第21話 十五の嘘 ⑤
*
咲を追って住宅街を走る織斗だが、すぐにその姿を見失った。
山中でのかくれんぼが得意と言っていたが、人工的な街でもそれは有効らしい。
「姫未、ひめみっ!」
神出鬼没な女神様は、こんな時に限って出てこない。
舌打ちをし、織斗は繁華街まで咲を探した。その後に街の丘公園、まさかと思いながら高校、緋真の屋敷がある場所まで行ってみるが、居るわけがない。
一時間近くなったところで諦め、織斗は自宅前の公園のベンチに腰掛けた。
「知らないってなんだよ……確かに、知らないけど」
ついさっきの、咲の言葉だ。
『知らない、知ろうともしないくせに』
『どうして自分から、知りたいと思って動こうとしない?』
咲と広の言葉が、同時に蘇った。
「だって俺、咲の寂しそうな顔見るの嫌だし……いや、俺が嫌なだけで、咲は、聞いて欲しかったのか」
嫌な顔をしても、空気が重くなっても、聞いて欲しかった。
どうしたのって心配して、過去のことを知ってほしかった。
「そうだな。動かなきゃ、知らなきゃいけないな。俺は当主だから……違う」
一人で自問自答し、織斗は空を見上げた。
満天の星空。
いつかみんなで見ようと約束した、藍の色。
「知りたい……咲のことちゃんと、知りたい。咲は俺の、双子の妹なんだから」
ため息をついて項垂れる。
もし、いま、咲に相談事をしたらどうなるだろう。
『織斗くんの選ぶ未来は正しいよ』
そう言ってくれるだろうか。
キラキラ輝いてる、明るい方へ進んでいける人だと。
「ダメだな、しっかりしよう」
もう一度ため息をつき、織斗は立ち上がって自宅へ向かった。
玄関を開ける時、僅かに期待した。
もしかしたら、帰っているかもしれない。
そう思ってドアを開けるが、咲の靴はない。
「……ただいま」
声をかけてみるが、だれからの返事もない。
汗を拭って玄関に座り込む織斗の肩にちょこんと、姫未が乗る。
「咲ちゃんなら、三十分前に帰ってきてすぐ出ていったわよ」
はっとして靴を脱ぐ織斗だが、駆け出す前に姫未が再び声をかけた。
「すぐ出ていったって言ったでしょ? 家にはいないわよ」
「出ていったって……」
「小さな鞄に服とか詰めて、ピュンって」
「なんで止めなかったんだよ!」
「どうして止める必要があるの?」
「どうしてって……咲、様子がおかしかっただろ? 話聞いてやれよ!」
「その言葉、そっくりそのまま織斗に返す。咲ちゃんの話、ちゃんと聞いてあげなさいよ」
「っ……俺、おまえのこと呼んでたんだけど? 何でなにもしないんだよ、姫未!」
「それ、私を責めるところ? あんたこそ、今までなにしてたの? どうして何もしなかったの?」
「俺は……咲がこの家で楽しく、笑って過ごせたらいいと思って」
「織斗はあれよね、前を向いて生きるタイプよね」
「前を向いて生きる?」
「過去の失敗にこだわらない、常に未来を意識して、どうしたら楽しく生きれるか考えてる」
「何が悪いんだよ?」
「悪くはないわ。とてもいいことだと思う。だけどそうじゃない人もいる、それが私や咲ちゃん。過去の失敗も辛い思い出も全部引っ張っちゃう、荷物として常に抱えて生きようとする」
「そんなのしんどいだろ、過去の荷物抱えて生きていくなんて」
「わかってるんだけどねぇー。つい考えちゃうの、あの頃は楽しかった、あの時こうしていれば……って。咲ちゃんはきっと、過去の荷物が重いんだと思う」
「……その荷物を軽くすることはできないのか?」
「…………ついてきて」
姫未は織斗の肩を離れ、ふわりと空を舞った。
ぷかぷか移動する姫未のあとを追って、リビングに入る。
「元助、起きてるでしょ?」
姫未の言葉に、ソファに腰掛けていた織斗の祖父である元助が机上のリモコンを手に取った。
異様なほどの大音量が流れていたテレビの電源を切り、織斗たちの方を向く。
「……姫未様は、どこまでご存知ですか?」
「ほとんど知らないわよ、封印されてたんだから。だけどこの子、織斗は私よりもっと色んなこと知らないわよ。神木本家の双子の妹が忌み子って家憲すら知らない」
「いみこ?」
「咲ちゃんね、生まれた瞬間に殺されるはずだったの。とにかく座って、話しなさい。ほら、元助も!」
姫未に促され、織斗と元助はテーブルを挟んで椅子に座った。
元助は深くため息をつき、目を閉じて話を始めた。
「まずは謝ろう、織斗。咲のことで、嘘をついていたことを」
「……嘘?」
織斗は怪訝な顔をして首をかしげた。
時計の秒針の音が部屋に響く。
指針は午後九時半を指していた。
*
「……約束の時間には、二十二時間三十分早いけど」
街の丘公園。
ベンチに座る人影を見つけた広が、息を整えながら言った。
広もまた、咲を探して街を彷徨っていた。しかし途中で、まさかと思い立ち寄った街の丘公園で、咲の姿を見つけた。
膝に顔を埋めていた咲が、そのままの状態で答える。
「時間には正確であれって、師匠に言われて育ったから」
「そう……」
「広、さっきの話聞いてたよね?」
「……どうしてそう思った?」
「途中でふっと、人の気配を感じた。一般人かと思ったけど、あの時私、人払いしてたから、術師以外あり得ないと思って」
戦闘前、人がいなくなるのは理由がある。
術力の程度にもよるが、術師はその力で一般人を遠ざけることができる。
それがうまくいけば人間世界を遮断、一時的に別世界に行くことができる。
派手な戦闘をしても、建物が破損しても、戦闘が終われば元通りになるのはそれが所以である。
元の世界へと、戻ってくるから。
姫未が最初に告げなかったせいで、織斗が未だに知らない事実。
「それで気がついたんだけど、初めて会った時、広が私を驚かせて忠告してくれた時も、人が来ないようにしてくれてたよね?」
「……ご名答。だけど最初に会ったのはあの夜じゃなくて織斗と対峙したとき、昼間だな。あの時はまさか、咲と友達になれるなんて思わなかった」
「友達……」
その言葉に反応した咲が顔を上げる。
目に映ったのは相変わらず優しい、穏やかな笑みを浮かべている広で。
広は両の手のひらを、咲へ向けて掲げる。
「殴っていいよ、騙してた分」
ぽすっと柔らかな小突き。
広の手のひらに拳を当てて俯いたまま、咲が「ふふっ」と微笑む。
「今のは、なにとなにで相殺された?」
「騙してた分と、友達って言ってくれたこと」
「もし相殺されずに本気だったら、猫じゃなくてライオンパンチになるの?」
咲が再び笑声を漏らし、涙を拭って顔を上げた。
「あのね、広。私……家出しようと思う」
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