魔界へむかう心境
ゴウキは古賢族としては平凡な外見の男だった。かろうじて道とわかる古い街道をとぼとぼと歩いて行くその姿を最初に目にしたときは、人違いを疑った。だが、僕の中のウラの記憶がぞくりと恐怖を呼び覚ます。僕は何万回も何十万回も彼に殺された。それは「覚えて」いた。鼓動がはやくなり、自然に体を魔力が満たす。自分を鎮めるのが大変だった。
だからこそ、できるだけ軽い調子で彼に話しかけた。
彼は僕を見て、この姿がウラのものだとすぐに理解したが、いきなり身構えたりはしなかった。
「魔王ウラ? 」
また説明をしなければならないな。
ゴウキは同行を受け入れてくれた。
その後、僕たちは辺地に点在する没設定の国々をまわった。一緒に戦ったことも何度かある。
一度はかなり危ない相手で白銀の装備をつける必要があった。若干もたついたが、魔法的な流れを目視し、切り払うことができるのはやはり大きい。魔力でとんでいる相手なら真下に流れている浮き上がらせる魔力を切り払えば落ちてくるし、呪文はよそ見していなければ受けることもない。
「まるで魔王というより勇者のようだな」
ゴウキにそんなことを言われた。
この人がどんな人か、僕は旅の間に知った。ニュースでもみたことがある。世界初の電脳化実験の被験者で、元は天才とよばれたプログラマーで企業を起こし、名誉教授になり、そして実験のころにはすっかり一線を引いたひと。世代的には祖父と同じくらい。
「そんな呼び方をされてたけど、最初にやったチートが暗黒の塔で経験値と魔法威力の計算式をかきかえるちんけなやつだったんだけどね」
「確かにアンナ、ハンナのプレイヤーのチートに比べるとしょぼいですね」
「こう、今更なんだがな」
彼は頭をかいた。
「あれも俺のチートだ。彼女のプレイヤーは昔の彼女だよ」
その後、社会にでたところで彼女とは疎遠になり、いつのまにか自然消滅。まあよくあることだが、それは中の人の話で、アンナたちはそのころのまま。
ゴウキの電脳化実験はダイモンによれば失敗らしい。今はそれっぽく動いているがいずれ限界がくるのだそうだ。そして、ダイモンにより正確に移されたのがここにいるゴウキ、昔のチートキャラクターというわけだ。
「アーススピアが二百五十六本の一斉につきあげてくるのってそういうことですか」
「といっても呪文のコードは一つだけだから今の君なら一振りで払えるよ」
「そうかも知れませんが、あなたの体力をけずりきるのに何十回きりつけないといけないか考えると戦ってみたくはないですね」
「俺もそんなに刻まれるのはやだな」
なんだろう、なんだか打ち解けてしまった。あんなに殺し合ったのに。全部負けたけど。
「しかし、なんでそれで戦わなかったんだ」
「ゲームとしては強すぎたからじゃないですかね。あの塔は死の王のもので、ウラが奪ったのだけど、そのときに破壊されたことになってました」
「壊れたのになんで……ああ、ダイモンか」
「みたいですね」
ダイモンと僕のかかわりはゴウキにもうちあけている。妙なことだが、子供のころ集中治療室のようなところにはいったことはないかと聞かれた。
覚えはない。初子の僕が大分小さく生まれたことは母からきいていたので、何かそういう設備にはいったことはあるかもしれない。
余談だが、妹はかなりまるまると生まれてきたらしい。
「なぜそんなことを? 」
「こっちの世界の者が現実のほうにっていうのがどうも納得いかなくってね。ダイモンは電子の世界と人間の接続にくわしいようだから、もしかして、と思ったんだ」
つまり、僕の中のウラとしての前世はダイモンによって書き込まれたと?
