緊急事態宣言、転校生の彼女 後編


 昨日までのキリッとした感じは余りしない。

 普通の話なら、まあいいかと思って話を続ける。



「それならいいですけど、何の話をしたらいいですか?」

「その前に、敬語やめない? 同級生なんだし」

「分かった。これでいい?」

「うん。それと……あのね、今まで少しだけ話をしてくれてたけど理夫みちお君って彼女いる?」



 ん? 恋バナでもするのだろうか?



「いや、いないよ? どうしてですか?」

「また敬語になってる。でもよかったぁー。彼女がいたら、邪魔しちゃいけないかなって」

「よく言うよ。僕の秘密とか言って脅そうとしてたくせに」

「う、それは謝る」



 今日の田中さんは、今までと違い柔らかい感じだ。

 不思議と話が弾んだ。

 何でも無い、ありきたりな話。

 昔どんな子だったとか、何して遊んだとか。

 話していると意外と楽しく、あっというまに時間が過ぎていった。



「あっ。もうこんな時間。そろそろ終わろ?」

「うん。理夫みちお君、また明日も話さない?」

「いいよ。結構楽しかった」

「……私も。じゃあね、おやすみ理夫みちお君」

「おやすみ」



 もうすぐ夜の十時。

 寝ないといけない時間だ。

 通話が終わると僕は布団を被った。




 その後、数日の間、田中さんと夜に話すのが日課になった。




「両親は共働きでね、俺が寝た後に帰ってくるの」

理夫みちお君はご飯はどうしてるの?」

「お金貰ってるから、コンビニ弁当とかカップラーメン買ってる」

「そんな、ずっとそれじゃあ……栄養が心配よね。ねえ、作ってあげようか?」



 突然の提案だ。

 うーん。遠慮したいところだけど……。



「いや悪いし——」

「じゃあね、ドアのところにかけておくから。いらなかったら、残してもいいから」

「え……」

「どうせ自分のも作るし、ついでだから」

「そっか、ついでか」

「うん!」



 妙に距離感が近くなっている。

 最初に秘密を知っていると言われたときと随分変わったなと思った。



 そして、その翌日。

 予告通り、アパートのドアのところにビニール袋に入れられたお弁当が吊されていた。


 ほんのり甘い卵焼きに、きんぴらに、鶏肉を焼いたのに……ブロッコリーに……。

 僕の嫌いな物が一つも無い。

 それに、おかずに妙な懐かしさを覚える。

 残すどころか、綺麗に全部食べてしまった。




「今日、お弁当ごちそうさま」

「うん! どうだった?」

「美味しかった!」

「よかった〜! 好みが変わってたらどうしようかと思ったよ」

「好み?」

「あ、ううん。なんでもない」

「もし彼女にするなら、こういう料理が上手な人がいいな……」

「じゃあ、私なんてどう? いつでもお弁当作るよ?」



 田中さんが冗談っぽく言う。

 本当はまた作ってもらえるとありがたいけど、いくら何でも甘えすぎだろう。

 そう思ったのだが、口が勝手に動く。

 胃袋を掴まれるというのは、こういう事なのだろうか。



「じゃあ、もしよかったら……また作ってもらえたら」

「えっ…………。あー。うん……」

「お願いね! そういえばお弁当箱どうしよう?」

「あ、そうね。ちょっといつになるか分からないけど、お弁当、必ず取りに行くから

「分かった!」

「約束してね。お願いね」



 愚かな僕は、彼女の微妙な口調の変化に気付いていなかった。

 家の場所を教えていないのに、どうやって弁当を持って来られたのかも疑問に持たなかった。

 ただ、彼女と話すのが楽しくて。



 ——その夜、僕は夢を見た。

 小学生の頃の夢。


 幼なじみの内山美咲と遊んでいて泥だらけになり、僕の家で一緒にお風呂に入ったこと。



「みちおくん、お尻にハートのかたちのアザがあるよ?」



 彼女にそう言われたこと。



 中学生の時、共働きの両親の僕を気遣って、内山美咲がお弁当を作ってくれたこと。

 ほんのり甘い卵焼きが得意だと言っていたこと。


 中学卒業するとき、僕から告白したこと。

 そして見事に玉砕したこと。

 さらには、卒業したら決まっていた高校に進学するのではなく、どこか遠くに行くと言っていたこと。



 僕はほぼ付き合えると確信してからの告白だったのに、玉砕したことがショックでショックで……。

 数ヶ月引きずった。

 そして忘れようと努力し、それに成功したこと——。




 目を覚ました僕は、もの凄い速さでパジャマとパンツを脱ぎ、手鏡でお尻を見た。

 確かに右のお尻にハート型の痣がある。


 名字が違うけど……まさか……幼なじみの内山美咲は、田中美咲に名前が変わった……?

