第17話 王子の息子ヨハン #2

第17話 続き #2


[11]ー《白の国》名家ヨーム公の館 クレアの両親の部屋 続き


〈クレアと両親が話している。〉


ヨーム公の妻「子はかすがいと言うじゃないですか。それに、クレアはあんなことがあっても、ずっと王子様をお慕いし続けていましたのよ。私は知っていましたわ。だから、こうしてお城に嫁げることがクレアの一番の幸せ。ねえ、クレア?王子様との子どもが生きていたなんて、どんなにか早く会いたいでしょう?」


クレア「ええ。お父様、お母様、私は王子様と二人で私達の子どもを立派に育てたいのです。どうか一生に一度の我儘わがまあをお許しください」


〈頭を下げるクレア。〉


ヨーム公「許すも許さないも、お前がそう望むなら……」


ヨーム公の妻「あなた……」


〈父親の許しを得て、母と手を取り喜ぶクレアの姿。〉



******緑の国


[12]-《緑の国》城 書架室


〈テーブルを囲んでミレーネ姫とジュリアス、ポリーが話している。〉


ミレーネ「ノエルとウォーレスは、王様や私達のことを恨んでいないのかしら?」


ジュリアス「副隊長は、僕たちが子どもながらにアイラさん達を助けようとしたことを知っていたよ。それに、王家の人々も王妃様を殺された被害者なのだからとも言っていた。それはノエルさんも同じ気持ちだと思う。ただ······。副隊長がアイラさんといい仲だとは意外だったな」


ポリー「どうして?」


ジュリアス「タティアナさんやアイラさんの処刑があった日の近衛隊各人の行動を知ろうと、数年前に調べたことがある。人の出入りや当番・非番、その日の仕事内容を記す門外不出の帳面を幾つか比較して見ながら、こっそり確認したんだ」


ミレーネ「まあ、さすがジュリアスね」


ポリー「それで?」


ジュリアス「処刑人の名前はもちろん伏せられているが、どうも疑わしいのが副隊長だった。実は、もう一人処刑人と思われる人物がいたのだが、その人はそれから間もなくして近衛隊を辞めている」


ポリー「いくら仕事とはいえ愛する人を副隊長が処刑すると思う?ジュリアスが調べたのは、ちょっと間違ったのじゃない?」


ミレーネ「私もウォーレスはそんな残酷なことが出来る人とは思えなくてよ」


ジュリアス「確かに」


ポリー「でも副隊長が本当はアイラさんの相手って、私には意外なことよ。覚えている?従者だったボリスさん!ずっと今まであの人だと思っていたんだ。あの頃、私は子どもだったけど厨房や洗い場で大人の噂話をよく聞いていたから」


ミレーネ「そうでしたの?ボリスはあの事件の後すぐにお城を去りましたわね」


ジュリアス「従者だったボリスさんか。なぜ辞めたのか、理由が気になるな」


ポリー「それより要は真犯人よね。あの頃、どうもおかしいと漠然と思っていたけれど、タティアナさん達の自白はやっぱり変だったのよ。そこを暴かなくては!」


【ポリーの回想:六年前 城下町 ポリーが助けた白杖の若い女の子。】


ポリー「ねえ、ジュリアス。こうなったらミレーネにも白杖の女の子の話をするべきじゃない?」


ジュリアス「そうだね。一度、六年前の過去をすべて洗い直す必要があるな」


ミレーネ「どういうことですの?」


ジュリアス「実は……。ミレーネに一つだけ言っていないことがあるのです。盲目の振りをした怪しい若い子が、王妃様の事件に関係していたらしい」


ポリー「私のせいなの。知らずに私が、その子を城下町の外へ逃がしてしまったみたい。だから、父様もジュリアスも今まで黙っていた。でも、やっぱり真実を眠らせてはいけないのよ」


ミレーネ「ポリー……」


ポリー「さっき、王宝の間でミレーネに忠告したけれど、それは自分自身に対する言葉でもあるって気付いたの。もう逃げたりしないわ」



[13]ー城 民政大臣の執務室


〈仕事をしている民政大臣。ふと手を止めて物思いにふける。〉


【民政大臣の回想:数日前 城 孔雀の間(宴会場) “カノンに捧ぐ”を弾くポリー。】


民政大臣(心の声)「カノン……」




[14]ー城下町 夜


〈夜、若者たちがたむろしている盛り場を一人キョロキョロ探しているナタリー。若い男たちにからまれそうになるが、ちょうど通りかかった外事大臣に助けられる。〉


外事大臣「ナタリーさん。どうして、こんな場所に?」


ナタリー「外事大臣。すみません……」


外事大臣「一人なのですか?遅い時間に、それもこんな場所に女性が一人では危険過ぎますよ」

               

