第23話 悲劇は繰り返さない

かつての自分と同じように理不尽に辛い目にあっている人がいる、そう思うと心の底から怒りが湧いてくる。


「アルファード様、お答えくださいませ、誰を、どこに閉じ込めたのか!」


 普段は淑女の鏡とまで言われるシェリーの怒りを、その場にいる者は半ば呆気にとられたように見つめていた、無表情、陰口では氷の令嬢とか、完璧な動作も相まって機械仕掛けの魔道人形とか、揶揄されることもあったシェリーのむき出しの感情に圧倒されていたのだ。


「シェリー、落ち着いて、本当に突き落とされた訳じゃないのか?」

「そうですわ、私の不注意でしたのよ、誰も悪くなどありません!」

「わかった、では、あのラムとかいう女はすぐに解放しよう」


 何を偉そうに! ご自分が間違った癖になぜドヤ顔? さも自分は心が広いだろう、みたいなあの顔、あー、見てるとムカムカしてくるんですけど!


「私が参ります、場所をお教えください、私のせいでラムさんが閉じ込められてしまったというのなら、私が直接謝りますから、どちらにいらっしゃるのですか? アルファード様!」


 どこに? そう言えば場所など確認していなかった、シェリーの怪我にすっかり動転してしまい、閉じ込めるよう指示を出したのだから、あとでゆっくり確かめればいいと思っていたから。


「どこかは知らない、ただ閉じ込めるように命じただけだから、すぐに確認しよう」


 その言葉でシェリーの怒りが爆発した。


「軽率すぎます、アルファード様! もう少しご自分のお立場と言葉の重みを自覚なされて下さい、貴方は王太子なんですよ、貴方が命じたとなれば誰が逆らえるのでしょう? なんの罪もない者を閉じ込めて解放すればそれでいい、そうお思いなのですか?」


 自分が受けた仕打ちと重なり、何を言っても誰も聞いてくれない当時を思い出して、悔しさに薄っすらと涙が滲み、唇を噛みしめる。


「シェリー、落ち着いて、結果的に無実だったのかもしれないが君に怪我を負わせたものがいるのなら、それが例え疑いであったとしても、何もしないと言う訳にはいかない。アルファードが王太子で君はその婚約者なのだから、王国としてその者を捕らえたアルファードの行為は正しいものだよ」


 クラウンの落ち着いた声が聞こえてきた。


 その通りだ、自分では婚約はいづれ解消されるのだろうと思っているが、世間的には王太子の婚約者という事で準王族扱い、婚約者としての立場が無くても大貴族、ハロウィン公爵家のご令嬢、その自分にわざと怪我をさせたのが平民であれば、処刑も当たり前なのだから。


「申し訳ございませんでした、アルファード様、有難うございました、クラウン様、取り乱してしまいお見苦しい姿をお見せしてしまいました、申し訳ございませんでした。」


 部屋にいた一同に向かって、優雅に頭を下げるシェリーは、皆が見慣れているいつもの姿だった。


 ラムが指導室に閉じ込められてると聞き、急いでそちらに向かい鍵を回すのももどかしくドアを開けると、ソファーに座っていたラムの姿が見えたので、駆け寄り、無事で良かったとラムに抱き着いた。


「ラムさん、私のせいでこんなところに一晩閉じ込められていたなんて、本当にごめんなさい」


 何も無くて良かった、無事な姿を見てやっと安心出来たのか、はらはらと涙が零れてきて止まらず、顔を見られるのが恥ずかしくて更に強くギュっと抱き着いた。


「シェリー様、お元気そうで良かったです、お怪我は大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、私は、アレファ先生に治療していただいたので、私は、大丈夫」


 ラムはこんな高貴の人に触れてもいいのかと、おずおずとシェリーの背中に手を回しその体を抱きとめる、そうしないと自分の態勢が崩れてしまいそうなくらい、きつく抱きしめられていたから。


 しばらくはそうやって泣きながらラムに抱きついたままだったが、ようやく体を離した。


「ごめんなさい、ラムさん、制服を汚してしまったわね」

「いいえ、そんな、私のことを心配して下さったんですよね、あ、あの、嬉しかったです」


 少し俯いたラムの顔が、ほんのり赤くなっていたことに気がついたシェリーは、思わず抱きついてしまったけれどそんなうっ血するほどに、締め上げてないわよね、思ったより力が入っちゃたのかな、……大丈夫だよね?


「あ、あの、ラムさん、私、いきなり抱きついてしまって、驚かせてしまったかしら? ごめんなさいね」


「そんな、シェリー様…、」

あれっ、私、なんでドキドキしてるのかな、きっと急に抱きつかれてびっくりしたんだよね?


「ぐううううっー」


その時、ラムのお腹が大きな音を立てた。


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