荒涼たる廃国にて古鬼族になつかれる
僕の自我はしばらく崩壊していたと思う。
どっとながれこんできた「記憶」は極彩色の原始的なグラフィックで作られた統一感のない有象無象であまりにも整合性がなく、膨大で、そして平気で矛盾していた。
しばらくつっぷしてうめいていたんだと思う。
ゴウキの手が背中に触れたのをかろうじて感じた。
ようやく頭痛がおさまってくると、原始的なグラフィックはちゃんとした視覚情報となっていたし、あれほどあった矛盾はなぜか霧消していた。最初に流れ込んだ未整理の設定情報が整理統合されたのだろうか。ゴウキの手はドット絵しかなかったこの世界をリアルなものに変えていく。同じことが起きたのだろうか。不思議なことだ。
頭痛がようやくおさまり、やっとのことで目をあけて見回すと、荒れ地が広がっていた。
植物はぼろぼろに朽ちた木がちょろちょろ傾いたり倒れたりしてる他は、乾燥に強そうなのが物陰に身をよせるように小さく茂っているのを見るばかり。そして崩れた建物もあちこちに見られた。
どこの国だろう。六十四人も魔王が治める国がパッチワークをなしているのが魔界だ。それぞれの国には支配者の魔王の性質にちなんだ特色がある。魔王ウラの治めていた国は緑豊かな人口の多い国だった。住人は古鬼族、半妖が多く、その大半は農民だった。
そんな緑豊かなウラ王国のことしか「覚えて」いなかったので、しばらくそこが自分の治めていた国とはわからなかった。
森は枯れ、農地は干上がっている。住人の姿は見当たらない。ただ、彼方にある半壊した城に「見覚え」がなければ気づくこともなかっただろう。
「魔王ウラが敗れたから? 」
「それはわからん」
ゴウキが朽ちた樹木に手をかけると、ほんの少し力をいれるだけでぼろぼろ崩れた。
「昨日今日のことではないな」
とりあえず誰か探そうということになった。あてはないが、崩壊した城なら周辺は都市だったし、当面の目標となった。
道々、殺風景でもあるから魔界の事情について頭の整理かたがたゴウキに話をした。
まず、この大陸だが中央に内海をそなえたドーナツ状になる。ただし、東西それぞれに海峡があって外海につながっていて、完全なドーナツともいえない。
さらに内海の中央には聖地と呼ばれる大きな島があって。創世の大神殿とよばれるものがあり、また魔王を示す六十四本の彫刻柱が並んでいる。大神殿にまつられているのは…。
「ああっくそ」
いきなり罵りをあげてしまった。
なんてこった。あそこに祀られていたのはダイモンじゃないか。
「それは一度いかねばいけないな」
「船で渡れないので、飛んでいくか、海底の迷宮をぬけていくしかないけどね」
氷血帝みたいに飛龍に乗っていくのものいたし、不思議な術で空中を走っていく魔王もいたし、楽しそうに迷宮を突破してくるのもいた。
魔王ウラは魔法の絨毯を使って飛んでいった。あれ、まだあるかな。確か城の一番高い部屋にしまっておいたはずなんだが。
ゴウキは行ってみようと答えた。
「魔法の絨毯。ぜひのってみたい」
すごく乗り心地が悪かった「覚え」があるんだが、それは言わないでおこう。なにしろ不安定な感じなのだ。一枚の板ではなく四隅を固定されたハンモック状態。そして速度を出すと煽られた絨毯が尻の下で波打ってこの上ない不安を感じさせてくれる。その嫌な感じを昨日のことのように「思い出して」僕は尻をきゅっとしめた。
「ところで、なんで船でいけないのだ? 」
ええと、「思い出す」。
船をつけられる場所がないこと、そして島の近くには大型の海魔が縄張りをはっていること。だったかな。
「断崖絶壁だからハーケンとザイルと技術があれば登れるかもしれないけどね」
「いや、それなら魔法でなんとかするよ」
ごもっとも。
とはいえ、近くまでは船でいかないと魔法だけで飛んでも魔力がもたない。なにしろ空を飛ばない生き物を無理やり浮かせるというただの力技で効率最悪なのだ。ゴウキのとんでもない魔力なら可能なのかもしれないけど、僕の魔力では今の限界超えた状態でもちょっと無理。半分もいかずに泳ぐことになる。
「しっ」
ゴウキに制されて僕は黙った。索敵用の虫型ゴーレムがぶんぶん飛んでいて、主に何か報告しているようだ。
「少し先に武装した数人が歩き回ってる。とかげっぽい連中だそうだ」
「とかげ人? 」
とかげ人は水龍帝の国の住人のはずだ。ただ、二足歩行のとかげ人種は一種類ではない。大きく分けてトカゲ系、恐竜系、イモリ系、そしてカエル系だ。最後の二つは両生類なので水辺から離れないし、カエル系はとかげ人の仲間になっているが雰囲気は違う。さまざまな亜種もいて、保護する魔王によってわかれている。
