第6話 魔女の手がかり
西へと続く交易路を縄張りにする盗賊団“紅鴉”、その隠れ家は山奥の廃村にあった。
下からは見えないが、この廃村からは山のこちらからあちらまで全体を捉えることが出来る。この地の利を活かして、隊商や行商を襲っていたという訳だ。
盗賊団の拠点へ足を踏み入れたキリルとベルを迎えたのは、悲鳴だった。
「ぎゃあああああ! 出たァ! お頭ァァァ!」
「バケモノ女が来たァァァ! 野郎ども隠れろ、身ぐるみ剥ぎ取られて吊るされるぅぅぅ!」
二人を、というよりはキリルをという方が正しかろう。キリルを見知らぬ者がほとんどのようだが、知り合いと思しき古参たちがぎゃあぎゃあと喚くのを見て、大いに戸惑っている。
「バケモノ女」という言葉を浴びせられた当の本人は豪快に笑った。
「ぎゃっはっは! 言ったろベル、面白ェ奴らだ!」
「君が面白いのなら良かったよ」
どう聞いても罵倒の文句だが、本人が気にしていないことをベルが咎める謂れはない。大人しくキリルの傍を離れないように歩く。キリルが大股で歩くので、ベルはちょっと頑張ってついて行かなければならない。
キリルにこてんぱんにされた盗賊の中で怪我の軽かった一人に案内させ、二人は村の最奥へとやって来た。やや大きな建物で、入り口の両側に見張り番が二人立っている。キリルは案内役も見張り番の二人も構わず横へ押しやって、勢いよく扉を開けた。
「ようガンザ! 生きてるかい?」
埃っぽい家屋の奥で、毛皮の上であぐらをかく総髪の大男。片目を覆う黒い眼帯には、禍々しい紅色の鴉が描かれている。
大男はごわごわした黒髭をのそりと動かして、地鳴りのような声を発した。
「ウチのもんがやかましいと思ったら、キリル、てめえか」
「おやおやガンザ、ちょっと見ねえ間に随分と皺が増えたんじゃねえか? その眼帯、よく似合ってるよ」
「ふん。おめえはいつまで経っても不気味なぐらい変わんねえな。相変わらずゴリラみてえな風体しやがって。ちったァ見張りの奴らにも仕事させてやれ」
「仕事って言ったってよ、ここの手下どもも質が落ちたもんだね。昔はもっとやれる奴がゴロゴロしてたじゃねえか。あんたも随分丸くなったか?」
キリルの皮肉に大男のガンザは鼻を鳴らし、戸口でおろおろしている手下たちに下がるよう合図した。
「この女を止められるなんざ思ってねえ。こいつはいいから、てめえらは持ち場に戻れ」
「けどお頭! こいつ、きっと俺たちを滅ぼしに来やがったんだ!」
「そのつもりなら、今頃てめえら全員首が体とおさらばしてるだろうよ。ごちゃごちゃ言わねえでさっさと行かねえか」
渋々手下たちが下がり、扉が大きな音を立てて閉じられる。キリルは持ってきた酒を片手にガンザの方へ歩いていった。
「酷ェ言い様だな。あんたのかわいい手下どもの首もぎ取ったりしねえよ」
「どうだか。そいつは酒か?」
「上等で美味いヤツ持ってきた。“紅鴉”を束ねるお頭にお目通りとありゃ、手土産なしってワケにもいかねえだろう?」
ガンザの真正面にどっかり腰を下ろし、キリルは荷袋から古いゴブレットを二つ取り出して、酒をなみなみと注いで一つを渡した。杯を軽く掲げて口をつけたガンザは、美味いとみるやに一気にぐいと呷った。
「なるほど。儂好みだ。それで? ただ酒を汲み交わしに来たんじゃねえんだろう。後ろの連れはどこの馬の骨だ?」
「ちとワケアリでな。あたしはこいつの護衛役に雇われたんだ。ベル、ガンザのお頭にご挨拶しな」
ベルがフードを外すと、短く切った金髪が美しく輝いて、薄暗い部屋の中で光を放った。その眩さにガンザの隻眼が細められた。
「おいおいキリル、冗談みてえに綺麗な顔した坊ちゃんじゃねえか! てめえどこの上玉掻っ攫ってきたんだ?」
「お初に、“紅鴉”の首領ガンザ殿。僕のことはベルと呼んでくれ。たしかに僕はキリルに攫われたけれど、それは僕がキリルに頼んだことだよ。そしてあなたには、この世界に十三人いる魔女の居場所を乞いたい」
「ああ……? 魔女だァ?」
「そう。僅かな手掛かりでも、噂話でも構わない。貴方ほどたくさん部下を抱える人なら、何か知っているのではないかと思ってね。それで訪ねてきたんだ」
