第8話 交錯する運命の糸 #3
第8話 続き #3
[26]ー《緑の国》城の庭 礼拝堂
〈走ってきて礼拝堂に入るミレーネ姫。祭壇近で、ひざまづく。〉
ミレーネ「〈泣きだしながら〉神様、お母様、私は、誰を、何を信じれば良いのですか……?サイモン王子様も、民政大臣も、皆、私を裏切っていたのですか?これから、どうすれば……。首飾りもない私には、もう、この試練を乗り越える力もありません。私を笑顔にしてくれた人達が次々と奪い去られていくなんて」
〈ハンカチで涙をふくミレーネ姫。〉
ミレーネ「サイモン王子様は、妻子ある身で、私に好意を寄せたのでしょうか?いくら、心から思って下さったとしても、神の御前で、それは許されません。ああ、なぜ、こんなことに……」
【姫の回想:城 書架室 数時間前
ボリス『今、私が言えることは、どうぞ王子様を何があっても信じてさしあげて下さいということです』 】
ミレーネ(心の声)「神様、ボリスは何か知っているのですか?もし、ボリスが言う通りならば、サイモン王子様の状況には何か深い理由があるのでしょうか……」
〈その時、礼拝堂の天井の方から、どこからともなく聞こえてくる母ロザリーの声。〉
亡き王妃ロザリーの声「ミレーネ、あなたは本当に、あなたの愛する人を信じたいの?」
ミレーネ「〈顔を上に向け〉今の声は……?」
亡き王妃ロザリーの声「信じたいと強く願うほど慕っているのでしょう?ならば、あなたの心のままに、お行きなさい」
ミレーネ「お母様……」
〈まだ、上を向き、母の声がした方に心を奪われているミレーネ姫。小鳥の鳴き声が聞こえ、はっとする。教会の窓に数羽の野鳥の影が揺らめいて見える。〉
ミレーネ「小鳥……。ああ、コットンキャンディーならば!」
[27]ー緑の国 城の森
〈森の中を歩いているレウォンの姿。夏の終わりの花が咲き、木々の緑が風に優しく揺れている。レウォンの元へコットンキャンディーが飛んでくる。気づいたレウォンは小鳥に導かれるように、どんどん奥へ進んでいく。〉
[28]ー城 森の奥 神秘の木の近く
〈神秘の木のあたりには、木漏れ陽がそそぎ、すべてが神々しく美しい光景である。思わず、足をとめ、見とれるレウォン。先導していたコットンキャンディーがレウォンの手に止まる。〉
レウォン「君が、この神聖な場所を守ってくれているのか?」
コットンキャンディー「ピピ」
レウォン「有難う、今の僕を拒まずにいてくれて」
コットンキャンディー「〈レウォンの目を見て〉ピピ」
レウォン「〈笑いながら〉まるで僕の言葉が分かっているようだ」
〈レウォンは手の上のコットンキャンディーの頭をそっと撫でる。神秘の木のそばに行き草の上に座り込む。レウォンの眼に涙があふれてくる。心配そうな様子のコットンキャンディー。〉
レウォン「ごめん、ごめん。ここは、あまりにも美しい場所で、つい、青の国を思い出してしまってね。あの頃は、恐ろしい過去の記憶もなく、皆との時間がただ楽しかった。〈涙をふきながら〉もう、戻れないよ、幸せだったあの頃には」
〈コットンキャンディーの背中をさすって、ため息をつくレウォン。コットンキャンディーがレウォンの手から肩に飛び乗り、小さな顔を寄せてレウォンの頬の涙の跡を拭く。〉
レウォン「はは。お前は優しいな」
〈すると、今度はコットンキャンディーが
レウォン「この石で木に触ってみるってことかい?」
コットンキャンディー「ピピ」
〈コットンキャンディーは再びレウォンの左手から肩に飛び乗る。半信半疑で言う通りにするレウォン。首飾りの石を神秘の木の幹にあててみる。〉
【レウォンの脳裏:立派な風貌の王の姿。】
レウォン「まさか、今のは!」
【レウォンの回想:数か月前 剣士ケインとしてサイモン王子のお付きでお城にいた時 客用の応接室で見た、先王の威風堂々とした肖像画。】
〈コットンキャンディーを見る。〉
レウォン「あれが先王……。本当にあの人が僕の父なのか?」
コットンキャンディー「ピピ」
〈もう一度、首飾りの石を神秘の木の幹にあてるレウォン。〉
