第20話 幻の五蛇剣法 #3

第20話 続き #3


[31]ー《緑の国》 城 厨房


〈厨房班の実技試験が始まる。女官長ジェイン、厨房班長、サアムおじさんの前に、初春組先輩二人、夏組新入り二人、そしてマーシーが作った料理が並べてある。明らかに他と比べて見劣りするマーシーの料理。怪訝けげんな顔のサアムおじさん。〉


女官長ジェイン「では、試食してみましょう」


〈食べ始める三人。試験を受けている五人は固唾かたずを吞んで見守っている。〉



[32]-城 武法所 勾留こうりゅう


〈長机の所に座って待っているノエルとウォーレス。部屋の外には近衛が警備している。〉


ノエル「ウォーレスまで名乗りでることはなかったのに……」


近衛副隊長ウォーレス「いや、これで良かったのだ。長年のつかえがやっと取れたように思う。ノエルこそ、よく勇気を出したね。後は、王様達のご判断に任せよう」


ノエル「昨日は森で、ずっと夢と現実との境をさまよっているみたいだったわ。そこへどこからか小鳥が現れて、必死で私を救おうとしてくれたの。あの世で待っているアイラ姉さんの化身だったのじゃないかしら」


【ノエルの回想:昨夜 不帰かえらずの森  フラフラと彷徨さまよい歩いていたノエル。奥へ行きかけていたノエルを、くちばしを使い必死に服を引っ張ったコットンキャンディー。その後は道案内をするようにノエルの前を少しづつ飛んでは枝に留まり、また飛んでは留まって、神秘の木まで導いてくれたコットンキャンディー。 】


ノエル「あの小鳥は、アイラ姉さんが私を守るために、死なせないようにと天から送ってくれたのよ。〈ウォーレスを見て〉私、間違っていたわ。姉さんの無念を晴らそうとするあまり、自分も周りも傷つけて……。優しかった姉さんが、そんなことを望んでいるはずがないのに」


近衛副隊長ウォーレス「そうか……。そう思ってくれて、ほっとしたよ。ノエル。審議取り調べが終わって、もし二人とも自由に生きることが許されるならば、一緒に行って欲しい所がある」



[33]-城 厨房


〈並んで立っている初春組先輩二人、夏組新入り二人、そしてマーシーの合わせて五人。結果を紙に書いて女官長に渡す厨房班長とサアムおじさん。受け取る女官長ジェイン。〉


女官長ジェイン「お二人からの結果が出ました。ここに私の点数を乗せて決定しますが、一つ、その前に、どうしても腑に落ちないことがあるので聞いておきます」


〈少し、皆に緊張が走る。〉


女官長ジェイン「マーシー。あなたの料理は確かに美味しい。それは素材の味を最大限に使っているからです。でも、正直、他の人と比べて料理らしい料理をしたとは言えません。切り方も工夫していませんね。あえて、こういう料理にしたのですか?」


〈顔を見合わせる初春組と夏組の四人。〉


マーシー「〈机の後ろから、丁寧に切って用意してあった野菜を出して〉実は、朝から、準備を始めていました。私はまだ切るのにも時間がかかりますし、途中、用事で抜けることが分かっていましたので、早めに用意していたのです。でも、戻ってきて、重大なことに気が付きました。私は大事な食材を出しっぱなしにしていたのです。お城で安全なお食事を出すために材料の管理は、何より重要なことなのに……。そのため、もう一度、食材を確保し準備し直したので、これが私の出来る精一杯の料理でした」


女官長ジェイン「〈マーシーが用意していた野菜を手に取って見て〉管理不足だったので、これらを使わなかったということですか?」


マーシー「臭いを嗅いでみて下さい。消毒液の臭いがしませんか?厨房ではこまめな消毒がかかせません。どうも、置きっぱなしにしていた間にかかってしまったようです」


女官長ジェイン「〈臭いを嗅ぎ〉言われてみれば……かすかにしますね」


〈厨房班長、サアムおじさんも臭いをかぎ、頷く。初春組と夏組の四人は何となくソワソワした様子になる。〉


マーシー「有難いことに、サアムおじさんの畑の野菜は、どこよりも美味しい素材です。凝った料理が作れないのならば、せめて素材の良さを大切に味わって頂きたいと思いました」


