第18話終焉
一週間後、大後さんの葬儀は行なわれた。
大後さんの父親は歯を食いしばって悲しみに耐えていた。
母親のほうは放心してしまって、涙すら流さない。
きっと、数日の間泣いていたのだろう。目が腫れていた。
大後さんは殺人鬼に殺されたことになっている。
死体こそ見つかっていないが――そう断定された。
高台で大量の血痕が見つかって、当時行方不明とされていた大後さんの物と判明して、今に至っている。
大後さんの親友である湯本ははらはらと涙を流していた。
隣に座っている恋人のつるぎはそっと肩を抱いている。
俺はその後ろに座っていた。
二人に申し訳ない気持ちで一杯だった。
俺が大後さんを殺したのだから。
二人が悲しんでいるのは、俺のせいだから。
よく漫画で『死んで救われる悪人』が登場するが、死によって救われる人間なんていない。悪人でも善人でも関係ない。悲しむ人間がいる限り、救われることなんてない。
それに大後さんは悪人じゃなかった。
化け物に成っても、決して悪人なんかじゃない。
「こころ。お前これからどうする?」
葬儀が一段落した頃、つるぎが俺に話しかけてきた。
俺もつるぎも学生服で出席していた。
湯本は傍にいない。どこかで泣いているのだろう。
「家に帰るよ」
「最後まで見ないのか?」
「うん。疲れたんだ……」
つるぎは俺に同情しているようだった。
そして何かを言おうとする素振りを見せている。
「大後さん、俺のこと昔から好きだったんだろう?」
「――っ!? 知っていたのか!?」
「その反応で、確信したよ」
湯本は大後さんの親友でつるぎの恋人だ。
そのくらい話していると思っていた。
「お前が大後のこと、好きだったのは知っている」
「うん。もっと早く告白しておけば良かったよ」
「……悲しいよな」
つるぎは俺の肩に手を置いた。
俺は力無く頷いた。
「気に病むなとは言わない。でも忘れないでくれ」
「大後さんのことか?」
「ああ。あいつがお前のことを好きだったことを忘れないでくれ」
俺は忘れない。
大後さんが俺のことを好きでいてくれたことを。
俺は忘れない。
大後さんに乞われて彼女を殺したことを。
「……うん。一生忘れない」
◆◇◆◇
家に戻ると『私』はソファでくつろいでいるミスティアに「ただいま」と言った。
彼女は「おかえり」と笑顔を返した。
スーツ姿ではなく、林檎の模様をした服を着ていた。
「えっと。ブラスワークスから返答が着たよ。正式に認めるって」
「そうか」
「おめでとう。これで君も悪の組織の『道具』だね」
俺はミスティアの隣に座って「田中こころは今、聞いていない」と告げる。
「だから一週間前に話せなかったことを話しておこう」
「うん。いいよ」
私は単刀直入に言う。
「お前――いや、お前の組織は私と大後美佳のどちらかを『道具』にするために、全てを仕組んだのだな」
ミスティアは「そう言える根拠は?」となんでもないように聞き返す。
「初めに出会ったときから違和感があった。田中こころを襲ったときだ。お前は『私』を感じとっていたはずなのに言及しなかった」
「分からなかったとは思わないの?」
「まさか。だとしたらお前が姿を現す前に、友達に田中こころを気絶させるなりするだろう。それにその後一緒に行動することもないし、自分の組織や目的について語ることなどしない」
「……親切心で話したとも考えない?」
「一般人に裏社会のことを話す構成員はいない。だからこそ、秘密は守られる」
私はミスティアに言う。
「お前は初めから田中こころを事件に巻き込ませるために動いていた。もしかすると大後美佳にも接触していたのではないか? だからタイミング良く前野剣や湯本春を襲わせることができた」
「…………」
「しかし誤算もあった。なかなか『私』が動かなかったことだ。おそらくお前は慌てたはずだ。田中こころが殺されそうになったときに友達を使って助けたのがその証拠だ」
この他にもいろいろと疑問に思うことがあるので言ってやる。
「この私がナイフを使うということを田中こころに話したのは私を引き出すため。ナイフを渡したのも同様だ。まあお前にとっては保険に過ぎなかったのだろう。しかし『使えるものは使っておく』のがお前の主義だと病院で言っていたな」
ミスティアは「参ったね。ここまで言い当てられるとは思わなかった」と肩を竦めた。
「最初から疑われていたわけか。恥ずかしいね」
「……私は以前より疑問に思っていたことがある」
ミスティアは開き直ったようににやにや笑った。
「なんだい? 言ってごらん」
「どうして――田中こころに家族がいないんだ?」
ミスティアは黙って笑っている。
余計なことを言わないつもりだろうか?
無駄な足掻きだ。
「普通はこんな一戸建てに親がいないわけはない。親が共働きであるとか、離れて暮らしているとか。一切そういうことはなかった。ただ一人で暮らしている。バイトもしないのに三食食べられて、高校にも通っている。そのお金はどこから出ている? 昔から一人で暮らしていたのか?」
ミスティアは「さあねえ」と返した。
「僕に聞かれても分からないよ」
「ならブラスワークスの偉い奴に聞けば分かるのか?」
ミスティアは何も答えない。
「いつから仕組まれているのかは分からない。もしかすると『私』を顕現するために、田中こころは作られたのかもしれない」
「それは思い上がりじゃないかな?」
「大後美佳はたまたま巻き込まれただけ……もしくは私のための当て駒だったのか?」
そう考えればしっくりくる。
「ブラスワークスは悪の組織だ。世界の平和守るとか大層な題目を掲げているが、やっていることは邪悪で最悪なことだ」
「殺人鬼の君には言われたくないねえ」
「そうだな。だがそういう組織で生きている上で、一つ確認しておきたい」
ミスティアに私は問う。
「もしも私が作られた存在で、田中こころがそのための道具だとして、そこに自由はあるのか?」
ミスティアは――答えた。
「あれれ? おかしいな。君は殺人行為で存在証明したいんじゃないの?」
人を食ったような言葉。
だが的を射ている。
「世界はいろんなもので作られている。でもどこかでなにかが壊れているから、完全にならないんだよ」
「……その壊れているものが、私であると?」
「かもね。なら大後美佳はその犠牲者だね」
私は「だったら私は殺そう」と言った。
「壊れた原因を殺そう。大後美佳のような犠牲者が出ないように、悪の組織で世界を守ろう」
「ふふふ。矛盾していることに気づかないのかな?」
「だとしても私にできることは殺人行為だ」
大後美佳に同情など抱かない。
田中こころにも同じく抱かない。
しかしそれでも描かれなかった未来に未練が無いと言えば嘘になる。
もしもどこかでなにかが壊れていなければ。
田中こころと大後美佳が恋人同士になって、いずれは結婚したかもしれない。
幸せな家庭を築けたかもしれない。
でもそうはならなかった。
大後美佳は化け物に成った。
田中こころの中には私がいた。
「そろそろ、田中こころを表に出すか」
「うん。そうしてちょうだい」
「絶対に気づかせるなよ」
そうして私は俺に代わった。
「……うん? 寝ていたのか?」
「あ、君。お願いがあるんだけど」
ミスティアが隣に座っていた。
俺は「なんだよ?」と訊いた。
「お腹空いたから、ご飯作ってほしいな」
「ああ、分かった。何が食べたい?」
「えっとねえ。お米を使った何かがいいなあ」
ミスティアはにこにこ笑っていた。
誰もが見惚れるような笑顔。
しかし自分でも分からないが、何故かその表情が邪悪そのもののように見えた――
ドコカでナニカが壊レテイル 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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