第17話 王子の息子ヨハン #1

シーズン1 第17話 王子の息子ヨハン #1


[1]ー《緑の国》 城 書架室


ポリー「今、女官長が厨房班長の所へ話に行ったわ」


ミレーネ「お城で働いている人々の間では、随分ひどいことが起こっていますのね。そんなことにも全く気付かず暮らしていたなんて······」


ポリー「お城だけじゃなく、どんな仕事場でもいじめや不公平なこと、それに理不尽な話って日常茶飯事らしいけれど。マーシーも大変な思いをしたわよね」


ミレーネ「そうね……。それで、ジュリアスは今、副隊長と話しているのでしょう?ノエルが毒見役になるって言った時、その勇気に驚いたけれど、実は裏に深い事情があったからなのね。他に何が分かったのかしら?」


ポリー「マーシーがいたから、私もそこまでしか聞けなかったの。ねえ、どうする?王様にお伝えする?」


ミレーネ「ジュリアスと相談して、よく考えて決めるわ。それまではノエルにも私達が事情を知っていることは内緒にしましょう。あ!」


ポリー「どうしたの?」


【ミレーネの回想:少し前 王宝の間をミレーネ姫が出る時、まだ残ってガラス工芸の専門師と作業をしていたノエルの姿。】


ミレーネ「今ね、ガラス工芸の専門師がお見えなの。ノエルは王宝の間で一緒に作業を手伝っているわ。自分から申し出ましたのよ。きっとノエルはアイラの事件のことを密かに調べるつもりね」


ポリー「真っ先に疑うのは、唯一、現場に残ったガラス瓶!」


ミレーネ「ノエルは専門師殿に何か聞いたのかしら?今からもう一度、王宝の間に行ってみますわ」



[2]ー城 サイモン王子の客室のそば 廊下


〈ミリアム王子がお付きの侍女と共に歩いてくる。ちょうど、廊下に出ていた従者レックスと会う。〉


ミリアム「あっ、レックスさんだ」


従者レックス「ミリアム王子様、その後、体調はいかがですか?」


ミリアム付きの侍女「お蔭様でよく眠ることが出来て、とってもお元気になられました」


従者レックス「それは良かったですね」


ミリアム「サイモン王子様は?」


従者レックス「新しい絵を描き始めておいでです」


ミリアム「えー、また絵を描いているの?一緒に遊びたかったのに……」


ミリアム付きの侍女「王子様、我儘を申されてはいけませんよ。またの機会にしましょう」


従者レックス「ミリアム王子様、すみません。サイモン王子は絵を描き始めると集中するあまり、他のことに気が回らなくなってしまうのです。明日こそはミリアム王子様と遊ぶ時間をお作り頂けるよう、私からお伝え致します」


ミリアム付きの侍女「まあ、良かったですわね。ミリアム様」


ミリアム「絶対に約束だよ!」



[3]ー城 厨房


〈女官長ジェインの前に、厨房班全員が集められている。マーシーもいる。〉


女官長ジェイン「私が中々、厨房まで足を運べず、監督不行き届きだったことも事実です。でも、目が届かなかったとはいえお城の中で、このように不公平に物事が進んでいることは遺憾に思います。これでは皆で心を合わせて、王家を支えることなど出来ません」


〈ぐるりと皆を見渡し、少し厳しい口調になる女官長ジェイン。〉


女官長ジェイン「王家の皆様が常日頃から、大切になさっている思いやりの心。その心を私達お城に仕える者が持たなくて、どうするのですか?マーシーだけがずっと夜の洗い物をしていたと聞きました。事実ですか、厨房班長?」


厨房班長「夜の洗い物は初春組と夏組が担当することになっているので、彼女達に任せっぱなしだったのだが。初春組、先輩としてお前たちは何をしていた?順に当番でやっていなかったのか?」