水龍帝のところにいるのはイモリ系の黒イモリ族と恐竜系のラプトル族だ。とかげ人は少数派で、水龍帝の臣下の大半は古人族でこの連中は人の世界のボツ案であるボツソードキングダムの住人に似ている。あれを温和にしたようなものだ。
「だいたいこんな感じだな」
地面をひっかいて雑な絵をみせてくれた。確信はもてないがラプトルっぽいと思った。
「隣国の住人が元うちの国で何をしてるんだろう」
「火事場泥棒じゃないかな。ボスの意向か勝手な所業かしらないが」
「それはこまるな。元うちの住人たちはどうなったんだろう」
「聞いてみるか」
ゴウキはこともなげに言う。
「たった二人だと面倒しか起きないんじゃないかな」
ごろつきの類だと指の一振りで皆殺しにできる相手だとは思ってくれず、衝突になるかもしれない。そうなったら話を聞けない。
「そうだな。では見せ勢を出すか。手軽にクレイソルジャーでいいか」
通常一体か二体といわれるそれを軽く四十近くも出すのはどうかと思う。
「少なかった? 」
「多すぎですよ」
あまり強くないと言われるクレイソルジャーだが、それでも十倍近くにいきなりかこまれたトカゲ人の見回りの反応は硬直だった。
きょろきょろ落ち着かない彼らにゴウキが話しかけると彼らの反応がまたかわった。
「なんだこの古鬼族」
見下すような感じになる。だが、古賢族は鬼とよばれた先祖ほど猛々しい感じはない。彼らの認識は変な古鬼族におちついたようだ。
「わしらは今日ついたばかりだがね。おまえさんたち、ここでなにをしてるのかね」
「こんなので囲んでおいていうセリフか」
一見強気にふるまってるが完全に怯んでいる。
「ここは魔王ウラの治める国だったと思う。我々はちと彼に縁があってな」
「ウラは塔の戦いで滅んだ。ここは無主の国だ」
僕は「覚えて」いた。水龍帝と約束したことをだ。
「万一の場合は水龍帝が保護することになっていたと思うのだが、これは帝の差配かい? 」
不意の沈黙、トカゲ人たちは不気味な様子で僕を見つめている。
「そんな話は聞いたことがねえなぁ」
やがて、トカゲ人のリーダーがなるべくゆっくりという感じでそう言った。
「ふうん、それは後で水龍帝にきいてみるとするよ。で、あんたたちは無主と勘違いしてなにやってんの? 」
語気が少し強くなるのはたぶんウラの記憶がわいてきたから。漠然としていたが、この国は素朴で緑豊かな平和な国だったと「覚えて」いる。古鬼族は鬼の名の通り、猛々しい外見で勇敢ではあるが平和を好む種族だった。
「見回りだ。俺たちは代王タカオ様の傭兵で、不逞の輩が徘徊していないか警戒している」
代王タカオ?
その名前に「聞き覚え」はなかった。
「少なくともウラの関係者ではないな。何者だ、その代王は。何の正当性をもって王を名乗る」
「わしらの知ることじゃあねえ。魔王ウラの関係者なら、砦にきて直接話を聞いてみるがいい。案内くらいしよう」
まあ、罠だろうな。砦ならクレイソルジャーの四十くらい制圧するだけの武器と人員があるだろう。ゴウキと視線をかわすと彼も察したようだ。
「わかった。では明日にでも出向くとしよう。すまんが先ぶれの代わりをしておいてくれ。元、塔の勇者のゴウキという魔法使いと、ウラの縁者がいくとな。用件はちょっとした借り物だ」
とかげ人たちは承服し、いそいそと去っていった。
「で、明日までどこかで待つの? 」
「まさか」
ゴウキは首を振った。
「少しだけ待ってすぐに奇襲じゃな。奴らの親分と話をつけるか、空飛ぶ絨毯を奪って脱走か、どっちかに持ち込もうと思う」
行動力あるな。
だが、僕も賛成だった。相手が迎撃の準備しているところにのこのこ行ってやる必要はない。
それに、彼らと別に争う必要もないのだ。
絨毯は天守の最上階に敷いてある。奪われてなければまだそのへんで皺になってころがっているはずだ。壊れてなくって広げる手間があればすぐにでも飛べるだろう。そこに彼らがいて邪魔さえしなければ衝突はない。天守閣への近道は覚えている。
視線を感じたのは高めの石垣を曲がったときだった。ゴウキも同時に感づいたらしい。さっきのとかげ人たちが監視を誰かおいていったのかと最初は思った。
そうではなかった。
石垣の真下の地面が持ち上がって、そこから古賢族のようだが、もう少し野性的な顔がこちらに向けられている。
古鬼族だ。
「おお」
その男は感極まった声をあげた。
「おおおお、ウラ様」
よろよろまろびでて平伏された。
一人だけではない、老人や子供ら十人あまりがつづいて一斉に平伏する。
「おかえりになった。ウラ様がお帰りになった」
あ、これ天守閣には向かえない流れだぞ。
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