「――がっはっはっは!」
轟くような声でガンザは大笑いした。
「お前さん、顔は上品だが冗談はつまらんな。魔女だって? そんなおとぎ話の存在がこの世に、十三人だァ? おいキリル、俺を楽しませてえんならもっとマシな奴連れて来い!」
「では貴方にもう一つ冗談を。茨の城で眠る姫の話はご存知で?」
怪訝な顔のガンザに微笑みかけ、ベルは柔らかな声で唱えた。
「〈僕の片割れ、出ておいで〉」
「な……こいつァ……」
ベルの呼びかけに応じて、足元からにょきにょきと茨が生えてきた。慄くガンザに、ベルは美しく微笑みかけた。
「夜に子どもを寝かしつけるおとぎ話には、たしかに王子よりもお姫さまの方が適役だ。きっともうすぐ『眠りの城が目覚めた』という噂がここにも届くだろうね。それでも〈茨の魔法〉を持つ王子は関係ないかな?」
魔法の茨はベルの足元を覆い、棘でガンザを威嚇した。ガンザは驚愕に目を見開いて、しばらく顎髭をさすっていたが、もう一杯酒をがぶりと飲み干すと、扉の外に向かって呼び掛けた。
「おうい、誰かハンスを連れて来い。それから食い物だ。……儂と客人二人分のな」
「ハンス?」
「キリル、おめえがいなくなった随分後にウチに来た奴だが、耳の早い小僧でな。移動中の隊商の情報からちっちゃな噂話まで捕まえてくる。その中にひとつくらいあるといいな」
「ありがとう、ガンザ」
「こんな掃き溜めで生きた宝石を拝めたってことで、今回は手ェ打ってやる。だがな、坊ちゃん、普通はこの怪力ゴリラ女みてえによ、手土産の一つも持って頼むもんだぜ」
キリルは「いいだろ、酒持って来たんだから!」と憤慨したが、ガンザよりも三杯は多く飲んでいたのがいけなかったかもしれないと、ベルは口に出さずにそう思った。
キリルとベルはテーブルについて、昼食をガンザと共にした。キリルとガンザの二人は、いかにも盗賊らしい食べっぷりで、昼間から豚の丸焼きに肉の入ったスープ、それに葡萄酒まで開けている。ベルは切り分けた肉をいただきながら、隊商や商人たちから奪った食糧だろうかと推し量った。
ベルの目に、大口を開けて肉を食らうキリルが映った。ベルはふとその肉が気になった。
「キリル、その肉ちゃんと火が通ってないじゃないか」
「バカ言うんじゃねえ。生が一番美味いんだろ」
「そうかなあ……お腹壊すし、その前に嚙み切れないと思うけど」
「そりゃ、王族貴族なんてのは柔らかい食い物にありつけるからさ。庶民は歯も顎も腹も丈夫なのさ」
「てめえが頑丈なだけだろ。生肉食うのは獣か、そうでなきゃ大昔から狩猟で食ってる民族ぐらいなもんだ」
どうやら人間離れしているのはキリルの方らしい。ガンザに鼻で笑われて、キリルは不服そうにした。
これが発端になったのか、キリルとガンザで飲み比べ対決が始まってしまった。葡萄酒を十分に堪能したベルは、愉快に対決の行方を見守っていたが、扉を叩いて青年が入って来たのに気が付いた。
「お頭、お呼びで? ……あーあー、兄貴たちが言った通りだ」
「どういうことだい?」
「『バケモノ女が来ると、喧嘩か宴会が始まる』って言われたのさ。まあ、この様子はどっちも一緒にやってるってところかね」
青年は首に黒いバンダナを巻いていた。彼もガンザの手下だ。
「君がガンザの言っていた……?」
「おう、ハンスはオレのことだよ。この“紅鴉”じゃあ一番の下っ端さ。それで、魔女がどうとか言う話らしいけど、その話はお頭じゃなくてあんたにした方がいいかな」
ハンスはベルの隣に椅子を引き寄せてきて、空いているゴブレットに葡萄酒を注いで飲んでから「コレ、お頭にゃ内緒な」と指を立てた。ベルはおかしくてくすくすと笑った。
「で、お尋ねの魔女だけどよ。オレの見聞きした限りじゃあ、それっぽいのは少なくてね、けれど一つだけマジなヤツがある。――『西の山には魔女がいる』って話」
「西の山……この山じゃなく?」
「違うちがう。ここよりずっと西さ。ここは東の“ザイツ”と西の“エルンスト”を隔てる国境になってる山でよ、とは言っても衛兵が立ってたり関所があったりするわけじゃねえんだけども、とにかく西のエルンストで聞いた噂だ。あの国で言う西の山って言ったら、そりゃあ“ブロッケン山”一つしかねえ」
