白の国の事情 後編 ~サイモン王子が帰国した日~

白の国の事情 後編 一か月前に遡って、サイモン王子が帰国した日 続き



[10]ー《白の国》 ヨーム公の屋敷 ヨハンの部屋


〈ヨハンがタティアナゾラアイラサーシャと一緒に寝る支度をしている。〉


ヨハン「お父様のお顔はまだ見れないの?」


タティアナゾラ「皆様とお話が終わったら、ここにいらっしゃいますよ。もう少し待っていましょうね」


アイラサーシャの回想:同日の昼間 館の廊下 出会ってしまったヨハンと近衛副隊長ウォーレス。】


アイラサーシャ(心の声)「ヨハン、さっき、あなたが会った人が本当のお父さんなのよ〈感極まって泣けてくる〉」


ヨハン「どうしたの?どうして泣くの?」


タティアナゾラ「〈小声で〉どうしたのです?今日は何だかずっと上の空で変ですよ。またクレア様に睨まれでもしたら……」


アイラサーシャ「分かっています。でも、どうしようもなくて」

              

〈下男が入って来る。急いで涙をぬぐうアイラサーシャ。〉


下男「今からここに王子様がいらっしゃいます。お二人は別室に移るようにとクレア様からの伝言です」


ヨハン「お父様に会えるんだね!さっき描いた絵を見せなくちゃ」


タティアナゾラ「私達は出ましょう」


〈すぐ入って来るクレア。タティアナとアイラには気付かれないよう、下男に目くばせをする。頷く下男。タティアナとアイラは下男の後について廊下に出る。途中で従者に付き添われたサイモン王子とすれ違う。頭を下げる二人。サイモン王子はヨハンのいる部屋に向かう。〉



[11]ーヨーム公の館 離れ


〈下男がタティアナゾラアイラサーシャを離れに案内する。〉


下男「ここでお待ちを」

               

〈下男はいったん離れから出る。二人きりになった途端、タティアナに訴えるアイラ。〉


アイラサーシャ「今日、ここにウォーレスさんとノエルが来ていたのです!」


タティアナゾラ 「何ですって!そんなことが……。白の国の王子様と一緒に緑の国から来たということですね。それで?二人はあなたに気付いたの?」


アイラサーシャ「分かりません。一瞬のことでしたから」


タティアナゾラ「二人でここへ来るなど神様のお導きかも知れません。それでずっと動揺していたのですね」

               

〈アイラの肩を抱くタティアナ。〉


アイラサーシャ「ヨハンは本当の父親に会ったと言うのに、今頃、王子のことを父と慕っているかと思うと……」


タティアナゾラ「しっ!それだけは口にしてはなりません。もし誰かに聞かれたら私達はどうなるか!」

               

〈離れの外で聞き耳を立てていた下男。そこへ二人の大男が足音を忍ばせやって来る。黙って顎で離れの中を示す下男。急に離れの灯りが消え、驚くタティアナとアイラ。入ってきた二人の大男に、あっという間にさるぐつわをされ、手足を縛られる二人。ウーウーと言い抵抗するが、どうしようもない。離れの中に灯を持った下男が入って来て、縛られているタティアナとアイラの前に立つ。〉


下男「これは女王様からのご命令です」



[12]ーヨーム公の屋敷 ヨハンの部屋


クレア「ヨハン、お父様に見せたい物があるのでしょう?」


ヨハン「はい。お父様、これをどうぞ〈自分で描いた絵を一枚見せる〉」


〈受け取って眺めるサイモン。ヨハンはまだ別の絵も持って待っている。〉


クレア「ヨハンは絵が上手いのです。きっと王子様に似たのですわ」


【サイモンの回想:数日前 《緑の国》 絵を描くミリアム王子と、その笑顔。キャンバスに向かうサイモン王子自身。その隣りにいる、ミレーネ姫の美しい姿と笑顔。】


サイモン王子(心の声)「どうして、こんなことになってしまったのだ……」

               

