第7話『巡り会い』
「写真部、現在部員1人!?」
あの先輩がたった1人。もし絢芽と俺がいなかったら……と考えると、写真部に無理矢理入部させられたのも頷ける。
「去年の部員は何人だったんだ?」
先輩が1年間、1人で活動してきた訳では無いだろうと思い、過去の写真部の活動に目を向ける。
「やっぱり、先輩にも先輩はいるよな」
楽しそうに笑う先輩たちの姿に安心した。
と言うのも、怪しい勧誘か何かに強制的に入れられたんじゃないかと疑っていたからである。
「そういえば、先輩の名前聞いてないな」
LINEを開き、プロフィールを確認する。
「菊奈って誰〜?」
「先輩の名前だよ……って、勝手に入ってくるな!」
物音1つたてることなく、風呂上がりの姉が背後からスマホの画面を覗き込んできた。
「へぇ〜彼女さん?」
「部活の先輩だよ!」
「部活?何部に入ったの?」
姉がグイグイ詰め寄り、顔を近づけてくる。昔から顔に出やすい俺の嘘を見抜くためだ。
「写真部だよ」
顔を逸らし、小声でつぶやく。
「いや、自ら入ろうとした訳じゃないんだよ!無理矢理入部させられたというか、強制というか」
「誰に入部させられたの?」
「……友達」
「その先輩にかな?」
「違うって!」
必要以上に質問をしてくる。普段なら少しからかいにきてリビングへ戻るだけだが、今日は少し雰囲気が違うように感じた。
「それだけ教えて?そしたらもうリビングに戻るからさ」
「絶対?」
「約束する」
少しだけ
「立花絢芽って人だよ」
「今、なんて?」
「だから、立花絢芽だって」
瞬間。姉は振り返ると、リビングへ戻っていった。
「ちょっと、なに!」
――バタン
元料理部とは思えないスピードで部屋を出ていった。部屋に残されたのは、姉の言動に対する不安感と、ほのかな入浴剤の香りだけだった。
〝LIME〜♪〟
〝LIME〜♪〟
〝LIME〜♪〟
存在を主張するように、複雑な空気を裂くように、通知音が鳴り響く。
「絢芽から返信がきたかな」
菊名先輩のプロフィール画面を閉じ、未読メッセージをみる。
「お母さん?」
通知は母からのものだった。
〝もう体調は大丈夫?〟
〝お昼ご飯を冷蔵庫に入れて置いたから、食べたらまたお薬飲みなさいね〟
〝(うさぎがニコッと笑うスタンプ)〟
「もうこんな時間か、腹減ったな」
パソコンをスリープし、リビングへ向かう。その途中、デミグラスソースの良い匂いがした。
「あれ、何食べてるの?」
「冷蔵庫にお弁当あったから」
「ふたつあるんだ」
「ひとつしか無かったよ?」
「え」
そう言って姉は再び食べる手を進める。お皿にとろけ落ちるチーズを見て、空腹は限界を迎えた。
「1口ちょうだい」
「お金渡すから好きな物買ってきなよ」
「いやだよ、もう動く気力も――」
「はい、1万円」
「は?」
握らされた紙は千円ではなく、諭吉だった。予想外の値段に、申し訳なさが先行した。
「早く買っておいで」
「わ、わかったよ」
1万円を丁寧に折りたたみ、ポケットにしまう。
着替える気力も起きなかったため、中学時代の部活着のまま家を出た。
「いらっしゃいませ〜」
聞き馴染みのあるメロディーと共に涼しい空気がやってくる。春も終わりに近づき、夏の暑さが顔を出し始めていた。
「あたためますか?」
「あ、お願いします」
待ち時間にLIMEを開く。絢芽とのトーク見ると、既読がついていたので焦って閉じた。
「ありがとうございました〜」
生ぬるい暑さが全身を包む。帰り道、通知音に敏感になっていたが、どれも公式からの通知だった。
「ただいまー」
「おかえり。何買った?」
「チーズINハンバーグ」
「うわ、そんなに食べたかったの」
「1口くれないからだよ」
テーブルの上にお弁当とお釣りを置き、レシートを手渡した。
「もっとお菓子とか買えば良かったのに」
「いや、いいよ。俺もバイトしなきゃなって思ったし」
「え、あさぎり?」
「なに急に、誰?」
「コンビニの店員さん、うちの後輩だわ」
驚いた顔でこちらを見つめてくる。姉が言うには、高校時代の料理部の後輩らしい。
「今度聞いてみてよ『菫さんですか?』って」
「嫌だよ、自分で聞いてくればいいじゃん」
「就活で時間無いんだって。ね、お願いっ」
「考えとく」
「えー」
冷めないうちにハンバーグを頬張る。姉が卒業アルバムを探しているうちに完食し、自室へ戻った。
失くした記憶は夢の中で 秋谷れんま @akiya_renma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。失くした記憶は夢の中での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます