第20話 十五の嘘 ④


 翌日やはりというか、朝一番で織斗が広につかみかかった。


「三人はないだろ、三人は!」


 いつもは一日につき一人の術師を織斗のもとへ向かわせていた。

 広は苦笑いで視線をそらす。


「一人じゃ織斗の圧勝だろ、だから数増やしてみた」

「数増やしたみた、じゃねーよ! つーか広、なんでお前が来ないんだよ」

「俺が行っていいの? 瞬殺だけど?」

「戦えって言ってんじゃなくて、様子見に来いよ。月曜の夜だけだろ、広が来たの」

「…………」


 言い訳が思いつかず、広は黙り込んだ。

 戦闘時の監視は一昨日からあやめに任せている。何とかしなければと思ってはいたが。


「わかった、今日は俺も行く。連れていく術師も一人にする」

「マジで? 人数減らしてくれんのは助かる。今日はデビュー戦なんだ」

「デビュー戦?」

「あぁ、今日から……」

「なんの話してんの?」


 織斗の言葉の途中で、川谷が割り込んで来た。

 無邪気に、不思議そうに、織斗と広の間に入り込む。


「術師とか言ってなかった?」

「……ゲームの話だ」

「ゲーム? 緋真が前に教室でやってたやつ? あれってパズルゲームじゃなかった?」

「……その話は忘れてくれ」

「もう喧嘩するなよ! 緋真の不機嫌、面白かったけど!」


 ケラケラと笑う川谷が、満足したように自分の席へ戻る。

 それを見送り、広は声のトーンを落として織斗に話しかけた。


「織斗、妹と仲良くしろよ」

「妹? 仲良くやってるけど」

「そう思えないから言ってる。もっと話する時間作れ」

「それ、広が言うことじゃないからな? 俺、夜は時間ないからな?」

「……一理ある」

「ていうか何で? 広、咲と話したことあるっけ?」

「……神木の、本家双子の女児って、大変だと思うから」

「大変? なにが?」

「…………織斗おまえ、無知すぎないか?」

「だから何が? それに話ならしてるぞ。ゲームの話とか」

「ゲーム? ……は?」

「昨日は趣味の話をしたな。咲は本を読むのが好きで、うちの書斎が気に入ってる。あとは田舎で育ったから無人島で生活できるとか、薬に詳しいとか」


 織斗は思い出しながら、咲から聞いた話をそのまま広に伝えた。

 咲の人柄や、嗜好などがよくわかる内容の。

 怪訝な顔をして織斗の話を聞いていた広だが、やがて項垂れてため息をついた。


「そっちの話か……興味ないって……いや、そっちの話か」

「え、なに?」

「過去の話は? 住んでたのはどんな場所だったとか、育ての親の話とか」

「田舎の病院に住んでたって聞いた」

「他には?」

「ほか? えっと、岡山にいたって。てか、なんでこんなこと聞くの?」

「いや……」


 おそらく、咲のいう興味の意味、求めていることが咲と織斗で異なっているのだろう。

 そして今、織斗の様子から推測するに、咲の方も織斗に不満をぶつけていない。

 腹にため込んで、表面で作り上げている笑顔を、織斗は何の疑いもなく信じているのだろう。


「織斗、俺はお前が鈍感なのも知ってるし、お前ら双子が似たもの同士、互いに自由奔放で好き勝手やる性格なのもわかってきた」

「え? なに、何の話?」

「だけどこう、もっと……歩み寄るというか……」

「あ、チャイムなった」


 広の気など知らず、織斗は手を振って自分の席に戻る。

 どうしようかと悩む広だが、自分も混乱していることに気がついて空を見上げた。

 水色の空に、薄い雲が点在して居る。


「まぁ、いいか……今日は会う約束してないし。一度寝てから、明日の朝考えよう」


 ぽつりと呟いた言葉は幸い誰にも聞かれておらず、広は一旦考えるのをやめた。






 明日でいい。と、考えることを後回しにしてしまった。

 それがよくなかったのか、急がば回れとは何なのか。などとよくわからないことを考えながら、広は住宅街の路地に隠れていた。

 壁の向こうでは、口論する男女二人の姿。


「だから! 咲はちょっと抜けてるとこあるだろ!」

「織斗くんに言われたくない!」


 織斗と咲の兄妹喧嘩が始まって十五分。仲介というか、姿を表すタイミングを失った広はどうしたものかと壁にもたれていた。

 連れてきた家臣は一旦、家に帰した。

 そして二人の口論の原因。

 端的に短くまとめるとこうなる。



 咲が織斗の不在時を狙って夜に、外出したことがバレる。

  ↓

 険悪。

  ↓

 咲が友だちと会っていたことがバレる。

  ↓

 夜に出歩いてるなんてろくなやつじゃない! b y織斗

 (現在時刻:午後八時半、双子がいる場所:屋外)

