第9話 伝説の忘珠 #2

第9話 続き #2


[7]ー《緑の国》 森から城へ戻る道 続き


〈ミレーネ姫、レウォン、ジュリアス、ポリーの前に、女官長ジェインや護衛、従者が来る。〉


ミレーネ「どうしました?ミリアム王子に何かあったのではないですか?」


女官長ジェイン「ミリアム様はお部屋にいらっしゃいます。それより、白の国の内戦の影響が、我が国まで波及する恐れがあるそうです」


従者「今、王様が、緑の国の民に宛てた“戦争前・緊急時における備え”のお触れ書きを城下町に出されました」


ミレーネ「そんなに早く事態が急変してしまっているのですね」


〈皆が心配そうに顔を見合わせる。〉


女官長ジェイン「続きはお城の中でもう少し詳しいお話を、お聞き下さい。〈レウォンを見て〉失礼ですが、こちらは?」


ジュリアス「青の国で姫とポリーを危険から救ってくれた剣の達人であるレウォンさんです」


女官長ジェイン「まあ、こちらが、姫様達のお命を……。本当に有難うございました」


護衛「〈剣を見て〉持っていらっしゃるのは、白の国の王家の剣のようにお見受けしますが?」


ミレーネ「私達を助けたお礼にレックス殿の形見の剣を授けましたの。青の国では手持ちの褒美の品がなかったものですから」


〈黙って頭を下げるレウォン。〉


女官長ジェイン 「さあ、皆さま、お城の中へお急ぎ下さい」


〈急ぎ走る一行。ミレーネ姫は手に首飾りと手紙を持っている。〉


                 

[8]-城の廊下


〈ボリスが廊下を歩いている姿。その姿にかぶせるように、魔王グレラントの声が聞こえる。〉


魔王グレラントの声『良いか、ボリス?味方だと信じ込ませ、とにかく城に入り込むのだ。そのためには多少、仲間の犠牲があっても仕方ない』


〈ドアの前に立つボリス。〉


魔王グレラントの声『姫のサイモン王子に対する想いもしっかりあおっておけ。それが、姫のさらなる弱点になろう』


〈ドアをノックする。〉


魔王グレラントの声『そして、最後の手段は……』


〈ドアを開け、顔を覗かせるヨハン。〉


ボリス(心の声)「ヨハン。この使命のため、私は皆を救う振りをして、ここまでお前を連れて来たのだ。仲間である手下達を殺してまで……。グレラント様が作る新しい国で私の地位はこれで不動のものとなる。どんな望みもかなえてくれるとグレラント様はおっしゃった。私ではない、他の男を選んだ女と、その子など誰が助けるものか!」


ヨハン「〈屈託のない笑顔で〉ボリスさんだ。どうしたの?中に入って」


ボリス「クレアさんは?」


ヨハン「食事の前に身なりや髪を整えたいって、今、鏡の前に座っているよ。〈奥にに向かって呼びかけようと〉おかあ…」


ボリス「〈制して〉呼ばなくていいよ。それより、今から食事の前に、僕と一緒にヨハン君が少し散歩をして来てもいいかどうか、クレアさんに聞いておいで。食事の時間には必ず戻るからと言うんだよ」


ヨハン「散歩?やった!ちょっと待っていてね〈奥へいく〉」


〈そのまま待っているボリス。〉



[9]ー城 書架室


〈ジュリアスとミレーネがテーブルに座って話している姿。〉


ミレーネ「ミリアムの無事な顔を見て、ほっとしましたわ」


ジュリアス「とりあえず、警護も増やすことが出来て安堵したよ」


ミレーネ「私も出来る限りミリアムの近くにいますわ。万が一、グレラントに襲われた時、この首飾りの石が何より頼りですもの」


〈箱から新しい鎖を出して石のヘッドを通し、あらためて首から首飾りをかける。〉


ジュリアス「〈首飾りを見て〉レウォンに返してもらったんだね」


ミレーネ「本当は、これからの戦いのためには、私はレウォンに持っていて欲しかったの。でも、これは返すと、どうしても受け取らないのです。自分は剣術で自分自身を守れるからと。レウォンは左手で剣を扱うことに、かなり自信を深めたようですわ。ここ、何度も実体験を重ねたことで身体が勘を取り戻し、神経が研ぎ澄まされてきた感じがするとも話してくれましたの。もう少し、ポリーと実戦を積むとも言っていましたわ」


