地下の王国にて旧臣の嘆きを聞く

 すがりつく彼らをふりきって天守閣を目指すのは無理、ということになった。

 隠れ住んでいた彼らが危険を冒してでてきたのを放っていくわけにもいかない。

 魔王ウラとして君臨していたことは「覚えて」はいる。だが、あくまで前世でのことだ。終わった生活に戻ることはできない。まだ終わってない生活に戻らないと待ってる人たちがいる。

 なんとかしないといけない。

 どうしよう。

「まあ、話だけでも聞いてやろう。糸口があるかもしれないよ」

 ゴウキは賢者というより老人の知恵で助言してくれた。今はそれしかないようだ。

 地下のこの施設が何かは「覚えて」いる。

 籠城するときの避難所として用意したものだ。防御のため、迷宮にしているし、ある程度の期間はこの地下で自給自足できるように作ってある。

 はっきりいって、住みやすいというわけではない。好んで住む場所とは言えない。

 だが、数は少ないがウラの臣民たちはここにいた。

 集会場になっているいくらか広い広間を埋め尽くした古鬼族、半妖たちは一斉にひざまずいた。その中央にいるのが彼らの代表。僕は彼のことを「知って」いた。

 空調つきでフードまで膨れた分厚いローブ、二メートル近い身長、そしてつるりとした金属光沢の仮面。大妖族。半妖たちの先祖で、今は魔界からも消えた太古の種族の大魔法使いの作った自我もつゴーレムで名を大烏という。その全身に刻まれた、いわば回路で分析、思考能力は非常に高く豊富な知識を無駄なく使いこなすことができるが、戦闘にはむいていない。彼がこういうローブをまとっているのも体の保護であり、熱くなりすぎないための空調でもある。

 ゴーレムといったが、自我を持つ自律ゴーレムで、ゴウキが従えている専門化されたゴーレムと違って主に従属することはない。魔王ウラに仕えたのも彼の意思で決めたことであり、塔に出かけたあの時、討たれるまでの後事を託しはしたが、それ以後は自由にしてよかったはずだ。

「再会のご挨拶を申し上げます」

 低く、深く、よく通る声で大烏は口上を述べた。彼からは何も感じられなかったが、後ろに詰まった古鬼族、半妖たちからは期待と安堵とそして恐れが感じられる。

 こういう場合はどう返すのだったかな。

「うむ、みなも息災で…とはいいがたいようだな。これはいったい何があったのか」

 大烏は顔というか仮面の顔を上げた。

「そのことを答える前にお聞きしたい。陛下は何をなさりにもどってこられたので」

 なじる調子がある。これまで放置したウラへの恨み言、そんな気がした。

 何があったのかわからないが、ここにいる者たちは辛酸をなめている。代王とやらが彼らをいつまでも放置するとは思えない。追い詰められてもいるのだ。

 彼らの目はそのすべてを語っている。

 僕は彼らの期待に応えることはできない。ウラであったころならきっと迷うことなく魔王、いや王の務めを果たしただろう。だが、彼らも知る事実がある。

「魔王ウラは滅んだ。それは理解しているか」

「知っております」

「では、君たちは僕を誰だと思っている? 」

「ウラ様にそっくりですな。この国のこともよく知っていなさす。とかく強い武官が目だつものなのに、文官筆頭の私のこともご存じのようだ」

 大烏は答えを知ってるんじゃないだろうか。彼は思考の怪物だ。この僕がウラに似ているが違うということはもう察しているだろう。

「そうだな。僕が滅んだあとは好きにしてよいという約束であったのに、大烏はここで何をしているのか不思議だ」

 大烏は小刻みに体をゆすった。笑っているようだ。そして口調が変わった。最初にあったころの磊落な賢者の話し方だ。

「それこそ好きにさせてもらっている。住民に乞われ、水龍帝の承認を得てウラにかわってこの地を治めることを受諾した。だが、ウラとその武力が滅んだ今、無防備な国が生き延びるのには無理があった」

「それでこの体たらくか」

 あきれたようなゴウキの声。それはそうだと僕も思う。だからこそ水龍帝に預かってもらおうと思ったんだ。それは「覚えて」いる。

「水龍帝がこの地をあずけようとしたのは安山岩伯だ。ウラ様ならご存じだと思うが、彼の領地は先代水龍帝の怒りを受けて広大ながら不毛の地となっている。あれが何をたくらんでいるかわかった以上、任せて去るのは後味が悪すぎた」

 それはちょっと聞き捨てならないかもしれない。

「安山岩伯なら『知って』いる。バシリスクのとかげ人で、おもにとかげ人を抱えている君主だったね。彼がなにを? 」

「彼の領民は岩とかげは人は少数で、残りは半数づつ乾いた土地の苦手な草とかげ人、蛙人たち。彼らは懲罰で失った水の復帰を願い続けていた。だが、水龍帝にその意思はない。この地を望んだのはそういうわけだ」

