贈り物にまつわるエトセトラ(4)

「姉上。今日友達と出かけるので、タイ貸してください」

「いいけど」


 休日。私の部屋を訪れたクリストファーに、逆立ち腕立てをやめて対応する。


「君、自分のがあるだろう」

「姉上のほうがたくさん持ってるじゃないですか」

「まぁ、それはそうだね」


 勝手知ったる様子でクローゼットを開けて、タイを選ぶクリストファー。


 使用人に任せればいいと思うのだが――幽閉時代の癖だろうか。クリストファーは自分で出来ることは自分でしたほうが落ち着くようなので――彼の意思を尊重しているうち、並みの執事見習いよりよほど身の回りのことをこなせてしまうようになっていた。


 私も一般的な貴族と比べればおそらく自分でいろいろとやる方なので、特に口出しをすることはない。

 バートン公爵家、基本的に放任主義である。


 使用人からすれば、下手に手出しをされるほうが迷惑なんじゃないかと思うのだが、そのあたりどうなのだろう。

 まぁ、この格好の私が許されている時点で推して知るべし、だろうが。


 後ろから覗き込むと、クリストファーは鏡の前でいくつかタイを合わせてみては、うんうん悩んでいた。

 彼の手にあるものから、明るいグリーンのものを選び、首元に当ててやる。


「そのベストなら、こっちの色が良いんじゃないかな」

「派手すぎませんか?」

「ジャケットも着るだろう? あまり落ち着いた色だと沈んで見えるよ」


 私の言葉に納得したのか、クリストファーは他のタイをクローゼットに戻した。


「どれ。結んでやろう」

「え?」

「いいから、いいから」


 タイを受け取り、後ろから手を回して彼の首元で結んでやる。

 せっかくなので、ケープノットにしてやった。

 タイの結び方はかなり練習したので、手元を見なくても完璧だ。


 何かあって緩めたときとか、解いたときにきちんと結び直せないと、格好がつかないからである。

 攻略対象たるもの、身だしなみと清潔感は大切だ。


「ほら、出来たよ」

「!」


 ぽんと肩を叩いてやると、固まっていたクリストファーの肩がびくりと跳ねた。

 照れくさかったのか、耳まで赤くなっている。


 彼は鏡で自分の首元を見て、ぱっと表情を明るくした。

 大きな蜂蜜色の瞳を見開いて、鏡越しに私を見つめてくる。


「す、すごい! どうやったんですか?」

「どうって……こっちの短いほうを、こうぐるっとやって、もう一回ぐるっとやって、がーっとやって、こう」

「全然分かりません」


 鏡の中のクリストファーが、ちんぷんかんぷんという顔をしていた。

 そんな顔をされても、これ以上に説明のしようがない。


「もう一回やってください!」

「えぇ? まったく、しょうがないな」


 もう一度腕を回して、まずはタイを解いてやる。

 それから長さを調節し、先ほどよりゆっくりと結び始めた。


「ほら、こうして、ここを回して、……」


 あれ。次はどうだったか。

 手癖でやっているので、説明しながらゆっくりやろうとすると分からなくなってくる。


 手元を確認しようと顔を上げ、鏡を見た。

 クリストファーが鏡でもタイでもなく、私の顔をじっと見つめていた。


「クリストファー。私じゃなくて手元を見なさい」

「えっ!? あ、す、すみません」


 鏡越しではなく直接目を合わせて苦笑いすると、彼はまたびくりと肩を震わせて頬を赤くした。

 そして、上目遣いで私を見上げ、照れたようにはにかむ。


「その……姉上に構ってもらえるのが嬉しくて、つい」

「困った弟だ」


 そういう言い方をされると、まるで普段姉らしい振る舞いをしていないかのようではないか。

 ……確かに、どちらかというと世話を焼かれていることのほうが多いような気はするが。


 タイを結び終わったので、ぽんと頭を撫でてやってから、一歩離れて彼を見る。

 全体のバランスも良い。これなら「友達」とやらも大満足だろう。いや、男か女かも知らないけれど。

 まぁ、元の顔が2度見するほど良いので、何をしたって可愛いのだが。


「今度の誕生日の贈り物はタイにしようか。その色、よく似合うよ」

「えっ」


 機嫌よく鏡の前でくるくる回っていた弟が、一時停止する。

 そして油の足りないブリキ人形のような動きで、私を振り向いた。


「あ、姉上。タイを贈る意味って……知ってます?」

「え?」


 そういえば、以前アイザックにもそんなことを言われたな。

 確か、あまりよくない意味なんだったか。

 聞くのが怖くて放置していたのを思い出した。


 クリストファーは頬を赤らめ、言いにくそうに小さな声で、言う。


「『あなたに首ったけ』って意味なんですよ」

「は?」

「やっぱり。知らなかったんですね」


 やや呆れた様子のクリストファー。


 知らなかった。

 もしかしたら昔教わったのかもしれないが、少なくとも記憶にはなかった。


 ずらりとクローゼットに並んでいる、ご令嬢たちからのプレゼントのタイを眺める。

 意味を知ったとたん、今までただの布だったものが、急に重量感のある重苦しいものに思えてくるから不思議である。


「首飾りとかの装飾品もそうですけど、『束縛したい』って意味もあるとか」

「怖いな!?」


 思わず素で反応してしまった。

 贈る側もどうなんだ、それは。


 ご令嬢方に愛されている自覚はあった。ファンクラブがあるくらいだ。

 だがそれはあくまでもうちょっと、ライトなノリだと思っていたのだが。

 贈り物の話をしたときの、アイザックの表情を思い出した。


「……じゃあ、懐中時計をプレゼントする意味は?」

「え? えーと。確か、『あなたと同じ時を刻みたい』って意味です」

「タイピンは」

「……『あなたは私のもの』、です」

「刺繍入りのハンカチは?」

「……あ、『あなたの恋人に、なりたい』……です」

「……」


 絶句してしまった。

 重い。

 愛が重い。


「も、もう! 恥ずかしいこと言わせないでくださいよ!」

「え? ああ、ごめんごめん」


 愛の告白紛いの台詞を連発させられたクリストファーが、私の肩をぽかぽかと殴る。

 適当に謝りながら、再度クローゼットの中身を見渡した。


「……大丈夫かな、私。いつか刺されたりするんじゃないだろうか」

「今更気づいたんですか?」


 私の呟きに、クリストファーは呆れたような視線とため息をくれただけで、「大丈夫」とは言ってくれなかった。


 今度勉強会のときにでも、アイザックに一通り教えてもらったほうが良いかもしれない。

 私もロベルトも、たぶんリリアも、そのあたりの常識が抜けている気がした。


 いや、4人中3人知らないならもうそんなもの、常識でも何でもないような気がするのだが。

 やはり、刺されたくはない。この世で一番、我が身が可愛いので。


 とりあえず、次の友の会の会報で「もらって一番嬉しい贈り物は?」の質問に、「手紙が一番嬉しいよ」と答えておくことにしよう。

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