第3話 インストール

 あたしは、詩香シーカに見放されたみたいだったので、他のクラスメイト達に教えてもらおうとしたら、近寄っただけでなんだか睨まれるし、離れた所から大声で訊いたら、もっと睨まれた。

 どうしようかとキョロキョロしていたら、風紀委員が、教室の掲示板に何か広い紙を張り出した。


〇感染拡大を予防する新しい学校生活様式〇

ア.アプリ活用 (連絡事項や質問等は全て本校生徒アプリから)

サ.避けよう三密 (密閉、密集、密接)

ル.ルーム以外との接触禁止 (他学級との交流や物の貸し借り等は禁止)

ト.時あらば消毒 (手指、出入り口、共用パソコン等全て)

マ.常時マスク(うがいと食事以外は不織布マスク着用)

ム.無言 (飛沫防止の為、声を出さない)

 ※ 天知る、地知る、我知る、壁に目あり!


 「ルーム以外との接触禁止」って、もしかして他のクラスに行くの禁止? 昼休みに理系クラスに行って、瑛太エータ毘偉斗ビートに色々教えてもらおうと思っていたのに、ダメなの? 

 いやいや、スマホにアプリを入れてもらいに行くだけなんだから、別に遊びに行くわけじゃないんだから、セーフだよね。

 瑛太は幼稚園の頃からの幼なじみだし、毘偉斗は小4からだけど、二人はいつだって、ドジっ子のあたしの世話を焼いてくれたから、今度もきっと助けてくれるはず。特に毘偉都は、ハーフの帰国子女でフェミニストだから、絶対に優しく教えてくれるに決まっているよ。


 昼休み、みんなが自分の机で静かにお弁当を食べ始め、詩香も一人で食べ始めたので、あたしは、すぐに理系クラスに向かった。


 廊下の窓から理系クラスの教室を覗くと、窓の近くの生徒に睨まれたけれど、換気の為に窓を閉められることはなかった。瑛太エータはお弁当を、毘偉斗ビートはパンを、二人ともマスクをあごにずらして、それぞれの机で食べていたけれど、手を振ったら気付いてくれたみたいだったから、きっと、すぐに廊下に出てきてくれるはず。

 あれっ? 出て来ない。二人とも、そのままお昼を食べてる。食べ終わるまで待つしかないのかな。あたしも、お腹空いてるんだけどなぁ。

 あたしは、二人が食べ終わるのを待った。けれど、食べ終わっても二人は出て来ない。あたしは、もう一度、大きく手を振ってから必死に手招きした。

 瑛太と毘偉斗は、手で大きく×✖を作った。

 えー、出てきてくれないの!?


 その時だった!

 ヒュルヒュル~ン。

 投げ縄みたいのが飛んできて、あたしは、カウボーイの投げ縄に捕まった牛みたく、動けなくなった、と思ったら、その上さらに、頭から透明ゴミ袋を被せられた。

 く、苦しい~息が出来な~い!!! むがむがむが……。

 必死に抵抗していたら、頭だけ袋からスポンと出た。あ~死ぬかと思った。透明ゴミ袋には、頭だけ出せる切込みがあったらしい。あたしは大きく深呼吸した。と言っても、不織布マスクをしているから、マスクがペッコリ口と鼻に吸い付いた。


 ゼイゼイしながら前を見ると、マスクの上から更にフェイスカバーを付けた男子二人が立っていた。一人は投げ縄を刀のように構えていて、もう一人が、まるで印籠をかかげる格さんのように、あたしの目の前にスマホを突き出した。

「透明ゴミ袋は、接触を避ける防護服代わり。『感染拡大を予防する新しい学校生活様式』に違反した者は、自粛部屋で反省すべし。大人しく従うのだ」

 口で言ったわけではなくて、スマホで再生された声だった。

「ちょ、ちょっと待って。自粛部屋って何? 何の権利があって……」

 言い終わらないうちに、目の前にヌュッと竹刀が突き出されて、あたしは思わず目をつぶった。竹刀が、ツンツンとあたしの肩やお腹をつつく。恐る恐る目を開けると、あたしを竹刀でツンツンしているのは、助さん格さんの後ろに立つ小柄な女子だった。彼女は、ツンツンをやめて竹刀を杖のように持った。黄門様のようだ。

「問答無用! 我々は自粛見張り隊。違反を重ねた者を自粛部屋へと誘導する正義のボランティア。これは本校生徒の総意に基づく活動でアール」

 その声も、彼女が手にしたスマホから再生された声だった。

「違反て、あたし何も悪い事なんて……」

 そう言いかけたあたしの目の前に、再び格さんのスマホが突き出された。

「アの違反3件、ルの違反1件、ムの違反2件。が高い。反省しろ」

 印籠のように突き出されたスマホで再生された声が言った。


 助さんに綱を引っ張られて廊下を歩いて行くと、職員室と階段の間の用具置き場だった場所に貼り紙がしてあった。

「この部屋は、自粛を守れなかった生徒が、自主的に反省する部屋です」

 ドアノブに「空室」の札が下がっていたのを、格さんが、その札をひっくり返して「使用中」に変えた。

 ドアの横には机が在って、手指消毒液が置いてある。助さんが透明ゴミ袋と縄を外して、そばのゴミ箱に捨てたので、あたしは手指を消毒してから自分でドアを開けて自粛部屋に入った。

 ガチャンと鍵のかかる音。窓は換気の為に全開だったけれど、鉄格子がはまっている。あたしは閉じ込められてしまった。

 キンコンカンコンと5時間目の授業の予鈴。

 そうか、授業受けられないんだ。お昼も食べていないし。

 あたしは途方に暮れたけれど、壁際に向かって机と椅子があったので、取りあえず椅子に座ることにした。見ると、机の上に何か置いてある。自習プリント?

 除菌シートだった。机と椅子を消毒してから座った。

 突然、何かの音楽が鳴ったかと思うと、目の前にイケメンなVチューバ―が出現した。壁のホワイトボードがディスプレイになっていた。


「自粛部屋にようこそ。僕の名前は八田はった十里とり。八田君でも十里君でも好きなように呼んでね。君は月子ちゃんだね。月子ちゃんがここに居るのは、ただ自粛ということの意味がイマイチ分かっていなかっただけだよね? 違う?」

 あたしは大きく頷いた。分からない事ばかりで困っているのはあたし自身なんだから。

「OK、分かったよ。だけど、それって、今の時代、とても残念で危険で哀しいことなんだよ。君もきっと困っているはずだね? でも大丈夫。今から僕が説明する通りに君のスマホをカスタマイズしさえすれば、もう全然安心。この先どんな事があっても、いつどんな行動を取ったら良いか、すぐに分かるようになる」

 イケメンVチューバ―八田君が、優しい笑顔で言う。

「でも、あたし、いつも失敗ばかりしてて、全然自信ない」

 あたしは、ついうっかり声に出して言ってしまった。

「大丈夫だよ、何も心配いらない」

 無言のルールを破ったのに、八田君は優しい笑顔のままだった。

「過去の過ちより、大事なのは今からの君の行動だよ。自分で分からない時にはスマホが教えてくれるから、何も心配いらないんだ。君も、誰もが尊敬するような素晴らしい自粛生活で幸せになれるよ。僕が教える通りにすればいいんだよ。じゃあ、スマホをだして。さあ、始めようか」


 八田十里君は、「特措法アプリ」と「本校生徒アプリ」と「KYアプリ」のダウンロードとインストールの仕方を優しく教えてくれて、使い方も、とっても詳しく丁寧に教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る