第14話 悪縁が呼ぶ過去 #2

第14話 続き #2


[17]-《緑の国》 城の中


〈壁に掲げられた大きな絵を見上げて、サイモン王子の話をミレーネ姫、ミリアム王子の一行が聞いている。〉


サイモン王子「ミリアム王子、この絵が描かれた日はどんな天気かな?」


ミリアム「ええ!?うーん、分かんないけど。雨は降っていないみたい」


サイモン王子「姫はいかがですか?」


ミレーネ「私ですか?空に雲が多そうに見えます」


ミリアム「あっ、ヨットの帆が大きくはっているよ。きっと風が強い日だ」


サイモン王子「そうですね。木のあたりを見ると、木の枝や葉もかなり揺れているようにも見えますね」


ミレーネ「もしかすると、これから天気が荒れる前かも知れませんわね」


サイモン王子「はい。あくまで推測ですが」


ミリアム「〈嬉しそうに〉嵐だ、嵐が来るんだ!」


サイモン王子「じゃあ、このヨットはこれから沖に出ますか、それとも港に帰って来ましたか?」


ミレーネ「嵐が来る前なら、急いで戻ってきたのではないかしら?でも、それにしては帆を大きくはっているわね」


ミリアム「嵐の中を出発するんだよ!」


サイモン王子「〈たたみかけるように〉じゃあ、どこへ向かって?」


ミリアム「分からない!ヨットだから、そんなに遠くじゃないけれど、きっと急な、どうしてもの用事があって、港を出るんだ!病気の人を運ぶのかも知れない。ヨットを出す人達は、その人を助けようって必死で頑張っているんだよ」


サイモン王子「そう言われると、このヨットの上にいる小さく描かれて、はっきり何をしている分からない姿の人達が、誰かのために動き回っているように見えてきますね」


ミリアム付きの侍女「この絵から、そんな物語が出て来るとは。素晴らしいですわ、ミリアム王子様」

               

ミレーネ「〈頷きながら〉「面白いですわね。確か、この絵の題は……“薄暮はくぼ”」


ミリアム「はくぼって何?」


ミリアム付きの侍女「夕方、日が暮れてきて少し暗くなりかってきた頃をいう言葉です」


サイモン王子「はい。だから、ただ、このように雲が多く、少し風が強く描かれていただけかも知れません。〈笑いながら〉正解は画家本人に聞かないと分かりませんから。でも、絵の鑑賞には色々な楽しみ方があって良いと思います。ミリアム王子のお話は、この一見ぼおっとしたやわらかい絵に、実は生命を賭けたいとなみが隠れていたかもという想像の翼が広がりますよね。私はとても気に入りました」


〈照れくさそうにはにかむミリアム王子。〉



[18]ー城下町 ナタリーの雑貨店


ポリー「じゃあ、母様、今日はあまり手伝えなくて、御免なさい」


ナタリー「いいのよ。お城へ帰ったら、くれぐれも姫様によろしく伝えて頂戴」


ポリー「完全に治ったのなら、もっと嬉しいのだけれど……」


ナタリー「誰よりも、そう感じているのは、ミレーネ姫本人なのだから、あまり姫様の前で口にしてはダメよ」


ポリー「分かった!じゃあ、母様、また明日ね」


〈外へ出るポリー。少し、陽がまだまぶしい。馬を少し離れたところに止めた剣士ケイン。ケインは帽子を被り、日差しを遮るため、右手で顔を隠しながら下を向き、店に向かって歩いて来る。ポリーとすれ違うが、どちらもお互いに気が付かない。ポリーは歩いて城へ戻って行く。〉



