白の国の事情 前編 ~サイモン王子が帰国した日~

白の国の事情 前編 一か月前に遡って、サイモン王子が帰国した日



******白の国 サイモン王子が白の国に到着した日


[1]ー《白の国》 ヨーム公の館 客室


〈白の国の女王とサイモン王子が、人払いをして二人きりで座って話している。〉


サイモン王子「私の息子??おばあ様、いったい何をおっしゃっているのですか?お加減が悪いとは聞きましたが……」


サイモン王子(心の声)「ぼけて頭がおかしくなったのだろうか?」


女王「ぼけてはおりません」


〈はっとなるサイモン王子。〉


サイモン王子「すみません、そのようなことは思っておりませんが……。私にはあまりにも信じられない話です」


女王「さっさと理解しなさい。今、説明したではありませんか?クレアとお前の間に生まれた子どもが生きていたのです。二人を王家に迎えますから良いですね」


サイモン王子「ま、待って下さい。おばあ様は私が緑の国へ行くのは縁談のためとおっしゃっていたではありませんか?」


女王「〈コホンと咳払いし〉あの時は子どもの存在をまだ把握していなかったのです。とにかく良いですか?お前は自分の過去の過ちに責任を取らねばなりません。クレアやクレアのご両親に詫びることはあっても、問い詰めたり話を無かったことにしたりしようなどと、ゆめゆめ考えぬことです」


サイモン王子「では、おばあ様が危篤だという話は、私を連れ戻すための仮病だったのですか?〈ミレーネ姫から渡された薬を出して〉そうとも知らず、姫様は心配して薬を用意して下さったのですよ」


女王「緑の国の姫とはご縁がなかったものとあきらめなさい」


サイモン王子「おばあ様!」


女王「今日から、お前はここで暮らすことになります。お前が留守の間に白の国は危機的状況に陥ったのです。今から私が言うことを、しかと肝に銘じて難敵に向かわねばなりません」


サイモン王子「何があったのですか……?」



[2]ーヨーム公の館 クレアの部屋


〈竹とんぼのような、木で作った玩具を飛ばしてヨハンが遊んでいる。見守っているクレアやタティアナゾラアイラサーシャ。〉



[3]ーヨーム公の館 別の小部屋


女王の従者「王子様を無事に送り届けて頂き有難うございました。〈包みを出し〉これは女王様からの心からの御礼でございます。到着後すぐではありますが、これでお引き取りを」


近衛副隊長ウォーレス「あの、私は緑の国の大臣の代理で御国へ参りました。この度、そちらの護衛が我が国で大事件を起こしたことは、すでにご存知かと……。その件に関しましても、まだ色々伺うべきことがございます。一度、女王様や王様とお目通りを願いたい」


女王の従者「申し訳ありませんが諸事情がございまして、女王様はお城ではなく、現在、この私邸に特別に滞在なさっておられます。王子様もこちらに逗留されるご予定でございます。お二人とも暫くお城には戻られません。ここは、あくまで他人様のお屋敷でございますので、どうぞこのまま、すみやかにお引き取り下さいませ」


近衛副隊長ウォーレス「それでは、これまで緑の国が王子様に尽くした恩義に対し、あまりにも無礼ではありませんか?一体、どういうことですか?」


女王の従者「疑念を抱かれることは承知の上で申し上げております。白の国としましても、そちらの姫様の目を治すことに多大なる貢献をさせて頂きました。そのことに免じて、ここは速やかにお帰り下さいますよう、お願い申し上げます。〈近づき、声を潜めて〉できる限り早く国外へ!それが皆様の御身のためです」


〈ぎょっとする近衛副隊長ウォーレス。女王の従者はさっと下がり頭を下げる。〉


女王の従者「これ以上は申し上げられません。どうぞお察し頂きたい」


〈心配そうに二人のやり取りを見守る、アイラの妹ノエル。〉



[4]ーヨーム公の館 小部屋から玄関までの廊下


〈小部屋から出て来る近衛副隊長ウォーレスとノエル。〉


女王の従者「お帰りはこちらです」


〈その時、どこかの部屋から子どもの声がする。〉


ヨハン(声のみ)「あっ、向こうまで飛んじゃった!」


〈女王の従者、ノエル、ウォーレスの順で廊下を歩いている。そのウォーレスの背中に当たる竹とんぼのような玩具。振り返るウォーレス。そこに立っているヨハン。玩具をしゃがんで渡そうとするウォーレス。〉