  ↓

 その友達が男だとバレる。

  ↓

 織斗、激怒。



 そして今、広にとって最悪の状況になっている。


「しかもおまえ、そいつの名前がヒロって……俺の友達つーか、緋真の当主と一緒じゃねーか!」

「緋真の当主とは違う、広はいい人だから!」


 と、こんな具合である。

 気づけよ、お前らが話題にしてるヒロ、同一人物だよ……と言いにいきたいが、できるはずがない。

 

「私の友達の広は、優しくて爽やかで綺麗でかっこいい人だから! 頭も良さそうだし!」

「騙されてる、絶対裏の顔があるぞ、そいつ! 俺の親友の広だってなぁ、昼と夜で表と裏の顔使い分けてんだ!」

「緋真当主と一緒にしないで! あんな陰鬱で偉そうで腹黒そうな人、広とは大違いだから!」


 思わず耳を塞ぎたくなった広だが、最後まで話を聞くことにした。

 仲介した方が良いことはわかっているが、咲に正体を知られていないので都合が悪い。


「それに、緋真の当主なら織斗くんと戦ってたでしょ!」

「昨日と一昨日はいなかった……あいつ、咲が外出した日は来なかったな。そういえば今日、変なこと言ってた……」


 あ、やばいと思った広が、チラッと壁の向こうを覗く。

 織斗がスマホの画面を咲に見せていた。

 咲の顔から血の気が引くと同時に、広の顔色も同じものになる。


「はぁぁ? 広と会ってたの? 緋真の当主だぞ!」

「し、知らなかっただけ! ……だけど、え?」

「広もどうかしてるだろ。咲、何もされてないよな?」

「壁に、押し付けられたのは、優しさだけど……」

「壁に押し付けられた? はぁぁぁあ?」

「違う、優しさなの!」

「何をどうしたらそれが優しさになるんだよ!  しばらく外出禁止だからな!」

「え、やだ。明日も会うって約束した」

「広に? 俺から連絡しとくから、行かなくていい。咲に近づくなんて、俺の時みたいになにか裏が……」

「ち、違うよっ!」


 これ以上はまずいと仲介に入ろうとした広だが、咲の声に止められた。

 咲自身、自分の大声に驚いたようではっとして俯く。


「広は、優しいよ……」

「優しいかもしれないけどさ」

「それに、私に興味持ってくれてる……織斗くんと違って知りたいって思って、話を聞いてくれる!」

「興味? 俺だって咲のこと知りたいって思ってるよ。だから毎日話してるだろ? ていうかマジで、明日から外出禁止だからな? 広とも会うなよ?」

「なんで?」

「なんでって……」

「織斗くんは友達と会うのに、私は会っちゃダメなの? 私が忌み子だから? 学校に行ってないから? 生きてちゃいけない存在だから、そんなこと言うの?」

「は? 咲がいみ? なに……」

「知らない、知ろうともしないくせに! 織斗くんは悲しいこと、面倒なこと、都合の悪いことは聞こうとしないで……楽しい話ばかりじゃなくて私は、過去のことも全部、織斗くんに、一番最初に聞いて欲しかった!」


 途端、走り出す咲。

 広がいる場所とは反対側へ走っていき、織斗も慌てて咲の後を追う。


「……やばくないか、この状況」


 誰もいなくなった住宅街の路地で一人、広が呟いた。

 織斗に連絡しても応答されないだろうし、どう声をかけていいかもわからない。


「あやめに連絡しとくか。あとは……落ち着こう、一旦」


 深呼吸をして空を見上げる。


『みんなで、一緒に』


「星を見れる日は、いつになるかな」


 呟いた言葉はすぅーっと、夜空に吸い込まれていった。

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