第21話 奪われた首飾り #2

第21話 続き #2


[17]ー《緑の国》 城の庭 塀の近く 続き


〈動きが一時的に止まったように見えるケインの様子を、遠くから固唾を飲んで見守る城の人々。ケインの耳に今度は『カノンに捧ぐ』の曲が、懐かしい笑い声とともに聞こえてくる。姫の顔を見ると、そこにはナタリーの懇願する顔が重なり合う。混乱しながらも、優しいナタリーの面影には剣を振るえず、首飾りの鎖だけを短剣で切り奪い取ったケイン。即座にミレーネ姫を地面に突き倒して、自分は塀に上がる。〉


近衛隊長「姫様をおいて、ケインが外に逃げるぞ!二人が離れた!今だ!近衛第一部隊、そのまま急進!第二部隊は外へ回れ!」


松明たいまつをかかげて、外の道になだれこむ近衛隊。塀の上でケインが手にした首飾りの石が光輝く。それを目掛けて矢を射る近衛副隊長ウォーレス。その矢がケインの右腕に後方から突きささる。〉


ケイン 「うっ!」

 

〈そのまま、ケインは塀から飛び降りる。腕にささった矢の一部を折り、折った部分を捨てながら逃げる。〉


近衛隊 「こっちだ!〈追いかける〉」


〈光る首飾りの石を手に、右腕からは血を流し、裏山の森へ逃げるケイン。近衛副隊長ウォーレスも弓を持ったまま、他の者と一緒に門から外へ走り出る。〉



[18]ー城の庭


〈自分でさるぐつわを取り、座りこむミレーネ姫の所に、ジュリアスとポリーが駈け寄る。ミレーネ姫が着ていた町娘の服はケインが首飾りの鎖を切ったために胸元が少し破れている。〉


ジュリアス「ミレーネ、怪我は?血が出ている!すぐに医女を!」


ミレーネ「大丈夫。かすり傷よ」


ポリー「ミレーネ、もうダメかと思った……〈抱き付く〉」


ミレーネ「首飾りは奪われてしまったわ。〈客室を指差し〉部屋にミリアムとサイモン王子が……」


ポリー「私が行く!〈走る〉」


〈ポリーは窓から部屋に入りミリアムを抱きしめる。〉


ポリー「もう怖くないよ。よく頑張ったね!」


〈さるぐつわを取ってもらい、わんわん泣くミリアム王子。ジュリアスに支えられ、客室の外まで歩いて来るミレーネ姫。胸元をハンカチで押えている。〉


ジュリアス「〈歩きながら〉首飾りは近衛隊が取り返してくれるのを待とう」


〈ポリーがミリアム王子を抱き上げて、庭にいるミレーネ姫の元に連れてくる。ミリアム王子を抱きしめるミレーネ姫。部屋の中では近衛隊がサイモン王子を確保し、そのまま脇を抱え武法所へ連れていく。サイモン王子の惨めな姿。連れていかれるサイモン王子とミレーネ姫の目が合う。二人ともただ茫然と悲しげな表情を浮かべている。〉



[19]ー城の外 裏山の森


近衛「追い詰めたぞ!」


〈首飾りを手に持ち、崖のふちにいるケイン。〉


ケイン(心の声)「グレラント様、申し訳ありません。私は任務を遂行出来ませんでした」

               

〈手に持っている首飾りの石の光を見ると、聞こえてくる『カノンに捧ぐ』の曲。光はますます眩い光を放つ。〉


ケイン(心の声)「なぜだ?なぜ、これほどまでに心が乱れる!?」


松明たいまつを持って集まっている近衛隊。近衛副隊長ウォーレスが弓でケインに狙いをつける。〉


近衛副隊長ウォーレス「姫様の首飾りを返せ!」


〈弓があたった右手を左手でかばいながら、必死に首飾りを握りしめるケイン。その耳に聞こえてくる、今度は誰か知らぬ男の声。〉


誰かの声「それはお前の物じゃ。お前の物だよ」


〈近衛副隊長に静かに首を振るケイン。近衛隊の方を向いたまま、断崖絶壁から足を滑らす。皆が驚く中、近衛副隊長ウォーレスが最後の瞬間に放った弓がケインの胸に刺さる。弓に射抜かれたまま、ゆっくりと崖下に落ちて行くケイン。その耳に優しく聞こえてきた言葉。〉