初春組 先輩A「いつもマーシーさんが自分からやるって申し出るのです」


初春組 先輩B「張り切っているので、水を差してもどうかと思いました」


女官長ジェイン「マーシーさん、それは本当ですか?」


マーシー「……はい。まだ、他の仕事が手伝えなくて、私が出来ることがそれぐらいしかなかったのです」


女官長ジェイン「入ったばかりですからね。色々出来ないのは仕方ないことですよ。ただ、夜の洗い物は当番でやることになっているはず。今後、同じ人ばかりがやることのないように。マーシーも自分ばかり引き受けるのは、いけませんよ」


マーシー「はい」


女官長ジェイン「それから、厨房班から美化班へ一人異動する話ですが……。誰か希望者はいませんか?」


〈皆、お互いの顔を見るだけで、誰も名乗り出ない。〉


女官長ジェイン「いないようでしたら、今回は公正に料理の実技試験で決めます。厨房班長、宜しいですね」


厨房班長「〈少し仕方なさそうに〉そうしますか……」


〈一人、顔を輝かすマーシー。〉


マーシー(心の声)「姫様、残る機会を与えて頂けただけでも、とても有難いことです」


女官長ジェイン「実技試験は明後日、武官試験が終わった後、夕方に行います。あくまで内輪で簡略に。得意料理を三種作ってもらいましょう。食材と調味料の調達は各自に任せます。実技に参加してもらうのは、今年の初春組と夏組、合わせて五名です」


〈その場にいた皆がえっ?となる。〉


初春組 先輩A「どうして私達もなのですか?」


初春組 先輩B 「女官長!」


女官長 ジェイン「初春組も厨房班に入って半年と少し。まだまだ半人前ですよ。先輩と思うなら、その経験を強みに良い成績で残れば良いこと。あなた達の方が夏組新入りの三人より有利なのですから。いいですね?他の人達は早めに王家の皆様や客人のご夕食の準備を終わらせておいて下さい。実技試験に参加の五名には美味しい料理を期待しています」


〈マーシーを怖い顔で睨む初春組の先輩二人。〉



[4]ー城 王宝の間


〈ミレーネ姫が入って来る。後ろから付き添って来ているポリー。〉


ミレーネ「専門師殿、遅くまですみません」


ガラス工芸の専門師「おお。もう、こんな時間ですか?」


ミレーネ「ノエルがいませんね。どこですの?」


ガラス工芸の専門師「私のために、冷たいお茶の用意に行ってくれました。中々よく気がつきます」


ミレーネ「あの――ノエルとはどんな話をされたのですか?私も少し伺っても宜しいかしら?」


ガラス工芸の専門師「ガラスについて、色々とです。いや、独学ながらよく勉強していて驚きました。特にちょっと気になる話題が出ましてね」


ミレーネ「……とおっしゃいますと?」



[5]ー城 給湯所


 〈お茶の用意をしているノエル。〉



[6]-城 王宝の間 続き


ガラス工芸の専門師「さきほど、王子様達と鑑賞されていた時に、両国で似ているガラス壺が存在することが分かりましたよね。あの時、どんなに見かけはそっくりでも強度の違いがあるかも知れないとノエルさんが指摘しました」


ミレーネ「ええ、そうでしたわね」


ガラス工芸の専門師「実は、王妃様の事件の遺留物であるガラス瓶は、どこから見ても我が国によくある形状でしたが、強度の点はこれまで確認出来ていなかったのです。先ほどもお話しましたように割ったり落としたりして調べることが出来ませんから。その点は長年、私も気になっていた問題なのです。それで、ノエルさんならどう考えるかと思い、事件の話は伏せたままで、割ったり落としたりせず強度を調べることはできないものだろうかと話を振ってみたのです」


