最終話 カスタマイズ

「おめでとう、月子ちゃん! 君のスマホは完全に僕好みにカスタマイズされたよ」

 あたしのスマホに、八田はった十里とり君の笑顔が現れた。

「これで、安心安全な新しい生活様式は君のもの。スマホのトップ画面にある八咫烏やたがらすのアイコンが僕だよ。いつも君を見守っているし、困った時には僕が教えてあげる。だから、さあ、自信を持って教室に戻ろうか」


 自粛部屋の鍵がカシャリと開く音。

 あたしは扉を開けた。


「5時間目と6時間目の授業は終わっちゃったけれど、7時間目は、新しく必修科目になった『RR』だよ。間に合って良かったね!」

 八田十里君の輝く笑顔。瑛太エータよりも頼り甲斐があって、毘偉都ビートよりも優しい声。

 うん、あたし頑張る。八田十里君が励ましてくれるから。


 教室の入り口で、あたしは手指を消毒してから戸を開けた。ちなみに、入り口は教壇側、出口は後ろと決められている。

 次にあたしは、スマホをクラスメイト達の頭よりも上の空中に向けた。KYアプリが空気を読んで画面に表示される。


(教室の空気は「月子は自粛できない厄介者、なんで戻ってきたの?」教室に入ったら、謝罪の気持ちを込めて深々と頭を下げよう)


 あたしは、指示通りにしてから自分の席に着席し、再度スマホで教室の空気を読んだ。


(まだ教室の空気はイマイチ。詩香シーカは、幼なじみに冷たくして後ろめたい気持ちも少しあるから、ラインで謝れば許してくれそう)


 あたしは、八田十里君おススメのスタンプで詩香に謝った。詩香からは「仕方ないから許す」のスタンプ。ホッと一安心。また詩香と仲良くできるんだ。


 あたしの前の座席のクラスメイトも、自分のスマホを空中に掲げていた。KYアプリで空気を読んでいるらしい。そうか、皆が上手に空気を読めていたのは、KYアプリを使っていたからだったんだ。

 その生徒のスマホのトップ画面が見えた。真ん中に八咫烏のアイコン。

 そうか、八田十里君は、みんなのスマホに居るんだ。詩香のスマホの中にも。


 飯名いいな先生が教室に入ってきて、7時間目の授業が始まった。

 ホワイトボードに黒々と大きな文字が書かれる。


 新科目 RR = Read the room  空気を読む


「まずは君達の意気込みを聞こう。『本校生徒アプリ』から入力して、先生のタブレットに送信しなさい」

 クラスメイト達は、一斉に無言でスマホに入力し始めた。

「よし。それじゃあ、先登せんとう詩香から発表してもらおう」

 詩香が起立して、スマホを再生させた。

「これからの時代は、今まで以上に空気を読む事が重要になると思う。それができずに学校生活や市民生活を乱すのは、とても危険で迷惑な行為だ。そんな異分子を正しく導いてくれるのが、市中や我が校にも存在する自粛見張り隊。お陰で私達は安心安全に生活できる。卒業までにRRの全てを学び、『KYアプリ』の上級的利用法を習得して、新しい生活様式を守る立派な社会人になれるよう努力していきたい」

 クラスメイト達が拍手した。

 飯名先生が、自分のスマホをかざして教室の空気を読む。

「教室の空気は、称賛と共感に満ちているな。ん? 約1名、不穏?」


 嫌だ。よく分からないけど、こんなの嫌だ。あたしは無意識に立ち上がっていた。


宇加津うかつ月子、着席しなさい。強制カスタマイズ室送りになってもいいのか、宇加津月子!」

 飯名先生が強い口調で言った。

「あたしの名前は陽子! 月子なんかじゃない!」

「風紀委員、緊急ボタンを!」

 飯名先生の冷徹な声。

 赤いボタンがグルグル光ってサイレンが鳴り始める。

 たちまち防護服の一団が教室に雪崩れ込んできて、あたしは取り囲まれた。

 クラスメイト達は遠巻きに見つめている。

 防護服の一団が、手に手に刺股さすまたを突き出す。あたしのお腹や喉頸のどくび目がけて。

 あたしは悲鳴を上げ、スマホを投げつけて廊下に飛び出した。

「嫌ぁ~。あたしだけじゃなくて、皆が八田十里君に従っているなんてぇ~」

 防護服の一団に追いつかれ、刺股の猛攻撃。ダメだ、捕まる!

 3年生の教室は3階だけど、もう他に逃げ場は無い。

 あたしは、換気の為に開けられた窓に手を掛けた。

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自粛の街 宵野暁未 Akimi Shouno @natuha

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