サイモン王子「〈急にハッとして従者に〉しまった!ウォーレス殿からの伝言を聞いていたのに、すっかり忘れていた!まだ屋敷におられるだろうか?」


従者「はい。お待ちになっているかと……」


サイモン王子「〈ヨハンの頭をなで〉また明日、続きは見せてもらおう。〈従者に〉ウォーレス殿の所に」


従者「かしこまりました」


〈従者の後に続き、部屋を出るサイモン。置き去りにされ、憮然としているクレア。そこへ下男が来て、クレアに耳打ちする。〉


クレア「あの緑の国の護衛が、サーシャの相手で、ヨハンの本当の父親ですって!?まさか、そんなことが!〈小声で〉それで…ゾラとサーシャは、すでに屋敷から連れ出されているわね?」               



[13]ーヨーム公の館 小部屋


サイモン王子「ウォーレス殿、遅くなって申し訳ありません。まだ痛みますか?」


近衛副隊長ウォーレス「サイモン王子。着いて早々お忙しい中、お手を煩わせて申し訳ありませんでした。今やっと少しおさまってきたようです。〈薬を受け取り〉後で飲ませて頂きます。それより何か周りが騒がしいようですが大丈夫ですか?」


サイモン王子「どこから、お話ししたものか……。自分がいない間に白の国がこのようなことになっているとは思いもしなかったので、私自身、混乱して戸惑っております。緑の国にいた薬師ゴーシャを覚えておいででしょう?実はあの者が……」



[14]ーヨーム公の館 廊下


〈近衛副隊長ウォーレスとサイモン王子がいる小部屋に向かい歩いて行くクレアの姿。〉



[15]ーヨーム公の館 小部屋 続き


近衛副隊長ウォーレス「そんな大変な事態になっているのですか?」


サイモン王子「ウォーレス殿もノエルさんと早く緑の国へ戻られた方が良い。今ならまだ間に合います」


近衛副隊長ウォーレス「王子様はどうされるのですか?」


サイモン王子「私は自分の国を捨てて逃げることは出来ません、ただ……」


〈ウォーレスの顔をじっと見るサイモン王子。〉


サイモン王子「〈意を決して〉ウォーレス殿、私の息子を一緒に連れて逃げて頂きたい。それから申し訳ないのですが、ミレーネ姫には私の息子ということは隠したままにしておいて頂けますか?子どもが私の知らぬところで育っていたなどとは、あまりに不覚。そうとは露知らず、私はミレーネ姫を心からお慕いし、二人の未来を夢見ていたのですから〈辛い表情を浮かべる〉」


近衛副隊長ウォーレス「分かりました。サイモン王子様、私も一つお願いがございます」

               

〈そこへ扉を開けてクレアが、お茶と軽食をトレイにのせ、入って来る。〉


クレア「失礼致します」



[16]ーヨーム公の館から石造りの城への道


〈騎兵隊が先導している。馬車の中では、さるぐつわをされ手を縛られ乗っているタティアナとアイラ。ウーウーと言う声を発して眼前にいる女王に訴えているが、女王は目を閉じて黙って座っている。〉



[17]ーヨーム公の館 小部屋 続き


〈お茶🫖をテーブルに置くクレア。〉


サイモン王子「ウォーレス殿、この屋敷のクレアです。さきほど話しました、私の…許嫁いいなずけです」

               

〈挨拶を交わすクレアとウォーレス。〉


サイモン王子「クレア、ウォーレス殿にヨハンを緑の国に避難させたいと頼んでいた所だ。お前も一緒に行くがいい」


クレア「緑の国へ…でございますか?」


サイモン王子「そうだ。これから、白の国はますます危険になるだろう。それで、ウォーレス殿の頼みとは何ですか?」


近衛副隊長ウォーレス「実はさきほどヨハン坊ちゃまのそばに女人を見ました。どうも私の知り合いである者のように思われます。会わせて頂き本人でしたら、一緒に緑の国へ連れて帰ることをお許し願いたいのでございます」


サイモン王子「何?この屋敷にウォーレス殿の知り合いがいるということですか?〈クレアに〉その女人とは誰なのだ?」


クレア「その女人は女王様と一緒にここへ来た者でございます。ヨハンを可愛がってくれる乳母のような存在で、あの子もとてもなついておりましたが、さきほど、女王様に付いてお城へ戻りました」


