第14話 兄妹とその親友 ⑤
*
翌日もやはり、広の機嫌は悪かった。
さすがにゲームはしていないが、話しかけるなオーラが凄く、一日中誰とも会話しなかった。
教師でさえ、広への指名は避けていたほどである。
それが二日続き、織斗までもが教室に居づらくなった。
「女子がうるせーんだよ!」
夜、咲の部屋にきた織斗がベッドに腰掛けて叫んだ。
学校での出来事た。
広の機嫌が悪いのは織斗のせいだと思い込んでいる女子が、とうとう織斗に詰め寄り始めた。違うクラスの者まで覗きに来る始末。
「友達もさ、早く謝れとか言ってくるし。確かに俺の関係ではあるけど、違うだろーがぁ!」
「……楽しそうですね、当主様」
織斗の隣に腰掛ける咲が、遠慮がちに言った。
途端、織斗が不満そうな顔を咲に向ける。
「楽しいわけないだろ、疲れる!」
「……そうですか」
「つーか、神木と緋真が敵で仲悪いってのはわかるけど、俺たち関係なくない? 今まで通りでよくない?」
「当主様は神木のトップですから。向こうは緋真のトップだし」
「咲もさぁ、その当主様ってのやめろ」
「そうですね……え?」
「織斗って呼び捨てでいいから。あ、急に話変えてごめん。あと、敬語も禁止」
「そういうわけには……」
「俺と広が家柄どうこう以前に友だちだったように、俺と咲は普通に双子の兄妹なんだよ。当主様とか敬語とか、俺が嫌だからやめて欲しい」
「じゃあ、お兄様で」
「どこの貴族だよ!」
「織斗、くんで」
「…………」
お兄ちゃんって選択肢はないのか。まあ結奈と被るからいいかと、心の中で思った織斗だが声には出さなかった。
「それで広のことだけどさぁ」
「あ、話し戻るんですね」
「あ、悪い……敬語!」
「すみま……ごめん」
「今までは普通だったんだよ。それが急に敵とか……この先ずっとこんな感じで生きて行くなんて、無理すぎだろ」
「じゃあ、変えればいいんじゃないですか?」
「……? いや、敬語」
「ごめ……えっと、今の状態が嫌なら自分で何とかするしかないでしょ?」
「何とかって?」
「それは織斗くんが、自分で考えるべきだと思うけど」
「……なにいってんの?」
「あ、えっと……えーっと」
咲自身、なにを言っているかわからなくなってきていた。
向かい合って深呼吸し、再び互いの顔を見つめる。
「今の織斗くんにはね、正しい未来を選ぶ力があると思う」
「正しい未来?」
「織斗くん、楽しそうだから」
「俺いま、絶不幸中、めっちゃ悩んでんだけど」
「あ、今ってそういう意味じゃなくて……私の想像では、神木当主様はもっと暗い人だと思ってた」
「暗い? 俺が?」
「私が暮らしてた神木の親族宅は、家憲がどうとかで私に対して厳しかったし……本家はもっと、陰鬱なんだと思ってた」
「難しいこと苦手だからな、俺は」
「だから、織斗くんは選ぶ力がある。私や緋真の当主と違ってキラキラ輝いてるから、見てる景色が違う、明るい方へ進んでいける人だから……織斗くんの選んだ未来にはきっと、正しい選択肢があるって、そう思う」
「……短くまとめると?」
「今までの人生を省みて、織斗くんが一番良い方法を選べばいいと思う。悩んで考えて、納得して、自分で選んだならそれは絶対、後悔がないと思うから」
「……結局、なんのアドバイスにもなってないな」
ケラケラっと笑った織斗が、天井を見上げた。
「ま、そうだな……俺の問題だもんな。自分で考えないと。当主だしな」
「それに織斗くん、そんなに悩んでないでしょ? 答え、決まってるよね?」
咲の言葉に面食らった織斗だが、ふっと小さく笑声を漏らして俯いた。
「そうだな、答えというか……進みたい方向は、決まってる」
「じゃあそれを、綺麗に一つずつまとめて形にしていこう。あ、その前に一つ、いいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「織斗くん、最初の日のこと覚えてる? 封印を解いた日のこと」
首を傾げる織斗に、咲がそっと耳打ちした。
「本当はね、内緒なんだけどね……」
なんだろうと耳を傾けていた織斗だが、途中で内容が信じられず、咲の方へ向き直った。
*
咲の話を聞いたあと、織斗は頭を抑えながら自分の部屋に戻った。
なぜ疑問に思わなかったんだろう、なぜ深く追求しなかったんだろう。
織斗はベッドに腰掛けて深呼吸を一つした。
「ちょっと聞きたいことあんだけど、姫未」
名前を呼ぶとふわっと、緋色の衣をまとった小さな着物の少女が姿を現した。
「咲ちゃんとのお話は終わったの?」
