第13話 兄妹とその親友 ④

 咲を連れて自宅に戻った織斗。ソファに寝転がっていた祖父、元助を引っ張り、リビングのテーブルに座った。

 織斗と咲が隣に座り、その向かい側に元助。


「なんだ、織斗。彼女か?」


 咲をみた元助が尋ねる。咲はビクッと肩を震わせ、視線を逸らした。


「んなわけねーだろ。つか、爺ちゃん知らねーの?」

「何がだ?」

「こいつ、俺の妹だって言ってんだけど」


 織斗の言葉に、元助は息を飲んだ。


「妹って、まさか……」

「咲って名前らしいんだけど」

「さき?」

「双子なんだよな」

「あ、はい」

「さっき一緒に戦ってくれたんだけど、神木の術印使ってた。ナンバーズなんだよな?」

「はい、たぶん。神木の力が解放されたことに、何となく気づいて術も使えるようになって」

「ほら、こいつ最初から術の使い方とか、あと神木一族の事とか知ってたんだ。神木の親族には変わりないだろ」

「そうだな……目元と口元が、母親に似ている」


 その言葉に、織斗は仏間にある母親の写真を思い浮かべた。

 隣に座る咲と比べてみるが、よくわからない。


「じゃあ、やっぱり俺の妹なの?」

「……たしかに。おまえには双子の妹がいる」

「そうか、よかったな!」


 織斗に肩を叩かれた咲が、なんとも言えない表情で微笑む。


「でも、俺、双子の妹がいるなんて知らなかったんだけど、何で黙ってたの?」

「……サキ、だったよな?」

「え? 私の名前ですか? ……はい」

「なんだよ、爺ちゃん。孫の名前くらい覚えてるだろ? まさかそれも忘れてた?」

「サキは、身体が弱くて。都会の空気はよくないだろうと、地方の親戚に預けていた」

「俺の話は無視かよ。いいけど」

「それで、長くは生きれないと言われていたから、織斗には黙っていた。両親を失った上に双子の妹までとはあまりにもと思って」

「なんだ、それ。言わない方がどうかしてるだろ。で、今は大丈夫なの?」

「…………」

「おい、咲、今は身体大丈夫なのかって」

「え? ああ、はい……病気は、してない……全然。元気です」

「なら良かった」

「……はい」


 下を向いて返事をする咲。

 膝の上で握る拳が、少し震えていた。





 納戸に新しいベッドがあると元助から聞き、織斗はさっそくそれを自分の部屋で組み立て始めた。


「それで、咲ちゃんはこの家で暮らすことになったの?」


 机の上に座る姫未が尋ねる。

 織斗は作業を続けながら、「まあな」と答えた。


「岡山で暮らしてたんだっけ?」

「すげー田舎らしい。で、俺が封印解いたことに気づいてこっちにきたって」

「ナンバーズにはそういう察知能力あるからね。これからまた新しい子が来るかもね」

「そしたら部屋足りなくなるな、結奈の家に置いてもらうか」

「みんなでこの家で暮らすの? ていうか、咲ちゃんはこの部屋で寝るの?」

「え?」


 組み立てたベッドを、織斗は自分のそれと合わせて二段ベッドにしようとしていた。

 姫未に言われ、首を傾げる。


「これ、二段ベッドにできるって爺ちゃんが」

「そうじゃなくて、同じ部屋ってありえなくない? 双子って言っても男女でしょ 高校生でしょ? ていうか咲ちゃん学校は? 転校するの?」

「……なんか、現実的な問題が次々と」

「当たり前でしょ、なにユルユルにしようとしてんの?」

「それいうなら、俺の部屋を自由に出入りする姫未だって」

「私はマスコットだからいいの!」


 その時、部屋のドアが開いて咲が部屋に入ってきた。

 服がないからと貸した、織斗の中学時代の体操服。百五十九センチの咲には大きくて、着られている感じになっていた。

 彼シャツならぬ、兄シャツ。

 首を傾げる咲の、乾かしていない髪から水が滴り落ちる。


「二段ベッド……ですか?」

「あ、いや」

「じゃあ、私は下ですね」

「何でだよ! 俺が下のつもりだったから!」

「当主様の上では寝れません。あ、組み立てるの手伝います」

「俺だって、女のおまえの上で……」

「だーかーらー、なんで二段ベッドなの? ていうか、部屋別々にしたら?」


 姫未の提案で、組み立てたベッドを隣の部屋に運び込む。

 一人で持ち上げようとした織斗だが、咲が当然のように反対側を持つ。


「大丈夫ですか? 私一人で運べますけど」

「いやいや女一人に……おまえ、力あるな」

「田舎で暮らしてましたから」

「…………」


 田舎で暮らすことと力持ちなことが繋がらなかった織斗だが、黙ってベッドを運んだ。


「そういえば咲、学校はどうすんの?」

「行ってません」

「……は?」


 物置となっている部屋にベッドを置き、咲は丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございました」

