第13話 受難者の悪夢 #3
第13話 続き #3
[27]ー《緑の国》城 孔雀の間近くのお客様用お手洗い(男子用) 続き
〈
ミリアム「あの……。〈下を向いたまま〉姉様のこと、有難うございました」
〈床に落ちている、薬師のハンカチに気付くミリアム王子。そろそろと手をのばし拾う。〉
ミリアム「薬師殿、これ〈顔を見ず、下を向いたままで差し出す〉」
ミリアム「いえ、そんなこと……」
〈思わず顔を上げ、間近で薬師を見てしまうミリアム王子。おどろおどろしい姿、皮膚がボロボロの手、そして、この時を逃さず、ギラギラとした目でミリアムを覗き込んでくる
〈お手洗いの外に出た
〈急いで中へ声を掛ける侍女。〉
ミリアム付きの侍女「王子様、大丈夫なのですか?出ていらっしゃらないので心配になりました」
〈その声で、ミリアム王子は洗面台につかまったまま顔を上げると、洗面台の鏡に映った自分の姿が目に入る。その背後から覗き込む
ミリアム「うわああ!〈洗面台の下の床に座り込む〉」
ミリアム付きの侍女「〈駆け寄りながら〉王子様!」
ミリアム「〈不安げにそっと見回し震える声で〉今、僕の後ろにまた薬師がいたよね……?」
ミリアム付きの侍女「王子様、何をおっしゃっているのですか?ほら、私達の他に誰もおりませんよ。薬師殿はさきほど出ていかれました。落ち着いて下さいね」
ミリアム「でも、今、鏡に……」
〈侍女に支えられ立ち上がり、鏡に自分しか映っていないことを確かめるミリアム王子。辺りを見回しても誰もいない。〉
ミリアム付きの侍女「何か見間違えられたのではないですか?」
ミリアム「う、うん。ここは気味が悪いよ。早く戻ろう」
[28]ー城 孔雀の間
〈宴会場である孔雀の間を歩きながら警護している近衛副隊長ウォーレスの姿。〉
【ウォーレスの回想:六年前 ミレーネ姫の誕生日のパーティー すれ違いながら笑顔で合図を送りあうウォーレスとアイラ。王様の隣にはお妃様。ミレーネ姫に付き添っている女官タティアナの姿。】
近衛副隊長ウォーレス(心の声)「あれから六年……。今夜は、あの日以来の大きな宴だ」
〈おどおどした様子で帰ってくるミリアム王子。細かい表情までは、まだ分からないミレーネ姫。〉
ミレーネ「間に合って良かったわ。ミリアム、今からポリーがピアノを弾くのよ」
ミリアム「そう〈と元気のない様子〉」
〈ミリアム王子はキョロキョロと
ポリー(心の声)「何なの、サイモン王子ったら!すっかり酔っているのね。よし、覚悟を決めて……。一度、王子には聞かれているから緊張することないわ。何とかなる!」
〈“カノンに捧ぐ”の曲を弾きはじめるポリー。長テーブルで民政大臣は談笑していたが、曲が始まるとびくっとなり、反対側の隣りに座っていたジュリアスにささやく。〉
民政大臣「この曲は、まさか?」
ジュリアス「ええ。母様の作曲した“カノン”です」
民政大臣「あの、馬鹿娘!祝宴の席で、こんな個人的な曲を選ぶとは……」
〈民政大臣の言葉に反して、ポリーが弾くピアノを皆、とても楽しげに聞いている様子。〉
ジュリアス(心の声)「父上にとっては、まだ辛いことを思い出す曲なのですね……。母様ですら今はもう、懐かしさを偲びながら弾けるようになっているのに」
ジュリアス「〈小声で〉父上、すみません、自分が迂闊でした。他の曲を進めるべきでしたね。ただ――弾いているポリー本人は、曲名のカノンが名前を表すことすら知りません。音楽のカノンに由来していると思っているはず。きっと演奏を聞いている人たちも同じです。どうかご心配なく……」
民政大臣「そうなのか――。〈周りを見回し、心配そうに反応を見る〉」
[29]ー城 お付き用控えの間
〈控えの間の扉が閉まっている上に、この部屋の中も飲み食いしている従者達で盛り上がっていて外の音は聞こえない。楽しげな従者レックス。相変わらず無表情な剣士ケイン。〉
[30]ー孔雀の間 続き
〈隣りの父親である民政大臣を気遣うジュリアス。心を痛めているような民政大臣の姿を見て物思いにふけるジュリアス。〉