〈話している横を後ろ姿がケインに似た若者が通る。思わず、その若者の腕を掴んで声を掛けるナタリー。〉


ナタリー「あのう!」


〈振り向く若者の顔は、先日見た若者ケインとは全く違う顔である。〉


ナタリー「すみません」


怪訝けげんな顔をして若者は立ち去る。ナタリーは残念そうな表情でガッカリする。その様子を見ていた外事大臣。〉


外事大臣「誰かを探しているのですか?」



[15]ー城下町 画廊マリオ


〈店内のテーブルに向かい合って座り、飲み物を飲んでいるナタリーと外事大臣。〉


外事大臣「理由は聞きませんが、もし、あのような場所で人探しをしたいなら、ジュリアス殿かどなたかに一緒に行ってもらわないと」


ナタリー「すみません、今夜はご迷惑をおかけしました」


〈飲み物を飲むナタリーをじっと見る外事大臣。〉

               

【外事大臣の回想:三十年近く前 若き日のナタリーの美しい姿。】


〈ナタリーは飲み物を手にしたまま、画廊マリオの店内に飾られた数点の絵に目を留める。〉


ナタリー「外事大臣はもう絵は描かれないのですか?とても絵がお上手だったことを思い出しました」

               

〈その言葉を黙って聞いた後、近くのグラスに、頼んであったワインを注ぐ外事大臣。〉


外事大臣「今夜は少し飲みませんか?」



[16]ー城 サイモン王子の客室


〈サイモン王子が小さめのキャンバスに、“流れ星”を見上げるミレーネ姫と王子自身の姿を描いている。〉



[17]ー城 ミレーネ姫の部屋 夜


〈考え込んでいるミレーネ姫の姿。〉


ミレーネ(心の声)「六年前にいたという白杖の若い女の子。まさか、犯人の可能性もあったなんて……。ああ、やっぱりタティアナやアイラは無実の罪を被って亡くなったの?それに残された瓶もまだ確かめるべき点が残っていたわ」



[18]ー【ミレーネ姫の回想:数時間前 城の書架室 】


〔ジュリアスとポリー、ミレーネ姫が話している。〕


ミレーネ『今、ガラス工芸の専門師殿に事件の瓶を再調査して頂いているの。その結果を待って、お父様には全てをお伝えするつもりよ』


ジュリアス『確かに副隊長やノエルさんの正体を急いで、公にすることが得策と思えないね』

                

ポリー『あの闇夜の刺客も今度の武官試験で見つかったら、何かの手掛かりになるかも知れないし……ね』

                     

ジュリアス『お妃様の事件解決に結びつく糸口を一つでも探すことが出来ればいいのだが』



[19]ー城 ミレーネ姫の部屋 続き


ミレーネ(心の声)「もし、私が信じた通り無実なら、二人ともなぜ死罪にあたるような自白をしたのかしら?拷問されないよう、お父様に嘆願することは出来たけれど結局、自白のせいで二人を助けられなかったわ……。私やミリアムのことを最後まで心配してくれて、大切な言葉を残してくれたのに」


〈立ち上がり、鏡台の引き出しの所へ行く。引き出しを開けて、小さな巻紙を取り出す。〉


ミレーネ「タティアナの手紙。目が治ってから見るのは初めてね。書いてくれた言葉はそらんじて、これまで何十回いえ何百回と心の中で繰り返したことかしら」


〈小さな巻紙をそっと広げて顔を近づけて文面を見る。〉


ミレーネ「〈読み始めて〉えっ?これは……??」


〈目を凝らして手紙を見つめるミレーネ姫。〉


ミレーネ「?まあ、ここは下線が引いてありましたの?全体が園芸に例えられていたのでという意味と思い込んでいたわ。では別の意味を指しているかも知れないのね」



[20]ー城 サイモン王子の客室 朝


従者レックス「サイモン王子様、お早うございます。お誕生日おめでとうございます」


サイモン王子「ああ、レックス。そうか、今日は誕生日か。すっかり忘れていたよ」


従者レックス「王子様、ミレーネ姫に誕生日の話をして宴を開いて頂くのはいかがでしょうか」


サイモン王子「いやいや。そこまでお手をわずらわせるのは申し訳ない。いつも通りで構わないよ。ただ――姫様と一緒に城下町に出掛けることでも出来たら、良い記念になるのだが……。〈空想して楽しげな表情をする〉」


従者レックス「王子様?」


サイモン王子「〈我に帰り〉何でもない、冗談だよ。姫様と私が一緒に町に出かけようものなら大騒ぎになるはずだ。皆の注目を浴びるつもりはない。ちょっとお忍びで……などと言うのは無理な話だろうからね。〈気を取り直すかのように〉レックス、また絵の続きに取り掛かるよ。〈少し寂しげな表情で〉当分、一人にしてくれ」