「可能性はある。ダイモンの考えていそうなことはいくつか予想があるが、どれもあまり気分のいい話じゃない」
さすが現実でも天才といわれた人。ゴウキはいろいろ考えているし、研鑽もつんでいる。
彼にラボ同様の部屋を貸してもらったときは驚いた。荒唐無稽な小説にでてくる異空間収納というより異空間納戸。これを彼は魔法の構造を研究して作り上げたというのだ。
魔法使いは魔力の流れを漠然と感じ、経験とあわせて読み取るものだが、彼ははっきりプログラムとして認識している。この世界が古いプログラムからうまれたが、今では現実にも存在しないほど高度な環境に書き変わってると彼はいった。
「俺が触れたことで全部始まった。粗いドットで構成された視界が一気にリアルなものになっていった。ダイモンが俺にもとめているのはそういうことらしい」
「では、彼は僕になにを求めたのだろう」
さあ、とゴウキはお茶をにごした。あんまり無責任なことはいえないし、それは彼の問題ではないからだろう。
僕とゴウキの違いが明らかになる出来事があった。
氷血帝が倒れたのだ。あれから三ヶ月くらいしかたっていない。
なぜそれがわかったか。
野営中に僕はさっきまでいたキャンプでない場所にいることに気付いた。
あの塔の隠し部屋だ。そして死の王のコンソールに灯りがついていた。
赴任した魔王が倒れるたびによびもどされるのだろうか。
部屋にもどっているということは、ウラのコンソールで飛んできたことになる。
調べると、吸収できる死者は二人。どちらも玉座の間だ。そしてかなり強力。
氷血帝と、彼のドラゴンだろう。
小鬼を召還し、視界を共有しながら玉座の間を確かめると、はたしてその通りだった。氷のドラゴンは倒されてもなおぐったりした顔をしていた。彼らは十二分に実力を出せたといっていいのだろうか。
巨大な屍の向こうにはまだ冒険者たちが休んでいるらしく、宝箱の中身と、怪我の具合について話しているのが聞こえる。どうやら、この冒険者たちはローランたちではなく、ロゴレスという戦士を中心にしたチームらしい。そのロゴレスは盾ごと腕をもっていかれたようだ。
ゴーレム義肢がどうのと話している。義手にかえるしかないという話だ。そろそろ引退かな、というのを仲間たちが慰留している。すこしつらそうだった。
あまり時間もなさそうなので、小鬼を戻して火炎帝同様、吸い取って供養する。びっくりした声があがった。
さて、なんとかしてゴウキのところにもどらないといけない。目をつぶってウラのコンソールを確かめると、レベルが一気にあがっていた。
ダイスケ/ウラカミ 人族 十七歳 魔法戦士 百七十六レベル
たいりょく 千四十八 まりょく 千三百五十五
ちから 千五百十一 ちえ 千七百二十 すばやさ 七百十一
魔法 日常魔法、攻撃魔法、梃子魔法(物理魔法)、神聖魔法、呪詛魔法 召還魔法 錬金術
魔法スロット 無制限 コンボ 九(設定済み八)
特記事項 炎属性魔法のコスト半減(火魔神吸収) 冷却系魔法のコスト半減(氷龍吸収)
まだまだ及ばないが、ゴウキの世界に近づいている気がする。
さて、なんとかしてゴウキのところにもどらないといけない。
目をつぶってウラのコンソールを確かめる。
特に変化はない。ただ、一番最初のときには有効ではななかったコマンドが有効になっている。
帰還、とある。
このボタンは確か、古賢族の国に最初に転移したころからついていた。
結論を言えば、このボタンでもとの場所に戻れた。
戻ったあとは再び暗くなってしまったので、転移した元の場所に戻るためのものだろう。
ゲームの世界だけあってとことんゲーム的だ。
びっくりしたゴウキに質問され、システムコンソールのことを説明するとずるいなそれと言われた。おたがいさまだと思うのだけどね。
「ローランは知ってる? 彼にアーススピアは何本でるかってきかれたんだよ」
それからロゴレスという戦士が片腕を失った話をした。ゴウキは二人とも知ってた。
「ゲームの時代は四肢欠損はなかったし、死んでもセーブポイントに戻るだけだったんだけどな」
ダイモンはちまちまアップデートしてたんだろうな」
「この世界はゲームの中なんですか? 」
「おそらくね。俺や君を呼びこんだあたり、普通のネットワークにもつながってると思うのだけど、人間のもってる環境よりよほど高度なものを用意している。解せないのはほとんどスタンドアロンだった当時の古いパソコンにもつながってたらしいってとこだね」
