第17話 十五の嘘 ①
神木が敵対する一族が緋真だと知り、当主である広と和解というか妥協案を締結したのが先週のこと。
「ひーろー」
教室に入った広の元へ、力無い声を出す織斗が歩み寄る。
「なんだ、お前。朝からダレてるな」
怪訝な顔をした広が織斗を避けて自席へ向かう。織斗は「無視すんなよ」と後を追った。
「今日、化学のテストがあるんだって。広、知ってた?」
「知ってるも何も、昨日話しただろ?」
厳しい視線に、織斗は「え?」と首を傾げる。
「化学の小テストあるから、元素記号覚えて来いって、帰り際に話したよな?」
「えー……もしかして夜? 俺、戦うことに必死だったから聞いてなかった」
「学校帰りだ、バカ。夜は敵なんだから、そんな助言するわけないだろ」
広は呆れたようにため息を吐き、鞄の中から元素記号が書かれたプリントを織斗に差し出した。
「化学は三限だろ、それまでに暗記しろ」
記号が敷き詰められたB4の紙。
「これ全部?」
「全部覚えれたら満点取れるな」
「広は?」
「全部覚えてるに決まってるだろ」
「じゃあ満点だな」
大きく息を吐き、織斗は広の後ろの席に座る。
「俺、なんで高校生やってんだろ」
「その空っぽの頭に少しでも教養を詰め込む為だろ」
「容赦ないな、広。教養だけなら高校行く必要なくね?」
「お前、お爺さんの前でもそれ言えるか? 男手一つで孫を育て上げて、高校にまで行かせてくれる祖父に」
「……ごめんなさい」
項垂れ、プリントを眺める織斗。
広はため息をつき、ふと、気になったことを口にした。
「そういえば、織斗の妹って高校どうしてんの?」
「え、あれ? 妹って……」
「獣の仮面の子だろ?」
「俺、その話したっけ?」
「緋真はあらゆる社会、データに通じてるからな。今回の件は、本家通さずにやったけど」
「なにそれ、こわ……」
「でも、本当に妹なのか? まさかと思って聞いたんだけど」
「可愛いだろ? 俺と双子だとは思えないほど」
「いや、顔は見てない……というか、神木本家の双子の妹って、七年前に……」
「生まれつき身体が弱くて、親戚の家に預けられてたんだって」
「身体が弱くて預けた?」
「だから俺には妹の存在を教えなかったらしい。いつまで生きれるかわからくて、死んだ時に悲しむくらいなら教えない方がよかったからって爺ちゃん言ってた」
「それは……」
「いくらなんでも酷いよな。そんな理由で妹の存在隠すとかありえなくね?」
「ありえない、つーか……嘘だろ、それ」
伏し目がちに呟く広。
織斗は言葉の意味が理解できず一瞬、言葉を止めた。
「嘘? なんで?」
「いや、……それ聞いて、妹はなにも言わなかったのか?」
「特になにも。もう大丈夫だから、しばらくここに置いてもらっていいですかって」
「一緒に暮らすことになったの?」
「あぁ、もともと兄妹だしな」
嬉しそうな顔で織斗が答える。
そういえば妹が欲しいと話していた時期があったなと広は昔の事を思い出した。
結奈は違う、本物の妹がいるのだと。
「それより広、嘘ってなに? なにか知ってんの?」
織斗の質問に、広はゆっくりと視線をそらす。
「……テスト暗記しとけよ」
「え、ちょ……広、なにか知ってるな?」
「その紙に書いてあるやつ全部覚えたら満点だから」
「お前、知ってんだな!」
「知らない」
「嘘つくな、バレバレじゃねーか。なんで嘘って……」
ちょうどその時チャイムが鳴り、広が背を向けたので織斗は自分の席に戻った。
その後、何度も尋ねたが広は答えてくれなかった。
*
「嘘なの?」
夕方五時、織斗はベッドの上に寝転んでいた咲に尋ねた。
咲の部屋は織斗の隣に位置する。ベッドとラグマットが置かれた、それ以外何もない簡素な部屋。
「え? っ、と」
まさか急に、勝手にドアを開けられるとは思っていなかった。
無防備な姿勢でいた咲は腰をあげ、入口にいる織斗を見返す。
「嘘って何のこと、かな?」
「あ、その前に、いま時間大丈夫? 部屋入っていい?」