【レウォンの脳裏:今度は、神秘の木に触れ、泣いている先王の姿が浮かぶ。】
レウォン「ここで父上も泣いていた……」
〈初めて身近に感じる、本当の父親の姿に、胸が詰まるレウォン。そして、少し離れた所では、少し前から、神秘の木に触れるレウォンの様子を
ミレーネ「本当にここにいたとは……。森が、あの者を受け入れている」
〈見られているとは知らず、あふれる涙がこぼれるまま、神秘の木を見上げ、木に話しかけるレウォン。〉
レウォン「ずっと森を見守り続け、この場所へ来る者達のことを長きに渡り、記憶してきたのだね。有難う。僕にはこれで十分だ……」
〈首飾りの石を離し、肩にいるコットンキャンディーの頭をなでる。そのコットンキャンディーが、後ろにいる姫に気付くと同時に、レウォンも人の気配を感じて、腰に差していた剣を構え振り向く。後ろに立っていたミレーネ姫と顔を合わせる。〉
レウォン「あ……」
ミレーネ「不法侵入ですわ」
〈ミレーネ姫の方へ飛んでいくコットンキャンディー。レウォンは剣を納め、あわてて頭を下げる。〉
レウォン「勝手に入りましたことをお許し下さい。ただ……」
ミレーネ「〈それ以上、言おうとするのを制し〉ここに来るのは誰にも見られていませんわよね」
レウォン「……はい」
ミレーネ「今、神秘の木が持っている記憶を見たのでしょう?何が見えたのですか?」
[29]ー城 ノエルの客室
〈ドアを少し開け部屋をのぞくヨハン。〉
ノエル「どうしたの?こちらへ、いらっしゃい」
〈笑顔でノエルのそばに寄ってくるヨハン。〉
ノエル「お母さんは一緒じゃないの?」
ヨハン「〈首を振り〉頭が痛いんだって」
ノエル「そう。じゃあ、少しの間そっとしておいてあげましょうね。ここで遊んでいるといいわ」
ヨハン「〈元気よく〉うん!僕、お姉さんに作ってあげたい物があるんだ」
ノエル「まあ。何かしら?」
ヨハン「小さくて真四角の紙があるといいんだけど」
******白の国
[30]ー《白の国》 国境の森のそば
〈弓矢を正確に射る近衛副隊長ウォーレス。勇敢に戦い続ける、その姿。国防軍の中でも正気を保っている者は少し後ずさって待機している。催眠術をかけられ正気でない者はめくらめっぽうに飛び出して来ては次々と倒されている。〉
[31]ー緑の国と白の国の境 森の中
〈王子の私兵と民衆が倒木を次々撤去し、その間を緑の国へ向かって走り抜けていくサイモン王子の一行。〉
******緑の国
[32]ー緑の国のはずれ
〈コウモリと名乗る男とアイラを乗せた馬が城へ向かって疾走している。〉
[33]ー緑の国 城 ノエルの部屋 続き
〈部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえる。ヨハンを探しに来て、前を通りかかったクレア。ヨハンの声に気付く。〉
クレア「〈ドアを開け〉ヨハン、ここで何をしているの?」
〈仲良く遊んでいるノエルとヨハンの姿。クレアには、その様子が、アイラと遊んでいるように一瞬見える。〉
【クレアの脳裏:ヨハンとアイラの仲睦まじい姿。】
ヨハン「お母様!もう、頭が痛いのは治ったの?」
クレア「〈はっとなり、少し怒った感じで〉ご迷惑ですよ。さあ、ヨハン、いらっしゃい」
ノエル「クレア様が頭痛で休んでいる間、ヨハン君は私と遊んでいただけです。私も、この足では動けず、じっとしているだけでは退屈で……。いい遊び相手になってもらっていました」
〈まだノエルのそばにいるヨハン。〉
クレア「ヨハン!」
ヨハン「〈立ち上がり〉はい、お母様。ノエルお姉さん、またね」
〈立って、クレアの方へくるヨハン。〉
クレア(心の声)「アイラを思い出させる、このノエルという女!気分が悪いわ」
〈ヨハンの手を引いて部屋から出ていくクレア。手をひかれながら、振り返り、ノエルに手をふるヨハン。座ったまま、手を振り返すノエル。テーブルの上には幾つか、ヨハンが作った折鶴が残されている。〉
[34]ー城 廊下