ジュリアス「それで、今、二人で鍛錬場に行った訳だね」


〈頷くミレーネ姫。〉


ジュリアス「じゃあ、自分達は、まず、ということですか」


〈テーブルの上にあるタティアナから修道女ダリルへの手紙。〉



[10]-城 ノエルの客室


〈庭を歩いているボリスとヨハン。二人に気づき、足を引きずって窓まで行き、二人を呼ぶノエル。〉


ノエル「ボリスさん!ヨハン君!」


〈二人、部屋の窓に近寄る。ノエルは手に青いマフラーと緑のマフラーを持っている。〉


ノエル「冬にはまだ随分早いけれど。はい、二人に。〈窓から手をのばしてそれぞれの首にかける〉」


ヨハン「わあ、青のマフラーだ」


ボリス「いつの間に編んだのですか?」


ノエル「この足でじっとしているから、時間はいくらでもあります」


ヨハン「マフラー、ママも作ってくれたんです!あ……〈慌てて口を押さえる〉」


ノエル「どうしたの?ヨハン君。ママってクレアさん?」


〈困った顔で下を向くヨハン。それを横で見るボリス。〉


ボリス(心の声)「アイラのことか?」


〈もじもじしているヨハンに助け船を出すように、ボリスがノエルに声を掛ける。〉


ボリス「緑は好きな色です。有難うございます」


ノエル「良かったです。ボリスさんには緑が似合う気がして……」


〈その時、ボリスに甦る記憶の声。〉


アイラの声『緑色がボリスさんには似合う気がして……』


〈アイラの優しい笑顔も同時に脳裏に甦る。固まるボリス。〉


ヨハン「〈部屋を覗き〉ノエルお姉さん、さっき、僕が作った折鶴を一つもらってもいい?」


ノエル「もちろんよ。あなたが折ってくれたのですもの」


ヨハン「はい〈ボリスに渡す〉」


ノエル「遠き国の折鶴は、祈りをこめて作るものだそうです。〈ヨハンの頭をなでながら〉早く足が治るようにって私にたくさん作ってくれたのよね」


ヨハン「〈ボリスの耳元に内緒話をするように小声で〉ボリスさんはをくれたから」


〈そこへ走ってくるクレア。〉


クレア「ヨハン!」


ヨハン「お母様!」


クレア「ボリスさんとお散歩に行くと言ったから許したのに、〈ノエルを睨んで〉また約束を破って何をしているの?」


ヨハン「ごめんなさい」


ノエル「私が窓から呼んでしまったのです。怒らないであげて下さい。私は失礼します」


〈急いで窓を閉めて、部屋の奥へ戻るノエル。〉


〈クレアはヨハンのマフラーを見る。〉


クレア「もらったのね?私がもっと上手に編むわ!」


〈クレアはヨハンのマフラーを取り上げ、黙ってボリスに渡し、ヨハンの手を引いて歩き出す。呆然と見送るボリスの脳裏に浮かぶ声。〉


ある女性の声「私なら、もっと上手に編んであげる!」


ボリス(独り言)「8年近く前のことだ……」



[11]ー【ボリスの回想:8年ほど前 緑の国の城の裏庭 】


〔緑のマフラーを手に会いに来た若いアイラ。若いボリスの首にかける。〕


アイラ『私が編んだの。緑色がボリスさんには似合う気がして……』


ボリス『〔照れくさそうに〕ありが…』


〔後ろから来た別の女官Aが、マフラーをすっと取り上げる。女官Aはボリスに好意がありアイラに敵対心を抱いている。〕


女官A『私なら、もっと上手に編んであげる!〔マフラーを持って逃げる〕』


ボリス『あっ!〔追いかける〕』


女官A『ここまで、いらっしゃいよ』


