第3話 面影

「ユベールさんは、沈黙を貫いているそうです。不本意ではありますが、カレリアへ移っていただくことにしました」


 それをすれば、エバンス王立魔導学院で起きた様々な事件に、カレリアの天空神教会が介入していたことが表沙汰になることは避けられない。綱渡りのように危険な政治的判断を迫られることになるが、エオリアの居場所の情報には代えられない。シホはそう判断した。


「そうかい……面倒をかけるね」

「フィッフスさん、ひとつ、訊いてもいいですか?」


 学院長室での戦闘から数日後、エバンスで起こっていた全ての事件が終息し、引き払いが決まったイフス邸の離れの一室で、シホはフィッフスと向き合っていた。これから移送されるユベールを見送り、その足でエバンス王と謁見し、今回の件を自ら説明する予定になっているシホは、既に学院支給の制服ではなく、カレリア天空神教会の白を基調とした法衣に身を包んでいた。


「フィッフスさんは、なぜユベールさんとラザールさんに繋がりがあると思ったんですか?」

「それは……話した通りさ」

「いえ、その……」


 ユベールが円卓の騎士ナイツオブラウンドである可能性について、疑いを持った経緯は確かに聞いていた。ただ、シホはそれだけでは腑に落ちないものを感じていた。

 シホの治癒を受けたものの、完全には治りきっていない右腕を三角巾で首から提げたフィッフスは、シホのそうした意図を感じ取ったのだろう。何かを観念したように息を吐くと、少しだけ笑って見せた。


「話した通り……得た全ての情報は、ユベールを指していた。でも、あたしは答えを出せなかった。どこかで、そんなことはない、と思っていたのか……思いたかったのか。でも、あれを見た時に、確信したのさ」

「あれ?」

「ルイーズ・シュバリエの筐体」


 シホは円柱形の水槽に直立して浮かぶ、美しい女性の裸体を思い出した。あの身体に魔剣レヴィの力でアズサの生命力を元とした魔力が宿れば動き出し、人間と一切見分けのつかない人造人間ホムンクルスとなるであろうことは容易に想像できた。だが……


……?」

「ルイーズが死んだのは何年も前だ。死体を美しいまま保存しておくにも限界があるだろう? だからあれは、他の人造人間と同じさね。造形されたものだった。鉄で骨格を作り、動物の肉と皮膚を加工したもので覆った筐体……つまり、入れ物さね。動力となる魔力が注がれるのを待つはこ。防腐処理はあの水槽に張られた水が務めていたようだったよ」


 ルイーズ・シュバリエの身体については、他の作りかけの人造人間と同じく、遺体として回収していた。ラザールの研究成果品でもあるそれらの検体を申し出たのは、他ならぬフィッフスだった。


「それで気付いたのさね」

「それで? ルイーズさんの身体が作り物だったから、ユベールさんと繋がりがある、と?」


 シホは首をかしげた。フィッフスの言う答えは、謎かけのように難解だった。


「ルイーズの筐体は他の作りかけの人造人間とは明らかに違う。そうは思わなかったかい?」

「ルイーズさんは……その……」


 シホは言いかけた言葉を呑み込んだ。ルイーズの身体が作り物であるとわかったいま、自分が抱いた感想をそのまま口にしていいものか憚られたからだ。


「美しかった。違うかい?」

「……はい。とても。とても、美しい人だと思いました」


 フィッフスが躊躇いなく口にしてくれたので、シホもその答えを言葉にできた。そう。美しかったのだ。神が手掛けた最高傑作のひとつ、と言ってもいいと思った。それほど、ルイーズ・シュバリエは美しかった。


「他の人造人間も、まあ、それなりには形作られていたけどね。あれほどの筐体を作り出すためには、人間という生き物を隅々まで知っている必要がある。骨格、筋肉、皮膚の含有水分、髪の毛から瞳の機能と組成まで……」

「あっ……」


 シホは唐突に記憶の底から浮かび上がった映像と声に声をあげた。


『ところで、ミホ・ナカハワ。君は大陸中央の人間ではないね?』


『美しい金色の髪。だが、君の顔の、いや、骨格の特徴は、明らかに大陸東方地域のものだ。東方地域の骨格的人種特徴は、主に小柄であり、顔の彫りは深くない。これは長い年月の中でも変化はなく、いまもって続いていて……』


『いや、すまない。骨格的特徴は我輩の研究課題のひとつなのでね』


 初めてユベール・バイヨと顔を会わせた日。彼がシホを見て言った言葉の数々。


「人骨やミイラから年代や種族、そこでその人物が果てた経緯を探り出すのは、ユベールの研究課題のひとつ。間違いなくこの世界において第一人者だった。もちろん、魔剣レヴィを用いて死霊術ネクロマンスを行使するほどのラザールも、十分な知識や経験はあっただろうよ。でも、他の筐体を見る限り、ルイーズほどのものはひとりでは作れなかったはずさね。それに……」

「それに……?」


 その時、二人のいる部屋の扉が叩かれた。応接用のソファでフィッフスと向かい合っていたシホは居住まいを正して、扉の向こうの気配に入室を許可する。


「失礼致します。ルディ様から移送の準備が整ったとの言伝てです」

「ありがとう。これから向かうと伝えてください」


 伝令の男にそう告げて、シホは立ち上がった。フィッフスもそれに続く。


「ルイーズの筐体は、若い頃のあたしに似ていたのさ」

「えっ!?」


 ユベールとフィッフス。

 いまのシホと同じくらいの年の頃、共にこの学院で学び、切磋琢磨しあった仲であり……それだけではない何かを、シホは感じていた。だからこそ、フィッフスにこの質問を投げた、という部分も確かにあった。だが……


「フィッフスさんに……」

「疑う目だね」

「え! い、いえ、そんなことは……」


 フィッフスは笑っていた。ルイーズの筐体がフィッフスに似ていた、その意味も、それが事実であるかどうかも、きっと、ユベールとフィッフスにしかわからない。フィッフスの笑みはいつも通り健康的な白い歯をむき出しにして笑う、満面の笑顔だったが、どこか哀しさを含んでいるように見えたのは気のせいではないはずだ。

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