ヨハン「お母様、もう、頭は痛くないの?」
〈ヨハンをじろっと見て頷くクレア。〉
ヨハン「僕、一人で寂しかったんだ。だからノエルお姉さんの所に行ったの。本当はね、僕、お母様と一番、一緒に遊びたい」
〈ヨハンは笑顔で、つないでいたクレアの手をぎゅっと握る。〉
クレア「もう、分かったから……」
[35]ー緑の国 城の森 神秘の木のそば
ミレーネ「客用の応接室の肖像画と同じ人物が、この木に触れたら見えたのですね?その
レウォン「僕がユランティスと!姫様はもうジュリアス殿やポリー殿から話を聞かれたのですか?」
〈頷くミレーネ姫の手の上でピピとさえずるコットンキャンディー。〉
ミレーネ「コットンキャンディー、あなたにはすべて分かるのね。私が、どれほど迷おうと……」
〈ミレーネ姫とレウォンの目があう。〉
レウォン「その小鳥の名はコットンキャンディーですか」
ミレーネ「簡単には人に姿を見せぬ小鳥です。その小鳥が貴方に心を許しています。〈回りを見渡して〉それに、この森すべてが、今はあなたを喜んで迎えている。〈少し考え〉コットンキャンディー、急いでジュリアスとポリーをここに呼んで頂戴。気を付けて行ってくるのよ」
〈ピピと鳴き、飛び立つコットンキャンディー。小鳥を見送る二人。〉
ミレーネ「〈レウォンに向きなおって〉一つだけ、確認させてもらいますわ」
〈レウォンに接近するミレーネ姫。レウォンの方が少し後ずさりしそうになる。〉
レウォン「僕が恐ろしくないのですか?」
ミレーネ「静かに」
〈目を閉じレウォンの臭いをかぐミレーネ姫。終わると、少し離れて、再びレウォンの顔を見る。〉
ミレーネ「どうしても今の貴方はケインと同一人物と思えませんでした。でも、この匂いは間違いなく、あの許されざる者と同じです」
レウォン「ポリー殿が姫様は匂いできっと僕を見極めると言っていました」
ミレーネ「ケインとして城に来ていた時は、どうしてもこの森には入れませんでしたね」
レウォン「姫様もお気付きでしたか?僕も、まず、何より、そのことを確かめたかったのです。ケインだった僕と、現在の僕は本当に違うのか。ただ、違うと思いたいだけなのではないかと。でも、ここへ来て、どうにかやっと今の自分の姿を信じることが出来ました」
〈首にかけていた首飾りを取って、ミレーネ姫に渡そうとするレウォン。〉
レウォン「ケインだった時、僕は恐ろしい罪を犯しています。姫様や、姫様の家族、周りの人々を傷つけ、命まで奪ってしまいました。この首飾りも、姫様を人質にして奪ったものです。本当に申し訳ありません」
ミレーネ「あの夜のことを覚えているのですか?」
レウォン「少し前までは完全に記憶を失くしていました。今は、おぼろげに過去を思い出すことが出来ますが、自分の残酷な姿を封印したいのでしょう。あの頃の日々は、長い悪い夢を見ていたかのように、遠い記憶としてうっすらと浮かぶ程度です」
ミレーネ「この首飾りには不思議な力があります。あなたを守るために酷い記憶は封印し、過去にまつわる全てのことを浄化したのかも知れません。そう、あなたの心もすべて……」
レウォン「でも、消したくても消せぬは、おのれの過去。自分の罪は必ず償う覚悟でいます。ただ、その前に……。僕は、魔王グレラントの計画の多くを知っている。長年、グレラントのそばで育ったのですから。あいつは何度もこの国を狙い、これまで失敗に終わってきました」
ミレーネ「魔王グレラントとは、薬師ゴーシャのことですわね?もう何度も緑の国を狙ったということですの?」
レウォン「はい。そして、ようやく何十年に渡る企みを、ここに来て達成しようとしています。今までは、なぜか邪魔が入ってばかりでした。そこで、グレラントは、首飾りの石と、この城の森に秘密があるらしいと嗅ぎつけて密かに探っていたのです。他の記憶と違い、グレラントの企みに関してだけは、なぜか鮮明に思い出せます」
ミレーネ「そんな恐ろしい者が、一時は城にいたなんて……」
