第15話 兄妹とその親友 ⑥
翌日の午後四時、織斗は昔通っていた中学校の正門にきていた。
下校する中学生たちがチラチラと織斗をみる。
何人か通り過ぎたところで、織斗は一人の少女に目を奪われた。他の生徒とは明らかに違う、腰まで伸びる艶やかな黒髪に雪肌、そこに存在しているだけで異彩を放つ、幼さの中に美しさが宿る少女。
織斗が探していた緋真の家臣、桐生あやめだ。
「よお、お疲れ」
駆け寄ると、あやめは伏し目がちだった長い瞼をあげた。
織斗の姿を認め、迷惑そうな顔をして足を止める。
「何してるんですか? 勉学についていけなくて中学からやり直すんですか? 職員室は中ですよ」
「いや、じゃなくて! おまえ、クールな上に毒舌かよ、性格も広そっくりだな」
「従兄妹ですから」
「いとこ?」
「あ、今のなしで。で、なにか用ですか?」
表情を変えないまま淡々と話をするあやめ。チラッと周囲を見渡したあと、「場所変えません?」と提案した。
「あぁ、悪い。ちょっと歩くけど、いいか?」
あやめは無言で頷き、織斗の後について歩いた。およそ一メートルの距離、攻撃されないか警戒した織斗だがあやめにその様子はなく、静かに道を歩いた。
繁華街と住宅街、そして空地が多数ある場所を抜けて小高い山の麓にたどり着いた。まるで神社に続く道のような、木々に囲まれた階段を登る。
不思議なほど、あやめは静かだった。
最上段を登り切ると、小さな公園に着いた。ベンチと砂場と小さなブランコしかなく、手入れもされていない。
人がいることが稀な静かな公園。
誰もいないそこで、織斗は長椅子のベンチに腰掛ける。
あやめはベンチの前で足を止め、織斗を見下ろした。
「すごく歩きましたね」
「え?」
「ちょっと歩く、とあなた言っていたので」
「あ、悪い」
「別に、気にしてませんが」
あやめは持っていた鞄をベンチに放り投げ、ブランコに向かって歩き出した。
どかっとそこに腰掛け、両手で鎖を握る。
「それで、用ってなんですか?」
ブランコを揺らしながらあやめが言う。
織斗はベンチに座ったまま、話を切り出す。
「広と話がしたいんだけど、学校じゃ取り合ってもらえないからさ」
「そうでしょうね」
「あぁ、だからさ」
キィーッとブランコの揺れる音、シュルッと銀色の糸が鎖を伝った。
「人質とれば、対等に話できると思って」
鎖を握るあやめの手首、そして腰には長い銀色の糸が巻きついていた。
糸の先には、獣の仮面を被った咲の姿。
あやめは背後にいる咲を一瞥し、織斗に視線を戻す。
「なるほど、私が人質ですか」
「騙して悪いな」
「いえ? 最初からそのつもりでしたから」
「そのつもり?」
「あ、その前に一つ、言っておきたいことがあります」
「なに?」
「当主様は緋真の家臣を……私たちのことを、家族として見てくれていますよ」
「…………」
「言葉にはしないけれどちゃんと、当主様は私たちを見てくれています。あなたも、いえあなたの方が、わかっていますよね?」
「俺は広と付き合い長いからな。言葉の裏の裏の、裏の裏側までわかってる」
「……七百二十度回って表に返りましたけど?」
「……え? ん?」
「いいです、もう。それより、当主様と話をしてくれるんでしょう?」
「話というか、きっかけを作るというか」
「肩入れします、今回だけ」
「……かたいれ?」
「けじめをつけるべきだと思います、どちらにしても。で、私を人質にどのような話をするつもりですか?」
拘束されたまま、軽くブランコを揺らすあやめ。
織斗は拳を握り、ベンチから立ちがった。
*
[あやめを返してほしければ街の丘公園に来い]
連絡を入れてから十五分もしないうちに制服姿の広が来た。
まだ学校にいるだろうから三十分はかかると予想してベンチに寝そべっていた織斗は慌てて起き上がる。
よく見比べれば似た二人だった、広とあやめ。
艶やかな黒髪に、同じ色の瞳、彫刻の様に美しい顔立ちと陶器の肌。
「従兄妹……」
織斗の言葉に眉をひそめた広は、ブランコに座るあやめと、彼女を糸で拘束している仮面の少女に視線を向けた。
「あやめ、捕まったのか?」
「そうですね」
「おまえが?」
「この人よりは弱いですから」
あやめは背後に立つ咲を指差した。
獣の仮面をしているせいで、咲の表情は見えない。
「……そいつに関する情報は?」
「あ、忘れてました。わかりません。顔も見えませんしね」
淡々と語るあやめの言葉に広はもう一度ため息をつき、織斗に目を向けた。
「どういうつもりだ、神木当主」
「え、あ、俺のことか。広に苗字で呼ばれるの変な感じだな」
「今までが嘘だったからな」
「嘘?」
「俺は緋真でおまえは神木だ、生まれ落ちた瞬間から敵だった」
