第24話 百合の蕾

バカ! バカ!  私のお腹はバカなの?

 なんでこんな時に、お腹が鳴るのよ、いくら昨日から何も食べて無いからって、シェリー様、アルファード様、シエンタ様もいらっしゃるのに、もう、消えたい! ほら、誰か笑ってるって。


「ごめんなさいね、昨日から何も食べていらっしゃらないのよね? 私が朝食を用意するわ、少しだけ待っていて下さいね」


 シェリーは、パタパタと速足で出掛けて行き、すぐにカシスと戻ってきた。


「ラム様でいらっしゃいますね、私はシェリー様の侍女、カシスと申します、朝食の用意は既に整っておりますので、どうぞシェリー様とご一緒にお越しくださいませ、では、シェリー様、私は先にお部屋に戻りますので、ごゆっくり御戻り下さいませ」


 カシスはシェリーが心配だったので、シエンタに頼み込んで今日は学校まで一緒に来ていたのだ。


「ありがとう、カシス、すぐに戻るわ、用意をお願いね」

「お待ちしております」


 カシスの後ろ姿を見送り、アルファードに向き直った。


「アルファード様、私、午前中は気分が悪いので部屋で休んでおります、ラムさんも午前中はお休みいたしますので先生方へのご連絡お願い致しますね、さあ、ラムさん、少しお付き合い下さいませね、何も飲まず食べてもいらっしゃらないのでしょう? カシスの料理は美味しいのですよ」


 にっこりと笑って、シェリーが立ちあがり、つられてラムも慌てて立ち上がる。


「皆様、私は午後から登校いたしますので、一度戻らせていただきますわ、私の容態を案じていただきましたことに御礼申し上げます、少しだけ休む時間をいただきます、いろいろなお話は、その時でよろしいですよね?」


「ああ、わかった、ラムさん、その、……今回はすまなかった」

「いいえ、私などに謝ることはお止めくださいませ アル…『ぐううううっ』」


「ふふ、ラムさん、お話は後でもよろしくてよ、参りましょう」


 もう、私のお腹、何やってくれてんのよ、もう、イヤ!


 真っ赤になって俯くラムの手を引いてシェリーは寮の自室に戻って行った。


 ふわあ、ここがロイヤルの寮なんだ、すっごーい広い、控え室まであるし私の部屋とは大違いね、私なんか10畳ぐらいの二人部屋なのに、それでもここに初めて来たときには、こんな広くて素敵な部屋で生活出来るんだって感動してたんだっけ。


 キョロキョロと部屋を見回していると、にこやかに微笑むシェリーと目が合い品定めをするように見ていた自分が恥ずかしくなって又、顔を赤くしてしまう。


 カシスが二人の前に、スープやサラダ、トーストにベーコンエッグ、フルーツにヨーグルト、と手際良く並べていく。


 その様子を見ながら自分のお腹を手で押さえて、どうか、これ以上お腹が鳴りませんようにと笑顔を引き攣らせながら見守っていた、昨日から水も飲んでいないので、せめて目の前の紅茶だけでも早く飲みたいと思うが、流石にこの国で1、2を争う大貴族の前で、はしたない真似は出来ないとこらえていた。


「ラムさん、どうぞ召し上がって、私もいただきますから、ね」


 シェリーは、弾けるような笑顔を見せながら、紅茶を手に取り口に運んだ、いくら言葉で勧めても自分が口をつけなければラムは遠慮してしまうだろうとわかっていたからだ。


 そんなシェリーの様子を見ながら、ゆっくりと紅茶を口に運びサラダを一口食べたら止まらなくなった、昨夜から何も口にしていなかったのだから無理もない、見る見るうちに皿が空いていくのをシェリーは楽しそうに見ていた。


 良かった、食欲があるようならきっと大丈夫ね、丸一日もたっていないし、閉じ込められただけで酷い言葉を浴びせられたりはしていなかったのかしら、水さえも差し入れられないのは問題だけど、あまり言いすぎても良くはないし、クラウン様がおっしゃられたように、アルファード様のなされようが問題にはならないのよね、きっと……。


「ラムさん、フルーツと紅茶の御代わりはいかがかしら、私はいただきますから、良かったら一緒にね」

「ありがとうございます、シェリー様、では紅茶の御代わりをいただいてもよろしいですか」

「もちろんよ」

 その言葉を聞いて、カシスが温かな紅茶をカップに注いでくれる。


「ねえ、ラムさん、今回はなぜ、貴方が閉じ込められるようなことになってしまったのかしら、私は自分の不注意で落ちたのだから、貴方は何も悪くなかったのに」


「シェリー様は、転びそうになった私を助けようとして足を滑らせてしまったのですから、私のせいだとも言えるかな、と思いましたし、私がそのまま落ちれば良かったんです、申し訳ございませんでした、私ならシェリー様と違って体も丈夫なんですから」


 へへっ、と照れ隠しで笑ったら、シェリー様から睨まれてしまいました。


「何をおっしゃているのですか! 落ちれば良かったなんて二度と言わないで! あんな男のせいであなたは何も悪くないのに一晩閉じ込められていたのよ、怒鳴ってもいいぐらいなのよ」


「……あんな、男、って、…、…、アルファード様のことですか?」


 ……ヤバ、やっちゃった。


「み、身分があるからって、何をしてもいい訳じゃないでしょう、きちんと真実を知ることが大事なのだから、それを怠ったのだから、ね、…、その、ダメじゃないかしら」


 気まずそうに視線を逸らすシェリーの横顔を見ながら思う、一人ぼっちで閉じ込めれていた不安は今はもうない、それよりも、平民でもある自分のためにこんなに真剣になってくれる貴族の方など、他には誰もいらっしゃらないだろう。


この学園の中で女性では一番高貴な身分でもあるシェリー様、その美貌から氷の令嬢などと呼ぶ人もいると聞いていたけど、素顔のシェリー様は、こんなにもお優しくて愛らしい。


「シェリー様、このことは二人だけの秘密ですね」

「そうね、私達だけのね!」


 ああ、良かった、ラムさんって、とてもいい方なのね、うっかり私がそんな事言ってたなんて知れたら、元ルートに戻る可能性もあったのかしら、ううっ…恐ろしいわ、気をつけないいとね、不敬罪なんてまっぴらよ! 


 …二人だけの…、秘密、……私とシェリー様だけの。


 ラムは、二人だけの秘密という言葉が気になってしまい、何度も心の中でつぶやいていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢は婚約破棄からやり直しループエンドを目指します。~ハーレムルートは誰得ですか?・・やっぱり悪役じゃなきゃダメですか? 透理 @fuji0820

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