姫未は机の上にあった消しゴムに、膝を組んでちょこんと座る。
「咲に色々説明してくれたみたいだな、俺が封印を解いた時のこととか、神木の現状や小学校時代からの幼馴染が親友だとか」
「まあねー、咲ちゃん家にいるからお互いヒマだし」
「おまえ、なんで俺の幼馴染の話知ってんの?」
「……え?」
「俺、そんな話したっけ?」
「緋真の当主のことでしょ? 話してたわよ、学校に頭いい友達がいて、勉強教えてくれるって」
「だから、その学校にいる親友イコール幼馴染だって俺、姫未に話たか? 小学校の時からずっと同じクラスで仲よくやってきたとか」
「…………」
「単刀直入に聞く。姫未おまえ、広と話したよな? 初日、俺が封印解いた日に。よく考えたらそのサイズの姫未が俺を家まで運ぶなんて無理……広だよな?」
「その話を、咲ちゃんとしてたの?」
姫未は諦めたように目を閉じ、ため息をついた。
「だから敵の正体は言えないっていったの。私も元助も」
姫未はゆっくりと、あの日の話を始めた。
*
最初の戦いを終え、公園のベンチで眠り込んでしまった織斗。
戦闘中は他人が近づくことはないが、しばらくすると人通りが元に戻る。
「どうしよう、誰かが気づいて救急車呼ばれても面倒だし、でもこのままってのも……」
「寝てるくらいで救急車呼ばないだろ」
すっと、姫未の横を抜けて織斗に近寄る人影。
「初めまして、神木の従者」
広は織斗の傍に座り、姫未に軽く会釈した。
「うちの従者は普通の人間と変わらないんだけど、なんであんたそんな小さいの?」
「従者……その顔、緋真の」
「
「え、あ、よろしく」
姫未に微笑んだ後、広は眠っている織斗を見た。
「封印しちゃったんだな、織斗」
「仕掛けてきたのはそっちでしょ?」
「……今回のは家臣が勝手にやったことだ、俺は知らなかった」
「そんなわけないでしょ。術は当主の血がないと使えないし、そもそも織斗が神木だって知らないでしょ?」
「俺の不在時はあやめに監視任せてたんだけど、人の多い場所でトランプ出したらしいな、こいつ。神木が誰か知らなくても、俺のと対になるトランプ持ってればそいつが敵の当主だってわかるだろ」
「でも血は……」
「健康診断のときの採血が抜き取られてるなんて思わないだろ、普通」
「じゃあ本当に、今回のはさっきの子の独断なの?」
「だから、俺は知らなかったと言ってる。家臣が術を使ってることに気づいたから、慌てて帰ってきた。まあ、手遅れだったけど」
そう言って広は織斗を背中に担いだ。
「鞄もてるか?」
「え?」
「家まで連れて帰る。すぐそこだから、頑張って運んでくれ」
ベンチにある鞄に目配せし、広は織斗を背負って歩きだした。
「ちょっとまって……ていうか重い!」
自分より大きな鞄を両手で抱え、姫未は必死に広と織斗についていった。
玄関のベルを鳴らし、ドアを開けたのは元助だった。織斗を背負う広、そして姫未の姿を見て驚きの声をあげる。
織斗が封印を解いたことによって、元当主の元助にも緋真の記憶が戻っていた。
「広くん……」
「お久しぶりです、お爺さん」
「最近遊びに来ないと思っていたが、そういうことだったか」
「そういうことですね」
「織斗を無傷でここに連れてきたということは、戦う意思はないということか」
「ありません、今は。織斗を下ろしてこの家を出たら、話は別ですけど」
「なあ、広くん。緋真のことだから、神木が崩壊したことはすぐに調べがつくだろう? 神木にはもう、君らと戦う意思はない」
「そうですか」
「……やめないか、二族間の戦いを」
「それは無理ですね。そんなこと言えるわけがない。それにさっき、緋真の人間が織斗に封印されました」
「封印? 織斗が?」
「そちらの従者の指示によって」
広が横目で姫未を見る。
姫未はビクッと肩を震わせた。
「だって神木と緋真ってそういう関係じゃない」
「責めてるわけじゃない。仕方ないとは思ってるし、今回のことがなくてもきっと緋真の人間は神木を襲うことをやめない。これから家臣が織斗と戦うことになると思います」
「織斗は当主だ。ただの家臣には負けんと思うが、広くんはそれでいいのか?」
「封印されるとわかってて戦いを挑むんです、うちの家臣は。バカは止められない」
「そうじゃなくて、それもあるが……最終的に戦うのは広くん。織斗と君は敵になるんだぞ」
「わかっています。封印を解いた日からそれは覚悟してました。俺は緋真で、こいつは神木ですから」
「……上まで運んでくれ。織斗が目を覚ましたら、わしから説明しておく」
