近衛騎士 マーティン・レンブラントの受難

「だからさ、そこで言ったわけだよ。お兄様みたいな人がいいって」

「はぁ」

「そしたらみんなドン引きで。いや、私だって分かってはいるんだ、もうちょっと何かこう、あるだろうと」

「…………」


 話しながら、彼女がサラダを取り分ける。それは別にいいのだが。


「こちらの皿にピーマンを寄せないでください」

「最初からそうだったよ」

「なぜすぐにバレる嘘を」

「しょうがないだろ。嫌いなんだ」


 しょうがなくない。

 百歩譲ってお前が残すのはいい。なぜ自分が片付けてやらなくてはならないのか。


「苦いじゃないか」

「子どものようなことを」

「子どもだからね」


 ふんと鼻を鳴らして、顔を背ける。そういうところが子どもだ。


「で、だ。模範回答を考えたんだ。次にそれを聞かれた時に、うまく返せるように」

「はぁ」

「『私のことを好きになってくれる人、かな』」


 思わず口に含んでいたワインを噴き出した。


「うわ、やめろよ君、汚いな」


 お前のせいだろうが。

 盛大に咽せてしまった。

 どう考えても振った女と自分に好意を向けている相手を前にして言っていい台詞ではない。

 ブラコンの方が100倍マシだ。火に油を注いで何がしたい。


 ただの女にモテる自慢かと思って聞いていたが――こちらは見合いだ結婚だと現実を突きつけられてげっそりしているのに、学生というのは良いご身分だ、と思っていた――着地点がおかしい。


 だいたい、あんな美少女を振るとは何を考えているのだろう。

 いや、以前の騒動の時にちらりと見ただけで、顔もはっきりとは覚えていないし……思い出そうとするとどうにも頭の中にもやがかかったような心地がして、何故自分がこいつに担がれて騎士団本部に戻る羽目になったのかもはっきりと思い出せないのだが。