ジュリアス(心の声)「あの頃はまだ自分も幼くて、今までよく考えても見なかったが……。カノンが突然いなくなったと聞かされたあの日……。事故だったのか、原因は一体、何だったのだろう?母様が取り乱して大変だったこと以外はうっすらとした記憶しかない」
〈宴会場の隅でポリーのピアノを憮然として聞いている武官アリ。長テーブルに着席しているジュリアスの姿を見る。〉
武官アリ(心の声)「俺は警備に当たり、ジュリアス達はこういう時は親戚だからと客賓扱いか――。ふん、気に食わないね」
〈無事に弾き終わり、皆に拍手され嬉しそうなポリー。ますます盛り上がる宴会場。楽団がワルツを演奏し始め、真ん中に進み出て踊り出す紳士淑女。サイモン王子がミレーネ姫の所に踊りを誘いに来る。丁度、控えの間から宴の様子を見にやって来た従者レックスがその状況を見て驚く。〉
従者レックス「〈扉の辺りから心配そうに〉サイモン王子様は、お酒が入ると妙に大胆になられる。後でまた悔やまれるような失態をしなければ良いが……」
王様「〈上機嫌で〉姫が宴で踊る機会は今日が初めてであろう。せっかくのお誘いだ。行っておいで」
サイモン王子「私にお任せ下さい」
ミレーネ「では、少し王子様のお相手をして参ります」
〈サイモン王子に手を取られ、立ち上がるミレーネ姫。長テーブルに座っているミリアム王子は、向かい側に
ミリアム「〈侍女に〉僕、もう部屋に帰ってはダメなの?」
ミリアム付きの侍女「もう、いつもならお休みの時間ですものね。王様にご挨拶してお部屋に行きましょう」
〈王に挨拶して出ていくミリアム王子。踊りの輪の中心に出ていくサイモン王子とミレーネ姫。ポリーは戻ってきて、ジュリアスの隣りの席に座る。〉
ポリー「〈小声でジュリアスに〉サイモン王子が上手にリードすると思う?」
〈ジュリアスの脳裏に以前の懐かしい思い出がよみがえる。〉
[31]ー【ジュリアスの回想:約1年前 城の森の奥 開けた場所】
ジュリアス『踊ってみたいのですか?何でもミレーネは、やってみたいのですね』
ミレーネ『目が不自由では無理かしら?』
ジュリアス『いいえ。自分がリードするから、大丈夫。ほら、こうやって……』
〔ジュリアスのリードで、陽の光を浴びながら楽しそうにワルツを踊るミレーネ姫。〕
[32]ー城 孔雀の間 続き
ポリー「あら、サイモン王子、踊れなさそうに見えて意外と出来るじゃない?」
〈その言葉にはっと見るジュリアス。優雅に踊るサイモン王子とミレーネ姫の姿。皆の笑顔。『お似合いですこと』『ずっと目がご不自由だったとは思えないほど、姫様はお上手ね』などのひそひそと感嘆の声。見つめるジュリアス。〉
[33]ー城 ミリアム王子の部屋
〈寝ているミリアム王子。その夢に出て来る
ミリアム付きの侍女「王子様、大丈夫ですか?怖い夢でも見られましたか?」
〈はーはーと息をして、おどおどした様子のミリアム王子。〉
[34]ー城 孔雀の間
〈ワルツの音楽が終わり、楽団が軽快な音楽を奏でる。興が乗ってきて、サイモン王子は上半身の上着を脱ぎ、手に持って闘牛士のように上着を振り回し、そのあたりにいる人々を相手に舞い踊る。眼を丸くして見ているミレーネ姫。やんややんや大騒ぎする客達。〉
[35]ー城 ミレーネ姫の部屋 朝
〈様々な衣装が運ばれてきて、その中から一着を選ぶミレーネ姫。着替えた姫は鏡の前で可愛く髪を結ってもらっている。昨日のことを思い出し、くすっと笑う。〉
女官長ジェイン「まあ、姫様ったら思い出し笑いですか」
ミレーネ「サイモン王子様に、あんな一面があったなんて驚きだわ。かなり、お酒を召し上がられたようだから、今朝はお辛いかも知れませんわね」
女官長ジェイン「何か二日酔いに効くものを王子様にお持ち致しましょうか。白の国の薬師もついていらっしゃいますので心配はないと思いますが、念のためにいかがでしょう?」
ミレーネ「そうね、たぶん大丈夫でしょうけれど、心遣いをお伝えするのは悪くないわ。お届けしておいて頂戴」
〈そこへノックの音がする。〉