女官長ジェイン「そうだったのですね。分かりました。〈紙に自分の点数を書き足して〉では、結果を発表します」



[34]ー城下町 民政大臣の家


〈脇腹に貼り薬を当てるジュリアス。〉


ポリー「大波乱の武官試験になった訳ね」


ジュリアス「自分の実力不足も思い知ったよ。しかし、ケイン殿は思ったより、たいしたことがなくて意外だった。まあ、最後まで闘った訳ではないのだが」


ポリー「そうなの?王子の護衛だから、只者ただものじゃないはずだけど。ジュリアスに気を使ったとか?セナ師匠とマーシーは全部見ていたのよね。何か言っていなかったの?」


ジュリアス「そう言えば、セナさんが後から家に来ると言っていたんだが、まだ来ないな。マリオが何か僕に用事があるらしいし、セナさんも母様に直接伝えたいことがあるとか。多分、ポリーに武官試験で見たことも報告したいのだと思う」


ポリー「そう。それにしては遅いわね。〈暗くなってきている窓の外を見て〉もう、こんな時間なのに……」


〈そばで寝ている母ナタリーがまたうなされる。そちらを気にするポリー。〉


ポリー「ねえ、ジュリアス。私が帰って来た時、母様は、かなりはっきり、うわごとを言っていたんだけど」


ジュリアス「何と言っていたんだ?」


ポリー「カノン、カノンって……」



[35]ー城下町 画廊マリオ


〈放心状態で床に座っているセナ。城下町の警事団が出入りしている。布をかぶせられているマリオの死体。〉


町の警事団 その1「〈セナに〉後から店で無くなった物がないか確認を願います」


町の警事団 その2「〈マリオに掛けてある布を一部、めくって〉何だ?この傷口は変わっているな」


町の警事団 その1「〈見に来て〉どれどれ。毒蛇にでも噛まれたみたいだ。蛇に襲われたのか?いや、そうと見せかけて、やはり短剣の切り口だな。とりあえず、遺体は町内安置所に運ぼう」


〈その声にはっとなり、フラフラと立ち上がるセナ。〉


セナ(心の声)「毒蛇に噛まれたような切り口ですって?」


セナ「見せて下さい」


町の警事団 その1「家族の人は見ない方がいいと思いますよ」


〈気丈に布をめくるセナ。腹部の皮膚が毒蛇に鋭く噛まれたようにふくれ、盛り上がっている。〉


町の警事団 その2「〈ピンセットのような物でそっと皮膚を持ち上げて見せ〉表はこんな小さな傷口なのに内臓は深くやられている。かなり、剣の腕前のある者の仕業だろう。だから出血は少なく、この傷だけなら、やられた直後はまだ生きていたはず。しかし、残念ながら、その後に毒をむりやり飲ませられたようだ。詳しく調べるが、口の中と喉にただれが見られ、吐しゃ物がある」


〈もう一度、どさっと床にへたり込むセナ。〉


【セナの回想:今日の午後 鍛錬場 武官試験場 模範試合をしていた剣士ケインとジュリアス。


マーシー『……ジュリアス様の攻撃をかわす姿をじっと見ていると、あの剣士から数匹の蛇が立ち昇って来るように感じてしまうのは、どうしてでしょうか?頭と両手足の動きが何か不思議なのです』


セナ『闘う姿に蛇が重なって見えるだなんて。マーシーさんは面白いことを言うわね』 】


セナ(心の声)「この毒蛇に噛まれたような切り口……まさか、幻の五蛇いじゃ剣法!?白の国の剣士が五蛇剣法の使い手だとしたら、あいつが刺客でお兄ちゃんを殺したということなの?なぜ、お兄ちゃんが剣士に殺されなければならないの??それにナタリーおば様が探していた人じゃない?」


〈警事団の人たちが話す声がセナの耳に届く。〉


町の警事団 その1「昨日夜遅く、若い女がこの店に入ったとの目撃情報がきた。この辺りでは見かけぬ顔だったらしい」


町の警事団 その2「女が……。何か関係しているだろうか?」


セナ(心の声)「女?どうして女なのよ!あいつに仲間がいるの?王子の一行は国に間もなく帰ると言っていたわね。とにかく事件が解決するまで、あの白の国の剣士を帰してはダメよ!それに今もお城の中にいるなんて、危険過ぎるわ!!〈運ばれていくマリオの死体を見ながら〉お兄ちゃんの死を絶対に無駄にしないから!」