近衛副隊長ウォーレス「何ですと!」


サイモン王子「おばあ様は人質になる覚悟で城に戻られたはずなのに、その女人も連れて行ったというのか?なぜだ?」


クレア「……きっと、その女人が最後まで女王様のお供をすることを望まれたのではないでしょうか?」

               

〈歯噛みして悔しがるウォーレス。〉


近衛副隊長ウォーレス「〈クレアに〉その女人について知っていることを教えて下さい。あの例えば…子どもがいるとか聞いていませんか?」


クレア「申し訳ありませんが、私はよく存じ上げないのです」


近衛副隊長ウォーレス「もしや、その者と一緒に高齢の女人もいませんでしたか?」


クレア(心の声)「ゾラタティアナが一緒なのも知っているのね。この男はどこまで勘付いているのかしら?」


サイモン王子「クレア、どうなのだ?」


クレア「えっ…ええ。高齢の女人も教育係として来ておりましたが、今は二人とも、すでにお城に戻っているでしょう」



[18]ー白の国 宿屋


〈落ち着かない様子でウォーレスの帰りを待っているノエル。一緒に、緑の国から来た護衛二人もいる。送ってきたボリスもまだ帰らずに、少し離れた所で座っている。〉


護衛 その1「副隊長は今夜はもうここへは戻って来ないのじゃないか」


護衛 その2「朝まで待って戻らなかったら、先に緑の国へ帰った方がいい。〈ボリスをチラッと見て小声で〉あの人も白の国で内乱が起こるかも知れないと言っていたじゃないか。確かに何か街の様子もおかしい」


護衛 その1「巻き込まれてからでは遅いからな」


ノエル「でも、体調が悪くて苦しんでいるウォーレス兄さんを置いていくのも忍びないですわ。それに、〈荷物から包みを出して〉私はこのことも調べなくてはならないのです」


護衛 その2「副隊長は不死身の男。我々の心配には及ばぬだろう。それより、その中身は何なんだい?」


護衛 その1「どれ。〈ひょいと包みを取ろうとする〉」


ノエル「〈慌てて〉ダメです!ガラスの壊れ物なのですよ。姫様からの大事な預かり物です。もう、ビックリしましたわ」


護衛 その2「いくら姫様に頼まれたとはいえ内乱が起こったら、調べ物などと、そんな悠長に構えていられやしないよ。また出直しだな」


ノエル「確かにそうですけれど」


〈ノエルと緑の国からの護衛が話している様子を見るボリス。ボリスには、ノエルと、昔のアイラが重なって見えてくる。ボリスは立ち上がり、会釈だけしてその場を黙って離れる。〉


ボリスの回想:6~7年前 緑の国 城の門 アイラに届け物をするために会いに来たノエル。『アイラ姉さん』と手を振っている。笑顔で『ノエル』と駆け寄り迎えるアイラ。ちょうど通りがかり二人を見ていた従者(当時)ボリス。】


〈ボリスは宿屋からの道を帰っていく。〉 


       

[19]ー白の国 ボリスの借り家


〈借り家に帰って来るボリス。〉


【ボリスの回想:さきほど 宿屋 ノエルが大事に持っていた包み。】

 

ボリス「〈家に入りながら〉大きさから言って、推測が正しければ、あれは王妃様毒殺の飲み物が入ったガラス瓶……」


〈灯りをつけると、部屋の中に、ノエルが持参したものと同じ形状で色合いのガラス瓶が棚一面に並んでいる。他にも様々なガラス瓶も置かれている。〉



[20]ーヨーム公の館 客室 夜


〈サイモン王子がクレアに頼み、近衛副隊長ウォーレスは一晩、客の迎賓室を貸してもらっている。〉


【ウォーレスの回想:昼間 屋敷の廊下 見かけたアイラの姿。】


近衛副隊長ウォーレス(心の声)「アイラは子どもを産んでいないのか?いや、それより、薬師ゴーシャ魔王グレラントが占拠した城にアイラもタティアナさんも連れて行かれたとは。女王と共に今度こそ殺されてしまう!どうやって助けたら良いのか?さっきまでは、すぐ手の届く所にいたというのに。ああ!〈頭を抱える〉」