ヨハン「あたってしまって御免なさい」


近衛副隊長ウォーレス「大丈夫だよ。さあ、どうぞ」


〈その時、追いかけてきたアイラサーシャがウォーレスの目に入る。驚くウォーレス。固まるアイラサーシャ。ヨハンがアイラサーシャの手を取る。〉


ヨハン「サーシャ、行こう!」

               

〈二人は廊下を曲がり奥へと行ってしまう。数歩、追いかけるウォーレスの目に入るアイラサーシャの後ろ姿。ウォーレスが6年前に渡したスカーフを髪に結んでいる。〉


近衛副隊長ウォーレス(心の声)「サーシャ……??いや、間違いない、アイラだ」


〈廊下の曲がった所の陰では、アイラサーシャも震えながら立ちすくむ。ヨハンの手を握りながら、どうすべきか分からず混乱している。不思議そうに見上げるヨハン。そこへノエルがウォーレスの元へ戻って来る。〉


ノエル「ウォーレス兄さん、どうしたのです?」

     

〈ノエルの声を聞くアイラサーシャ。〉


アイラサーシャ(心の声)「ノエル!!」


〈思わずヨハンを連れ、ウォーレスやノエルの方へ行こうとするアイラサーシャ。そこへ冷ややかなクレアの声が後ろから聞こえる。〉


クレア「サーシャ、そこで何をしているのですか?早くこちらへ」


〈ヨハンとアイラサーシャは奥の部屋へ戻る。後ろ髪をひかれる思いのアイラサーシャ。手前の廊下では何も知らないノエルが、呆然としている近衛副隊長ウォーレスに再度、声を掛ける。〉


ノエル「ウォーレス兄さん?」


〈女王の従者も二人が後ろから来ないことに気付き、様子を見に戻って来る。突然、しゃがみ込み腹を押さえ苦しみだすウォーレス。〉


近衛副隊長ウォーレス「あいたたた。〈痛みに顔をゆがませる〉」


ノエル「ひどく痛むのですか?」


女王付きの従者「これは大変なことに……」



[5]ーヨーム公の館の外 館の前の道

                     

〈中の様子を窺っているボリス。一人、館から出て来るノエル。いったん、隠れるボリス。ノエルは怪訝そうに後ろを振り返る。〉


ノエル「しばらくここで滞在できるかと思ったのに何だか妙な雰囲気ね。サイモン王子様すら顔を見せないなんて」


〈首をかしげるノエル。そこへ地鳴りのような音がして城からの騎兵隊一陣が駈けてくる。〉


ヨーム公の私兵「門を閉めろ!」

               

〈館の門が閉められ、その前に立ち並ぶ城からの騎兵隊。突然のことに驚き、事情も分からぬまま、とにかく急いでその場から離れようとするノエル。〉


ボリス「〈陰からノエルに〉危ないですよ。早く、こちらへ」


〈男の側に行き、隠れて陰から様子を窺うノエル。〉


騎兵隊 その1「〈門の外から中へ向かって〉女王と王子を城へ連れて帰るよう命じられた!明日の朝まで待つ!朝になっても出て来なければ、この門を破る!そのつもりで!〈叫ぶ〉」


ノエル「これは……どういうこと?」


ボリス「何か面倒なことが起きているようですね。巻き込まれないよう、ここは一旦、離れましょう」


ノエル「でも知り合いが中にいます。ここへ来る途中で悪い物でも食べたのか急にお腹を痛め休ませてもらっているのです」


ボリス(心の声)「ウォーレス殿は今も中にいるのか。ノエルさんは、アイラさんがここにいることをまだ知らないようだ」


ボリス 「とにかく、ここにいるのは危険です。さあ、離れた所で少し考えた方がいい」


〈二人は一緒に歩き始める。〉


ノエル「あの、あなたは、この辺に詳しい方なのですか?」


ボリス「生まれは違うが、もうここへ来て長い。なぜですか?」


ノエル「私はガラスのことを色々勉強していて、再生ガラスの工房を訪ねるつもりで、ここ白の国に来ました。もし再生ガラスの工房で有名な所など、ご存知でしたら教えて頂けないかと思ったのです」


ボリスの回想:緑の国 6年前 ミレーネ姫の誕生日 王妃の殺された夜  問い詰められているアイラ。テーブルの上のガラス瓶。】


ボリス(心の声)「結局、君も同じ結論にたどり着いた訳か。でも、それは、さらに危ない橋に近づくことになる。渡ってはいけない橋……」



[6]ーヨーム公の館 客室


〈祖母である女王から話を聞き、頭を抱えているサイモン王子。〉


サイモン王子「私には、そのような話は到底、理解しかねます。あの薬師と大臣達が手を組み王を操り、白の国を乗っ取ろうとしているなどと……。確かに薬師は胡散うさん臭く怪しい。しかし、いくら何でもそのような……」