ナタリーの声「カノン!カノン!闇の世界から早く戻っておいで……」



[20]ー城下町 民政大臣の家


〈うなされていたナタリー。急にむっくり起き上がり、ベッドの隣りに付き添っていた民政大臣に幻が見えているかのように話す。〉


ナタリー「あなた、見て!ほら、カノンよ。カノンが帰ってきたわ。あんなに待っていたのですもの。ねえ。本当に良かったこと……」


〈微笑んでいるナタリー。正気でないナタリーに驚愕きょうがくする民政大臣。〉


民政大臣「ナタリー!!〈揺さぶる〉」


民政大臣(心の声)「神様、これが、なのですか?」



[21]ー城の庭


〈皆が城の中と外を動き回っている。大勢の護衛もまだ庭にいる。ミリアム王子は女官が来て部屋に連れて行く。〉


ミレーネ「マリオさんとレックスさんが、そんなことに……」


ジュリアス「ポリー、後は頼む。急いで、父上に今夜のことを全て報告して来る。まずセナさんの所に行って、その後、家に寄ろうと思う」


ポリー「分かった。私は今夜はこのまま、ミレーネやミリアムのそばにいるから。〈ジュリアスは去る。〉ケインの奴、絶対に許せない!それに女装って、まさか、この服を使った可能性は?〈姫が着ている服を触る〉」


ミレーネ「待って……。〈目を閉じ臭いに集中して〉ええ、そうかも知れないわ。ケインには独特の体臭があるのよ。皆には分からないほど微かなものだけれど、私には分かるわ。〈目を開け〉この服に確かにそれらしき臭いがあるもの」


ポリー「嫌だ!やっぱり!?ミレーネ、そんな忌まわしい物、早く着替えなくちゃ!引き裂いてしまいたい!!」




[22]ー城下町 画廊マリオ


ジュリアス「セナさん」

               

〈夜も更けたと言うのに警事団もまだ数人いる。泣きはらした顔をしているセナ。〉


セナ「お城は?」


ジュリアス「怪我人が何人か出ていますが、姫様達は無事です」


セナ「ジュリアス様、ちょっと……」


〈警事団に聞かれない所で話す二人。〉


セナ「ケインのことで、もう一つ、気になることがあるのです。まさかとは思うのですが、おば様が必死で探していた人に……あの男は似ているのです」


ジュリアス「母がケインを?どういうことですか?」


セナ「店に寄った若者を、昔の知り合いのようだからとおば様はここずっと探し回っていました。はっきりするまでは、皆さんには黙っていて欲しいと言われていたので黙っていたのですが。今日の武官試験の時に、店で見た若者とケインが似ていると気付きました」


ジュリアス「じゃあ、今日、母に伝えたかったのはケインを見つけたということだったのですか?」


セナ「〈頷き〉まだ、事件の前でしたから。でも、あんな殺人犯をおば様が探していたなんて、どう考えても変ですよね。試験の時は間違いないと思ったのですが、体型や髪型、服装が近いから、そういう気がしただけかも知れません。だから、あいつがお兄ちゃんを殺害した容疑者なら、もう、おば様に言うのは辞めようと思いました。でも……。それなのに、何故かどうしても気になってしまって。多分、私は今、頭の中が混乱しているんだと思います」


ジュリアス「いや、どんなことでも教えてくれた方がいい。母は、その若者が店に来た後、何か言っていましたか?」


セナ 「はっきり思い出せないのですが、その若者がピアスをしていたかどうかと聞かれたような……。鏡でご自分の姿を見た後、血相を変えて、外に追いかけて出ていかれたことだけは覚えています」

               

