところで、もう手遅れだった。

 それよりも、彼女が残した引き継ぎ資料で、この局面を乗り切る策を立てるのが先決だ。


 ディアン副長は工房で一番優秀な技師に詰め寄って、答えを引き出そうと質問攻めにした。


「何とかならんのか? 引き継ぎ資料はあるのだろう?」


「資料に書いてある加工は全て手順通りに進めれば再現できます。ですが、新しい組み合わせとなると、どう考えればいいのか――」


「っ! と、とにかく、なんとかしろ。分かったな!」


 ディアン副長は認めたくなかった。


 加工方法を編み出せるエンジュと資料を見て再現できる程度の技師では、天と地ほどに能力差があるということを。

 自らの過ちを認めたくないばかりに、ディアン副長は部下に成果を強要し続けるのだった。





 暗礁に乗り上げていた『六芒星の魔石交換』プロジェクトに射した一筋の光。

 第2チームはその後順調に加工を終え、魔石加工技師から魔道具技師へと仕事が渡された。


 ちなみに第1チームは未だ苦戦を強いられている。

 見通しは立たず延長分の費用は工房の自腹となり、王立研究所からはプロジェクトからの離脱を勧められる始末であった。


 ただ、ライト工房は湯水のように資金を吐き出してでも離脱しない。

 なぜなら交わした契約で報酬は現物納品と交換になっていたからだ。


 このまま辞退すれば報酬は出ない。

 けれど継続するだけ日々の出費は増え続けて、破綻していくのだった。




 後続チームと難航中の第1チームを救済するよう言い渡されたセラフィは、手始めにエンジュから魔石加工の詳細を聞き出すことにした。


 けれど、これが上手くいかない。

 セラフィが問えば、予想の斜め上の回答が返ってくるのだ。


「どうして、この鉱石を選んだんだい?」


「一番安いものから、うまいこと作ろうと思って選んだわ」


 性質や硬度ではなく、安さ。

 曖昧な判断基準すぎて、他チームの参考にならないではないか。


「だって、街の工房の予算は限られているから。手に入りやすい安価な材料で実現させるのは必達よ!」


 そうかもしれないが、国のプロジェクトなので希少な鉱石を使っても成功するなら予算は出る。


「……な、なら、違う鉱石を組み合わせるときの基準は?」


「んー。よく使う組み合わせに、要件に沿う鉱石を足して試すの。ダメなら次を選ぶ感じ!」


 試行錯誤するにしても、もう少し具体的な判断基準があるはずだ。

 セラフィはあの手この手で端的な質問を繰り返した。


 けれど、何度聞いても感覚で選んで試して、すぐに見つかるから大丈夫という話にしかならない。


 最終的には、

「石と友達になるのよ。どれを使うか悩んでいるとキラキラ光って教えてくれるの!」

 と言われてしまい、途方に暮れた。


 セラフィも魔石を扱うため、エンジュの言いたいことは分からないではなかった。

 が、真面目な会議で大規模プロジェクトの起死回生をかけた対策案として説明するには、憚られるのだった。



 ◆◇◆◇


「エンジュさん、明日から第3チームへ魔石加工技師の有識者として参加してくれないか?」


「え! いいんですか?!」


 信頼するセラフィに突然言い渡された、異動辞令。


 エンジュは驚きのあまり、持っていた鉱石入りの箱を床に落として思わず大きな声をあげた。


 しばしの間、二人は床に這いつくばって落ちた鉱石を拾い集める。

 拾いながらセラフィは会議で決まった話を伝えた。


「プロジェクトの日程が大幅に見直されてね。魔石加工は並行ではなく順次対応するようになったんだ」


 第1チームが成果を出せなかったことと、エンジュが経験で答えを導き出していること。

 他の工房からは、今のままでは難しいと白旗もあがっていた。


『六芒星の魔石』は配置によって属性が変わる。同じ鉱石は使えないうえ、第2チームのノウハウも無いとなると開始前から破綻が見えている。

 どの工房も、資金が尽きて倒産してしまったライト工房の二の舞いにはなりたくないのであった。



 最早とるべき手段は、エンジュに協力して貰うしかない。

 セラフィは慎重に彼女の表情を窺いながら交渉に臨む。


「有識者分の技術手当も追加になる。それに魔石加工の記録整理もお願いしたい。もちろん別報酬だ」


「ええ! 今でも十分すぎるくらい頂いているのに、もっと貰えるんですか?」


 驚きの声に、セラフィは思わず顔を顰めた。

 エンジュに支払われている報酬は決して高くはない。工房入り立てなため、むしろ少ないくらいだ。


(ライト工房は、エンジュさんの能力を過小評価して報酬も渋っていたんだな、まったく)


 沸々とこみあげてくる怒りを押さえるセラフィの横で、エンジュは無邪気に喜んだ。


「私、頑張りますね! うわぁ、第3チームは風属性の魔石ですよね! どんな石を使うんだろう」


「――君は、本当に……いや、なんでもない」


 きっと、いい様に利用されているあいだも、こうやって仕事に没頭していたのだろう。


(注意してみておかないと、不憫な目に合いそうだな)


 セラフィは危なっかしいエンジュが、これ以上不遇な目に合わないよう見守っていこうと心に誓った。





 今日もエンジュは朝から仕事場で鉱石を並べ、加工道具を手にとった。

 きっとこの仕事を終えるころには、それなりの魔石加工技師に成長して大手をふって実家に帰れる気がしていた。


(お父さん、お母さん。やっと仕送りができるから、まだまだ現役で頑張ってね! 私は魔石加工技師として一旗挙げてみせるわ!)


 いつかは実家の宝飾加工を継ぐつもりだが、まだまだ魔石加工技師の腕も磨きたい。

 エンジュの夢は、目の前に大きく広がっていくのだった。

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