「草とかげ人や蛙人を移住させるため? 」

 そんなことをすれば土地が足りない。なんとか分け合ったとしても今までより狭い土地で苦しむことになる。

「もっと悪い。水を奪って彼らの土地を潤す」

「そんなことをされたら住民はどうなる。水龍帝は保護の約束をたがえることになるよ」

「住民は小作として彼らの土地に移す。安山岩伯は広大な土地をもってるからね。草とかげ、蛙人は自分で農耕するには数が足りないし、そもそも何世代もやってないからやり方もしらない。彼らは緑豊かな土地で地主として優雅にくらし、伯をたたえて領内盤石とこういうわけだ」

 なんだか、見えてきたぞ。

「代王タカオだっけ、そいつは安山岩伯の手先か」

 大烏はじっと僕を見つめたようだ。

「彼のことはウラ様も知ってるはずだ。追放された弟御のツサ殿だ」

 そんな兄弟のことは知らない…いや「知って」た。六十四人も魔王を決める時、内通して追放になった裏切り者。ウラであったころの僕に激しい嫉視をむけていたやつだ。その後の消息はぱったり途絶えたがまさか機会をうかがっていたとは。

「ツサのことは『覚えて』いる。安山岩伯と手を組んだのか」

 知識として、というレベルで感情とかそういうものは乾ききっていて実感はない。ウラは自分に及ばぬことで身を焦がす弟を憐れんでいた。なるほど武勇と決断力はウラのほうが優れているだろう。だが国を回すための実務能力においてはウラは弟に一目おいていた。兄弟力をあわせれば国は万全であるはずだった。

 大烏を口説いたのは弟を失った埋め合わせだった。

「表向きは事後に結んだ取引の関係しかないが、資金と傭兵のあっせんはまちがいなく伯だろう。それくらいの陣容で攻めてきた。古鬼族や半妖の勇敢なもの、それに私の用意したゴーレムで抵抗はしたが結局迷宮に籠城することになってしまった」

「水龍帝は何もしてくれなかったのか」

「面倒だったのだろうな。保護の義務はもうないとすげない反応であったよ。それにツサのことは水龍帝も知っている。ここを治める正当性は私と彼で勝手に解決してくれといわれた。安山岩伯がかかわってるという明白な証拠もなかったのが痛い」

 これで状況はだいたい分かった。ここにいるのは救出できた中で救出を望んだ農民たちもいる。安山岩伯の領地に小作に出ることを選んだ者も少なくないという。

 つまり、戦争はまだ続いているがじり貧であるということだ。

「それで最初の質問に戻りますが何をしにおいでで? 」

「借り物をしによっただけだ。あの絨毯を借りて神殿の島に行きたい」

「なんと、それだけですか」

 大烏はびっくりした様子だった。口調も戻ってる。

「繰り返すが魔王ウラは滅びた。再びここで魔王の座に戻ることはない」

「そういうことであれば協力にやぶさかではありませんが、一つ問題が」

「代王をなんとかしないといけないとこういうのだな」

「はい、彼の者があなたに協力するとは思わぬほうがよいでしょう。それと件の絨毯は倒壊した天守の瓦礫に埋もれてると思いますが、城の縄張りには代王の兵士がいるので彼らをなんとかしないかぎり掘り出すのは無理です」

「そんな気がしたので不意打ちかけにいくところだったんだよね」

「ほう、詳しく聞きたいですな」


 ゴウキの作戦は何のことはない力押しだった。クレイソルジャーを今度は二百体以上だし、代王の兵を追い払った後で必要なら起重機ゴーレムも出して絨毯を回収する。クレイソルジャーは使い捨てなので起重機ゴーレムだけ回収すれば飛んで逃げる。

「代王をどうにかしようとかそういうことまでは考えておらんかった。芳しくないものでも、秩序は無秩序よりましだからな」

 ゴウキはぎろりと大烏を見た。

「あんたが我々に望んでいることの見当はつく。だが、その後のことは考えておるか? また繰り返しになるのではないか? 言っておくが我々はこの国にとどまる意思はないぞ」

 我々、と僕をいれながらチラ見してくるので、うなずいておく。ウラであったころのことは「覚えて」いるが、ここはもう僕の国ではない。

 かといって彼らのすがりつく目を振り切っていくのも後ろ髪を思い切り引かれる話だ。

 ゴウキは代王を退ける手伝いはできるが、後が続かないなら意味がないと言っている。その通りだ。安山岩伯はせっかく回復した農地をあきらめる気はないだろう。水龍帝を説得するなりして攻め込んでくる可能性さえある。

「ごもっとも。我々もここでただ守りに徹していたわけではない」

 大烏は一旦、全員に解散を命じた。

「来てくれ、見せたいものがある」

 散り始めたが、まだ僕に期待と不安の目を向けるウラの旧臣たちの間を大烏に先導されて迷宮のさらに奥まったところへと案内されていく。こっちはバリスタなどの大型兵器の整備工房があったと「覚えて」いる。



 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る