「ブロッケン……そこに魔女がいると?」
ベルが呟くように問うと、ハンスは肩を竦めて見せた。
「言っとくが、あくまで噂だからな。嘘かもしれねえし、こういう噂話にゃ、魔女みてえに超意地悪なばばあがいたって具合のオチが付き物だ」
「何もないところに噂は立たないものだ。手掛かりとしては充分だよ。教えてくれてどうもありがとう、ハンス」
美しい顔でにこりと笑いかけられて、ハンスは思わず顔を赤らめてそっぽを向いた。
「あーあ、こんないいツラで女じゃねえなんて、勿体ねえなあ!」
「それはお世辞?」
「どうとでも取ってくれや。さて、面倒事に巻き込まれる前に退散しようかね」
ハンスが去ったその時、ずしんと小屋が揺れた。酔っぱらったガンザが椅子から転げ落ちて、床でいびきをかいていた。
キリルは満足そうに息をついて、口元を袖で拭った。大量の酒瓶や酒樽を空けても顔色一つ変えないキリルを見てベルは、もしかしてキリルこそが魔女なのではないかと首を傾げたのだった。
* * *
酔っぱらったガンザを差し置いて、たらふく飲み食いしてすっかり大満足のキリルは、ベルを連れて早々に“紅鴉”の隠れ家を後にした。去るキリルに向かって、来た時と同じように「二度と来るな、バケモノ女!」という言葉で送り出されたが、やっぱりキリルは気にしていない。
「いやあ、楽しかった。しかし驚いたぜ、ガンザを相手にやるじゃねえか。このキリル様を脅しただけあるねえ」
「どうかな。眠りの城出身だとは知られたくなかったんだろう?」
「必要な情報開示だったさ。あたしの口から言うよりずっと信頼されやすい。あいつはそういう男だ。ああ、そう言やァ魔女の居場所は聞き出せたかい?」
廃村から抜けそうだというところで、キリルが思い出したようにベルを振り返った。
「もう、僕に任せっきりにして。ちゃんと聞いたよ。西隣の国にあるブロッケン山だって」
「ブロッケンねえ。たしか高くてごつい山だ。下手すりゃ崖登りだな」
「行ったことがあるの?」
「昔な。とにかく、まずはブロッケン山の近くまで行って、そこでまた探ってみようぜ」
二人は進路を西へ取り、交易路を辿って行った。途中国境を指し示す看板が置かれていたが、人っ子一人おらず、看板も風雨に晒されたまま放り置かれているようだった。西隣の国を指す方へと歩みを進め、日が暮れかかる頃に着いた山麓の町で宿を一晩頼むと、宿屋の亭主は「“紅鴉”に襲われなかったかい? そりゃあんたら、幸運なことだよ」と驚いて、温かい夕食を出してもてなしてくれた。
「今日中に宿にありつけるとはな。なあ亭主、あたしらはこれから“ブロッケン”に行くところなんだが、ここからじゃ随分遠いのかい?」
キリルがそれとなしに訊ねると、亭主は一つ唸って答えた。
「近くはないね。まともに歩けば五日はかかるよ。けど、交易路をこのまま北側に行った隣町からなら、ブロッケンに向かう馬車の一つもあるだろう。あそこはとても大きい町だし、観光に立ち寄るのもお勧めするよ」
「そんなでけえ町あったか……?」
「ここいらじゃ有名だよ。近頃じゃあ、周りが“紅鴉”にやられる中ほとんど影響受けてないもんで、ひと際栄えてる。珍しい品物が集まるだろうし、何よりイチオシは国一番の大図書館さね」
「大図書館」という言葉に反応を示したのはベルだった。口の中のものをごっくんと飲み下して身を乗り出す。
「それって、どんな本が置いているの?」
「古今東西、あらゆる書物を扱ってると聞くぞ」
「誰でも入れるのかな? 何か身分証が必要だとか、そういうことはない?」
「なんだい坊や、がっつくねえ。もちろん一般向けに公開されてない書架もあるが、それを差し引いたって余りある。物騒な輩でもなけりゃ、基本的に出入りは自由だ」
「そう。ありがとう、ご亭主」
頷いて体を席に戻したベルは、そのまま黙々と食事を続けた。そんなベルの様子を横目で眺めながらも、キリルは何も声を掛けずに自分も皿を平らげにかかったのだった。
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