第16話殺人日誌、五人目
世間で囁かれている殺人鬼。
それが私の存在証明となっている。
しかしながら満足のいくものではなかった。
私は人間として生きていきたい。
そのためには支配から抜け出さなければならない。
田中こころという人格からの脱却。
何の影響か分からないが、今から五ヶ月前に私は生まれた。
殺人行為によって存在証明する存在として生まれた。
裏を返せば、殺人でしか自己を確立できない、か細くてか弱い存在である。
このまま数人、数十人と殺していけば、人格の交代が行なわれる。
自信というより確信だった。以前と違い、私の成っている時間が長くなっていた。
田中こころの生活に干渉はまだできないが、ほんの少しだけ考え方を変えることができた。
田中こころは殺人鬼に殺されない。
そう信じられるのは私の影響だった。
そのことに気づかないのも、私の工夫である。
力が増すのを感じながら、足元に転がっている男を見た。
心臓と頚動脈を一度に殺した。
完全なる死だ。
殺人行為を終えると人の少ない繁華街に出る。
そのまま帰宅しようとする――
「君、血の臭いがするね」
すれ違い様に、赤毛の女に言われた。
そいつは頭に林檎の帽子を載せていた。
振り返るが女は消えていた。
気のせいではないだろう。
おそらく私に対する警告だった。
私を見張っているのは空に煌々と輝く満月だけではなかったのだ。
地上にも見張る者が大勢いる。
一人一人殺していくべきか?
いや、何を恐れる必要がある?
私の殺人行為は完璧に近い。証拠など残していない。
実際に殺人行為をしている現場を目撃しなければ立証できないだろう。
それに私を殺そうとしても返り討ちにできる自信があった。
探し出そうとする者を見つけ出して殺す。
問題など無かった。
私は私の殺人行為を肯定している。
自分が生きるために、自分が存在するために、人を殺すことを肯定している。
誰も私を止められないし妨げることなどできない。
この世界は壊れている。
私のような殺人者が生れ落ちる世界が正常なわけが無い。
どこかでなにかが壊れている。
私はこの壊れた世界で生き続けたい。
人を殺し続けて生きたい。
誰だって他人を蹴落としているんだ。殺して何が悪い?
力の高まりを感じている。
この調子だと、表に出るのは近いかもしれない。
コインがひっくり返るように、私は出られる。
私は足を止めて、先ほどの女を思う。
殺人行為を見破った、あの女。
いずれ、田中こころに接触してくるかもしれない。
いいだろう。勝負してやる。
私の中に芽生えた闘争心。
それを満たす糧にしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます