廃城の戦い

 案内された場所は工房で間違いはなかったが、ウラの記憶にあるものとは違うものが置かれていた。

 この区画では破城槌を作っていたはずだ。持ち出すときには迷宮を一部崩さなければならないので、用意したはいいが結局一番最初に試作した古いものが朽ちかけていたと記憶している。

 そのかび臭いしろものはきれいに取り片づけられ、違うものが据えられていた。

 白く光沢を放つ曲面を多用した装甲をよろい、面頬でガードされた顔が前後を向き、腕も対応して四本、足は六本あって安定のよさそうなのが一体、静かにたたずんでいる。動きそうなのはそれだけで、片隅には壊れているのか、これとは違って人型の少し小型のものが数体うっちゃられている。

「ほう」

 ゴウキが感心したような声をあげた。よくわからないが、彼が感心するならそれなりのものに違いない。

「これはご自身の体を参考に組みましたか」

「おわかりになるか。我が製作者には遠く及ばぬが、いくらか真似をしてみた。あそこに寄せてある壊れたものも同じだ。そっちは代王と戦った時に使った残りだ」

「拝見してもよろしいか」

「もちろん、どうぞ」

 ゴウキは許しをもらうと両面宿儺のようなそれと、壊れたゴーレムまで手で触れのぞき込んで熱心に観察している。

「ゴウキもゴーレム使いなんだ」

 ぶしつけの域にはいりそうなので、フォローをいれてみる。大烏は察していた。

「影にしまうというのは初めてですが、そういう技術もあるのですな」

「いやー、これは参考になった。よいものを見せていただいて感謝する」

 やっと気のすんだゴウキはまるで満腹するまで食べた人のような顔になっていた。

「しかしこれ、数は出せんでしょう。丁寧で手間がかかっている。軍用だともう少し簡単で数が出せないと」

「おっしゃる通り、私一人で準備したのでまったく足りませんでした」

「ゴーレムは半妖たちにも作れるものがおると思うが、手伝わせなかったので? 」

「彼らが作るのは作業用であまり丈夫でもないし動きも単純なのと、作れる者は十人もおらんのでとても」

「しかし、これはかなり強そうですがやはり重兵器持ち出されると一体ではもたんでしょう」

「数を作る。これが解消できれば軍事面の心配はかなり軽減されるのだが」

「なるほど。めどはついておりますかの」

「クレイソルジャーでしたかな、あれが一つの回答であろうかと」

 いや、あんなに出せるのはゴウキのとんでもない魔力のおかげだから真似できないと思う。

「あれは一人一体か二体が普通だが」

「それでいい。都度召喚するのではなく、武勇に優れていなくても器用さにすぐれた兵士が一体を遠くからあやつるとしたらどうかね」

「そんなことができるのかね」

「使い魔に似たリンクはこれらの時に実装済だ。あとすこし時間と何より資材が欲しいだけだ」

「それだけではだめだな。あんた以外で作れる態勢を作らないとな」

 ゴウキは壊れたゴーレムたちのところにいって再度調べた。

「直せるな。彼らはかなり高度な制御機構が入っている。あんたほどではないが正確な作業を継続することはできるだろう。これに半妖たちを加えてここで製造させてはどうか」

「なるほど。助言感謝する」

「そういうわけで、後の算段もつくようだが浦上君、どうするかね」

 どうするって?

「代王をなんとかせにゃいけんわけだが、手伝ってやるかね」

「大烏、もし代王をとらえたらどうする? 」

「処刑いたします」

 そうなるよな。

 だが、彼のやったことを考えるとただ追い払うで済むわけがない。また資金を無心し、より強力な兵力で攻めてくるだろう。

「この戦い、できれば大烏と民の力でなしとげてほしい。代王を倒してもかわりのものがまた来る時がくる」

「その戦力が目下ない。これを使えば迷宮内は押し出していけるが、地上に出たら十数人道連れが関の山だろう」

 そうならないように支援しよう。

「ゴウキ、手伝ってくれますか」

「何をすればいい? 」

「外から城に押し寄せます。代王の兵を城壁にひきつけている間に大烏のゴーレム、それに有志の民で城内を制圧してもらおうかと」

 ゴウキは大烏の顔を見た。彼は首を振っていた。

「少し時間をもらえるかな。悪くない案だが、もう何手がうちたい。相談と準備の時間をもらいたい」


 十日後。

 僕とゴウキは城門の前に布陣した。二人っきりで布陣はもちろんできない。

 クレイソルジャー二百五十六体が槍を構え、さらに二百五十六体が弓をひきしぼって隊列をなしている。

 城側は騒然となった。それはそうだろう。代王の兵士は二百人少々という話だ。そこに簡易ゴーレムの軍とはいえ、三倍近いのが押し寄せてきたのだから。

 あわてて武器をもって右往左往するトカゲ人が中心の兵士たち、魔王ウラのころからあったバリスタにとりついて準備を始める弓兵、そして門櫓から拡声魔法かなにかで問いかけてくる隊長格。

「貴公らは何者か、ここを代王タカオ様の居城と知ってのことか」

 ここで僕が出るとややこしくなるかも知れない、ということで決めてあった通りゴウキが前に出た。

「探し物があってな。申し訳ないが一時間ほど退去してもらえんだろうか。何も盗みはせんよ」

「いやいや、何をお探しか教えてもらえばこちらで探してお渡ししよう」

「魔王ウラの遺産だが、さて代王殿は渡してくれるかな」

「もちろんだとも」

 嘘くさい響きたっぷりの返事の直後、城から大量の矢がゴウキめがけてふりそそいだ。ゴーレムを率いている魔法使いをなんとかすればおしまい。それは間違ってはいないだろう。もちろんゴウキはそれを承知の上だった。