ミレーネ「ノエルは何と答えたのですか?」


ミレーネ(心の声)「ノエルは専門師の話が事件の瓶を指していると気付いているのかしら?」


ガラス工芸の専門師「強度を調べる一つの方法として、日光の強い日差しにさらすのはどうかと、その方法を熱心に勧めてきました」


ミレーネ「日光に?」


ガラス工芸の専門師「確かに我が国のガラスであれば日光に当てても、原型をとどめたまま損傷も負いませんので、大切な遺留物を別の視点から調べる方法としては悪くないでしょう。あくまで確認のため事件の瓶に試したとしても、やり方に問題はないと思われます。ただ……」


ミレーネ「ただ……?」


ガラス工芸の専門師「もし、万が一、瓶にひびが入ったり割れたりした場合は、他国から持ち込まれた可能性が新たに考えられることになります。それも、巧妙に全く見た目を同じように細工し、素材は日光に弱い氷藻ひょうも(注:第16話#1[8]参照)を加えた再生ガラスを使ったのではと。そのようなガラス工芸品を製作するのは白の国……。そういう繋がりが見えてくる恐れがございます」


ミレーネ「王命が下されて終わっている事件をまた調べなおす必要が出てくるということですわね」


ガラス工芸の専門師「おっしゃる通りです」


〈ミレーネ姫の隣りで話を聞いていたポリー。〉


ポリー(心の声)「ミレーネは今、きっと迷っているはず――。亡きお妃様の事件に、サイモン王子の国が関係しているかもと……」


ポリー「ミレーネ姫、どんな結果になろうと真実を追求しましょう。真実を眠らせてはいけないのよ」


ミレーネ「〈迷いを断ち切るように〉ええ、ポリー、そうですわね!真実は隠せませんわ。専門師殿、事件で唯一残っている、あの瓶の強度の確認をお願いします。でも……。まず、内密に行って下さい。何も起こらなければ、事を荒立てることは望みません。結果が出ましたら、一番先に私に教えて頂けますか?」


ガラス工芸の専門師「では、明日から天候の具合を見てやってみます」


ミレーネ(心の声)「六年前、何の手掛かりもなく、タティアナとアイラが罪を被り、闇に葬られた事件。これが事件解明への一つの糸口となれば……」


〈扉の陰でお茶を持ったまま、話を立ち聞きしていたノエル。トレイを持つ手が少し震えている。〉


ノエル(心の声)「ああ、アイラ姉さん……!」



[7]ー城 王宝の間 扉の前


〈お茶のトレイを持ったまま立ち尽くしているノエル。そこへ近衛副隊長ウォーレスが来て、後ろから肩を叩く。〉


近衛副隊長ウォーレス「〈小声で〉ノエル、探していたんだ」


ノエル「〈はっとして〉あの、私はお茶をお出ししなければ」


近衛副隊長ウォーレス「廊下で待っているから、少し話せるか?」


ノエル「このお茶をいったん置いて、その後、姫様とポリー様のお茶を用意しようと思いますので、もう一度部屋から出て来ます」             


近衛副隊長ウォーレス「分かった。じゃあ、給湯室で話そう」



[8]ー城 給湯室 再び


〈今度はミレーネ姫とポリーのお茶の用意をしているノエル。〉


ノエル「マーシーが厨房班でそんな目に合わされていたなんて!でも、私は美化班に戻るつもりはないから。女官になった御蔭で、今、やっと運が巡ってきたのよ。もしかすると姉さんの事件を姫様達が調べ直してくれそうなの!」


近衛副隊長ウォーレス「マーシーさんの様子は尋常じゃなかった。嘆き悲しんで森に迷いこみそうだったぞ。ノエルも知っているだろう?お城の“不帰帰らずの森”の伝説を。俺たちの秘密を黙っていてくれる親切な人を、そこまで苦しめてまで過去のことを探るのは、もう辞めないか?」


ノエル「には分からないのよ!私には死者の叫びが聞こえる。ずっと、その声に耳を塞げないままでいるの。マーシーには悪いけれど、正直に言って、他人のことまで構っている余裕は私にはないわ」