〔一人残されたアイラ。ボリスが女官に追いつきマフラーを取り返せそうになった時、女官が転んでマフラーは傍を流れる川へ飛ばされてしまう。〕


女官A『……』


〔唖然となるボリス。〕


女官A『〈急に〉いた、痛い。ああ、そんなに必死で追いかけるから、足を痛めてしまったわ。痛いー!〔泣き出す〕』


ボリス『だ、大丈夫か?君が、マフラーを勝手に取っていくから』


女官A『たかがマフラーのために怪我をさせるなんて、ボリスさんがそんなひどい人と思わなかったわ!〔泣く〕』


ボリス『泣かないで。とにかく、医女に見てもらおう』


女官A『歩けないわよ……』


〔後を追ってアイラもやって来る。女官Aをおぶったボリスと出会う。アイラが贈ったマフラーはどこにもない。アイラを見て、くすっと笑う背負われた女官A。〕


ボリス『〔アイラに説明しようと〕あの、これは……』


〔アイラは黙ってきびすを返し逃げるように去ってしまう。〕



[12]ー城の庭 続き


〈首にかけている緑のマフラーと、手にしている青のマフラーをじっと見るボリス。その温かい感触がじんわりとボリスの心を包む。〉


ボリス(独り言)「あれから、アイラと気まずくなって、少ししてからウォーレス殿と付き合い始めたらしいと聞いたのだった。自分はどうして、この記憶をすっかり忘れていたのか。白の国へ行く前は忘れたことなどなかったのに。なぜアイラにあれほどを覚えるようになったのか?いつの間にか、もうを?」


〈手の上にある、折鶴も見る。〉


【ボリスの回想:さきほど 庭 

ヨハン『ボリスさんはをくれたから』 】


ボリス「〈我に帰り〉ああ!私は何という事をしたのだ!ヨハン君!」


〈庭から城の入口に向けて急いで走り出す。〉



[13]-城 鍛錬場


〈ポリーとレウォンが剣術の実戦練習をしている。ポリーに対し、左手で応戦しているレウォン。激しくやり合う二人。〉


ポリー「次は、五蛇いじゃ剣法よ」


〈レウォンはいったん剣を横に置く。代わりにお互いに木の棒を掴む。〉


ポリー「本気で掛かって頂戴。〈胴着の上に巻き付けた木の板をパンと叩いて〉これをつけているから大丈夫」


レウォン「本当に大丈夫か?」


ポリー「行くわよ!」


〈戦う二人。〉


ポリー「そう、その調子よ!やっぱり、力が蘇ってきているのね!」


レウォン「やあっ!」


〈レウォンの一撃が激しくポリーの胴着に当たり、巻き付けていた板が割ける。〉


ポリー「〈思わず〉痛い!」


レウォン「〈駆け寄り〉すまない。力が入り過ぎてしまった!ちょっと見せて」


〈ポリーの体に打ち身の傷が出来ている。〉


レウォン「〈驚いて〉大丈夫ではないじゃないか!」


ポリー「この術や技にレウォンさんの生死が掛かってくるのよ。これぐらい、何ともないわ。さあ、続け…」


〈レウォンに抱きしめられるポリー。〉


レウォン「こんな僕のために……。有難う、ポリー……」


ポリー「レウォン……」



[14]-城 書架室


〈手紙を見て驚いているジュリアスとミレーネ姫。〉


タティアナの声『ダリル様、お変わりありませんか?お城づとめは、とても神経を使う細やかな仕事。一時たりとも気が抜けません。ただ、そのような毎日の中で、とても不思議で心に忘れえぬ話を見聞きすることがあるものです。 今日は王妃様に“竜神様の忘れだま”の伝説を聞きました。あなたは知っているのかしら?いえ、信じるかしら?』