尋ねる順番が逆ではと思いながら、咲はベッドの端により織斗のスペースを作る。
織斗はドアを閉め、咲の隣に座った。
「病気で離れてたっての、嘘なの?」
「……どうして?」
「友達に、嘘だろって言われて」
「友達?」
「えーっと……」
話をしていて、織斗は自分が何を言っているかわからなくなってきた。
「ごめん。やっぱなんでもない」
片手をヒラヒラさせながら、視線をそらす。
不審に思った咲だが、それ以上追求しなかった。
「何もない部屋だな」
織斗の言葉に、咲は自分の部屋を見渡した。
八畳程のフローリングの洋室にベッドが一つとラグマットが一枚。
「これだけあれば十分だよ、不要なものは置きたくない」
「咲、やっぱ俺の部屋来ない?」
「……え?」
「このベッド、俺のと組み合わせて二段ベットになるって爺ちゃん言ってた。もともと二人で使う予定だったからって」
「私はいいけど……織斗くんは、それでいいの?」
「いいって何が? 兄妹だから一緒にいるべきだろ。それに俺、お前のこと知らないんだ。存在も知らなかった。二歳の時に別々になったから離れてた十五年、少しでも埋めたいじゃん?」
笑いながら言う織斗に、咲は思わず口元を押さえて下を向いた。
「あれ、どした? 嫌だった?」
「ちがっ、嫌じゃない……全然、嫌じゃない」
「じゃあ、決まりな。ベッド今から運ぶ?」
「私はいいけど……織斗くんの部屋……」
「あっ、散らかってるな! ……掃除しとく」
「うん……」
なんとも言えない沈黙に、織斗と咲は顔を背けた。
しばらくして、織斗が再び咲に向き直り、手を差し出した。
「てことで、これからよろしく。双子の妹にそう言うのも変だけど、よろしくな、咲」
満面の笑みに、咲はやや下を向きながら、恐る恐る手を伸ばす。
「よろしくね、織斗くん」
この状況が何だか恥ずかしくて、咲はやはり顔を上げず手を握り返した。
思ったより冷たいな、気持ちいいと織斗は思った。
思ったより暖かいな、心地いい、と咲は思った。
懐かしい、優しい感触だとお互い感じた。
*
翌日の昼休憩、事の顛末を伝えると広は飲んでいたお茶を吐く勢いで驚いた。
「え、ちょっと待て、今なんて言った?」
「だから、掃除が終わったら妹と同じ部屋になる。俺が兄ちゃんだから、二段ベットは俺が上って事で落ち着いた」
「二段ベット? なに、一緒の部屋で寝るの?」
「だからそう言ってるだろ。なに、驚くとこ?」
「え、驚くとこだろ? 俺がおかしいの?」
「大丈夫、あんたは正しいわ」
会話に割り込んできた声に、織斗と広はそちらを向く。
織斗たちが昼食をとっている机、牛乳パックの上にちょこんと、手のひらサイズの姫未が座っていた。
「私も散々言ったのよ、双子っていっても男女同じ部屋ってどうなの、って」
腕を組み、怒ったように姫未が言う。織斗はまたかという風にため息をつき、目を合わせないようにした。
「それはそうだが……お前、何してる?」
「何って、話に混ざってる?」
「そうじゃなくて、何故学校にいる? 俺は神木の敵なんだから、気安く話しかけるなよ」
厳しい視線を送る広だが、姫未はニコニコ笑うだけで相手にしていなかった。
「ひ、広、知ってると思うけど姫未の姿は俺たち以外には見えてないからな?」
広はハッとしてあたりを見渡した。室内は騒がしく、話を聞いている者はいなかった。
これ以上相手にすまいと顔を背けるが、姫未は再び広に話しかける。
「昼間は敵じゃないんでしょ? だったら私とも仲良くしていいと思わない? ねぇ緋真の当主、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるわけないだろ! というか、話しかけてくるな!」
今度は立ち上がり大声で叫んだ。
教室中の視線を浴びる広を、織斗は苦笑いで見つめた。
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