03 襄陽の嵐
「チャガン将軍、宋の
この時代、南宋は公式には「宋」であるため、金や
チャガンは
「我ら蒙古は城の
さすがに落ち着いて指揮を執るチャガンに、蒙古の兵たちは安心し、それぞれの持ち場につき、チャガン自身は櫓に上った。
「トゥルイどのと馬をならべて戦った男か……フビライどのから、
チャガンが基本に忠実であるように、孟珙もまた、定石に従い、遠巻きに矢を射かけるという矢戦をしかけた。
「ふむ……手堅い用兵だが、面白味はない」
チャガンが、これなら城外へ出て、ひと当てしてみてもいいかと思った時、孟珙の軍に変化が生じた。
*
「城門へ突進せよ! 丸太を突っ込め!」
孟珙の怒号にも似た命令に、兵たちは勇んで馬を馳せ、丸太を担ぎ、一丸となって襄陽の城門へと突撃した。
矢戦に慣れてしまった蒙古軍は突然の変化に対応できず、南宋軍の城門へ破壊攻撃を許してしまった。
「チャガンどの!」
「落ち着け! おそらく、我らの援軍到来の報に接したのであろう、それゆえの焦りよ!」
チャガンは動揺する幕僚たちを鎮めると同時に鼓舞した。
援軍、すなわちクウン・ブカや姚枢、史天沢らが襄陽に至るのはもうすぐ、と。
チャガンが落ち着きを取り戻す兵たちに、改めて命令を下す。
城門を開け、と。
「は、しかし……」
「このまま無理矢理城門を破壊されても困る。基本の矢戦も良いが、ここは蒙古の鉄騎を
城に
*
「城門、開きます!」
「自慢の鉄騎を出してくると見た。丸太は置け! 矢戦の用意!」
丸太を騎兵の邪魔になるように置いて、南宋軍はさっと城門から離れた。
ほぼ同時に城門が開き、蒙古の誇る騎兵たちが勇躍して飛び出して来た。
蒙古が誇る、蒙古騎兵。
成吉思汗をして、世界を取らせたと言わしめる、精強の騎馬部隊である。
「射よ!」
孟珙は危なげなく、距離を置いての弓兵の射撃に徹した。このあたり、孟珙自身が、蒙古と共闘し、または友軍を追撃から救った経験が大きい。
「へなちょこの矢など気にするな、とにかく突撃せよ!」
チャガンは西夏の出身であるので、たまに表現がそぐわないこともあるが、騎兵たちは即応して突っ込んでいった。
*
一方の孟珙は、弓兵を中心とした反撃に徹し、しかし、徐々に後退していった。
「
南宋軍のじりじりとした後退に、チャガンは罠の存在をいぶかしんだ。そのため、蒙古軍の進撃も遅々とした、慎重なものとなった。
「折角出撃したものの、これでは機を転ずることがかなわぬ」
チャガンは
「チャガン将軍! 敵軍の後方に、兵が現れました!」
襄陽の櫓の
「旌旗には史と書かれているようです!」
真定の史天沢か、とチャガンは破顔した。
「クウン・ブカ将軍と姚公茂がやってくれた! 全軍突撃!」
蒙古軍は今こそと、勇躍して南宋軍に襲いかかった。
一方の南宋軍は蜘蛛の子を散らすように、わっと叫んで、それぞれが一目散に逃げ出した。
「孟璞玉将軍、これではあまりにも……」
「承知しておる。三十六計逃げるに
孟珙は兵らを責めることなく、自らも剣を取って蒙古軍の追撃を防いだ。
*
「チャガン将軍、孟珙の軍はほぼ四散した模様」
「うむ」
ばらばらになった南宋軍の跡地を、『史』の旗印の一軍が進んでくる。
その将と
「
金朝の訛りの漢語。
この男が、史天沢に相違ない。
チャガンは挨拶をしようと馬を寄せた。
「足労である。予はチャガンである」
「…………」
「いかがした? そういえば……クウン・ブカ将軍と姚公茂どのは?」
「…………」
「……何故、何も答えぬ?」
この時点で、チャガンは馬を返して襄陽の城中に戻るべきであったが、生来の勇敢さが災いし、重ねて問おうと馬を進めた。
「貴殿は真定の史……」
「……残念ながら、ちがいますなあ!」
いつの間にか『史』の旗は下ろされ、別の旗が掲げられた。
劉、と。
「孟
「……何ッ!」
劉整の剣がチャガンを襲う。
チャガンは馬を巧みに操って
「しまった! 詭計か!」
劉整は金の出身。華北訛りの漢語はお手のものである。
そして、この機に、四散していたはずの孟珙の軍も再集結を遂げ、劉整の軍に続いて、城門へ突進した。
チャガンを襲ったのも詭計であり、劉整、いや、孟珙の狙いは、襄陽の攻略にあり、チャガンとはそれ以上戦わず、城門をあっという間に占拠した。
「逃げる者は追わぬ! 降る者は殺さず!」
孟珙のその叫びに、蒙古軍は一目散に逃げ出す。草原に生きる者たちは、命を捨てる時機をわきまえており、逃げられるときは、徹底的に、逃げた。
「……是非もなし」
チャガンもそれを責めるようなことをせず、逃げて来た者たちを糾合し、そして城の扱いに慣れている南宋軍を相手に城攻めをせず、北へ撤退していった。
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