[36]ー城下町 民政大臣の家 夜


〈セナが暗い表情を浮かべ玄関に立っている。〉


ジュリアス「セナさん、大丈夫ですか?遅かったですね。何かあったのではと心配していました」


ポリー「マリオさんは一緒じゃないのですか?まだ、お店に?」


セナ「ジュリアス様、ポリー殿、お兄ちゃんが……〈こらえきれず、ワアッと泣き出す〉」


〈母を気遣い、慌てて家の外に出る三人。〉


ジュリアス「一体、何があったのですか?」


ポリー「師匠、落ち着いて話して下さい」


セナ「殺されたのです。お兄ちゃんが……」


ポリー「そんな、マリオさんが!〈ポリーはセナを抱きしめ、自分も泣き出す〉」


ジュリアス「〈放心したように〉マリオ……」


【ジュリアスの回想:数週間前 画廊マリオ


マリオ『六年経ってもまだ、あの悪夢は忘れられない。一つ間違っていたらと思う度、ゾッとする』


ジュリアス『もうマリオには二度と怖い目にあって欲しくないよ』 】


ジュリアス(心の声)「殺される前も、その時もどんなに怖かっただろう……。マリオ!人一倍、皆の幸せを考えるお前が、そんな思いをさせられたなんてむごすぎる!」

                

〈ジュリアスの目に浮かぶ涙。悔しさにぐっと手を握りしめる。〉


ジュリアス「〈涙がこぼれそうになるのを必死でこらえながら〉犯人の目星はあるのですか?」


セナ「まだ警事団にも話していないのですが、もしかすると、とんでもなく恐ろしい陰謀に、お兄ちゃんは巻き込まれたのかも知れません。もし、それが事実ならば、王様やお姫様にも危険が及ぶ可能性があります」


ジュリアス「何だって!お城に危険が迫っているのですか?」


ポリー「〈驚き、泣き止んで〉どういうこと?」


セナ「私も混乱しています。とにかく、まず、ここへ知らせに来ました。五蛇いじゃ剣法の名を聞いたことがありますか?五蛇剣法は人知れず密かに黒魔術と共存していると言われ、まだ誰も実体が掴めていない幻の剣法。思い出したのですが、闇の中で本領を特に発揮するようです。今度のことは、全てそこへ繋がるのではないでしょうか。お兄ちゃんの切り口は、毒蛇に噛まれた跡みたいで、さらに毒も盛られました」


ポリー「闇の中で本領を発揮……?まさか、モカちゃんが連れ去られた、あの夜の曲者くせもの?」


セナ「黒魔術と結びついている五蛇剣法ならば、刺客の剣先が生き物のように動くこともあり得ませんか?今日、明るい光の下では、闘いが不十分だったことも納得出来ます。それにマーシーさんが、模範試合での動きを見て、蛇を連想すると言いました。微妙なことなので他の人が見ても気付かないでしょうが、確かに不思議な動きだったのです」


ジュリアス「今日、模範試合で見た動きって……。あいつが犯人なのか!?」


ポリー「ケイン!!」


セナ「〈頷き〉ただ、昨日の夜に女が店に来ていたという目撃情報もあり、仲間がいるのかも知れません。私は何か新しい情報がないか、店に戻ります。お二人はお城を魔の手から守って下さい!」


〈はっとするジュリアスとポリー。扉を開け、家の奥に向かって声だけかけるジュリアス。〉


ジュリアス「父上、お城に急用が出来ました。ポリーと出掛けます。母様を宜しく頼みます!」


 

[37]ー城 ミリアム王子の部屋から廊下 


〈寝ていて、むくっと起き上がるミリアム王子。〉


ミリアム付きの侍女「ミリアム様!どうされましたか?」


ミリアム「ワスレモノヲ、トッテクル」


ミリアム付きの侍女「首飾りの場所を思い出されたのですか?」


〈フラフラと廊下に出ていくミリアム王子。慌てて追いかける侍女。部屋の近くで隠れて、ミリアム王子の動向を張っていたケイン。ミリアム王子と侍女の後をつける。廊下の先に置かれた細い花瓶の中から小さな手で首飾りを取り出すミリアム王子。〉