ジュリアス(声のみ)「もう、お目覚めですか?」
女官長ジェイン「〈扉の所へ〉まあ、ジュリアス様。こんな早くに、お珍しいこと。今、姫様は朝のお支度中でございますよ」
ジュリアス「すみません。〈中へ向かって〉ミレーネ姫、書架室で待っています」
[36]ー城 書架室
〈ジュリアス、ポリーが待っているところにミレーネ姫が入っていく。〉
ミレーネ「どうしましたの?」
ジュリアス「薬師殿が今朝早く城を発ったそうだ」
ミレーネ「何ですって、薬師殿が?」
ジュリアス「急きょ、迎えが来たらしい。姫の目の回復の様子を、もう少し見守るようなことを言っていたから、正直、まだ何かあるのではと疑心暗鬼になっていたのだが。思ったよりあっさり帰って、ある意味、拍子抜けしたよ」
ミレーネ「
〈ミレーネ姫は急いで書架室を出て、王様の部屋へ向かう。書架室にジュリアスとポリーは残っている。不審な表情で話し始めるポリー。〉
ポリー「じゃあ、薬師はこの一連の騒ぎとは無関係だったってこと?」
ジュリアス「分からない。今後は、残ったサイモン王子がどう出てくるかだ」
ポリー「サイモン王子ねえ……。〈吹き出し〉昨日は見ものだった」
【ポリーの回想:昨夜 孔雀の間(宴会場)
〔ポリーに手を振ったり、ミレーネ姫を踊りに誘いに行き優雅に堂々と踊ったり、最後は闘牛士のように舞い、皆を盛り上げたサイモン王子。〕】
ポリー「あの人は単なるお調子者で、悪巧みとかしそうにないけれど」
[37]ー城 王の会議室
〈王、外事大臣、民政大臣がいる。〉
ミレーネ「お父様、薬師殿がお帰りになられたそうですね」
王様「うむ。白の国で急病人が出て、明け方急に迎えが参った。姫も直接もう一度、礼を言いたかっただろう」
ミレーネ「ええ。それに謝礼の件も気になりましたの」
王様「それは大臣達に急ぎ用意させ、十分過ぎるほど持たせたぞ。姫の気持ちもしっかり上乗せしておいた。礼を渡す時は姫と相談する約束じゃったが、突然のことでな。異存はなかろう?」
ミレーネ「ええ、お父様。有難うございます」
ミレーネ(心の声)「金銭以外の要求は何もなかったのですね……」
【ミレーネ姫の回想:昨日 城のあちらこちらで見かけた、ぼんやりとだが、おどろおどろしい
ミレーネ(心の声)「まだはっきり見えない分、あの薬師には何だか得体の知れないものが漂っているようで気になったけれど、あれは何だったのかしら?同じ白の国から来ても、サイモン王子様は何か信じられそうなのに――。あら、嫌だわ、私、どうして、サイモン王子様のことを?」
[38]ー城 サイモン王子の客室
〈ベッドで頭を抱えているサイモン王子。〉
従者レックス「王子様。姫様から酔い覚ましの飲み物が届きました」
サイモン王子「何!ミレーネ姫から!〈飛び起きる〉」
従者レックス「お飲みになりますか?さきほど薬師が発つ前に用意した二日酔いの薬もここにございますが。」
サイモン王子「姫の方をまず、もらおう」
【サイモン王子の回想:早朝 王子の客室
〔半分寝ぼけている王子。一応、王子に挨拶してから出発した
サイモン王子「〈飲みながら〉それで、あの薬師は、もう戻らぬのか?私は、今朝、何かあいつと話したようだが、よく覚えていないのだ」
従者レックス 「もう少し、自分はここにいるから、王様と女王様に宜しく伝えるようにと、薬師におっしゃっていました」
サイモン王子「私がそう言ったのか?だめだ、何も思い出せない。ああ、お祖母様への手紙だけでも託すべきだったな。絵が一枚完成したら手紙を添えて早馬を出すとしよう」
従者レックス「きっと薬師も少しはここでの様子をお話しするでしょう」
サイモン王子「ケインは?」
従者レックス「薬師を国境まで送り、また戻って来るそうです。それまで、こちらの近衛副隊長が私達の護衛について下さっております」
サイモン王子「そうか。ところで、昨晩、宴で何かあったか?」
※第13話 終わり
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