第2話 港町・青の国 #3

第2話 続き #3


[30]-《青の国》 港町 坂の上の教会


修道女ダリル「まあ、レウォン、仕事の途中では?」


レウォン「シスター、ちょっと助けてもらえませんか。この人…、えっと、ポリーさんだったよね」


ポリー「はい」


修道女ダリル「どうしたのですか?」


レウォン「旅行中にお連れと荷物を失くしたそうで。宿も見つからないようなので、今晩ここに泊めて頂けますか?それから、これは〈修道女に渡しながら〉この人がパンを緑の国へ送りたいからと店に持って来た代金ですが、こんなことになったので返そうとしても受け取ってくれないのです。シスターから渡して下さい」


修道女ダリル「分かったわ。あなたは早く仕事に戻りなさい」


レウォン「有難うございます」


ポリー「あの、私、本当に自分のことは自分で……」


〈修道女にじっと見つめられ黙るポリー。〉


レウォン 「港町は見かけよりずっと危険だから、さっきみたいな目に合わないよう気を付けた方がいい。安宿も若い女性にはあまり勧められないな。〈修道女に〉宜しくお願いします」


〈頷く修道女ダリル。店へ向かうレウォン。困った顔で立っているポリー。〉


修道女ダリル「〈庭のベンチを指差して〉ポリーさん、ここへお座りなさい」



[31]ー港町 道


 〈護衛がポリーを探している。〉



[32]ー港町 坂の上の教会


修道女ダリル「今夜の宿は心配いりません。この教会には母屋おもやと離れに幾つか泊まれる部屋があります。困っている方達のために無料で開放しておりますのよ」


ポリー「本当ですか!ああ、良かった。有難うございます」


修道女ダリル「貴女の泊まる場所の問題は解決しましたが、なぜ一緒に旅をしている人達が現れなかったのか……。その理由は、事故や事件に巻き込まれたとは考えられませんか?」


ポリー「まさか、そんな……。二人に恐ろしいことが起きていたら、どうしよう。何かあったら、私はもう国へは帰れません!」


修道女ダリル「ここは犯罪も多発する町。とにかく今日、街で事件や事故がなかったか、警護団に行って様子を聞いてみましょう。そうでないことを祈りますが」



[33]ー港町 診療院 病室


〈ベッドにレックスが横たわっている。入っていくジュリアスとミレーネ姫。〉


従者レックス「ジュリアス様……」


ジュリアス「皆のことはもう心配せず私に任せて下さい。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」


従者レックス「これでほっとしました。姫様達に何かあっては……と」


ミレーネ「負担をかけていたのですね。御免なさい、レックスさん」


従者レックス「いえ、私も姫様をサイモン王子のもとへお連れしたいという気持ちが強くありましたから。それより、ジュリアス様……、がこの町にいるようです」


ジュリアス「本当にケインなのですか?」


ミレーネ「私の目では遠くてはっきりと分かりませんでした。それにレックスさんの方が私よりケインの顔をよく知っていますから」


従者レックス「間違いありません。追いかけて捕まえたかったのに逃がしてしまい悔しいです」


ジュリアス「男の格好でしたか?」

     

〈頷くレックス。〉



[34]ー港町 診療院 廊下


〈走ってくるポリー。その後ろから修道女ダリルと護衛が入って来る。〉


ポリー「ミレーネ!」


ミレーネ「ポリー!護衛と会えたのね」


ポリー「そう、警護団のところで。ああ、ミレーネに何かあったら私は緑の国へ生きて帰れなかったわ」


ミレーネ「でも、レックスさんが……」


ポリー「事故に遭ったのですって?でも、しばらくすれば直るんでしょう?」


ミレーネ「そう祈っていますわ。最初は私一人でどうしようかと思いましたのよ」


ジュリアス「ポリー、自分のしたことが、どういう結果になったか、これで分かっただろう?」


ポリー「あっ、ジュリアス……」


ミレーネ「ジュリアス、レックスさんのことはポリーのせいじゃないわ。偶然だったの。それにポリーが責められるなら私も同じですもの」


ジュリアス「確かにミレーネも自分の置かれている立場を考えたら、このやり方は良くなかったよ。でも、ポリーが旅に出ると言いださなければ、ミレーネも決心しなかったはずだ。たとえミレーネが行くと言っても、それを止めるのがポリーの務めじゃないのか?どれだけ皆が心配したと思っているのだ」