[19]ー城下町 ナタリーの雑貨店


〈ナタリーが、店の中でオルガンを弾いている。その様子を外から眺め、中を窺っているケイン。そこへセナが来て、ケインに気づき入口へ誘導する。〉


セナ「どうぞ。いらっしゃいませ。殿方とのがたでも、ご遠慮なく。贈り物ですか?それともご自宅用?おば様、お客様ですよ。〈中へ押し込む〉」


ナタリー「いらっしゃいませ」


〈ナタリーの顔を見て、何か思い出しそうな気がするが出来ないケイン。とりあえず被っていた帽子を取り、手に持つ。〉


セナ「ご自由にご覧下さい。何か御用があれば、何でも聞いて下さいね」


〈軽く頷くケイン。セナはナタリーのそばへ来る。〉


セナ「〈小声で〉若い男の人は照れくさいはずです。おば様、私たちは知らん顔していましょう」


ナタリー「その方が気を使わずに、好きな物をゆっくり選べるわね」



[20]ー城の中


ミリアム「今度は、この絵だよ」


ミリアム付きの侍女「ミリアム様、お気を付けて」


〈走りかけ、転ぶミリアム。その拍子にポケットから散らばるガラスボタン。駆け寄る侍女。姫様付きの女官達も手伝う。ノエルも行く。ミリアムを助けおこし、ボタンを拾う様子。〉


ミレーネ「まあ、ミリアム。大丈夫ですの?」


ミリアム 「平気!ちょっと、すりむいちゃった……」


ミレーネ「このガラスボタンは?」


サイモン王子「さきほど、私がミリアム王子に差し上げたものです」


ミレーネ「こんなに、たくさん頂いて。宜しいのですか?」


サイモン王子「これらは、白の国の市場で売られていて、全く高価な物ではないですから〈微笑む〉」

               

ミリアム付きの侍女「姫様、念のため、ミリアム様を医務室までお連れ致します」


〈侍女は皆が拾ったガラスボタンをハンカチに受け取り、ミリアム王子と去る。姫とサイモン王子の一行、話しながら歩き始める。一番後ろからついていくノエルが、まだ床の隅にもう一つ落ちていたガラスボタンを見つけて拾い、とりあえず自分のポケットにしまう。〉      



[21]ー城下町 ナタリーの雑貨店


〈店の中を歩くケイン。懐かしい匂いにひかれ、一つの香水のサンプルを手に取る。〉


剣士ケイン(心の声)「なぜ、この匂いがこんなに懐かしいのだ……?この香水だけじゃない。この店の雰囲気といい何もかもが……?」


眩暈めまいを起こしそうになるケイン。香水のサンプルの瓶を持ったまま、ひざまずく。ひざまずいた途端、手から離れて、床に転がる香水の瓶。駆け寄るナタリー。〉


ナタリー「大丈夫ですか?」


剣士ケイン「すみません、急に眩暈がして。あっ、香水の瓶が……。すみません」


ナタリー「割れていませんし、瓶は大丈夫ですよ」


〈二人、同時に床の瓶に手をのばし、急接近する。かがんだため、胸元からからナタリーの首飾りが服の外に出る。触れ合いそうになった首飾りの石とケインの耳のピアスの石。ケインの耳のピアスは髪に隠れているが、それぞれ青く光る。二人は何も気づいていない。ナタリーが床の瓶を取り、ケインに渡す。〉


ナタリー 「どうぞ。少し休まれてから、気にいるかどうか、ゆっくり確かめてみて下さい。これは私が好きな香りで、自分で調合して何十年も愛用しているのですよ。中々、他にはない香水ですから〈微笑む〉」


〈そのナタリーの笑い顔、香り、そしてナタリーの青く光る首飾りの石に気づいたケイン。何か思い出せそうだが、思い出そうとすると頭が割れそうになり苦しくなるケイン。〉


剣士ケイン「すみません」

                       

〈香水のサンプルの瓶を棚に置き、その場から逃げるように足早に店を出るケイン。〉

    

ナタリー「〈セナの所に戻り〉若者に気安く話しかけたのが、やはり、まずかったみたいだわ」


セナ「そんなこと、ないですよ。何か急用でも思い出したのかも知れませんし……。あっ、おば様、髪にごみが――」


ナタリー「えっ?」


〈急いで鏡の前に立ち、取ろうとして、その手がはたと止まる。ナタリーは、自分の首飾りの石が青く光っているのを見る。〉


【ナタリーの回想:さきほど急接近した青年とナタリー。】


ナタリー「〈震える声で〉さっきの若い男の人の顔は見た?ピアスをしていた?」


セナ「〈ナタリーの突然変わった切羽詰まった様子に戸惑いながら〉さあ。髪で隠れていて、ピアスまでは分かりませんでしたが――。この辺りの、よく知っている顔ではなかったですよね」


