第10話 兄妹とその親友 ①



 神木かみき織斗しきとがお送りします!


 今日は小学校時代からの幼なじみ、緋真ひさなひろについて話をしよう。

 まず、広の実家である緋真本家は京都にある。


 緋真家は一族同士の結束が強く血族婚は当たり前、何をするにもまず本家がそれに絡む。

 病院や学校など様々な事業を手がけており政界との繋がりもあると言われているが、本家以外の者は緋真を名乗らず別姓で活動しているため、その規模は一族を管理している本家にしかわからない。


 血を守ることに従順で、戒律も厳しい。


 広はその緋真本家の長男として生まれ、

 小学校入学と同時に分家のある東京に越してきた。





 織斗の従妹である市原いちはら結奈ゆなが術力に目覚めた翌日、織斗は久しぶりに朝のホームルームが始まる前に登校していた。


「珍しいな、織斗がこの時間にいるなんて」


 教室に入ろうとしたとき声をかけられ、振り返るとすぐ後ろに広が立っていた。


「びっ、くりした! 驚かすなよ、広!」

「あぁ、悪い。小さくて見えなかった」

「いやいやいや。俺、この前の身体測定で百七十超えてたからな?」

「そうか。俺は百七十八だった」

「……くそっ! 不平等が!」


 肩を叩こうとするが、易々とかわされてしまった。

 もう一発入れようとした織斗だが、廊下の向こうに結奈の姿が見えて手を止めた。


「お兄ちゃん、鞄間違えてた!」

「え? マジで? ごめん、結奈」


 広を押し除けて、織斗は結奈に駆け寄る。

 合流したところで手元の鞄を見ると、クマのような猫のようなキャラクターのぬいぐるみがついていた。


「マジで……何で気づかなかったんだ、俺」

「困るんだよねぇ」


 結奈がぬいぐるみのついた鞄を取り、自分の持っていた鞄を織斗に押し付ける。


「お兄ちゃんが挙動不審な態度とって私にぶつかるから。それで入れ替わったんだよ、きっと」

「仕方ないだろ、敵が襲ってくるの警戒してたんだから」

「敵なんかいなかったじゃん」

「いつもはいるんだよ!」

「もしかして、それで最近遅刻してたの?」

「そうそれ! つか、その肩に乗ってんのって」


 織斗が首をかしげ、結奈の肩を指差す。


「ブラック?」


 結奈の肩には、十五センチほどになった手のひらサイズのブラックがいた。

 姫未と同じくらいの大きさで、羽をパタパタさせている。


「昨日お母さんに教えてもらったの。このサイズなら私の体力を消費せずに外に出ることができるんだって」

「結奈の飴袋は叔母さんが使ってた武器だったな。それより、こんな堂々と大丈夫なのか?」

「大丈夫? なにが?」

「それは俺も言った」


 織斗の問いに答えたのはブラックだった。

 ため息混じりに説明する。


「一般人に俺の姿は見えないけど、術師には見えるから外に出ない方がいいんじゃないかって。そしたら……」

「なるほど、敵発見機になるな!」


 ポンっと手を鳴らし、ひらめいた様に織斗が言う。

 ブラックは「は?」と、目を丸くして織斗を見た。


「一般人に見えなくて敵だけに見えるんだろ? じゃあ、ブラックの姿が見えるやつが敵ってことだ」

「そういうことなの、お兄ちゃん!」


 織斗と結奈はお互いに手を合わせハイタッチする。

 そんな二人をブラックは信じられないというような目で見つめ、やがて呆れてため息をついた。


「お前ら、アホなのか? 敵を発見する前にこっちが先に見つかるだろ」

「見つかるつーか、毎朝俺を狙って攻撃してくる時点で俺と結奈が神木だってバレてるだろ」

「それ言われると……」

「だから、ブラックと目が合ったやつが敵だ。結奈のこと頼むな」


 織斗は指でブラックの頭を撫でる。ブラックが指を振り払うが、織斗はそれを面白がってやめない。

 抵抗を諦めて「じゃあ、向こうにいる……」とブラックが話しかけたとき、チャイムが鳴った。


「放課後は敵来ないんだよね? じゃあお兄ちゃん、また後で!」

「おー、気をつけてな」


 大きく手を振り、織斗も踵を返す。

 廊下を走って教室まで戻ると出入り口のところに広が立っていて、じっと結奈の方を見ていた。


「なにしてんだよ、広。教室入れよ」

「ちょっと、気になることがあって」

「気になること?」

「思ったよりも小さいな……」

「小さ……あぁ、人形のこと?」

「人形?」

「結奈の鞄についてた猫かクマかわからないキーホルダーのやつ。ウケるよな」

「ウケはしないけど……結奈ちゃん、元気そうだな」

「あいつはいつも元気だろ。それより、邪魔だから早く入れよ」


 織斗に促され、教室に入る広。

 ポケットの中で響いたカチッという音は、織斗の耳に届いていなかった。





 放課後、織斗は授業が終わると同時に教室を飛び出した。

 朝のホームルームのとき、担任と目があったのだ。昨日の化学のテストかその前の英語か……教室に残っていたら呼び出されてしまうと思ったからだ。

 まだ誰もいない下足場で、黙々と靴を履き替える。


「なに急いでんの?」


 突然の声に、ビクッと肩を跳ねさせる織斗。

 振り返ると、背後に広が立っていた。


「だから! びっくりさせんなって!」

「驚かせたつもりはないんだけど」

「なにか用か? つーか広も早くね? ……鞄は?」

「俺はまだ、帰らないから」

「じゃあ何しに来たんだよ?」

「帰りは結奈ちゃんと一緒じゃないんだ?」

「結奈? あぁ、帰りは大丈夫だろうからって」

「へぇ……織斗、お前一人だけど、気をつけて帰れよ」

「女子じゃないんだから、気をつけるも何も……つーか、広、何かあったのか? テンション低くね?」

「……別に。強いて言うなら、さっき京都の実家……父様から連絡があった」

「実家の父親……また何か言われたのか?」


 広は答えず、僅かに目を細めた。

 少しの沈黙のあと、大きくため息を吐く。

 

「引き止めて悪かったな、気をつけて帰れよ」

「は? いや、マジで、何しに……って、無視かよ!」


 織斗の言葉を最後まで聞かず、廊下の角を曲がって姿を消した広。

 不審に思いながらも、織斗は下足場を後にした。


「実家か……父親とまた、なにか揉めたのかな?」


 その件に関する話題は、時々聞くことがあった。

 京都本家にいる父と気が合わない、と。


「でも家族なのに……つーか広の家、なんで別々に暮らしてんだろ、家族なのに」


 家族が一人しか、祖父しかいない自分にはわからない悩みだな。

 そんなことを考えながら、織斗は駅へと向かった。

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