修道女ダリル「ポリーさんも今は十分、辛い気持ちでいると思いますよ。ここは病人がいる診療院。場所を変えてゆっくり話し合われたらどうですか?」


ジュリアス「こちらは?」


ポリー「丘の上にある教会の修道女の方です。皆とはぐれて一文無しになっていた私を助けて下さったの。今夜、泊まる所を提供して下さり、その後、警護団にも案内して頂いたので、こうして合流することが出来たのよ」


ジュリアス「そうだったのか。〈修道女に〉妹が大変お世話になりました」


修道女ダリル「さきほどの病人の様子では皆さん、暫くこの町に滞在されるのでしょう。良かったら、どうぞ教会へ。豪華な宿ではありませんが、男性と女性が分かれて泊まれる部屋がありますよ」


ジュリアス「〈小声で〉ミレーネ、迎えの者達が来るまであまり人目につかない方がいい。有難いお申し出です。お話をお受けしませんか?」


ミレーネ「ええ、そうさせて頂きましょう。〈修道女に〉お心遣い、有難うございます」



[35]ー港町 診療院の入り口の前 道


ジュリアス「〈護衛に〉レックスさんに何かあったら、すぐ知らせて欲しいと診療院には頼んでおいた。我々は近衛隊到着まで目立った動きは控えるつもりだ。姫の安全を最優先しよう」


護衛「かしこまりました」



[36]ー港町 坂の上の教会


〈坂をどんどん上って行く一行。坂の上から見下ろせる青の国・港町。〉


ミレーネ〈心の声〉「〈振り返って海の方を見て〉手が届きそうなところにサイモン王子様がいらっしゃるのに辿たどり着けないなんて。王子様、もう少し待っていて下さいね」



[37]ー坂の上の教会の中 ミレーネ姫とポリーの宿泊室


〈ジュリアスと緑の国の護衛は離れにそれぞれ一部屋ずつもらうことになり、ポリーとミレーネ姫は母屋おもやで、ポリーが姫の警護も兼ね二人一緒の部屋をもらっている。〉


ポリー「さあ、ここでミレーネは座っていて。少し片づけるから」


ミレーネ「旅に出ている限りポリーと私は同じ立場よ。私だって何かお手伝い出来ますわ」


ポリー「駄目よ。気持ちだけ有難く受け取るわね。もしミレーネに掃除などさせたことが分かったら後からまた私が怒られるわ。じゃあ、一つお願いがあるの。シスターの所に行って、片づけが済んだら夕食の手伝いに伺いますからと伝えて来てもらってもいい?」



[38]ー坂の上の教会 母屋おもやの台所と食堂


〈食事の準備をしている修道女ダリル。そこへミレーネ姫がやって来る。〉


ミレーネ「すみません、私達のためにお忙しいことになってしまって。ポリーは少しは料理が出来るので、部屋の片づけが終わり次第、ここへ来てお手伝いしますと言っています。本当は私もお手伝いすべきなのですが、お恥ずかしいことに全く料理が出来ませんの」


修道女ダリル「ほほほ。私は料理ぐらいしか好きなことがなくて。たまに、こうして大勢の分を作るのも楽しみなんですよ。どうぞ、そちらで、くつろいでいて下さいね」


ミレーネ「有難うございます。あの、シスターは普段はここでお一人で暮らしていらっしゃるのですか?」


修道女ダリル「ええ。教会のミサや冠婚葬祭の儀式などには別の地区から司教様がいらっしゃいますの。私は留守番みたいな者ですわ。でも、ここでは時々、身寄りのない方を一時的に預かったりするのですよ。最近も一人、怪我をして困っていた人がしばらく離れで暮らしていました」