〈全部を聞き終わる前に、店の外に走り出すナタリー。あちらこちらを探してみるが、もうケインの姿はない。〉


ナタリー「カノン!カノン!カノン!〈叫ぶ〉」



[22]ー城下町のはずれ


〈馬に乗ってケインが城に帰っていく。〉


剣士ケイン(心の声)「“カノン”という曲に振り回され、あの店に行くなど馬鹿な真似をしたものだ……。心が乱れている。特命に集中せねばならぬ、この大事な時に!」


〈心の迷いを振り払うように、はーっと声を上げ、馬を走らせる。〉



[23]ー城 客用の食堂


ミレーネ「今日のお話はとても興味深かったですわ。同じ絵でもこれから、また違って見えるような気がします」


サイモン王子「ミレーネ姫こそ、何でも色々ご存知なのですね」


ミレーネ「いえ、私はお城の中と本のことしか詳しくありませんの」


サイモン王子「私も似ております。実は、母を亡くした後、気持ちがふさいで、ほとんど城にこもって絵ばかり描いていました。詳しいのは絵画だけです」


ミレーネ「分かりますわ。私も14歳で母を亡くした時に、目も失明して、どうやって生きていこうか途方に暮れました。従兄妹たちやミリアムがいてくれた御蔭で、何とかこうやって今日まで歩いて来ることが出来ましたけれど······」


〈お互いをいたわるように、見つめ合うミレーネ姫とサイモン王子。〉


サイモン王子「そうでしたか······。今回、薬師の薬が効いて私も安堵しました。今、眼の具合はいかがですか?」


ミレーネ「有難うございます。医女から制限なく普通の生活をして良いと言われ、何でもしてみたい気持ちでいっぱいですの。明日は、森へ馬で遠乗りに出ようと思うのですが、サイモン王子様もご一緒にお出掛けしませんか?」


サイモン王子「馬で遠乗り!?ダンスもお上手でしたが、もしかして、今までも乗馬をたしなまれていたのですか?」


ミレーネ「ええ。大好きな趣味の一つですの。見かけより運動神経は良いようですわ。〈二人笑う〉」




[24]-城 鍛錬場


〈顔をのぞかせるポリー。皆、訓練している。〉


ポリー「ジュリアス!〈手招く〉」


ジュリアス「また、勝手にこういう場所に来ると、父様から大目玉だぞ」


ポリー「大丈夫。すぐ済むから。今、自主練習中?」


ジュリアス「ああ。少しでもやっておかないと。今日は城下町から早い帰りじゃないか?」


ポリー「そうなの。ジュリアスに早く教えたくて。練習用の剣を二本持って一緒に来て欲しいの」



[25]-城の中


〈ノエルは、姫に許可をもらい、拾ったガラスボタンを渡すため、ミリアムの部屋に行こうとする。アリと廊下で会う。〉

             

武官アリ(心の声)「この女は毒見に成功して、女官になったのだったな。アイラのことを隠して、一体何をするつもりだ?ちょっと仕掛けてみるか。」


〈ノエルの前に回り込んで声をかけるアリ。〉


武官アリ「そんなに女官になりたかったのか?その本当の理由は何だ?」

               