ミレーネ「お母様がタティアナにこんな、お話をしていたのね」


ジュリアス「忘れ珠…つまり竜神の忘珠ぼうじゅ。この書棚のどこかに、その伝説にまつわる話があったかも知れない……」


〈書架室の本棚を急いで見る二人。ジュリアスが一冊の本を取り上げ、ページをめくる。〉


ジュリアス「ミレーネ、ありましたよ!これだ!」


〈二人で本を見る姿。〉



[15]-城の入り口


〈庭から城の中へ駈け込もうとするボリス。誰かにぐいっと脇へ引っ張られる。〉


ボリス「あっ!……〈内心の動揺を隠して〉よく、ここまで入れたな」


〈顔を見せる、白の国からコウモリと偽って入り込んでいた魔王の手下。〉


偽コウモリ「〈小声で〉ちょうど外にいてくれて助かったよ。アイラに会わせるからと姫を呼び出せるか?」


ボリス「〈小声で〉アイラはどこにいる?」


偽コウモリ「どこにいようと、本当の居場所は関係ない。姫を呼び出すことが目的だからな」


ボリス「アイラは生きているんだろうな?」


偽コウモリ「生きていようが、いまいが、それもどっちでもいいはずだ。まさか、お前、ここまで来て……?」


ボリス「〈悟られぬように慌てて〉いや、生きていた方が、ぎりぎりの瀬戸際まで切り札になると思っただけだ」


偽コウモリ「姫は首飾りを持っていそうか?」


ボリス「そこは分からぬ。少し前までケインが持っていたが、その時は奪う隙がなかった」


偽コウモリ「ケインか。あいつは殺せとの命令だ」


ボリス「そうなのか?」


偽コウモリ「首飾りは今の時点で誰の手にあっても、最終的に計画が完了すれば我々の物になる。問題ないだろう。予定通り、計画を遂行しろ。それからケインの始末も頼んだぞ〈他の人に見つかる前に消えようとする〉」


ボリス「待て。僕が手を下すのか?」


偽コウモリ「城にいる男をおたずね者のケインと見破り殺しましたと言えば、褒められこそすれ、御咎めはなしだ。いつでも、どこでも簡単に済ませれるだろう?」


〈そう言うと、暗くなってきた、辺りの闇に紛れ、さっと姿を消した偽コウモリ。〉


ボリス「〈はっとして〉こうしてはいられぬ!」


〈城の中へ入る。〉



[16]-城 書架室


〈竜神の忘珠について書かれた本を見るミレーネ姫とジュリアス。ジュリアスが本を読む。〉


ジュリアスの声『竜神は天界と、この人間のいる下界を絶えず行き来する。人間の目には見えなくとも、よく近くまで訪れていることは、木々のざわめき、木漏れ日のゆらめき、湖や池、沼や川に起こるさざ波の波状で分かると言われる。その竜神が下界に落し物をする。残して行くのが、“竜神の忘珠”と呼ばれる不思議な石。竜神は、忘れ珠を通じ下界との関わりを保ち続ける。その忘珠をそばに置いてくれる人間を天空の彼方から見守り、時に力を貸すと伝えられている』


ジュリアス「〈顔を上げ〉竜神様のお力だったとは……」


ミレーネ「お城が闇に包まれた夜、庭での闘いの最後に、何か強烈な水の臭いを頭上に感じたのを覚えているわ」


〈本を置き、もう一度手紙に目を移し、続きを読む二人。〉


タティアナの声 『……王妃様は私に一つの石を見せて下さいました。その繊細でち密に彫られた模様は人間の手によるものとは到底、思えない美しさでございます。「これが、その竜神様の石ですか?」と私がお聞きすると、王妃様は「この伝説が本当ならば」と微笑まれました。さらに、私が「王妃様のご先祖は竜神様に度々力を貸して頂いたということですか?」と重ねて聞くと、丁寧に教えて下さったのです』


【姫の脳裏のイメージ:まだ若い王妃ロザリーとタティアナが一緒に笑い語り合っている姿。】


タティアナの声『王妃様はおっしゃいました。「何千年の歴史を生き続ける竜神様にとって休息はとても大切なものでしょう。むやみやたらに竜神様の力を呼びさまし、頼るのではなく、できる限り安らかな眠りをお与えしたいと我が先祖は代々考えていたようです。それこそが、穏やかに流れる時の中、国や家の安寧あんねいを意味しますから」と。そして、王妃様は優しい眼差しで私を見つめ、私の問いの答えを、このように締めくくられたのでございます。「竜神様が私達をいつもどこかで見守って下さっている。それだけで十分と思いませんか?」何と、賢明な王妃様のお言葉でございましょう……』


ミレーネ 「ああ、お母様らしい……〈涙ぐむ〉。お母様は首飾りの力を使のではなく、あえて使のですね。そっと静かに、その力を守り続けていたのだわ」


〈愛おしそうに首飾りの石を触るミレーネ姫。〉


ジュリアス 「“ネツケバ繁る”とタティアナが言いたかったのは、竜神様が寝付けば、その眠っている間、国が繁栄していることの暗示だった訳なのか」


ミレーネ 「ええ、きっと、そうですわ。お母様とタティアナは二人で、この書物を読んでいたに違いありません。そしてハチの石とあったのは……」


〈答えを促すようにジュリアスを見るミレーネ姫。〉


ジュリアス「それは多分、竜神様の象徴である“8”の数字を指していたということですね」

 

〈頷く姫。もう一度、本と手紙を眺める二人。〉



※第9話 終わり

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