ミレーネ「その方は良くなられたのですか?」


修道女ダリル「ええ、やっと……。今は元気に町で働いていて、その若者がポリーさんをここへ連れてきたのですよ」


ミレーネ「まあ、ポリーはその方にも助けて頂いたのですね」


〈話しながら台所に隣接する食堂を歩いているミレーネ姫。本棚や置物が入った棚が目に留まる。〉


ミレーネ「棚を見せて頂いても宜しいかしら?」


修道女ダリル「ええ。ご自由にご覧になって下さい」



[39]ー坂の上の教会 ミレーネ姫とポリーの宿泊室


〈部屋を片付けるポリー。〉


ポリー(独り言)「ジュリアスも青の国へ来て、今、母様の側にはステラおばさんとアンしかいないのね。大丈夫かな。苦しんでいる母様を置いて旅に出るなんて、やっぱり間違っていた……」



[40]ー坂の上の教会 母屋の食堂


〈食堂の棚を見ているミレーネ姫。〉


ミレーネ「あら?これは……」


〈たくさん置いてある折鶴を見つける。〉


ミレーネ「遠き国の折鶴……」


修道女ダリル「〈台所からやって来て〉折鶴をご存知なのですか?私は昔、遠き国で暮らしたことがありましたのよ」


ミレーネ「まあ、そうでしたか。実は私も折鶴を作ることが出来るのです。幼い頃、私の世話をしてくれた女性が作り方を知っていて教えてくれたものですから」


修道女ダリル「その女性も遠き国で暮らしていたことがあるのですか?」


ミレーネ「ええ。若い頃にと聞いておりました」


修道女ダリル「まさか……その女性はタティアナと言う名前ではないですか?そうであれば貴女は緑の国のミレーネ姫様?タティアナからの手紙にいつも、そのお名前を拝見しておりました。先ほどからお名前をミレーネと伺い、もしやと思っていたのです。その優雅な物腰と言い、姫様なのでございましょう?」


ミレーネ「まあ……〈動揺する〉」


ジュリアス「あの……」

               

〈ジュリアスが食堂の開いている窓から声を掛ける。〉


ジュリアス「すみません、途中から、ここで話を聞いておりました。ミレーネ、この方だけには本当のことを話そう」


修道女ダリル「込み入った事情がありそうですね。殿方とのがたはこちらの母屋に入れませんので、庭のテーブルでお話を聞きましょうか。ええ、夕食も皆様にはそちらで食べて頂こうと思っていたのですよ。そちらの方がかえって夕涼みになるでしょうから」



******緑の国


[41]ー《緑の国》 城下町 民政大臣の家の近くの広場


〈ナタリーと女中ステラがベンチに座っている。〉


女中ステラ「奥様、もう今日は帰りましょう。かなり日も暮れてきました。きっと急なお仕事が入られたのですよ」


ナタリー「いいえ、きっといらっしゃるわ。もう少しだけ待ちたいの」


ステラ「でも空模様も怪しくなってきています。雨が降ってくる前に戻った方が宜しいですよ」


〈そこへ走ってくる外事大臣。〉


ナタリー「ほら、やっぱり、いらっしゃったわ」


外事大臣「申し訳ない、こんなに遅くなりまして。一雨きそうですね。絵を持ってきましたが、またの機会にしましょう」


ナタリー「いいえ、せっかくですもの。ぜひ見せて頂かなくては。武官殿、我が家へどうぞ、いらして下さいな」


外事大臣「それは……」


女中ステラ「奥様、また旦那様かジュリアス様がいらっしゃる時にお招きいたしましょう」


ナタリー「私のお客様ですもの。何も困りませんわ。ステラ、武官殿に帰りは傘をお貸しして頂戴ね」


女中ステラ「でも、奥様……」


外事大臣「せっかくのお誘いですが、今度伺わせて頂きます」


ナタリー「〈涙ぐんで〉とても楽しみにしていましたのに。皆がそう言って私から離れていってしまいますのね。〈泣き出して〉あの人も、子ども達も……。ああ」


女中ステラ「奥様、落ち着いて下さい。まあ、どうしましょう。では、外事大臣、少しだけ寄られてはいかがですか?〈小声で〉この所また、奥様の感情の起伏が激しくなられて。ご家族の皆さんがいらっしゃらないのが、お寂しいのだと思います」

