第19話 十五の嘘 ③


「どう思うよ、広!」


 翌日、学校に着いた広は先に登校していた織斗に捕まって愚痴を聞かされた。

 昨日戦いに参加しなかったことに腹を立てていると思ったが、どうやら違った。


「悪い、もう一回言ってくれ」

「だから、帰ったら妹いなかったんだよ。爺ちゃんに聞いても知らないって言うし。外探しても見つからなくて、十時半ごろ家に戻ったんだ。どうなったと思う?」

「十時半……家にいた?」

「そう! 普通に部屋にいて、俺の顔見てどうしたのって。俺が一回帰った時はトイレにいたらしい。居眠りしてて俺が騒いでるの気づかなかったって」


 怒りに身を任せた織斗が、どかっと椅子に座る。


「まあ、そういう時もあるだろう、な」


 広は動揺を悟られまいと目を逸らすが、織斗はそれに気づかず小言を続ける。

 やがて怒りの感情に疲れた織斗が、机に顔を伏せて小さな声で話し始めた。


「外出てなくてよかったよ。夜は緋真のやつらに狙われるからあぶねーし」

「あぁ、それは気にしなくていい。妹はまだ狙われてないから」

「なに、どういうこと?」


 織斗が顔をあげて尋ねる。広は言うべきか迷ったが、これは隠すことでもないだろうと、口を開く。


「神木の双子の妹が生存していた。という事実はまだ本家に伝えてない。だから現状、緋真が攻撃対象としてるのは術が使えることが判明している織斗と結奈ちゃんの二人だけなんだ」

「え、そうなの? 爺ちゃんや結奈のおばさんは?」

「そうなのって……現世代で術が使える可能性がある術師以外は攻撃禁止ってそういうルールだろ?」

「ルール?」


 意味がわからない織斗と、状況がわからない広。

 お互い目を合わせまま静止し、やがて広が声を出した。


「もしかして知らない、のか?」


 織斗は戸惑いながらも、首を縦に降る。


「ちょっと待て、知らない? マジで?」

「知らねぇよ、ルールってなに?」

「先祖たちが決めた戦いのルールだよ。先代や先先代、子どもには手を出しちゃいけないとか、戦う時は人払いをしてからとか……え、お爺さんは? 言ってなかった?」

「知らね」

「あいつは? 従者の女」

「姫未? 最近まで封印されてたみたいだし」

「封印される前のことは知ってるだろ。それ以前におまえ、なんで自分から聞かないの?」

「聞く? いや、別に……ただ戦えばいいと思ってたし、敵が広ってわかってからは戦いやめる方向に持っていこうと思ってたし」

「不思議というか不安になるだろ。どうして自分から、知りたいと思って動こうとしない? あー、そっか、織斗ってそういうとこあるよな、思いついたら周囲のこと考えずに一直線というか」