ミリアム付きの侍女「まあ、そんなところに。思い出されて良かったですわ」


ミリアム「ソコニ、イルノダロウ。トリニコイ」


ミリアム付きの侍女「どうされたのですか?誰かとお話しされているのですか?」


〈すっと陰から無表情の剣士ケインが現れ、軽く会釈する。驚くミリアム付きの侍女。当たり前のことのようにミリアム王子から首飾りを受け取ろうとするケイン。その時、背後に近付き、ケインの首元に剣の刃をあてる従者レックス。〉


従者レックス「ケイン……。そこまでだ」


〈首に刃をあてられ身動きが出来ないケイン。〉


剣士ケイン「なぜ気付いた?」



[38]ー【レックスの回想: 今日の午後 城の鍛錬場 武官試験会場 


〔模範試合を闘っていたケインとジュリアス。〕


マーシー『……ジュリアス様の攻撃をかわす姿をじっと見ていると、あの剣士から数匹の蛇が立ち昇って来るように感じてしまうのは、どうしてでしょうか?頭と両手足の動きが何か不思議なのです』


セナ『闘う姿に蛇が重なって見えるだなんて。マーシーさんは面白いことを言うわね』

    

〔その二人の会話を側で聞いていた従者レックス。〕


レックス(心の声)『数匹の蛇……。聞いたことがある。幻の五蛇いじゃ剣法。それならば黒魔術と関係があるのではないか?』


〔レックスの脳裏に浮かぶ薬師ゴーシャ魔王グレラントの顔。〕


レックス(心の声)『考えてみたら大臣の紹介というだけで、ケインの素性など何も知らない。その正体は何者なのだ!?』  



[39]ー城 廊下 2階 続き


剣士ケイン「〈刃を当てられたまま〉目立つ騒ぎにしたくなかったのだが、こうなっては仕方あるまい」


従者レックス「目的は何なのだ?」



[40]ー城 書架室


〈灯りをともし、ドキドキして待っているミレーネ姫。〉


【ミレーネの回想:夕方 サイモン王子の客室の前


サイモン王子『〈耳元で〉今夜、部屋を抜け出せますか?書架室で会いましょう。私もこっそり行きます。もう一度、最後に二人だけの時間を!』】


〈窓のそばに立ち、夜空を眺めるミレーネ姫。〉


ミレーネ「今宵、一緒に流れ星が眺められたら良いのに……」


〈そっとサイモン王子が灯りを持って入ってくる。〉


サイモン王子「姫様」


ミレーネ「〈振り返り〉王子様」


サイモン王子「無理を申してすみません。〈窓の所へ来る〉」


ミレーネ「いいえ、私も今夜お会いしたかったのです。見上げて下さい。星空はいかがですか?私の、この目でははっきり分かりませんが、綺麗に星は見えまして?」


サイモン王子「少し雲がかかっていますね。でも、姫様、ご安心を」


〈え?という顔をするミレーネ姫。サイモン王子は持ってきた絵を見せる。〉


ミレーネ「まあ、これは……」


〈“夜空にはたくさんの流れ星。その空を見上げ、サイモン王子とミレーネ姫が寄り添う姿”が描かれている絵である。〉


サイモン王子「仕上げを急いだので、あまり良い出来栄えではないのですが……」


ミレーネ「〈微笑み〉とても素敵ですわ」



[41]ー城の廊下 2階 続き


〈剣士ケインの首に背後から剣の刃を当てたまま、ジリジリ王子達から距離を取ろうとする従者レックス。そばで固まっているミリアム王子と侍女。〉


剣士ケイン「目的か……。簡単に言うと思うか?」


〈一瞬の早業で、レックスに抑え込まれていた腕から、するっと軟体動物のように容易たやすく抜け出したかと思うと、ケインはレックスの剣を持つ手を、手の甲で強烈にはじき、自分のふところに隠していた短剣を出して身構える。何とか痛みをこらえ、剣を落とさずにいた従者レックス。二人は睨み合い剣をたずさえ向かい合った形になる。まだ首飾りを手に持ったままでいるミリアム王子のそばで動けないままの侍女。〉


従者レックス「〈ケインを見据え背を向けたまま、侍女に向かって〉早くミリアム様を連れて逃げて下さい!」




※第20話 終わり

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