第4話 “十三人の魔女”を探せ
「うん、だいぶ王族らしさは消えたな。良いとこの坊ちゃんレベルまで下がった」
ハサミを置いたキリルは満足げに鼻を鳴らした。
王子ベルフォート……もといベルの見事な金髪は、顎の辺りまで伸ばされていたのが「上品すぎる」という理由でキリルの手により短くなった。庶民男子のようなさっぱりとした髪型にまでしたはずではあるが、サラサラの髪質と本来持つ気品とが、育ちの良さを隠しきれないようだ。
「まあ、そんだけ綺麗な顔してるからな。王族から貴族に下がっただけ上出来だ」
「褒めてくれているの?」
「もちろん。やっぱあたしの腕がいいんだな」
どうやら褒めちぎっているのは自分のことらしい。しかしベルは気にしたふうもなく、おかしそうにくすくす笑う。
ベルは散髪のために纏わせていたケープを取った。上等な服は既に着替えてしまって、キリルが指輪の代金で買ってきた古着を身に着けていた。やや薄汚れたシャツにズボン、古びた靴という出で立ちで、ひとまずは王族然とした上品さを落ち着かせるのに成功している。
「ゆったりしていて動きやすいな。ありがとう」
「おいおい、文句の一つもナシかよ……マジで素直すぎて怖えんだけど」
「盗賊の道は盗賊だろう? あなたに任せるのが一番だ」
「それ」
不意にキリルがビシッと、ベルに人差し指を向けた。
「その『あなた』呼ばわりは止してくれねえかい。上品に呼ばれるとむず痒くってかなわねえ」
「ええと……では『君』とか」
「……分かった。まずあんたは言葉遣いをちょっとずつ崩していかねえとだな」
存外やることは多そうだ。キリルは溜息をついた。
埃っぽい
「ほら、よそ見すんじゃねえ。置いてくぞ」
「ねえキリル、あれは何を焼いているの」
「その辺飛んでる鳥を撃ち落として、羽むしって串焼きにしてんのさ。後で屋台で売ってるヤツ買ってやるから、あたしから離れんじゃねえ」
「分かった。離れないよ」
それでもやっぱりベルがきょろきょろするので、とうとうキリルはその首根っこをぐいと掴んで引っ張るようにして歩いた。背丈が同じくらいの二人だが、体格はキリルの方が良いのだ。
「ああくそ、無駄に時間食ったぜ。おい旦那、そろそろ終わったか?」
キリルが乱暴にドアを開けると、ドアの鈴がガランガラン鳴ってうるさくした。片眼鏡の店主の顔が大いに歪んだ。
「うるせえぞ。金要らねえのか?」
「要るいる、超要る。悪かったよ。んで、どれぐらいになりそうかね?」
「喜べ。お前にしちゃあ随分な収穫だったな。どこで拾ったかは敢えて訊かねえが、大体金貨三十枚ってところだ」
「さんじゅッ」
絶句したキリルの手から杖が離れた。店の陳列棚に向かって倒れていく杖をベルが慌てて捕まえた。
「何が」
「金貨」
「マジ」
「マジだ」
「へへ……イヒヒ、マジか。マジかよ! ヤッホウ! おい喜べ、しばらく遊んで暮らせるぜ!」
キリル、今度は諸手を挙げたかと思えば、傍らで杖を持つベルに抱き着いた。ベルから痛そうな呻き声が上がったが、キリルの耳には届いていないようだ。
「キリル、そいつは?」
「新しい雇い主だよ。こいつの用心棒になったんだ」
「ふうん。お前が用心棒たァ久しぶりだな。腕鈍っちゃいねえだろうな」
「心配してくれてんのかい?」
「お前のじゃなく、雇い主のな。そら、これが細かい鑑定結果と金額、こっちは代金だ」
書類に目を通し、代金がそっくりあることを確かめたキリルは、満足げに頷いて荷袋の中に仕舞い込んだ。
「金もたんまり手に入ったし、仕事も出来たし、あたしはしばらくこの町を出るよ。……ああところで」
再びベルの首根っこを掴んだキリルが振り返った。
「ダメ元で訊くけどよ、“魔女”の居場所について何か知らねえか?」
「強い女魔法使いなら何人か知ってるが、そういう意味じゃねえだろ。知らねえ」
「だよな。訊いてみただけだ。じゃ、達者でやれよ、旦那」
再び鈴がガランガラン鳴り、バタンと閉まった後もしばらく鈴の乱打が続くのが聞こえた。その音を背にキリルはずんずんと道を突っ切っていく。