  


[42]ー城下町 民政大臣の家


〈応接室に入る外事大臣とナタリー。〉


女中ステラ「お茶の用意をして参ります」


ナタリー「さあ、早く絵を見せて下さいな」


〈若く美しいナタリーを描いた、昔の絵を見せる外事大臣。〉


ナタリー「まあ、懐かしい。こんな風に描いて下さったのね。〈昔をいとおしむかのように見て〉今では、もう、すっかりおばあさんですわ」


外事大臣「いえ。今も変わりませんよ、私の眼には」


ナタリー「まあ、そんな。ほほほ。〈楽しそうに笑う〉」



[43]ー民政大臣の家 末娘アンの部屋


〈二階で本を読んでいたアン。母の笑い声を聞いて下に降りてくる。応接室をそっと覗き、音がする台所の方へ行く。〉



[44]ー民政大臣の家 台所


アン「ステラおばさん、あの叔父さんは誰?」


女中ステラ「奥様や旦那様のお知り合いで、旦那様と一緒にお城で働いていらっしゃる方ですよ」


アン「そうなの?母様が笑っているから、父様が帰って来たのかと思っちゃった。母様、楽しそうね」


女中ステラ「昔の懐かしい絵をご覧になっていらっしゃるようです。お邪魔しては駄目ですよ。今、お茶をお出ししたら、アンお嬢ちゃまにもお菓子を差し上げますからね」



[45]ー民政大臣の家 応接室


〈幾つか絵を見ていくナタリー。〉


ナタリー「まあ、これは?我が家の庭ではありませんか?」


〈ナタリーの家族が庭で遊んでいる様子が描かれた絵。〉


外事大臣「すみません。あの頃、通りがかりにお見かけして。あまりに皆さんが楽しそうだったものですから深く印象に残り、その時の様子を描かせて頂いたものです」


ナタリー「そうでしたの?とても素敵な絵。見ていると、あの頃に戻ったように思えますわ。武官殿、この絵を私に下さらないかしら?」


外事大臣「ナタリーさんが、それほど気に入って下さったのであれば差し上げましょう」


ナタリー「嬉しい!〈絵をじっと見て〉ですわ」


外事大臣「ああ。ご家族でない女の子が一緒でしたね。親戚の女の子ですか?それとも、お友達のお子さんとか?」


ナタリー「いいえ。カノンもですのよ。ご存知なかったかしら?私の可愛いカノン、この赤い服は私が作ったものです。ええ、カノンにとても似合っていましたの」


〈ナタリーが精神を病んでいると聞いているので、それ以上は聞かないが、怪訝な顔をしている外事大臣。〉


ナタリー「それに、〈小声で〉この子は女の子の格好をしていますけれど、本当は男の子なのです。武官殿、誰にも内緒ですよ。……」


〈ドアの陰から様子を窺って話を聞いている末娘のアン。〉




******青の国


[46]-《青の国》 坂の上の教会 庭


〈庭のテーブルに座り、修道女ダリルとミレーネ姫、ジュリアスが話している。〉


修道女ダリル「タティアナがそんなことに。〈涙ぐみ〉何年か前から便りが急に途切れ、ずっと気になっていました。〈手を取り〉姫様もさぞかし、お辛かったでしょうね」


ミレーネ「〈同じように涙ぐみながら〉こうしてシスターにお会いできたことは、きっと天国のタティアナが引き合わせてくれたご縁に違いありません」


修道女ダリル「ええ、ええ、そうでございますよ。姫様、私のことはダリルとお呼びください。少しの間でも亡きタティアナの代わりに姫様のお世話を務めさせて頂きます」


ミレーネ「本当にタティアナのそばにいるように感じますわ」


〈そばで頷くジュリアス。ポリーも途中から庭に出てきて一緒に話を聞いている。〉




※第2話 終わり




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