レウォン「あれは、王様や姫様たちの信用を得るために練られた策略でした。同じような手口で白の国も乗っ取り、白の国は今や崩壊寸前です」
ミレーネ「何て恐ろしいことを!」
レウォン「グレラントは黒魔術使い。簡単な相手ではありません。たとえ一時的に敗れても身を潜め、再び、この国を狙おうと手を変え品を変え永遠に仕掛けてくるでしょう。ケインとして僕が闇の世界にいたことを利用して、今度こそ、一気にあいつの息の根を止めるのです!」
ミレーネ「ユランティス王子……」
レウォン「姫様、やめて下さい。僕には、その名は、ふさわしくない。いくら、僕の素性を聞いても夢物語にしか思えません。僕は、レウォンです。青の国で、皆と共に笑い、短かったけれど楽しい日々を過ごしたレウォンならば、人々のために立ち上がる勇気が湧いて来る」
〈首飾りをまだ受け取らないミレーネ姫の手に首飾りを握らせるレウォン。〉
レウォン「さあ、これは、貴女やミリアム王子を守るためにお使い下さい。そして、この剣は〈腰からレックスの剣を取り〉もう一人の勇者レックス殿の魂が宿っている。この剣だけはもう暫く僕が使うことを許して頂けますか?」
[36]ー緑の国 城 王宝の間
〈ジュリアスとポリーが国宝級のお宝であるガラス工芸品を念のため確認している。〉
ポリー「ボリスさんは、ノエルにまだ、ガラス瓶のこともアイラのことも話していないのね」
ジュリアス「すべてを明らかにするには、父上の悪事がからんでいて、彼もどう公にすべきか悩んでいるようだ。ボリスには何も気にせず、任せると言ってはあるのだが」
ポリー「父様のことはミレーネも知っているし、王様の耳に入るのは時間の問題だわ。私達も家族として
ジュリアス「もし許されるならば、父上に代わって、命ある限り緑の国に尽くしたいよ。父上の行動は本人の意思に反したものだと分かっている。子どもである自分やポリーには、まっすぐ生きることをいつも望んでいたからね」
ポリー「父様自身がもう、まっすぐに生きられなくなった分、私達には道を外させないよう必死だったと思う。〈ちょっとため息をつき、ガラス工芸品を見て〉ここから盗みを繰り返していた時、どんな思いだったのかしら?胸が張り裂けそうだったに違いないわ。〈涙を拭いて〉とりあえず、ここにある展示物は本物のようね」
ジュリアス「工芸品の権威ある専門師が時々来ては調べていたのだから、それは間違いないだろう」
ポリー「展示していない時に父様は持ち出したと言っていたわね?」
ジュリアス「多分、父上は展示する順番を知っていた上で、怪しまれることなく、持ち出していたと考えられる。展示の順番を決める時、大臣である父上が指示を出していたはずだから」
ポリー「じゃあ、次は展示されていない工芸品の箱を調べなくては。私達では無理ね。見ただけでは分からないもの。ボリスさんにも手伝ってもらう?せっかく、一時的にお城に逗留しているのだから、その間に……。そういえば、ボリスさんの姿を今日はずっと見ていないけれど、ジュリアスは?まあ、もともと、お城にいた人だし、ここで迷うことはないと思うけれど」
〈そこへ、王宝の間の窓を
ポリー「コットンキャンディー!」
〈ポリーとジュリアスは目を見合わせ、急ぎ、窓を開ける。〉
ポリー「〈小声で〉どうして、ここに?誰かに見られたら大変よ。姫が森で私達を呼んでいるの?」
コットンキャンディー「ピピ」
ポリー「分かった。コットンキャンディーは先に戻っていて。見つからないようにね」
〈窓辺から飛び立つコットンキャンディー。〉
ジュリアス「コットンキャンディーが危険を冒してまで、自分達を呼びに来るとは初めてのことだ。緊急事態か?」
ポリー「その割にはコットンキャンディーは落ち着いていたわ。とにかく私達だけを内緒で急いで呼びたかったのだと思う」
ジュリアス「ということは……」
ポリー「何??」
ジュリアス「いや、行けば分かるだろう。森へ急ごう」
※第8話 終わり
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