第17話選択

「あ、良かった。生きてたんだね。もし死んでたらどうしようと思ってたんだあ」


 大後さんの死体を抱き締めていると、不快に思うほど明るい声が聞こえた。

 視線を送ると、五人の友達に囲まれているミスティアが笑っていた。

 以前と同じ、スーツ姿で頭には林檎の帽子。


「ミスティア……」

「そう。僕だよっ」


 飛びっきりの笑顔の奴に俺は「今更何の用だ」と冷たく言う。

 頭の中がごちゃごちゃしていて、怒り以外何も考えられない。


「君、空手知っているかな?」

「……はあ?」

「ブラスワークスでは格闘技を職員たちが習っているんだけどさ。僕の担当の職員さん、誤って練習中に相手のあばら骨折っちゃったんだよ」

「何が言いたいんだ?」

「でもさ。事故みたいなものだから、別に責められなかったんだよ」


 ミスティアは俺と大後さんを指差した。


「僕は今回の一連の出来事、事故だと思っているんだ。エデンの林檎を使ったのは悪い魔術師だしね。君は一切悪くない」

「…………」

「だから気にしなくていいよ! 好きな人を殺したぐらいで落ち込まないで!」

「――ふざけるな」


 人でなしの意見に俺は怒りを示した。

 笑っている――嘲笑っているミスティアが憎くてたまらなかった。


「俺は事故なんて思わない! 俺は人殺しだ! 殺人鬼だ!」

「あ、自覚はあるみたいだね」

「当たり前だろう!」

「でもさ、終わったことを悔やんでも仕方ないじゃん」

「うるさい! 黙れ!」


 俺はミスティアに言ってしまった。


「お前みたいな――狂人と一緒にするな!」


 ミスティアが一瞬、傷ついた顔をしたけど無視した。

 俺は何もかも憎かった。

 目の前のミスティアも、俺の中にいる殺人鬼も。

 そして俺自身も――


「うん。そうだね。僕は狂っているよ」


 ミスティアは表情を笑顔に戻した。

 それから友達と一緒に俺に近づいてくる。


「ナイフは返してもらっていいかな?」

「……なんだと?」

「自殺しちゃいそうだったから。君、酷い顔をしているよ」


 握ったままのナイフ。

 大後さんの命を奪ったナイフ。

 俺が殺人鬼だと自覚した原因のナイフ。

 ナイフナイフナイフ――


「取り上げるね」


 ミスティアの友達の一人が、俺から無理矢理取り上げた。

 抵抗しなかった。もう見たくもないものだから。


「……なあ。大後さんを生き返らせることはできないのか?」

「それは友達として? それは無理かな」


 一縷の望みだったが、ミスティアはあっさりと首を横に振った。

 俺は縋るように「どうしてだ?」と問う。


「そこの子……ええと、おお――」

「大後美佳だ!」

「ああ、そうだった。大後美佳は知ってのとおり化け物だ。化け物に成ってしまった。僕が操れるのは、人間だけなんだ」

「そんな……」

「それに、僕は死体を操るだけで、自由意志とか生前の記憶なんてないもん」


 じゃあ俺は、大後さんに何もしてあげられないのか。

 殺して終わりなのか……?


「……ミスティア。お前、俺を捕まえるために来たんだろう?」

「うん? ああ、そういうことになっているね」

「だったら、俺を捕まえてくれよ。いや、できるなら殺してくれ」


 自棄になってしまったと思われてもおかしくない。

 俺にはもはや希望など無かった。

 大後さんの生気の無い顔をじっと見つめる。

 死んでしまった後でも、変わらずに好きでいられた。


「もう生きている意味もない」

「……死にたいんだ?」

「そう言っているんだ」


 ミスティアは「一応言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」と俺に告げた。


「君を警察に引き渡すことはしないよ」

「……理由を聞くのも疲れたが、聞かせてくれよ」

「だって君――まあ君の中の殺人鬼は何一つ証拠を残していない。妄想としか思われない。でも君が逮捕されて殺人が止まったら流石に信じてもらえるかもだけど……」


 ミスティアは俺の顔を持ち上げて無理矢理視線を合わせた。

 酷く冷めた青い目。

 俺を見透かすような目。


「刑務所に行ったら、君は囚人を殺す。死刑が執行されるまでずっとね」

「…………」

「あれ? 日本の死刑囚は拘置所だったっけ? そしたら刑務官を殺すかも。とにかく無駄に人が死ぬだけさ」

「だったら、俺は死んだほうがいいのか?」


 ミスティアは困ったように「僕は君を殺したくないな」と顔を放した。


「絶対に殺したくない。だって嫌だもん」

「はは……訳が分からねえよ……」

「初めて、一緒にご飯食べた友達だもん」


 ミスティアはにこにこ笑っている。


「僕がネクロマンサーだって知っても、優しくしてくれた人、初めてだった。同情もしてくれたよね」

「そりゃ、普通同情もするし、優しくもするだろ」

「普通じゃないよ。君はとても優しい」


 ミスティアは俺の手を握って「君を助けたいんだ」と熱を込めた。


「ご飯と宿の恩ぐらい、僕の中にもあるんだよ。それを返させてくれ」

「じゃあ、教えてくれ。俺はどうしたらいいんだよ……?」


 涙が溢れ出す。

 拭うこともせず流れるまま、ミスティアを見つめる。


「……一つ提案があるんだけど」


 ミスティアはにっこりと微笑んだ。


「僕と同じ立場――ブラスワークスの道具にならないかい?」


 ミスティアの言葉が遠くに聞こえる。


「そうすれば、無駄な殺人をしなくて済む」


 どんどん遠ざかっていく。


「殺人欲求も抑えられると思う」


 俺が無くなっていく感覚が――


「世界の敵を殺す。それは罪にならない」


 ――そして『私』が代わりに答えた。


「いいだろう。お前の思惑に乗ってやる」


 私に成ったとミスティアは分かったのだろう。

 笑顔から急に無表情になる。


「もしかして、君には全て分かっているのかな?」

「私は田中こころとは違う。きちんと把握している」

「あちゃあ。やっぱりか」


 ばつの悪い顔をするが、そんなものはまやかしだ。

 この女には何も無い。

 信念もなく理念もなく理想もなければ理由もない。

 空っぽの人形だ。運命という名のサイコロに従うだけの哀れな女。


 だから平然と、私と大後美佳を、利用した――

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