 ゴウキはシールドをはっていた。塔にいたころのウラの装備で、自動でシールドをはるものがあった。それが今は形を変えて彼の指にはまっている。

 普通の矢が通るわけがない。ばらばらと矢ははじけて飛び散った。直後、クレイソルジャーの弓兵の放った矢が城に降り注ぐ。これも胸壁にはばまれてたいして効果はでなかったようだ。

「では、押し通らせてもらうよ」

 いつも不思議に思うのだけど、影から出しているという彼のゴーレムは明らかに大きさがあわないのがいる。それがずるっと出てくるのはどうも気持ちが悪い。

 今回出てきたのは鋼鉄の力士だった。ただし、本物の力士の倍は大きい。さらに腕には頑丈そうなこれも金属光沢の鋭い杭をもっている。

 力士はその杭で城門の門扉をがつんがつんやりはじめた。

 魔王としてここに君臨していたころなら、僕の魔力で強化されていたのでこれで傷がつくことはないだろう。だが、それのない今、門扉は削れ、きしむ。

 代王の兵たちがこれを放置するわけはなかったが、鋼鉄に普通の矢をはなっても行がなく、落とした岩が少しへこませたくらい。ゴウキが車を傷つけられたような顔をしていたけど、かまわず力士はがつんがつん続けた。

 亀裂が入った。そこに氷竜帝式に氷の塊を生み出し、一気に成長させる。亀裂は押し広げられ、鋼鉄の力士の一撃がとうとうとどめをさした。

 壊れた門の向こう側、守備側も手をこまねいているわけはない。急造のバリケードの向こうで槍衾を作っていたし、城壁から急遽おろしたバリスタがこちらを向いていた。門扉の破壊と同時、間髪入れずに放たれたその矢は力士を貫いた。

 動きをとめた力士がぬるっとゴウキの影に消えるのと、クレイソルジャーの弓が射こまれ、槍を構えたソルジャーが突っ込むまでの時間は本当に短かったと思う。

 ゴウキはそれ以上何かしようとせず、僕とともに戦況を眺めていた。

 クレイソルジャーは動きが簡単なので一対一ではとかげ人の傭兵たちにはかなわない。だからなのか、クレイソルジャーたちは二対一以上で傭兵たちにかかっていた。

 両者、だんだんに数を減じてどちらも半分になるまでに十分かからなかったと思う。どちらも容赦なく、少しでも早く一体でも多く相手を破壊しようと食い合う。傭兵たちは一人でも多く味方を呼び寄せようとして、砦の中からばらばらと増援がくる。

「いったいこれは何の騒ぎだ」

 とうとう、特に強そうなとかげ人の戦士をつれた銀色の甲冑姿が現れた。剣呑な表情をしているが、ウラによく似ている。これがツサだ。僕にはすぐ「わかった」。顔を見られると面倒なので、フードをまぶかにかぶってゴウキの後ろに隠れた。

「蹴散らすぞ」

 戦況を見てツサは剣を抜いた。これも僕の白銀装備そっくりなんだが明らかに偽物だった。それでも破壊力かなにかの付与がなされているらしく、触れるだけでクレイソルジャーを砕いている。これで形勢は逆転しはじめた。

「貴様ら、何者か知らないが楽に死ねると思うなよ」

 ツサの鼻息は荒い。こんな粗暴な弟だったかはちょっと覚えていない。たぶん追放後の苦労のたまものなんだろう。

「ちょっとまずいかな」

 クレイソルジャーたちが圧され気味になってきた。だがゴウキの声に焦りはない。

 あるわけがない。必要ならもう二百体呼び出せるし、護身用の戦闘ゴーレムがまだ控えているし、範囲攻撃魔法もある。ただ、今回はそれで片づけてはいけない。

「まだこないのかな」

 仕方ないな、とゴウキが言いかけたとき、ツサが不意に後ろを見た。

 何かあったららしい。つきとばされるように後詰の傭兵がつんのめり、その後ろから待っていた姿が現れた。

 返り血に汚れた両面宿儺ゴーレムと、動く古い甲冑が四体、そして張りぼてのような鎧なのか着ぐるみなのかわからないものを着込んだ人間臭い動きの数名。

 挟撃を受けたと知った代王軍は動揺した。迷宮から出てきた動く甲冑はさらに数を増やし、十七が盾を並べて横陣を組む。はりぼてをきた者たちは魔法をかける構えを取った。

「バリスタを回せ、あの化け物を撃て」

 ツサの命令でこれまで混戦に撃ち込むこともできなかったバリスタ担当兵たちがあわてて動かす。

 はりぼて兵が魔法を放った。地面からにょっきり突き出すアーススピアにバリスタはバランスを傾けた。そこに 別のはりぼて兵が何か瓶を投げつける。可燃性の液体だ。これをかぶったところに別のはりぼて兵が着火の魔法をかけた。

 半妖の魔法使いたちだった。代王軍の弓兵数人が急いで阻止のために矢を放ったが、はりぼてに浅くささるだけで貫通しない。

「投降せよ」

 はりぼての一人が朗々とそう呼びかけた。その役目は声がいいからふられたんじゃないかと思うが、その間にも両面宿儺が代王の兵を数合で倒してじりじり進んでくる。

「一旦、脱出だ。こっちのボロゴーレムどもを蹴散らせ」

 剣をふるってツサが叫んだ。冷静だな。たしかに今なら突破されてしまいそうだ。

「残念」

 ゴウキが指をならした。さらに二百五十六体のクレイソルジャーが盾と棍棒を手に外に出現した。

「こりゃあ、無理だぁ」

 これで代王軍の心はぽっきり折れてしまった。

 戦いは終わった。





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