「どこに行くんだい、キリル?」
「町を出るんだよ。南東は商人の町だから、どこかへ品を運ぶ馬車にでも乗れンだろ。ちと尻の痛ェ思いはさせるけど、我慢してくれや。……っと、その前に」
ようやくベルから手を放し、キリルはニヤリと笑って親指で向こうを示した。
「屋台の飯食う約束だったな」
* * *
屋外の大通りに並べられた、椅子代わりの樽と簡素なテーブル。その一つにベルはフードを被ったまま座っていた。
辺りは露店や屋台が立ち並び、人通りも多い。だが彼らの様子は貧困層のそれとは違い、活気のある掛け声が飛び交い、笑顔も明るい。
キリルたちは
「あいよ、おまちどおさん」
キリルが両手いっぱいに料理を持って戻ってきた。肉汁たっぷりの大きなソーセージが四本に、つけあわせの酢キャベツ、胡桃や干しブドウの入ったライ麦パン、それに木のカップでなみなみ溢れそうな豆のスープ、おまけに木のジョッキに入ったビール。
よく溢さないなあとベルは感心した。
「何百年ぶりに起きた殿下にスラムの食い物出すわけにもいかねえからな。こっちの飯は安全だから安心してくれ」
「僕からしてみれば、ちょっと目を閉じていただけなのだけどね」
キリルが大口を開けて串に刺さったソーセージにかぶりつくのを見てから、ベルも串を持ち上げた。ずっしりと重たく、皮の下では粗く挽かれた肉の間で脂が走り回って、とても美味そうだ。
形の良い唇を開いたはいいが、ソーセージがあまりにも大きいのでどう口を付ければいいのかベルは迷ってしまった。口を開けたり閉じたり、串の角度を変えたりと、なかなか食べない。
しばらく様子を見守っていたキリルは、とうとう見かねて声をかけた。
「早くしねえと冷めるぜ。普通に食やァいいだろ、がぶっとよ」
「作法があったりするのかと……」
「ねえよ、んなもん。王族貴族じゃあるめえし。せっかくの出来立てをふいにする方が無作法ってもんだぜ。いいかい坊ちゃん、よく見てな、こうやって」
キリルがぐわっと口を開けて、串の根元に残っていた分に横から噛みつき、そのままずるっと串を引っこ抜いた。かなり大きい塊が難なく口の中に消えていった。
「んぐ。……こう。口周りの汚れは気にすんな、後で拭けばいいのさ」
「そう……いただきます」
おずおずと口を開き、ソーセージにかぶりつくベル。歯を当てられた皮がパリッと小気味よく弾け、熱々の肉汁が溢れ出て、肉に練り込まれた黒胡椒とハーブの香りがぶわっと口中に広がって、美しい顔いっぱいがキラキラと輝いた。
「そんなに美味いかい?」
キリルの問いかけに、ベルがキラキラしたままこくこくと頷いた。王族のベルにとっては、食事は毒見後の冷え切ったものがほとんどだったので、出来立ての料理というだけで新鮮なものなのだ。
次いでパン、付け合わせ、スープと、ベルはキリルを真似て口に運び、食事を進めていった。フードを被ったままでも、向かいに座るキリルからはベルの顔がよく見える。美しい顔が嬉しさに綻ぶのを眺めていたが、最後にスープを飲み干したのを見届けて、キリルはおもむろに話を切り出した。
「城で狙われてたよな。『微妙な立場』とも言ってた。城ごと眠るほどの何があった?」
口回りを布で拭いたベルは、笑んだままふと目を伏せた。
「そうだね。長い話だけれど、君には話しておかなくちゃならないな。……すべては、この〈茨の魔法〉が中心にある」
「まあ、確かに強いんだろうがよ。何百年も効力持つし、城の外じゃかなりの男どもが引っ掛かって死んでた」
“美しき眠り姫”の正体が男だと知ったら、死んでいた彼らは一体どんな顔をしただろうか。一瞬そんな考えがキリルに浮かんだが、すぐに掻き消して続きを促すと、ベルはビールを飲んで目をぱちぱちさせながら続けた。
「僕の国が中立を保てていたのは、王家の血に伝わるこの魔法のお陰でね。茨の持つ本質は拒絶だ。使い手が拒絶する対象を定めれば、それに対する強力な防御となる。防御は最大の攻撃である――そう幼い頃から教わったよ」