〈明らかに衝撃を受けたが、努めて隠すジュリアス。〉


【ジュリアスの回想:17年前 民政大臣の家 庭で遊ぶカノンとジュリアス。カノンのピアスにジュリアスの石を近付ると青く光った。】



[23]ー画廊マリオ 続き


〈もう警事団はすべて帰り、あふれてくる涙をふきながら、店の中を確認しているセナ。窓際に立ち、考え込んでいるジュリアス。〉


ジュリアス(心の声)「ケインがカノンなどということが、あるはずがない。いや、あって欲しくない……。でも、もし万が一、カノンとケインが同一人物ならば、というより、カノンは今、していることになるのか??普段は男の格好で、マリオを殺す時だけ、女として、ここに来たということなのか?〈首を振る〉」


〈窓から隣のナタリーの店を見る。〉


ジュリアス(心の声)「昨晩遅く、何かの用事で店に寄った母上が、偶然、マリオが殺される残酷な現場を見てしまった。しかも、その犯人は捜していたカノンだった……。死んだと思っていた子が生きていてやっと見つけた途端、凶悪な殺人犯だったと知ってしまったら母上の神経は耐えられるはずがない。正気を失うだろう」

     

〈近づいてくるセナ。〉


セナ「やっぱり、特には何もなくなっていません。ただ、この引き出しにお兄ちゃんが一枚だけ残していた似顔絵が見当たらないのです。最後に見たのは先月くらいなので、お兄ちゃんが最近、捨てたのかも知りませんが」


ジュリアス「似顔絵?」


セナ「覚えていますか?六年前の王妃様の事件があった時、気になることがあるから人探しをすると言って、若い女の子の似顔絵をお兄ちゃんが町中に貼ったのです」


ジュリアス「白杖の女の子を尋ね人とする張り紙……」


セナ「はい。でも、お城の女官の人達が犯人として捕まり、お兄ちゃんは全部張り紙を集め燃やしました。ここにあった一枚をのぞいて……。今、急に思い出したことがあるのです。その残していた似顔絵だけは他と違って、色が付けてありました。確か、その女の子のピアスが青色で塗られていたと覚えています」


ジュリアス(心の声)「白杖の女の子が青く光るピアスをしていた??」


【ジュリアスの回想:6年前 民政大臣の家


ポリー『途中で、目の不自由な女の子に会って、村のはずれまで送ってあげたんだ』


ポリー『その子ね、目が見えないけれど、すごく綺麗な女の子だったんだよ。でも声は男の子みたいに低い声で……』】


ジュリアス(心の声)「まさか・・。6年前、ポリーのピアスと反応して青く光ったということか?それに、昨日、マリオの店から戻って来たポリーが確か言っていたのは……」


【ジュリアスの回想:サイモン王子の誕生日(昨日) 城の森 


〔武術の練習を終えたポリーとジュリアス。〕


ジュリアス『今日は皆、十分、楽しめたのか?』


ポリー『私が頑張って根回ししたのだから当然よ!最後はマリオさんの似顔絵で盛り上がったのじゃないかな?』】


ジュリアス(心の声)「昨日、マリオがケインの似顔絵も知らずに描いてしまったとしたら?いつも髪で顔を隠しているようなケインは、はっきり言って、どんな顔か浮かばぬほど、目鼻立ちはあやふやな印象だ。しかし、特徴を掴むのが得意なマリオなら??何かそこで気付いたのかも知れない……」


【ジュリアスがミレーネ姫から聞いた回想:昨日 マリオの画廊

                 

マリオ『ジュリアスに伝言を。明日、試験が終わったら、すぐに必ず店に来て欲しいと』 】


ジュリアス(心の声)「王妃だったロザリー伯母様を殺したのが、あの白杖の若い女で、それが、つまりケインでありカノンだったならば?マリオが殺された理由は、そこにあるのか??」


〈拳を握りしめるジュリアスの姿。〉

                


