水龍帝と決着について話し合う

 静かな水音に満たされた部屋の中央の清水で満たされた大きなプールにその長い蛇身を横たえ、美しい女性の上半身を気ままに食べものを盛ったテーブルや書類仕事の机などを行き来させているのが水龍帝の姿だった。

 その気になれば空中を舞い、雷雨を呼ぶこともできるし、雨をぴたりととめてしまうこともできるという。そういわれているだけで、実際にやっているところは見たことがない。

 僕とゴウキは大烏の四人の随員に紛れ込み、後ろに控えて会談の行く末を見守っていた。

 こじれる要素はあまりない。ただ、安山岩伯が納得しないであろうということについては先が見えなかった。

「なるほどのう」

 水龍帝は退屈そうに見えた。

「つまり、ならず者が勝手に水を売り渡していたのをやめさせるので安山岩伯にも承知させよと」

「それと、出稼ぎを強要された我が民の無傷の帰還でございます」

「宰相大烏よ、そなたの言い分あいわかった。だが、安山岩のやつは納得するまい。内戦などまっぴらじゃ。よって、伯とそなたの交渉で解決せよ。まずは武力交渉であろうがの。決着がつくか、膠着して余の仲裁を受けるまでは相互の領地に限り侵入も狼藉も黙認しよう」

 お前たちで勝手に戦って決めろということだ。そういえば彼女はそういうところがあった。

「ただし、そなたの後ろに控えているその二人は参戦あいならぬ」

 水龍帝の扇子が僕とゴウキをぴた、ぴた、とさした。

「なにゆえでございましょう」

 大烏はとまどったような響きをふくませてそう尋ねた。

「おそらく余より強いからだ。魔王なみの実力を持つものが二人も相手では安山岩伯が気の毒」

 彼女は扇子を広げ、口元を隠した。

「それとも、新たな魔王として君臨するつもりかの? 」

 彼女の視線は僕に向けられている。ウラだと思われないよう、付け髭だのなんだのやってきたけどこれはしっかり見抜かれているようだ。

「直答を許す。いかがか」

 ああ、直答まで許された。完全にばれてるな。

 二人をちらと見るとあきらめたようにうなずいている。

「おそれいります。名はダイスケ、家名はウラカミと申すものです。直答にて失礼いたします。僕も、こちらにいる大魔法使いゴウキ殿もそのようなつもりはございません」

「では、何しにまいられたかな」

「神殿の島に渡るため、借り物に」

「ほう」

 水龍帝はくすくす笑った。

「つまり、行きがかりというわけか。代王も安山岩伯も運が悪い」

 そこでふと思案顔になって大真面目にこういった。

「なれば、なおのことこれ以上の手出しは無用に願うぞ。大烏殿が自力で退けることができねば意味のないこと。あるいは」

 ここで水龍帝はくすくす笑った。

「余の直轄地になるかえ? 宰相殿の判断で決めてたまわれ」

 面倒くさがりの水龍帝がそんなことを言い出すとは思わなかった。もしかすると、現状に対して彼女なりに責任を感じてのことかも知れない。

 以前ならそうしてもらえると助かると思っていた。

 だが、雌伏の十日、反撃の一日を終え、一人抵抗するツサを制圧したときに情勢は変わっている。

「戦いましょう」

 大烏の答えは明快だった。

「自信があるようだね。だけど余に任せたほうが穏便にはすまないかね」

「陛下が在領している間はよいでしょうが、塔の戦いにお出でになったあとを思えばこれが最適と存じます。ゴウキ殿の助力のおかげで今度は備えがございます」

「ほう、余が塔で負けると? 」

「我らの主、ウラ様はとてもとても長く塔で戦っておられました。陛下の勝利を疑うわけではありません。しかし、それまでの時間はとても長いでしょう」

「ふん。そうかえ。では、安山岩伯にも伝えよう。開戦はそちらの二人が旅立った一日後だ。見届け人が確かめてのち通告しよう」

 そして彼女は再度僕たちに話しかけてきた。

「その前に、そなたたちと少し話がしたい。他の者はさがっておくれ」

 大烏が会釈して引き下がった。表情が見えないのはこういうとき有利かも知れない。たぶん、こじれないか心配しているはずだ。

 水龍帝のおつきの水妖たちも頭を下げ、半透明の衣装を翻して音もなく引き下がった。宰相の竜人は今のやりとりを記録していた古鬼族の書記を従えて急ぎ足に出ていく。これより今の決定を安山岩伯に通達するのだろう。