[21]ーヨーム公の館 ヨハンの部屋


〈添い寝でトントンとヨハンを寝かしつけながら、じっとヨハンを見るクレア。〉



[22]ー白の国 石造りの城


魔王グレラント「なに?ばばあだけ戻って来たのか?」


手下 その1「グレラント様と話がしたいそうです」


魔王グレラント「こっちは、ばばあと話などない。ああ、目障りな奴はすぐ殺してしまいたいが、後で取引の材料になる時が来るかも知れぬ。もう少し生かしておくか?」


手下 その2「では、そのように」


魔王グレラント「王子はヨーム公と手を組み抗戦するつもりと見える。まあ、何をしても、どこにいても、王子の末路は変わらぬのに。ばかめ。〈手下に向き直り〉たった今から、白の国に垂れ流していた金と食糧を全て止めろ。このところ、民には使い放題させてやったからな。自給自足することも備蓄することも忘れて遊びほうけていたはずじゃ。大勢の民がすぐに路頭に迷い、手なずけるのも訳無いだろう」


手下 その1「白の国と国外を結ぶ幾つかの道は直ちに封鎖致します。港には我々の仲間のみを配置して、こちらに必要な物資だけを残らず押収する計画です」


魔王グレラント「よし。もともと白の国は資源や食糧の乏しい国であるから簡単にを上げるじゃろう。無駄な戦いは不要。これはあくまで緑の国との決戦の下準備であることを忘れるな」


手下 その2「はっ。それから女王が女を二人連れて帰り地下牢に入れたようですが、これはいかが致しましょうか」


魔王グレラント「女王は死ぬ間際まで道連れにしたい者達がいるのか?牢に入った者には食べ物も与えず、ほおっておけば勝手に死ぬだろう。それよりケインだ!まだあいつは見つからぬのか!」


手下 その1「もう少し探す範囲を広げて捜索にあたります」


魔王グレラント 「死体でもいいから見つけるのじゃ。首飾りさえ手に入れば、少しは事が上手く運ぶと言うのに!使えない奴め!」



[23]ー白の国 石造りの城 地下牢


〈泣いているアイラ。そばに寄り添うタティアナ。〉


タティアナ(心の声)「私達の運もここまででしょうか。いえ、最後の最後まで神様を信じます。6年前、一度は覚悟を決めた、この命。どうかアイラだけでもお助け下さい」



[24]ーヨーム公の館 主人の部屋 朝


〈クレアの両親に頭を下げているサイモン王子。〉


ヨーム公の妻「確かにヨハンとクレアだけでも安全な場所に行かせた方が賢明かも知れませんわね」


ヨーム公「うむ。お前は?」


ヨーム公の妻「私は最後まであなたのお側におりますわ」


サイモン王子「申し訳ありません」


ヨーム公「それで妙案とは?上手く逃がすことが出来るのか?」



[25]ー宿屋 


〈朝になりヨーム公の館から宿屋に戻って来た近衛副隊長ウォーレス。〉


ノエル「ウォーレス兄さん!ああ、良かった。随分、心配したのよ」


護衛 その1「体調は大丈夫ですか?緑の国へ戻れますか?」


近衛副隊長ウォーレス「私は問題ない。ただ、白の国が厄介なことになっている」


護衛 その2「やはり内乱ですか?この国の人達も噂しています」


近衛副隊長ウォーレス「一見何事もないように見える町の裏で、まさかこんな大きな火種がくすぶっているとは。とにかく出来る限り早く緑の国へ戻りたいが、もしかすると、もう我々の動きを見張られている可能性がある」


ノエル「サイモン王子と接触しているからですか?」


近衛副隊長ウォーレス「〈頷き〉そうだ。皆、今から言う事をよく聞いて欲しい」




※ 白の国の事情 後編 終わり

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