女王「乗っ取ろうとしているのでは、ありません。もう、と思いなさい」


サイモン王子「それで、おばあ様はこれから、どうなさろうとお考えなのですか?」


女王「次期、王となるお前が、この国を守るのです。この屋敷を新しい白の国の根城ねじろとして」


サイモン王子「ここで、この私がですか?私など、とても力不足です!」


女王「分かっています。だから、クレアの父であるヨーム公の後ろ盾が必要なのです。ここにいる私兵ほど強い部隊は白の国のどこを探しても見つかりませんよ」


〈女王の従者が扉をノックして入ってくる。〉


女王の従者「失礼致します。ただ今、門の前に城から騎兵隊が来ております」


女王「何と申しておる?」


女王の従者「女王様と王子様を迎えに来たと。夜明けまでは待つと言っておりますが、従わない場合は戦う覚悟をしなければならない状況になるようです」


サイモン王子「おばあ様!」


女王「落ち着きなさい」


〈悲痛な顔の王子と、眉間に皺を寄せ考えている女王。〉



[7]ーヨーム公の館 小部屋


〈小部屋で腹痛(仮病)が治まるのを待つ状態になっている近衛副隊長ウォーレス。女中が入って来たので、また苦しい振りをするウォーレス。〉


女中「まだ痛みますか?」


近衛副隊長ウォーレス「ああ。サイモン王子が、緑の国からの薬をお持ちだ。申し訳ないが、王子に少し薬を分けてもらうよう言付けてもらえぬか?」


ウォーレス(心の声)「何とか王子と話す機会を持たねば」


女中「お伝えしてみますが王子様は今、お取込み中ですので、お時間が掛かると思われます。屋敷に常備してあります薬をまず、お持ちしましょうか?」


近衛副隊長ウォーレス「いや、慣れぬ薬を飲むのは、痛めている臓腑に良くない気がするのでね。吐き気まで出てきたようだ。ううっ」


女中「まあ、どうしましょう」


近衛副隊長ウォーレス「〈袖口で口を押えながら〉ところで、さきほど5歳ぐらいの男の子を見かけたが、あの子は誰なのだ?」


女中「王子様とクレア様の息子さんのことでございますか?」


近衛副隊長ウォーレス(心の声)「何だと?王子に息子が?」


近衛副隊長ウォーレス「その側にいた人は息子さんの乳母だろうか?確かサーシャと呼ばれていたような?」


女中「ええ、そうです」


近衛副隊長ウォーレス「〈答えを聞くなり唸り〉ううっ。申し訳ないが、薬をとにかく早く頼む」

               

〈女中が急ぎ出ていく。一人残されるウォーレス。〉



[8]ーヨーム公の館 客室


〈ヨーム公、その妻、クレア、ヨハンが集まっている。皆に挨拶する王子。女王は見守っている。〉


女王「こんな形で慌ただしく、ヨーム公ご夫妻と王子の顔合わせになるとは誠に心苦しい限りです」


ヨーム公「〈頷き〉相手がこれほど早く仕掛けてくるとは。女王様、城にお戻りになられることは考え直されては如何ですか。時間を稼ぐために自ら人質になるなど危険過ぎます」


女王「ええ、承知しておりますので私のことはご心配なく。ヨーム公、どうか王子のことを頼みましたよ。今まで相談してきた通りに願います。サイモンはヨーム公のご指示通りに動くのですよ。実戦経験が全くないことが気がかりですが」


ヨーム公「王子をお守りするために、手前どもの私兵を動かす算段は出来ておりますから、そこはご安心下さい。サイモン王子様は前線に出ることなく、後方で今後の新国に向けての準備をして頂きましょう」


女王「新しい白の国の誕生!それだけが私の悲願です。新国興隆の暁には、ヨーム公が宰相としてサイモンを支えてやって下さい。クレア、ここへ」


クレア「はい、女王様〈近くへ来る〉」


女王「〈耳元で〉は今夜、私と共に城へ連れていきます。もういらぬ心配は無用です」


                           

[9]ーヨーム公の館 小部屋


〈座りこんでいる近衛副隊長ウォーレス。〉


【ウォーレスの回想:さきほど 廊下 玩具を取りに来たヨハン。その後ろにいたアイラ。】


近衛副隊長ウォーレス(心の声)「アイラは無事に生き延びてくれていた……。後は、どう接触出来るかだ。それにしても王子は遅いな。外では城からの騎兵隊が騒いでいる。危険な前触れだ。逃げるなら早くせねば。それも皆一緒に……」




※白の国の事情 前編 終わり 後編に続く 

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