「あ、それなんですけど、一つだけ我侭いってもいいですか?」
靴を脱ぎながら広が言った。
元助は首をかしげ、振り返る。
「俺が敵だってこと、自分の口で言っていいですか? けじめっていうのかな、俺からちゃんと、言いたいんです」
「…………」
元助は呆れたようにため息をつき、広の目を見た。
「広くん、君のことはわしもよく知っている」
「はい、お世話になりました」
「ここに緋真の人間はおらん、告げ口する人間も。その上で質問する。織斗のことはどう思っている?」
「親友になれるかもしれないと、思ってました」
「……もういい、織斗を置いたら勝手に出て行ってくれ」
そういうと、元助は足早にリビングに向かいドアを閉めた。
広は深くお辞儀をし、織斗を二階の部屋に運ぶ。
*
織斗を置いてすぐに帰ろうとした広だが、ドアの前にいる姫未に邪魔されて叶わなかった。
広は諦めて椅子に腰掛ける。
「友達だったんだ」
「友達?」
「小学校に入学するとき、京都からこっちにきた。俺、人付き合い下手で織斗しか話し相手いなかったから自然と仲良くなった。クラスもずっと一緒だったし」
「でも、緋真の方は神木みたいに記憶が無くなってたわけじゃないんでしょ?」
「いや? 神木は知らないだろうけど、緋真のトランプも行方不明になってたんだ」
「…………え?」
「修学旅行の時にトランプ受け取ったんだよな、織斗。俺も同じ、京都でトランプをもらって、その日のうちに開けて封印を解いた」
「どうして緋真のトランプまで……」
「理由はわからない。緋真の能力や記憶の一部がトランプの中に封印されてたみたいで、神木織斗が敵だとはわからなかった、二年前の修学旅行の日までは。旅行どころじゃなかった、帰ろうかと思った」
目元を押さえ、当時を振り返る広。
手のひらが顔を覆っているため、表情はわからなかった。
「あんたは、織斗と友達でいたいの?」
「個人の意思よりも家憲が優先される、緋真はそんなところだって知ってるだろ? 特に父様はそういうとこ厳しいから」
「緋真孝幸か、何回か見たことあるけど、いつも眉間にシワ寄せてて怖い印象しかないな」
「だいたいあってる」
広はクスクス笑い、顔をあげて織斗を見た。
「幸いだったのは、敵一族が神木家だと認識出来ていたのは俺だけだったこと。ならこのままでいいじゃないかと思った。緋真も神木も関係ない、ただの友人として、織斗が封印を解いて術力を取り戻すまで、家臣が神木を敵と認識するまでは今までと同じで。この状態が続けばいいと思ってたのに、うまくいかないな」
苦笑いをしてみせる広。ひとしきり笑ったあと、姫未をみて「他に疑問は?」と尋ねた。
「……ない。わからないことはしーちゃんに聞く」
「時雨か……一族は敵なのに、なんで従者同士は仲良しなんだよ」
広は立ち上がり、部屋のドアノブに手をかけた。
「そうだ、今日のことは織斗には言わないでくれ」
「……は? え?」
「よろしく」
一方的に告げ、ドアを閉める広。取り残された姫未は「自分勝手!」と怒りを見せ、机の上に座った。
窓の外、曇り空を見上げながら。
*
「……濃いな」
姫未の回想を聞いた織斗が呟いた。
「濃いってなによ」
「俺が寝てる間にそんな話してた、つか広来てたんだな。中学の時ぶり」
「術力を手に入れてからこの家には近寄らなかったって言ってたよ」
「そう言われれば、修学旅行終わってからは来なくなったな。受験勉強も学校とか図書館でやってたし。いや、それにしても……濃い」
はーっと、大きく息を吐く織斗。
目元に手を当て、もう一度深呼吸した。
「俺さ、この三日間で気づいたことがあるんだ」
「なに?」
「広がいなくても生きていけるけど、そうなるとテストかやばい」
「勉強してないからでしょ? 織斗が机に座ってるとこみたことないんだけど」
「……それは一旦、置いておこう。別にこのままでもいいかもしれないんだけど……楽しくなくなるかもな、人生が」
「大袈裟ね。人一人と縁切ったくらいで」
「誰かと縁を切るってことは、そういうことだろ。繋がってた、大切だと思ってた人と別れるってことは、人生が変わるってことだ」
「……いいこと言うじゃん。勉強できないくせに」
「な? 今の俺、マジで冴えてる……考えようか、正しいと思える未来の選択を。自分の意思で、悔いがないように」
項垂れて再度、織斗はため息を吐いた。
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