ゴウキは苦笑いした。
「ダイモンは世界創造の初期作品だといった。電脳世界とよんでいるあれとは似て非なる本当に一つの世界なのかもしれない」
彼のいうことは難しい。だが、なんとなくわかる。
「電源を抜けば目がさめるようなのとは違うということですね。もしかするとここでの死は本当に死なのかもしれないと」
「俺の場合そうだろうね。あっちじゃ死人だ。君の場合、今の君の記憶や意識を引き継がずに目覚めるということだと思う。ダイモンは君がなしとげたら本体にマージしてくれるのだろう」
「そんなこと、できるんですか」
ゴウキは顎をなでながらしばらく考えていたが、一つうなずいてきっぱり答えた。
「できると思う。君は前世がウラだったという。おそらくウラの記憶をダイモンに書き込まれたのではないかな」
それが本当なら、僕はウラだと思い込まされた無関係の人間なんじゃないか。
「僕はどうすればいいんだ」
「考えることだ。君は古い雑誌でウラだったことを思い出した。こちらに引き込まれて人界でのウラを思い出した。それなら魔界にいけばどうなるかな。君はどうしたいのか」
魔界にいけば、魔界でのウラの記憶が書き込まれるというのか。
「どうすればいいんだ」
「もし俺なら、というのはある。ゴールの仕方もなんとなくわかった。あとは君次第だ」
ゴウキの考えるゴールとは、僕がウラをどう受け入れるからしい。確かに限られた範囲だが我が事のようにウラのことを知っているし、今の自分があるのも彼の記憶のおかげだ。
「人生と同じだ。生きているといろんな人間の考え方や時代の感じ方に影響をうける、そいつを自分の一部としてどう組み込むか、あるいは排除するかのくりかえした」
さすがご老人という感じのことを彼は言った、いや、肉体的にも若者って感じだし、眼鏡の知的美女と子供作るし、そこだけ見ると不良爺さんなんだけど。
まず、魔界にいって彼のすべてを受け止めてから自分のありかたを考えるか、それを決めなければならない。
だから、魔界に通じる門を前にして僕は怯んでいた。
門は崩壊がはじまっている、本来無理なものを無理矢理存在させているわけなので、時間はない。
ここは塔の没案の玉座の間の奥。塔には死の王の没案がいただけで各階にはボスも普通の回遊モンスターもいなかった。宝箱もからっぽだ。
そして死の王はゴウキと人間になってしまったとはいえ、レベルだけなら以前以上の僕の敵ではなかった。僕やゴウキに向けて飛ばす即死魔法を切り払ってさえいれば難しい相手ではない。なにしろゴウキの魔法は威力がひどい。ウラの記憶の色は昏いが、あんなの相手にしてたせいか。
宝もなにもなかったが、コンソールはあった。使える機能は一つを除いて同じで、死の王の力も吸収させてもらった。
ダイスケ/ウラカミ 人族 十七歳 魔法戦士 二百五十一レベル
たいりょく 千六百七十三 まりょく 二千三十七
ちから 二千四 ちえ 三千三百九十七 すばやさ 千二十一
魔法 日常魔法、攻撃魔法、梃子魔法(物理魔法)、神聖魔法、呪詛魔法 召還魔法 錬金術
魔法スロット 無制限 コンボ 九(設定済み八)
特記事項 炎属性魔法のコスト半減(火魔神吸収) 冷却系魔法のコスト半減(氷龍吸収) 呪詛魔法のコスト半減(死の王吸収) 死者保管 五(保管中なし)
死の王って火魔神や氷龍と同じわくなのか。ということはあれもまた何かの眷属だったんだ。
そして変な能力が七つふえている。死んですぐのものは保管できるらしい。これと、塔のコンソールを使えばえげつないことができるね。気分のいいものじゃないけど。これは単純に蘇生するときにだけ使おう。
そしてコンソールの最後にあったのが魔界への門、人界への門のコマンドだ。人界にあるせいか、人界への門は暗くなっているが、魔界への門は使える。
ゴウキのためにこれをあけた。うかつだった。決心してからにするべきだった。
門はすぐに崩壊をはじめたんだ。そしてコンソールのコマンドはもう使えない状態になっていた。
「俺はいく。君は残れ」
僕の迷いを見抜いたか、そういってゴウキはさっさと魔界に通じる門をくぐてしまった。
結局、僕は飛び込んでしまった。
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