 どうにもこいつは人の心の機微というものが分かっていない。

 あんなに分かりやすい殿下を前にしても、どうも好意を向けられているとは気づいていないようなのだ。

 その上、何をしたら相手が怒るか分からないのか、平気で他人の神経を逆撫でしていく。

 ……たまに分かってやっている時もあるので、非常にたちが悪い。


「そういう君はどうなんだ。巨乳好きのマーティン・レンブラント卿」

「その呼び方はやめてください」

「実際好みのタイプを聞かれたときどうするんだ? まさか例のやつをそのまま言ったりしないだろ」

「それは、……」


 言われて、考えてみる。そもそも、好みのタイプを聞かれたことがあまりなかった。

 騎士団の中の下世話な話であれば「例のやつ」で十分だが、女性の目もあるような場所で答えられるものと思うと途端に答えに窮してしまう。


「ほらな、意外と難しいんだよ」

「……冷めますよ」

「あ、露骨に話逸らした」

「早く食べてください」

「むぐ」


 口に切り分けたチキンを突っ込んでやった。

 彼女は目を丸くして、突っ込まれたチキンを大人しく咀嚼する。


 いい気味だ。普段からそうやって黙っていればいいものを。

 彼女は口の中のものを嚥下すると、ぽんと手を打った。


「なるほど。君もこっちが一口欲しいんだな」

「は?」

「はい」


 目の前にフォークに刺さったエビが差し出された。

 彼女が選んだランチメニューの具材の一つだ。


「何を、」

「何って、交換じゃないのか?」


 不思議そうに首を傾げられた。

 そう言われて、自分が何をしたか気づいた。気づいてしまった。


 うっかり弟や妹にするようなことをしてしまったが、恋人同士でもあるまいし、いい年をした男女間で行われるべきことではない。

 まずい。殿下に知られでもしたら首が飛ぶ。


「……マーティ?」


 そしてこいつも、おそらく兄や弟で慣れているのだろう。疑問を持っていないようだった。


 傍目に見たらどう思われるかと一瞬肝が冷えたが、どう見ても男同士にしか見えないことを思い出した。なら、いいか。


 いや、別の問題があるような気はするが……恋人だなんだと騒ぎ立てられるよりマシだろう。

 ただでさえ、最近見合い見合いで疲れている。恋愛やら結婚やらの面倒事はもうこりごりだ。


「なんだ、いらないのか?」

「……いただきます」


 逡巡したあと、彼女の差し出したエビを口に含む。

 ここで断るのも、何だかこちらばかりが意識しているような気がして癪だったのだ。


 オリーブオイルとニンニクの風味がふわりと広がった。昼間っからニンニク入りの物を食べるな。

 つくづく常識というものを知らないやつである。


 機嫌良く食事を再開した彼女を見て、ふとその口に運ばれるフォークに目が行った。


 ……いや、自分は。間接キスとか、そんなことを気にするほど、子どもではない。

 そう考えて、そもそもそれが彼女の言い分だったことを思い出した。


 まずい。毒されている。

 あんなトンデモ人間の言うことを真に受けてはいけない。


 自分も食事を再開しようと、握ったフォークに視線を落とす。

 ダメだ。気にしたら負けだ。


 さっと視線を上げた先、目の前に座っている相手の、薄い唇に目が行った。


 …………いや。

 ない。それは、ない。


「どうした? 巨乳好きのマーティン・レンブラント卿」

「……そうです。自分は巨乳好きの、マーティン・レンブラントです」

「自分で言うなよ、ウケる」


 けらけら笑う彼女に、自分は一段とげっそりしてため息をついた。

 食事をしながら、彼女が雑談を再開する。


「第四師団、人が足りてないみたいで……この前深夜シフトに連続で借り出されてさ。おかげで次の日学園で眠いこと眠いこと」

「どこも人手不足ですね」

「近衛師団もそうなのか?」

「うちは優先して人員が回されるので、それほどは」

「いいよなぁ。まぁ近衛と十三は別格なんだろうけど……騎士団に人回すには訓練場で騎士目指すやつ増やさないとって思うとマッチポンプ感がすごい」

「皿に髪が入りますよ」


 机に顎を載せて文句を垂れている彼女の髪を払ってやった。


 瞬間、違和感が触覚を伝って脳に届く。

 少し触れただけでわかるほど、髪が柔らかかったのだ。自分のものとは全く違う。

 そう、まるで。


 女の髪のようだった。


 彼女は頭を起こして、頬杖をつく。そしてにっと白い歯を見せて、照れくさそうに笑った。


「サンキュ」


 咄嗟に机の下で自分の太腿にフォークを突き刺した。


 今、ものすごく不本意な何かが脳裏を過った気がする。

 何かと言われると言語化できないししたくもないが、それが一瞬でも頭に浮かんだことがものすごく、癪に障るような「何か」だ。


 何を考えているのだ、自分は。

 相手は性別こそ……女だが、見た目も所作も完全に男だ。


 適当だし、雑だし、粗暴だ。いつもへらへらした、人を食ったような態度で余裕ぶっているところも癪に触る。

 3つほど年下のはずなのに、そうは思えないほど場慣れしていて、それでいて妙に子どもっぽい。


 ジュースひとつで人を買収しようとしたり、かくれんぼだと言って途中で帰ったり。

 珍しく落ち込んでいたかと思えば、人を怒らせてストレス発散したり。


 会うたび気配の読み合いを仕掛けてきたり、暇だろうと手合わせを申し込んできたり。

 無愛想な自分をまるで気にする風でもなく、騎士団や家族の話をしてきたり、自分もつい、つられて話をしたり。


 そんなやつだ。ろくでもないところのほうが多いやつだ。


 勝手に友達呼ばわりしてくるし、勝手に人の見合いを応援したりする。

 食事を奢ると言えば、こうしてほいほいついてくる。


 そして年相応の顔で、笑ったりする。


 もう食べ終わってしまったらしく――食べるのが早い。奢ってやっているのだからもっと味わって食え――手持ち無沙汰な様子でぼんやりこちらを眺めていた彼女と、目が合った。

 何故か視線が逸らせなくて、しばしその顔を見つめてしまう。


「ん? どした?」


 首を傾げる彼女から視線を剥がすと、掻き込むように食事を再開した。



 ◇ ◇ ◇



 マーティン・レンブラント、20歳。

 この日以降、彼に男の恋人がいるという噂が広まり、見合い話が激減することを、彼はまだ知らない。


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モブ同然の悪役令嬢に転生したので、男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う) 岡崎マサムネ @zaki_masa

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