 水龍帝の蛇身が水をかきまわす音しか聞こえなくなってから、彼女は僕たちにこう尋ねた。

「さて、魔王ウラらしいものとそれを滅ぼしたものが一緒にいるのはどういうわけかな」

 ……やっぱりばれてた。

 説明にはゴウキと交代で二時間ほどかかった。

「今は別人というのはあいわかった。しかし自分をさんざん倒した相手とよく一緒におるのう」

 彼女のあきれたような言葉が少々刺さる。確かにトラウマがないとは言えない。白銀の装備がある今ならゴウキに勝てるかもしれないが、正直戦うのはまっぴらだ。

 塔の勇者たちはウラを倒した直後のゴウキをラスボスと勘違いして何度か倒したというからすごい。

「今の説明。他の魔王にも共有してくれると助かる」

「やだ、面倒くさい。余が質問責めにあってしまうではないか」

 忘れてた、水龍帝はこういうやつだった。

「だが、ウラっぽいがウラじゃないのがいるということは教えておこう、あとは本人に聞けとな」

 そうだった。こういうやつでもあった。

「ありがとう。それでいいよ」

 僕は彼女に感謝の言葉を述べた。


 水龍帝の派遣した立ち合い人は竜人で宰相の次男だった。大変理性的な種族で、人間界に似たものを探すとなるとゴウキのような古賢族あたりだろう。感情がないわけはないと思うが見せることは滅多にないしこの若者もそうだった。

 ただ、大烏の準備している戦争の支度には驚いたようだ。

 もちろん、これにはゴウキの協力もあるが今は大烏、古鬼族、半妖たちだけで動くようになっている。

 ゴーレムを用いた軍団なのはかわらないが、以前のような自律性の高いゴーレムは今回も投入する両面宿儺くらいであとは遠隔操作型の簡易ゴーレムばかり。簡易なのだが、部品を共通化していて、破損したものは後ろに回収できればニコイチで修理ができるようになっている。そのための部品は迷宮においてある工房で修理した自律型ゴーレムとそのスレイブゴーレムでせっせと材料のある限り作り続けている。材料に限りはあるのと、オペレーターの完熟が必要なので今回の戦いにはリモートゴーレム三百、強化鎧で守られた魔法兵五十が精いっぱいだ。

 それでも安山岩伯の派遣する兵にはまさるだろうというのが大烏の読みだ。

 伯の兵は二百、がんばって三百。数だけならまさるし、両面宿儺の突進力もある。 ゴウキは大烏と何かこそこそやっていたので、他にも隠し玉がいくつかできているだろう。

 その間に掘り出した絨毯を「覚えて」いることをもとに試運転したり、直接すわるとお尻の下の不安な感じ、隙間風のふきあげなど乗り心地に問題があったことをいまさら「思い出した」ので、枠をつけたりその枠に固定した複座の座席を作ったりと結構いそがしかった。昔の臣下は戦争準備で忙しい、自分でやるしかなかった。幸い、魔法のおかげで材料の切断や溶接には困らなかったが、やはりちょっと不細工なできになってしまったのは否めない。

 オートパイロットもあるので、すんだら返そうと思ったのだが大烏には苦笑まじりに「お持ちください」と遠慮というよりお断りをされてしまった。

 安山岩伯の兵士はもう川向うに集合し、合図があれば押し渡る準備を始めているらしい。あんまり待たせるといらないことを始めそうだ。

「ゴウキ、もう行きましょうか」

 最初の試運転で尻が落ち着かないと文句を言ったゴウキはあんまり気のりしないようだったが、駄目とはいわなかった。彼にも僕にも使命がある。全部ダイモンのせいだが。

 出発は夜明けとともに、この国では鐘を一つ強くならす時間とした。絨毯の速度がこの改造でどうなったかわからないが、日のあるうちにつきたかったからだ。

 早い時間にもかかわらず、大烏含め、大勢が見送りに来てくれた。その中にはいまでもすがるような目がある。恨みがましい目もある。安心したい気持ちと見捨てられる気持ちはどうやってもぬぐえないだろう。気持ちを強くもたないと引っ張られそうになる。

 ふわっと絨毯は滑り出した。座席を固定したため尻の下の不安感はもうない。魔力が吸い上げられているが、力技で飛ぶのにくらべると実に微々たるものだ。食事と自然回復で間に合うだろう。

 水龍帝の宰相の息子が読み上げ、文書にサインをした。

「出発を確認した。明けの一つ、開戦は明日の明け一つとする」

 その文書は控えていた使者が受け取り、安山岩伯の陣営にとどけられるだろう。

 後は彼らの武運を祈るばかりだ。ゴウキはほくほくした顔をしている。

「ゴウキ、彼らは勝ちますか? 」

「負けることはないな。最後には勝つだろう」

 縦深防御というのを教えたらしい。

 絨毯の高度を少しあげ、時々振り返りながら僕たちは島へと飛んだ。眼下の海は暗く寒い色で波も荒く、そして風は冷たく強かった。





 






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占領、現状の確認

ツサの

安山岩伯との決闘+

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魔王の凱旋 @HighTaka

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