出会いの花畑

 足を踏み出すたびに、足元の草花が小さく音を立てる。甘い香りが鼻腔を揺する。

 ここはアダンと出会った花畑。

 全てが終わったあの草原で、一人座り込んでいたはず。しかし気づけばここに来ていたのだ。

アダンがいるはずもないのに。

ここに来れば何事もなかったかのように、あの光は立っているのではないか。心の奥底の小さな希望が馬鹿らしくて嘲笑が零れる。

 柔らかな風が吹いて、髪の毛をなびかせる。花々の香りは芳しい。太陽の光を受けた植物たちは、遠くどこまでも続いている。

 この場所はこの世に二つとないほど神々しく、美しい。様々な場所を転々としてきたが、その中でも随一の光景だ。

 その光景はエゼルを慰める一方で、酷く苦しめる。

 両拳を無意識のうちに握りしめていた。

 美しい風景を分かち合いたい人はもういない。笑いかけてくれる人はもういない。自分自身を初めて認めてくれた人は、もういない。

 苦しかった。ふと誰かいるはずの隣を見ても、誰もいない。心臓にぽっかり穴が開いたみたいだ。

果てしない喪失感と、止め処ない虚無感と、終わりのない絶望。

 いつか乗り越えられるのだろうか。こんな感情を忘れることができるのだろうか。ここに戻ってくるまで、何度も考えた。

 しかしそれでも前を向かなければならない。胸を張って進むことがソロンやアダンに対する手向けだ。

 この出会いの場に立って、決意する。

「さようなら」

 最後にもう一度、神秘的ともいえる風景を目に収める。もうここに戻ってくることはないから、目に焼き付けて。

そして森の方へ踵を返した。

 ――その時。

「ふふっ」

「フェアリー……?」

 金の矢を託してくれた彼女の笑い声が、耳横を過ぎていったような気がした。それにつられるようにして、振り向く。

「……っ」

 そこには一人の少女が立っていた。俯き加減で、目を瞑っていた。

 風が吹く。小さな花びらが、空に舞い上がる。

「……アダン」

 掠れた声でその名を呼ぶと、アダンはゆっくりこちらを向く。

その姿は、紛れもなくエゼルの想い人。

「おかえり」

 自然と零れた笑みをアダンに届ける。するとアダンも嬉しそうに目を細めた。

「ただいま――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出来損ないのハーフエルフ 燦々東里 @iriacvc64

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