 おそらくそうなのだろう。


 どおりで、場所を教えてもいないのに僕の住むアパートまで弁当を持って来られるわけだ。


 でも、それを言わない理由は何だろう?

 気付いて欲しいのだろうか。それとも、何か他の理由がある?

 そうだ、今日それとなく話してみよう。

 僕はそう決心した。




 しかし。

 翌日のオンラインホームルームの時……。



「はい、今日のオンラインのホームルームはここまでです。さて——田中美咲さんですが、実は昨日でクラスを卒業されています」



 えっ。

 先生に言われて僕はやっと気付いた。

 昨日が、田中さんが転入してきて一ヶ月経過した日だったことに。


 よく見ると、僕のフレンド数が「0」になっている。

 彼女のアカウントは既に消滅していた。


 ざわつく教室。



「そうか……」



 僕はやっと、昨日話したときの田中さん口調の変化に気付いた。

 昨日が彼女と話せる最後のチャンスだったのだと。


 でも、僕は悲観しない。

 なぜなら……田中さんはこうも言っていたからだ。



「お弁当、必ず取りに行くから



 きっと、何か事情があったのだろう。

 僕は……田中さんを待つことにした。

 いつまでも。




 やがて、寒く暗い冬が終わり暖かくなって——。



「政府が緊急事態宣言を解除しました」



 そう、テレビが告げる。

 やがてオンライン授業も終わり、僕たちは学校に通い始めた。



 再び始まる日常。

 晴れ渡る空。

 そんな中、少しづつ変化もあって。



「樋本理夫りお君、好きです。付き合ってください」



 僕は、隣のクラスの女子から告白されてしまった。

 しかし、当然——。



「ごめんなさい。好きなひとがいるから、あなたとは付き合えません——」



 僕は、そう断るのだった。



「あと、僕の名前は『みちお』って読むんです」






 そして——。



 夏休みが始まる少し前のこと。

 田中さんは、また戻って来た。

 約束通り待っていた僕は、彼女にお弁当箱を返す。



「田中美咲さん、好きです。付き合ってください」



 僕は強くなり始める陽差しの中、彼女に告白した。

 太陽の光がさんさんと降り注いでる。



「うん。あの時は……ごめんなさい」

「ほんとだよ」



 僕は笑いながら言う。

 告白というか……これはもはや、儀式的な確認に過ぎなかった。



「あの時は治る自信が無くて……でも今は……はっきりと言える。私も……ずっと……子供の頃から、理夫みちお君が好きでした。お願いします」

「……うん!」



 そういって僕は田中さんを抱き締める。

 そして感極まって……。

 僕たちの影が一つになる。





 田中さんは、両親の離婚により姓が変わった上、中学卒業と同時に病気が発覚。遠方の病院に入院していたのだという。

 そしてある程度病状が改善し、自宅で療養していたらしい。

 一ヶ月だけの転校はそういう背景があったのだ。


 最終的な手術のため、また病院に戻り、そして手術は成功。

 そして、再度この高校に戻ってきた。



 僕はまた同じ高校に通うことになる田中さんと一緒に、手を繫いで登校をする。

 濃厚接触だ! と怒る人はもういない。



「おい、樋本と手を繫いでる子、めっちゃかわいいけど誰だよ?」

「あれが噂の……転校生か。病気だったんだって?」

「っていうか、一回オンラインホームルームで声聞いているんだよな」



 周りの視線が微妙に熱い。

 けど、それはむしろ嬉しくて。



「ねえ、理夫君……恥ずかしい」

「じゃあ……離す?」



 田中さんは顔を真っ赤に染めつつも、手を離そうとしなかったのだった。



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緊急事態宣言、転校生の彼女 手嶋ゆっきー💐【書籍化】 @hiroastime

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