「あ、いや、それはいいんだけど」

「部屋のレイアウト、変えてもいいですか?」

「それは自由に、咲の部屋だから」

「ありがとうございます。先にお風呂頂いてすみませんでした、当主様もゆっくりお休みください」

「あ、あぁ……じゃあ」


 追い出されるような形で織斗は咲の部屋を後にする。

 自室に戻ると、姫未が枕の上に寝転んでいた。


「おい……おい」

「なによー、私身体小さいんだから、手伝えないわよ」

「そうじゃなくて、くつろぎすぎだろ」


 ベッドの上に腰を下ろす織斗。

 姫未はうつ伏せになり、肘をついて織斗を見上げた。


「仲良くやっていけそう?」

「どうだろうな。聞きたいことは色々あるけど、話しかけづらい」

「まあ、簡単に家にあげて簡単に一緒に暮らすなんて、どうかしてると思うけどね」

「……姫未、なんか怒ってる?」


 姫未は目を丸くした後、フッと笑った。


「ヒロインの座を奪われちゃったなーと思って」

「え、そんなこと? いやいや、咲は妹だし」

「でも咲ちゃん可愛いでしょ?」

「……何で嫉妬してんの?」


 その質問に姫未は答えなかった。

 ふふっと小さく笑ったあと、枕に顔を埋める。


「でもまあ、別の部屋にしたから許してあげる」

「それはおまえが男女は別々って」

「咲ちゃんいたら、私自由にこの部屋入らなくなっちゃうじゃない」

「……嫉妬してんの?」


 姫未はいたずらに笑うだけで、答えようとはしなかった。





 翌日、学校に向かうといつも通り敵に襲われた。

 戦おうとした織斗だが、咲が現れてあっという間に糸で敵を拘束した。

 封印は任せると言われ、織斗は身動きできない相手にジョーカーを押し付けて封印した。

 そしていつもより早い時間に学校に着いた。


「あれ、神木早いね!」


 教室に入ってすぐ近寄ってきたのは、クラスメイトの川谷かわやだった。


「よかったー、みんな困ってるんだよ!」


 そう言いながら川谷が指を差すのは、自席に座ってスマホを叩いている広の姿。指の動きからして、パズルゲームらしきものをしているのだろう。

 黙認されてはいるが、校則では校内のスマホ使用は禁止となっている。

 あれだけ堂々としているにも関わらず誰も注意しないのは、纏うオーラが真っ黒だからだろう。


「すげー苛立ってんな……」

「怖いよな、今日の緋真!」


 ケラケラっと陽気に笑う川谷からは、恐怖心など微塵も感じられない。


「神木さぁ、何とか言ってきてよ」

「なんで俺が……いや、マジでなんで?」

「仲良いだろ、神木と緋真」

「放っておくのも優しさだと思う」

「クラスの雰囲気が悪くなるんだよ。あれだけ堂々としてたら、先生も困るだろうし。俺としてはゲームしる緋真、レアキャラすぎて面白いんだけど」

「……川谷はいいな、人生楽しそうで」


 不機嫌の原因は自分、神木と緋真の関係にあることは明らかだ。

 気乗りしない織斗だが、川谷に背中を押され、広の席へ向かった。

 チラチラと、教室中の視線が織斗に集まる。


「なぁ、広……学校でスマホは……」

「問題ない。許可を得ている」

「許可? え?」

「それよりお前、よく気軽に俺に話しかけてきたな」

「いや、だってみんなが……」

「雰囲気が悪くなるなら帰ろう。そしてお前は二度と、俺に話しかけるな」


 大袈裟にスマホを机に叩きつけ、広は席を立ち上がった。

 鞄の中に教科書とスマホを詰め込み、無言で教室を出て行く。

 誰も声をかけることが出来ず、むしろ全員が教室の隅に逃げて彼の通り道を避けた。


「……喧嘩でもしたの?」


 ぽんっと、織斗の肩に川谷の手が乗る。


「喧嘩ってか……対立つーか……」

「ま、テキトーなとこで謝っとけよ! 緋真の機嫌悪いと、ろくなことないから」

「いやいや、俺が悪いわけじゃないし。なんで謝らないと……」


 顔を上げた織斗は、クラス中の視線が自分に集まっていることに気がついた。

 なにがあったんだと心配そうな男子の目と、『緋真くんに何したの、謝れ!』という女子の視線。

 全員がそう思っているわけではないと思うが。


「ろくなことないな、マジで……はぁ」


 ため息をついて広の席を見つめた。

 空っぽになった机と椅子。

 今日はもう、話出来そうにない。


「つーか許可を得てるって……学校でゲームしていいって? んなわけねーだろ、何特権だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る