近衛副隊長ウォーレス「じゃあ、もしマーシーさんがあのまま森で行方知れずになっても、何の罪悪感も覚えないということか?」


ノエル「直接いじめたのは厨房班の先輩や同期でしょ?私ならどんな場所でも何をされても平気よ。お城でやっていくと決めたもの。頑張れないなら、それまでということじゃない?」


近衛副隊長ウォーレス(心の声)「ノエル……。アイラがいなくなり、父母も失くして、すさんでしまった、その心。もう優しく誰かを思いやることなど忘れてしまったのか……」


近衛副隊長ウォーレス「もし、姉さんが生きているとしたら――悲しむぞ」


ノエル「止めて、そういう言い方は。悲しむのは、まだ余裕のある人の話。さあ、もう、これぐらいにして頂戴。何を言われても私の気持ちは変わらない。そろそろ王宝の間に戻ります〈お茶のトレイを手に持つ〉」



******白の国


[9]ー《白の国》 石造りの城 監禁されている部屋


〈眠っているヨハンの頭をなでるアーシャアイラ。横に寄り添うタラタティアナ。〉


アーシャアイラ「私達はこれからどうなるのでしょう?」


タラタティアナ「残念なことに、白の国で何か良からぬはかりごとがあり、私達が巻き込まれてしまったのは確かです。〈少し苦しげな表情で〉でも、今は女王の言葉にとにかく従うのです。口封じと、私達への見せしめの意味もあって、ジョゼフさんは殺されてしまったのですから……」



[10]ー白の国 名家ヨーム公の館 クレアの部屋


〈一人考えているクレア。思い出したように、自分のお腹を衣服の上から触る。〉


クレア(心の声)「あの時産んですぐに亡くなってしまった、私達の子どもと同じ歳なのね……。お城で育てたかったわ、サイモン王子様のお子を。女王様がおっしゃるように、そんなに巧く皆を騙せるのかしら?でも、これでサイモン王子様のおそばに戻れるわ。そして、もう一度子どもを授かれば、今度こそ本当に……」



[11]ー名家ヨーム公の館 クレアの両親の部屋


クレア「お父様、お母様、お話がございます」


ヨーム公の妻「クレア。女王様がお見えになってから、ずっと部屋にこもっていたから心配しましたよ。どんなお話しだったのです?」


ヨーム公「不義理な女王に会ったりするからだ。何を言われた?」


クレア「驚かないで下さい。女王様が、以前に私が産んだ子どもをお城に引き取って下さったのです」


ヨーム公の妻「まあ、この子は何を言いだすのかと思えば!」


ヨーム公「子どもとは一体、何の話だ?あの時、処置したのではなかったのか?」


ヨーム公の妻「まあ、あなた。処置だなんて……。この娘は一人で産んで育てるつもりだったのです。でも、クレア、あの子は亡くなったでしょ?何を今更、言っているの?」


クレア「お母様、私は、お城から派遣されて立ち会った医女にそう聞かされていたのです。女王様はあの時、自暴自棄になっていた私が産んだ子を捨てるか、その子をあやめる恐れもあると憂慮されました。それで、密かに赤子を連れ去って、今日まで人に預け大切に育てさせていたのです。私の縁談がこれまでに決まっていれば、もう一生、私には知らせないつもりだったと、おっしゃっていました」


ヨーム公「なぜ、今になって、お前にそんな話を聞かせるのだ?お前がまだ嫁ぎ先が決まらぬからか?王子が責任を取る気になったとでも言うのか?」


ヨーム公の妻「王子様との一件もあれだけ隠したはずなのに、どこからか噂が立ちクレアは傷物扱いされて。我が家のような、こんな良い後ろ盾を持ちながら、このは良縁に恵まれませんでしたからね。本当に不憫ふびんでしたよ」


ヨーム公「しかし、サイモン王子にクレアを幸せに出来るとは思えん」



#2へ続く


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