「その魔法一つで周辺国に睨み効かせてたって訳か。そりゃあ、侵略してえ奴らからすりゃ邪魔で仕方ねえな」
「そういうこと。だから均衡を崩そうと企んだ者が城の内部に入り込んで、父を……国王を操り人形にする呪いをかけた。僕が生まれた頃から、ゆっくり、確実に、じわじわと」
気付いた時には手遅れだった――金色の長い睫毛が伏せられる。
「誰が間者なのかも分からず、父の呪いも解く術なし。しかも呪いは伝染して、時々自我を失って僕を襲う者が現れるようになった。我が国の内部崩壊が周辺国全体の戦争を引き起こすくらいなら、いっそその渦中から引きはがせばいいと、そう魔女たちと話し合って決めた。『生まれた子は長い眠りにつく』という僕への予言を利用してね」
「ふうん……じゃあ自然に目覚めるはずだったってのは何だ、体内時計か何かか?」
「〈茨の魔法〉も、魔女たちの〈紬車のまじない〉も、本当は五百年きっかりで解けることになっていたんだ。〈茨の魔法〉で外的要因はすべて排除できるから、余程のことでもなければ解けはしなかったはず。だから……僕は、魔女たちの身に何かあったんじゃないかと思う。計画を改めるほどの何かが起こったのかもしれない」
ベルはポケットから綺麗な砂時計を取り出して見せた。中には銀色の砂が入っていて、不思議なことに下から上へと砂粒が昇っている。
「この砂が上に溜まり切った時が五百年。半分も上がっていないところを見るに、今は二百年とちょっとくらいが経った頃だろうね。魔女にとって二百年なんてとても短い時間のはずだけれど、こんなに早く僕を起こすなんて、想定以上の何かがあったに違いないんだ」
「だからますます魔女とやらに会いてえ、と。……なるほどな、大体の事情は呑み込めた。けどよ、ベル、肝心なことを一つ聞かせてくれ」
ビールをがぶがぶと飲みほしたキリルが、顔をしかめながら訊いた。
「魔女の居場所、あんた心当たりはあるのかい?」
「ないよ」
「即答してんじゃねえ! ったく、案の定だぜ。何か手掛かりは?」
「それもない。魔女はあちこちに散らばって、世界の
「理……賢者……精霊……」
キリルはこめかみを押さえた。途中まではかなり頑張っていたのだが、ベルの言うことの半分がふわふわと抽象的に感じられて、とうとう内容が頭に入って来なくなった。
そんなキリルを可笑しそうに見つめて、ベルは言った。
「そうだね、ひとまずは『魔女は人間に害を為さない』と理解してくれればいいよ。彼女たちは世界や精霊と人間のどちらにも等しくあらねばならない。だからいつでも同じ場所にいるとは限らないし、一つ所に長くとどまることも、むやみやたらと居場所を誰かに教えることもない」
「じゃあどうやって探すんだよ!」
「きっとそれらしい噂はあるはずだ。普段は人に紛れて暮らす魔女もいるし、魔女のいる場所は不思議な現象が起きたりする。沢山人間のいる場所で完全に身を隠すのは、いくら魔女でも難しいことなんだよ」
キリルは思った。この王子、結構行き当たりばったりだ。
ベルが飲み残したビールを勝手にがぶりと飲んだ後で、キリルはだらしなく口を開けて頬杖をついた。
「……じゃあ……そうだな、あー……」
「一気にやる気をなくした顔をしないでおくれよ」
「考え事してんだよ、この顔は。あんたの伝手がまるで駄目なら、あたしの伝手を頼るしかねえけど、誰かいたかなあ……うーん、魔女かあ……」
テーブルに顔から突っ伏してうんうん唸ったキリル、突然身を起こしてぱしんと膝を打った。
「よし。そういう噂知ってそうな奴、一人思いついた」
「本当?」
「ああ。そうと決まりゃ、まずは手土産を調達せにゃあな。ついて来なベル、ここらで一等美味い酒を買いに行くぞ」
美味い酒?
テーブルを片付けるキリルを手伝いながら、ベルは首を傾げたのだった。
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