[21]ー城 サアムおじさんの畑


サアムおじさん「そうか。厨房班に残れるかも知れんか。良かったな」


マーシー「はい。明日の実技試験を頑張ります。残れたら、また、堆肥のことを教えて下さい」


サアムおじさん「よしよし。食材には、ここの野菜をどれでも使っていいぞ。今日は一日、わしの台所に行って明日の練習をしてこい」


マーシー「いいのですか?有難うございます!」


サアムおじさん「お前も少しは得をせんとな。その代わりたっぷり味見はさせてもらうぞ」



[22]ー城の廊下


従者レックス「絵を描き始められたら、それを中断して何かしたいと申されたことなど絶対にない王子様が妄想にしても、姫とのお出掛けをお考えになられるとは……」


〈考えごとをして歩いている従者レックスはポリーが側に来たことも気付かない。〉


ポリー「レックスさん、何をブツブツ言って歩いているのですか?妄想とか聞こえましたけれど?」


従者レックス「わっ、ポリー様!」


〈これから外(城下町)へ出かけるポリーの姿。従者レックスは、ちょっと辺りを見渡して小声で話し掛ける。〉


従者レックス「いいタイミングでお会い出来ました。実は……」




******白の国


[23]ー《白の国》 石造りの城 女王の間


女王お付きの従者「女王様、クレア殿から書状が届いております」


女王「ここへ」


〈従者が女王に手紙を渡す。すぐ目を通す様子。〉


女王(心の声)「クレア、何と有難い。やはり私が見込んだ娘。クレアにしかサイモン王子とこの国を守れないでしょう」


女王「〈顔を上げ〉タラとアーシャをまず、こちらへ。私が呼ぶまでヨハンは舶来の間に連れていきなさい。あの子の好きそうな物がたくさんあるはず。ヨハンには今後、厳重な警護をつけましょう。それから――緑の国へ遣いを出して、すぐにサイモン王子を呼び戻すのです!私が倒れたと伝えなさい!」


女王お付きの従者「〈剣幕に圧倒されながら〉わ、分かりました。あの、王様には何と?」


女王「後から私が直接、息子である王には話します。一刻の猶予も許さず、全て進めるのです。良いですね!」


女王(心の声)「王に話せば大臣達に聞かれ、あの一味に筒抜けになる。その前に事を成さねば······」



******緑の国


[24]ー《緑の国》 城下町 貸し服屋


〈町の男や女が着るような服を何着か選んでいるポリー。〉


ポリー「我ながらいい考えね。サイモン王子とミレーネはこれでよし。こっちはレックスさんに似合いそう〈笑う〉。えっと、あの剣士も必要かしら?」


【ポリーの回想:前髪で顔が隠れ目立たない剣士ケインの様子。】


ポリー「あの人は、あのままでいいっと。〈かつらを棚に見つけ〉姫に、こういうのも面白そう!」



[25]―緑の国 城下町 画廊マリオ


ポリー「マリオさん。荷物は納戸に置かせてもらいますね。じゃあ、そんな訳でセナ師匠には急にお休みですみませんとお伝え下さい。明日も武官試験日だから二日も練習が出来なくなってしまいました」


マリオ「事情が事情だから仕方ないですよ。任せておいて。今日は店をいつでも使ってもらえるように姫様達専用で貸切りにしておくから」


ポリー「最高!マリオさん、有難うございます。では、また後で」


マリオ「あっ、ポリーさん。その時、ジュリアスも一緒に来るかな?」


ポリー「明日が武官試験だからジュリアスは無理だと思います。昨日もちょっと知り合いのことで色々あって、思ったより練習が出来ていないから。ジュリアスに何か話ですか?」


マリオ「おばさんには僕から聞いたと言わないでおくれよ。店主たる者、お客さんのことは見ざる言わざる聞かざるが本当は鉄則だからね。実は話すべきか迷ったんだが、昨日の夜、店におばさんが来て、その時の様子が引っ掛かっているんだ」



******白の国


[26]ー《白の国》 石造りの城から、名家ヨーム公の館に向かう道 馬車の中


〈馬車に乗っている白の国の女王、お付きの従者、タラタティアナとヨハン。〉


ヨハン「〈タラタティアナに〉僕達、どこへ行くの?ねえ、ママは?」


タラタティアナ「後でまた会えるわ。お城で待っているから」



[27]ー【タラの回想:石造りの城 女王の間 】


〔女王から、目的は知らされぬまま、今後の計画を簡単に聞かされたタラタティアナアーシャアイラ。〕        


アーシャアイラ『そんなこと、私には無理です。〔泣き崩れる〕』


タラタティアナ『私が女王様とヨハンに同行します。娘には辛すぎますから。〔アーシャアイラに〕あなたはここで待っていなさい』 】

             


[28]ー名家ヨーム公の館に向かう道 馬車の中 続き 


〈向かい合って座る女王の顔を見るタラタティアナ。女王の恐ろしいほど冷たい面持ち。〉


タラタティアナ(心の声)「何の目的で、この女王は、こんなことをしようとしているのでしょう。人を騙し、脅し、殺めてまで……」



[29]ー白の国 魔王の隠れ家 洞窟


魔王の手下「グレラント様、白の国の城で想定外の動きがあるようです」


魔王グレラント「何?どうしたのじゃ」


魔王の手下「それがまだ大臣達も把握していないようで……」


魔王グレラント「何のために、あいつらは城におるのか!使えぬ奴らめ!妙なことに、緑の国ではミリアムの反応が鈍くなった……」



[30]ー白の国 緑の国へ向かう道


〈白の国の城から出発した早馬が飛ぶように駈け抜けていく。その後ろ姿に響き渡る女王の声。〉


女王(声のみ)「サイモン王子を呼び戻すのです!私が倒れたと伝えなさい!」




※第17話 終わり

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