〈急に話しかけられて一瞬固まるが、きっと見返すノエル。〉


ノエル「何がおっしゃりたいのですか?城に上がった者なら誰でも女官を目指すもの。私は後ろ盾が全くない身の上でございます。機会があれば、それを······」


武官アリ「はっ!?それは表面上の話ではあるまいか。理由を聞いている。姫に危害があってはならぬからな」


ノエル「聞き捨てなりませんわ。私に何を答えさせたいのですか?〈含み笑いのアリに〉何か誤解をされていらっしゃるなら、はっきりおっしゃって下さい」


〈そこへ近衛副隊長ウォーレスが通りかかり、不穏な空気に気づき、アリとノエルの所へ来る。〉


近衛副隊長ウォーレス「どうかしましたか?」


〈アリがウォーレスとノエルの二人をジロジロと見比べる。〉


武官アリ「いや、今はまだ、事の重大さを推し量っているところなのでね。では、失礼」


〈立ち去るアリ。納得がいかない様子でノエルはウォーレスに聞く。〉


ノエル「どなたなのですか?」


近衛副隊長ウォーレス「外事大臣の息子で、武官のアリ殿だ。事の重大さとはどういう意味だ?何か気付いているようだったか?」


ノエル「はっきりとは何も――·。ただ、女官になった理由を言えと」


近衛副隊長ウォーレス「〈アリの後ろ姿を見送りながら〉少し気を付けよう。向こうの口車に乗って、下手に正体を明かすことにならぬように」

               


[26]-城の森 少し開けた場所


〈ポリーがジュリアスに、今日習った秘技を伝授している。〉




[27]ー城 サアムおじさんの畑


サアムおじさん「どうだ。中々、やりがいがあるじゃろう」


マーシー「体を動かして土を触っている間は、嫌なことを忘れていました」


サアムおじさん「明日もまた、いじめられたら、ここに来ればいい。嫌なことがあっても逃げ場があれば、少しは気楽でいられる」


マーシー「有難うございます。〈笑って、ちょっと涙ぐむ〉」




[28]-城 森から戻る道


〈ジュリアスとポリーが出てくる。ジュリアスは練習用の剣を二本携えている。〉


ポリー「暗くなるまでしか教えられないのが、ちょっと残念」


ジュリアス「誰かに見られ、父上に知られたらと思う方が怖いよ」


ポリー「平気、平気。この間の宴で“カノンに捧ぐ”をばっちり弾いたから、当分は父様も少し大目に見てくれそうじゃない?」


ジュリアス「そんな甘いことを言っていると、また痛い目にあうぞ」


ポリー「〈城の本館の入口が近づき〉念のため私は庭の方から回るわね。ジュリアスは鍛錬場へ戻る?」


ジュリアス「ああ。もう少し練習するよ。有難う、ポリー」


ポリー「その言葉、試験の後に聞かせてね!〈走り出す〉」


ジュリアス「〈後ろ姿に向かって〉ポリー!」


〈立ち止まり振り返るポリー。〉


ジュリアス「さっき、言っていた“カノンに捧ぐ”の曲だが、何か思い出すことはないか?」


ポリー「母様が作ったお気に入りの曲でしょう?〈回りを見渡して〉見つからないように行くから、もう声をかけないで!話があるなら、また後でね」



[29]-城 厨房


マーシー「戻りました」


厨房班長「今日もサアムの手伝いか?」


マーシー「はい。今から、こちらの片づけを頑張ります」


厨房班長「よし。うん?何か、臭いぞ」


〈他の厨房班員達も『臭うわ』『何の臭い?』とマーシーを見る。〉


マーシー「あっ!〈と言って慌てて自分の匂いを嗅ぐ〉」


厨房班長「サアムの所では堆肥の手伝いがつきものだからな。先に着替えて来い。後で食べるよう、お前の分の夕飯は残しておくから」



[30]-城下町 ナタリーの雑貨店


〈“閉店”の看板が表に出ている。椅子に座ったまま考え込むナタリー。首飾りの石(今はまた白い色に戻ったもの)を握りしめて考え込んでいる。〉            


【ナタリーの回想:数時間前 店の中 

倒れそうになった若者。駆け寄るナタリー。近づいた二人。ほとんどうつむき加減だった若者。『すみません』と足早に出て行った、その後ろ姿。】


ナタリー「本当にカノンなのよね?どこかであの青年を見かけても絶対に分からなかったわ。偶然、この町に来て、この店に入ったのなら、何かがあの子を呼び寄せてくれたのよ。ああ、神様!家族で分けあった石が青く光るなんて!」



※第14話 終わり

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