「そうかもな、よく知らねーけど」
「知らないって……」
「緋真と戦ってた神木家はなくなったんだよ。俺は普通の人間として育ってきたし、神木とか緋真とか術とか知らなかった。つか、未だにあんま興味ねぇ」
「おまえ……」
「でも緋真がそうじゃないなら、そっちが俺らと戦いたいなら、それは仕方ないと思う。受け入れるよ」
「ようやく理解したか、じゃあ……」
「でも、友だちなのは続けないか?」
「……は?」
「俺は知らなかったんだ、神木とか緋真とか。広だってそうだろ? 封印解くまで、俺が敵だなんて知らなかっただろ?」
「そうだが、敵とわかった以上今までのようには……」
「じゃあ、俺らは敵になる前に友だちだったんだよ。敵になったことより、友だちになったことの方が先じゃん」
「……いや、敵になったことの方が、先だろ。生まれる前、千二百年以上前から……」
「それは神木家って大きな単位の話だろ? 俺はいま個人、神木織斗として広と話してんだ」
「…………意味が、わからない」
本当に。と、広が小さな声で呟いた。
「緋真と神木の因縁の歴史は千二百年で、俺たちが出会ったのはほんの十年前だ。千二百と十じゃ重みが違う」
「だから、何で千二百って単位が出てくんの? 今は俺たち個人の話してんだから」
「個人……緋真は個々の人権より、家憲が優先されて……」
「あぁ、らしいな。だから、ぶっ壊そう」
俯いていた広が、顔を上げた。
ケラケラと笑みを浮かべた織斗が、話を続ける。
「俺たちの代でぶっ壊そう、家訓。二族間の戦いを」
「壊す……って」
「そのためにまず、勝負して欲しいんだけど」
「……勝負?」
織斗はズボンのポケットから、青と赤の糸を取り出し広に見せつけた。
広は呆けたまま、紐を受け取る。
「その紐をお互い、左腕に巻いて戦う。紐をとられたり、切れて腕から外れたりしたら負け。最後まで腕の紐を守りきったほうが勝ちってルール、どう?」
「……何の話だ?」
「あ、トランプ使うのはなしな。術に関しては俺勝てる気しねーから」
「だから、いや、何でそんなことしなきゃならない?」
「俺が勝ったら、戦う時間を指定させて欲しいんだ」
「時間を、指定?」
「敵として戦うのは夜だけにして、昼間の太陽が出ている時間は今までどおり友達として過ごして欲しい」
「……で、俺が勝ったらあやめを解放するってわけか。割にあわないな」
広はポケットに手を入れ、ケースからトランプを数枚取り出した。
「あ、ずるいぞ、広。だから術使うのは」
「早い話、」
取り出したトランプで、広は青白い日本刀を作り出した。
片手でそれを持ち、シュッと一振りする。
「力づくで、取り返せばいいだけのことだろ?」
「それはダメだ……いや、ちょっと待て! うそ、待って!」
予想していなかった展開に慌てて自分のトランプを取り出す織斗。
しかし手が震え、数枚が地面に落ちてしまった。
手を伸ばす織斗だが、触れるより先に他の手がトランプを掴んだ。
「大事にしなよ、神木のトウシュさん」
トランプを拾った相手が、織斗にそれを差し出す。
「あ、ああ、ありがと」
織斗はトランプを受け取り、目の前に現れた少年を見た。薄紫の直垂を着た十五歳くらいの少年。現代離れした衣装と、紫色の髪の色。
人間ではないことは一目でわかった。
「
広が呟くと、時雨と呼ばれた和装の少年は朗らかに微笑む。
「暴力的解決は良くないな、ヒロ」
「何しに来た?」
「別に、面白いことがあるから来てみたらって誘われて」
「誘われた?」
誰に、と聞こうとして、広はその場にいない手のひらサイズの和装少女のことを思い出した。
「勝負くらいやってあげたら? ヒロが勝てばいいことなんだし。あ、神木のトウシュさん、初めまして」
突然、思い出したかのように時雨は織斗に視線を戻した。
「え、あ、初めてまして」
「緋真の従者やってます、時雨です」
「ひさなの……従者? 身体でかくね? 姫未はこんな小ちゃいのに」
「あの人はねぇー、ワガママだからどんどん小さくなっていったんだよね」
「わがままだから小さくなった?」
追求しようとした織斗だが、ブチっと手に持っていた紐を奪われて正面に向き直った。
「手首に巻けばいいのか?」
青色の紐を眺めながら言う広。
織斗は手の中に残る赤い糸を確認し、「ああ!」と返事した。
「広、勝負してくれるんだな!」
「変に告げ口されても困るからな」
左手首に紐を結び、広は時雨を睨む。
「そうだね、オレは口が軽いから」
微笑みを見せる時雨。
広はそれ以上相手にせず、織斗に目線を戻した。
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