第4話 移送。そして……

 ユベールが拘束されたのはルネと同じ、学院の教職員のみが出入りできる棟の一室だった。その建物の前にシホとフィッフスがたどり着いた時、建物前には数台の馬車が並んでおり、移送対象者が乗り込むのを待っていた。


「シホ様」


 馬車の陰から顔を出したのはルディだった。その背後にはクラウスとイオリアの姿もあった。


「移送準備は整っております」

「ありがとう。迷惑をかけます」


 ルディはこの移送計画のため、エバンス王国とのやり取り、カレリア本国とのやり取り、その両方を、難しい舵取りの中、それこそ寝る間も無く行って、学院長に行方不明者の捜索にしていただく、という体でのカレリアへの移送を実現させた立役者だった。協力、という名目の案を出したのはシホだが、実働の部分は彼とイオリアで全てこなしていた。


「いえいえ。酒があれば寝なくても何とかなりますからね」

「身体には気を付けてください。それから、カレリアに戻ったら休暇を義務付けます」


 へいへい、とルディは笑っていたが、彼に何かあれば、こうした政治的判断と行動は大きく遅れを取ってしまうことは明らかだった。それは教会内で『リリシア派』『聖女派』と呼ばれる人々に取って大きな損失であるが、そんなことは脇に置いて、何より単純にシホは彼の素行の悪い生活を心底案じていた。

 ちゃりん、という乾いた金属音が近づいて、シホは建物の入口に視線をやった。両手足を枷で拘束されたユベールの姿がそこにあり、両脇と前後をカレリア神殿騎士団のシンボルをあしらった鎧を身につけた兵士が固めていた。そしてその兵士に混じって、見知った黒い人影があったことにシホは驚いた。


「リディアさん?」

「……ああ」


 シホとリディアが短く言葉を交わした時、人の気配に気付いたのか、俯きながら歩いていたユベールが顔を上げた。一瞬、明らかに驚いた顔をしたのは、シホの隣にいたフィッフスと目があったからだろう。


「……どうしたんですか?」

「学長に確認したいことがあった」


 歩み寄ったリディアが短く応えた。


「確認、ですか」

「百魔剣のことだ。何も教えてはくれなかったが」


 リディアと話す前を、無言のままユベールが通って馬車に乗り込んだ。車列は三台で、ユベールが乗ったのは真ん中の車両だ。前後は護衛のためのもので、神殿騎士団から派遣された兵士と、念のためにルディとイオリアも同行することになっていた。

 念のために、とは、もちろん、ユベールが『円卓の騎士ナイツオブラウンド』の一員であることを考慮したものである。つまり、ユベールの奪還に百魔剣の使い手が送り込まれて来るおそれがあり、それに対処するための『聖女近衛騎士隊エアフォース』である。


「他の百魔剣の情報が聞ければ、と思ったんだがな。おれの持っている噂程度の情報の裏を取れれば、と」

「もしユベールさんがお話してくだされば、もちろんリディアさんにもお伝えします。但し」

「……その百魔剣に対処する時は、一緒に、だな。わかった」


 思いがけず素直な返答に、シホはリディアの顔を見た。普段通り無表情の、ぶっきらぼうな横顔がそこにあった。


「……なんだ?」

「い、いえ、なんというか……もっと嫌がるかと思っただけです」

「ああ……」


 一瞬だけリディアがこちらに顔を向け、目があった。見つめ続けることができず、顔を背けてもごもごと話したシホに、リディアはやはり愛想のない、淡々とした口調で言った。


「……それもいい、と思っていた」

「……なら、わたしも付いていきます。わたしにも付いてきてくれますか?」

「……ああ」


 ユベールが馬車に乗り込み、二人の兵士が同乗した。御者席に二人が付き、他の二台にも同じように兵士が配された。


「ではシホ様。お先に失礼します」

「ええ、二人とも、道中気を付けて。天空神の加護があらんことを」

「天空神の加護があらんことを。まあ、おれは聖女の加護があればその方がいいですがねぇ」


 ルディとイオリアがシホに敬礼をして馬車へと向かう。ルディは相変わらずの軽口で、肩書きとしては僧侶である身には決して許されないような言葉を残した。

 二人が乗り込み、準備の整った車列が動き出す。シホは隣に並び立つフィッフスの横顔を盗み見た。想像通り、喜ぶべきなのか、哀しむべきなのか、複雑な心境がそのまま表情に現れた、何とも表現しようない横顔が、動き出した車列をただ見守っていた。


「シホ様、参りましょう。エバンス王がお待ちです」


 背後から掛けられた声はクラウスのものだった。エバンス王宮への帯同をクラウスに頼んだのはルディだった。何もない、とは思うが、どこに敵がいるかわからない。『円卓の騎士』はそういう連中です。用心するに越したことはない、と。

 シホは頷きはしたが、クラウスに応じる言葉を発さなかった。フィッフスに掛ける言葉を探していたからだ。そうしなければならなかった状況を理解してくれているはずだが、ユベールを拘束、移送する命を下したのは他ならぬ自分で、フィッフスには何か一言、伝えておきたかった。ユベールとは二人にしかわからない想いがある、そうなのだろうことが伝わるフィッフスの横顔を見つめ続けていた。

 言葉を見つけて、また呑み込んで、何か、とにかく何か、『母』に伝える感情を整理しようとした。ほんの僅かな間のはずだが、ずいぶん長く感じられた間の後、シホが言葉を紡ごうとした。

 その、瞬間。


「止まれ!!」


 すぐ隣で聞こえたのは、リディアの叫び声だった。シホが驚く間に、フィッフスの横顔が驚愕のそれに変わった。

 何が、と思うほどの間もなかった。反射的に振り見たのは馬車の車列で……その中央の馬車が、爆発した。

 狂ったように嘶く馬の声、神殿騎士団の兵士の怒号。そして、爆発音が続く。今度は一番先頭を行く馬車だった。あれにはルディが乗っていたはず。


「ユベールっ!」

「ルディっ!」


 フィッフスとシホが叫んだのはほぼ同時で、フィッフスはその場に膝立ちに崩れ落ち、シホは走り出していた。

 いったい、何が起きているのか、わからなかった。だが、とにかくこのままでは危ない。その思いだけで、シホは走った。


「シホ、止まれっ!」


 リディアの声を背後に聞いた。前から逃げてくる兵士の身体を受け止める。その時、反動で見上げた空で何かが光ったような気がした。


「シホっ!」


 リディアの声。

 続いたのは、炸裂音。

 三台目の馬車が炎と共に爆ぜ、続けて同じ爆発が二度起きた。そのうちのひとつはシホのすぐ傍だったのだろう。強い力で殴り付けられたような衝撃と熱風、飛び散った焼けた土や石がシホの身体を横倒しに弾き飛ばした。


「――っ!」


 猛烈な耳鳴りの中で、シホはリディアの声を聞いた気がした。だが、それを確かめることは、シホにはできなかった。


〈了〉

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百魔剣物語——聖女と魔導師と生命の魔剣—— せてぃ @sethy

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