第6話『水面下』
一瞬、曇った顔を見せたが、凛とした表情でこちらをみている。
「うっ……」
突如、脳に殴られたような痛みが走る。痛みに耐えきれず、その場に座り込んだ。
「陽向、大丈夫?」
「私が保健室に連れていくから!絢芽は」
「私も行きます!」
意識が遠のく中、肩を借りて何とか保健室のベッドに横たわる。
「陽向君、安静にしててね。私は少し絢芽ちゃんに話があるから」
「えっ、先輩?」
「ついてきて」
深刻そうな顔をした先輩が今にも泣き出しそうな絢芽を連れて保健室を出る。
「ん……」
頭痛は収まらず、目を閉じてしばらく
〈そっか、覚えてないんだね〉
「うん」
〈私ね、君の彼女さんだったんだよ〉
「え?」
〈これからもお見舞いにくるからね。またね〉
「ちょっと、まって!」
〈……〉
まただ。また視界が薄れて、夢が覚め――
「彼女……」
「あら、目が覚めたのね」
「え、お母さん!?」
聞き馴染みのある声に反応し、飛び起きる。
「車で迎えに来たのよ。安静にしてなさい」
「なんで車の中にいるんだ?」
「陽向、学校で倒れたんだってね」
そうだ。今日は絢芽に呼び出されて、写真部に半強制的に入部させられて――
「はっ、先輩と絢芽は!」
「生徒には誰とも会ってないわよ。とりあえず静かにしてなさい」
置かれた状況の理解が出来ぬまま、母の言うことに従った。帰宅後は、早めに食事を済ませた後、母に渡された1錠の薬を飲んで眠りについた。
この夜、夢を見ることはなかった。
〝LIME〜♪〟
〝LIME〜♪〟
「んぁ、朝か」
カーテンをあけ、日差しを浴びる。昨夜の薬のおかげか、頭痛も解消されて深い眠りにつくことができた。
「昨日のこと、謝らないとな」
通知をタップしLIMEを開く。案の上、絢芽と先輩からLIMEがきていた。
「ん、これは?グループLIME?」
そこには絢芽と先輩がいて、部活動用のLIMEグループだろうと予想がついた。
「写真部ふろーらる?まぁいいか」
グループ名の由来はさておき、とりあえず謝罪のため参加する。
〝昨日は体調崩しちゃってごめんなさい〟
すると、すぐに先輩からの返信がきた。
〝大丈夫?明日から部活動始めるけど、無理はしなくて良いからね〟
〝はい!ありがとうございます〟
今日は日曜日。うろこ雲が広がる空に目を細め、大きく深呼吸をする。思い返せば、高校に入学してから景色に目を向ける機会が増えた気がする。
「雨、降りそうだな」
外に干してある洗濯物を避難させようと、あくびをしながらベランダへ出る。
「これでよし」
まだ湿ったシャツ達を物干しスタンドに掛け、ソファーにどっかりと腰かける。意味もなく天井を長め、時計の針が動く音だけが部屋に響き渡った。
カチッ、カチッ、カチッ、カチッ、カチッ……
「――ガチャン!」
「ん……?」
一定のリズムが崩れ、玄関の方からの雑音が耳に付く。重い腰を持ち上げ、音がする方へ近づくと、そこには、水が滴る白いワンピースを着た、黒髪ロングの女性が立っていた。
「うわぁぁあ!!」
全身の血の気が一気に引いた。即座に振り返り、ソファーへとダッシュする。
「ちょっと陽向~」
「へぃっ!?」
恐る恐る玄関に目を向けると、そこには姉がポツンと立っていた。
「なんで逃げるのよ」
「な、なんだよ結子か…って何しに来た!」
「そんなことよりタオル持ってきてくれる~?」
「わかったよ」
最近、音沙汰なく姉が実家に訪れてくる。理由は分からないが、決まって母親が家にいない時間に。
「はい、タオル」
「ありがと」
「そんなに雨降ってた?」
「いきなりザーッとね!洗濯物は大丈夫なの?」
「適当にいれといたよ」
「やるじゃん」
こちらを見て結子がニコッと笑う。当たり前の事をしただけと思いつつも、ほんの少しだけ頬が赤くなった。
「じゃ、お風呂行くね」
「いってらっしゃい」
玄関の除湿機を回し、部屋に戻る。今日は何をして過ごそうか考えながら、スマホを開くと、LIMEの通知がきていた。
〝昨日はごめんね、いきなり呼び出して勝手に入部させちゃって〟
〝体調は大丈夫?〟
絢芽からだった。昨日の出来事を思い出しながら、返信を考える。
〈――私は少し絢芽ちゃんに話があるから〉
「…そうだ」
昨日の先輩の言葉を思い出し、返信をする。
〝平気だよ、体調も大丈夫〟
〝あのさ、昨日先輩とは何の話をしたの?〟
「後は返信を待つか」
LIMEを閉じ、写真部の活動についてのサイトを開いた。
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