[24]ー城 武法所 勾留室


〈ぐったり座っているサイモン王子。〉


サイモン王子(独り言)「こんなことになるとは……。ミレーネ姫は、私や白の国を許してくれるだろうか?やはり、あの巨大な流星は凶兆だったのだ……」


〈がっくりうなだれるサイモン王子。入ってくる近衛。〉


近衛「申し訳ございません。もうしばらく、ここでお待ちいただくことになると思います。何か必要なことがあれば、お申し付け下さい」


サイモン王子「私の部屋から絵を描く道具を持ってきて頂きたいのですが、お願いできますか?」


近衛「分かりました。〈出て行く〉」


サイモン王子(独り言)「このままではミリアム王子はまた悪夢に襲われるだろう。ケインという悪魔によって!」



[25]ー城 王の会議室 ケインによる傷害事件から二時間後


〈王、外事大臣、近衛隊長、近衛副隊長、ミレーネ姫、重臣たち、医官など多くの者が集まっている。姫は胸元を手当てしてもらい、着替えもした後に王の元へ来ている。〉


王様「そうか、取り逃がしたか……」


近衛副隊長ウォーレス「申し訳ございません」


近衛隊長「断崖絶壁から落ちたのです。それも矢が胸にささったまま……。あの状態で生き延びることはないと思われます」


ミレーネ「首飾りは?逃げる途中に森で落としたかもしれませんわ。夜が明けたら、ぜひ捜索を」


近衛副隊長ウォーレス「ケインは首飾りを持って、そのまま落ちていきました。」


ミレーネ「暗い森の中でも、はっきり見えたのですか?」


近衛副隊長ウォーレス「はい」


【ウォーレスの回想:数日前、薬師ゴーシャ魔王グレラントによる闇夜の事件の夜  〔真っ暗闇の中で唯一光っていた、ミレーネ姫の首飾りの石。〕】


近衛副隊長ウォーレス「姫様の首飾りには闇の中で光る石がついております。ケインはしっかり首飾りを握りしめ、その石が強い光を放っているのが見えました。私はその光をめがけて矢を放つことが出来たのです」


ミレーネ(心の声)「何ですって!首飾りの石は、持ち主を守るために強く光るものよ。ジュリアスだって何度も試してみたけれど無理だった……。なぜ、ケインのために?」


王様「ともかく、ミレーネ姫とミリアム王子、それにサイモン王子が無事であったことをまず良しとしよう。怪我人の様子は?」


医官「傷の深い者もいますが、命に別状はありません。ただ、白の国の従者が一番重傷で、予断は許せず、しばらく経過を見る必要があります」


王様「そうか……。サイモン王子だが、護衛剣士がこれだけの事件を起こしているのに、このまま帰して良いものだろうか?」


ミレーネ「サイモン王子と従者レックスは本当に何も知らなかったのです。人質に取られた時も、王子は私の代わりに自分が首飾りを持ってケインの元へ行くとおっしゃって下さいましたわ。」

               

〈重臣達は小声でボソボソと囁く。『仲間で、そのまま一緒に逃げようとしたのではないのか?』という声も聞かれる。〉


ミレーネ「女王様が危篤なのに、万が一、間に合わなくなることがあってはなりません。お父様、どうかお願いします」


王様「白の国も我が国との友好関係を望んでおるのに、こんな馬鹿な真似を本気で仕掛けてくるとは思えん。護衛剣士は単独犯だろう。明日の出発を一日だけ延ばし、緑の国から護衛をつけて王子を帰すとしよう。あの犯人に白の国の王家も完全に騙されていたと推測はするが、やはりここは納得出来る釈明を聞きたい。迎えに行った民政大臣に帰りも同行させ事情を確かめてきてもらいたいが、大臣は全く顔を見せぬな。ナタリーの具合がよほど悪いのだろうか?」


〈皆、顔を見合わせる。〉


王様「急ぎ白の国へ民政大臣が行けるかどうか確認し、無理ならば誰か代わりの者を明日中に決めねばならぬ」



[26]ー城下町 民政大臣の家

 

〈寝室で寝ているナタリー。寝室のドアは開けたまま、隣りの部屋で座って話している民政大臣とジュリアス。他には誰もいない。〉


民政大臣「何??そんな事件がお城で起きたのか?一大事だ!一度、お城に戻る!ジュリアス、ナタリーはかなり心を病んでしまっている。誰かが必ずそばにいるようにしてくれ」


ジュリアス 「父上にもう一つ、重大な話があります。母様がずっとうわごとで呼んでいる、カノンのことです」



#3へ続く

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