「勉強もできないしな」

「……自覚してるなら努力しろ、馬鹿」


 広がため息をつくと同時、チャイムが鳴って話は終わった。

 普通に授業を受けて、普通に過ごして、また夜になる。




 午後八時半前、街の丘公園の入り口に人影が現れた。

 他に人はいない、ベンチに座って俯いていた広が顔を上げる。


「……だっ」


 とっさに口元を押さえ、言葉を止めた。

 改めてベンチに駆け寄ってくる咲の姿を見る。淡いピンクのティシャツ、胸元にはファンシーなクマのプリント。下はえんじ色の短パンジャージ。

 見覚えのある、織斗と広が通っていた中学校指定の体操着だ。


 ださい、クソダサ! と叫んでしまいそうになるのを抑え、広は苦笑いで咲を迎える。


「ごめんね、待った?」

「いや……それよりその服」

「可愛いよね、クマ! 広も好き?」

「クマは、別に……」

「鍋にすると美味しいんだよ」

「……そっちの好き嫌い?」

「え?」

「いや……クマは、食べたことないな。じゃなくて服、その服どうした?」

「兄が買ってくれたの! ズボンは同じのが二枚あるから、それを」

「あ、そっか……」


 正直に言っていいものかわからなかった。広はここにいない親友の服のセンスを疑う。

 だがそんなことに気づいていない咲は広の隣に腰を下ろし、街を見下ろした。


「空の星より綺麗」


 咲の呟いた言葉に、広は顔を背けて笑いを堪えた。

 自然がほとんどない場所の住人は『満天の星が見たい』と願うのに、田舎の……それを当たり前に享受出来る咲は、この景色が尊いのだ。


「咲の暮らしていた街には、こんな景色なかった?」


 不自然にならないように広が尋ねる。しかし咲は疑うことなく、笑みを浮かべた。


「私が住んでたのは、山中の一軒家だったから」

「山中の一軒家?」

「小さな村のお医者さんやってる人の家。七つ年上の師匠と、そのお医者さん先生と、三人で暮らしてた」

「…………」


 情報が違う。と、広は思った。

 緋真の家臣が調べてくれたデータ、神木本家の双子の妹が預けられた親戚宅と、職業も家族構成も異なる。


「そっか……」


 だけどどう追求していいかわからず、広は黙って空を見上げた。

 星が見えそうになって、慌てて視線を落とす。


「昨日ね、広、私に高校生かって聞いたでしょ?」

「あぁ、うん」

「違うよ。私、学校に行ってないの」

「……学校に行ってない?」

「小学校の途中から行くのやめた。話し相手は先生や師匠、看護師さんや患者のお爺ちゃんだったから。同年代の人と話するの久しぶりで、ドキドキしてる」

「学校、行くのやめた理由は?」


 広の言葉に、咲が振り返る。

 しばらく見つめ合った後、微笑んだ咲が別の話題を切り出した。


「戦い方はね、師匠から教えてもらったの」

「……師匠?」


 思うところはあるが深く追求すべきではないと、広は咲の話に合わせる。


「師匠は喧嘩が強くてね、中学時代は校内一位だったって。だから対人戦は慣れてるって、私を鍛えてくれた」

「咲の身体能力は……喧嘩のスキルでどうこうなるものじゃないと思うけど。糸とか針は?」

「先生……あ、育ててくれた義父ね、その人がお医者さんだったから」

「…………?」


 医療道具を使って武術を極めていた、ということだろうか。

 話の内容が大雑把すぎて、広でさえうまく纏めるのは困難だった。


「楽しそう、だな」

「楽しい半分、しんどい半分かな? 学校に行かないなら山で生きれるようにしろ、サバイバル能力鍛えろって、崖から突き落とされたことあったし」

「……今の時代の人間がすることじゃないな」

「先生も師匠も、古い人だから」


 愉快そうに笑う咲が再び、街の光に目を向ける。


「この光の中の一つにね、私の兄がいるの」


 兄とは双子の、織斗のことだろう。

 広は静かに、咲の話に耳を傾ける。


「すごいね。たくさんの光の中に、たくさんの人がいる。人類が長い年月をかけて作り上げた景色、古い時代には見られなかった光景」

「……綺麗だと思う?」

「うん、私は好き」

「それならよかった」


 会話が止まり、広も再び夜景に目をやった。

 キラキラチカチカ、人工的な光が瞬く。

 この中の一つ、繁華街から離れた住宅街のどこかに、織斗の姿があるのだろう。


「帰ったら話してみようかな、織斗くんに……」


 ぽそっと呟いた咲の言葉。

 しかし口にするつもりはなかったようで、慌てて顔を上げて広に言い訳する。


「織斗くんっていうのは双子の兄でね。えっと、すごく明るくてキラキラしてていい人なんだけど……」

「……けど?」

「織斗くんからは、私の光は見えないだろうなぁ、って、思って」

「光が見えないって……」

「私に興味がないんだと思う、あの人」

「そんなことないだろ、妹ができて喜んでたけど」

「そうかな……喜んでた? 広、知ってるの?」

「……妹ができて、喜ばない男はいない」

「そうなの?」

「俺には理解できないけど、たぶん」

「広、混乱してる? 変なこと言ってるよ?」

「……俺のことはいいから。えっと、咲は兄と、うまくいっていない?」

「うーん……私には関心もってくれるけど、神木本家の双子の妹については、興味ないのかな」

「……意味がちょっと、わからないんだけど」


 首を傾げる広と同じ方向に目線を傾け、やがて咲が立ち上がって広に背を向けた。


「私、今日も黙って出てきたから、そろそろ帰るね」

「え? あ、そっか……いや、言えよ、ちゃんと」

「保護者みたいだね、広って」

「……それ、褒めてないよな?」

「褒めてはないね。でも、ありがとうとは思ってる」


 ふわっと、咲が踵を返して振り返った。

 夜の街を背景に、キラキラと笑顔を浮かべる。


「明日は用事があるから。明後日、また会いに来るね」

「明後日……わかった」

「おやすみ、広」

「おや、すみ」


 手を振る咲につられ、広も片手を上げた。

 咲の姿が見えなくなったところで、その手を額に持っていき項垂れる。


「やば……何の情報も引き出せてないし……しっかりしろよ、織斗」


 ため息をついてベンチから立ち上がる。

 そしてふと冷静になり、呟いた。


「何で俺が、あの兄妹の仲介みたいなことしてるんだろ」





 広があやめと合流したのは、その一時間後。

 神木宅のすぐ近くにある公園で、広は織斗たちが家の中に入っていくのを見届けた。

 玄関が閉まると同時に、あやめが公園へ入ってくる。

 

「時間稼ぎはこのくらいでいいですか?」


 あやめの言葉に、広は穏やかに微笑んだ。


「問題ない、ありがとう。あやめ」

「私は見張っていただけです。当主様の指示通り、できるだけ長く戦いました。一人、正気を失った人が封印されましたが」

「正気を失った? 今日のやつらは過激派じゃないだろ? 俺もそんなに血を与えてないし」

「隠れ過激派ですね。かなり恨んでましたよ、神木のこと」

「それは……想定外だな。大変だったな、ごめん」

「いえ。私は緋真一族、当主様の家臣ですから」

「そうだな……家臣、だな」


 ちらっと視線を送ると、あやめが不思議そうに首を傾げた。


「どうしました?」

「俺ってさ、父親ぽく見える?」

「……この場合、私は何と答えるのが正解なんでしょうか?」

「…………ごめん、忘れて」


 ぱっと視線を逸らし、早足で歩き出す広。

 その背中を見つめていたあやめだが、やがてぶわっと顔を赤くし、それを隠すように小走りで広の後を追った。

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