第11話 兄妹とその親友 ②
学校を後にし、足早に電車に飛び乗った織斗。
住宅街を歩いていたとき、視界の隅をふわっと、緋色の衣が舞った。
「学校終わったのー?」
どこからともなく現れた姫未が、当然のように織斗の肩に乗る。
「どうだった?」
「あー……普通、だったな。北村美優の存在が消えてんのも、誰も気づいてなかった」
「普通だね」
「いや、普通ではないだろ。まぁ、結奈が元気そうだったからいいけど」
一般人に姫未の姿は見えないので小声で話をするが、住宅街に人の気配はなかった。
「なんかさ……この感じ、すげー慣れてるんだけど」
敵が現れる、戦闘が始まるのと同じ状況だった。
ついさっきまで人で賑わっていた場所が突然、静かになる。
織斗の予感は的中した。
突き当たりの曲がり角から現れたのは、艶やかな黒髪が美しい女子中学生。
「あ、この前の」
織斗が姫未と出会った日、初めて敵を封印した時に遠くからそれを眺めていた少女だ。
ストレートの艶やかな黒髪に、紺のセーラー服。幼いながらも、将来有望な美人を思わせる整った顔立ち。
瞳の色は漆黒を有していて、とても綺麗だった。
「
少女は丁寧に頭を下げる。
「あ、え? 神木織斗です」
つられて返事し、一礼する織斗。顔を上げると、あやめが手に持っていたかんざしを胸の前に突き出していた。
「かいいん」
あやめが呟くと同時、かんざしから水が飛び出した。
水は頭上で雲のような塊になり、織斗めがけて降り注ぐ。
「ダメよ、織斗! 火じゃ追いつかない!」
ハートを出そうと思った織斗だが、姫未の声で別のカードに切り替えた。
雨のように降り注ぐ大量の水は、辺り一帯のアスファルトを濡らした。
「……すげー」
避けている間に取り出したクラブのカードで、織斗は蔓の足場を作っていた。
あやめは無表情のまま、かんざしを地面に押し付けた。次の瞬間、いくつもの細い水柱がアスファルトを突き破って天に向かって上昇する。
それは織斗が足場としている蔓も例外ではなく、水柱の勢いで千切れた蔓はトランプの形に戻り消滅した。
「ちょ、ちょっと待て! 強すぎ、つーかレベル違いすぎ」
「ナンバーズの子ね、たぶん」
離れた場所から高みの見物をしている姫未が呑気そうに言う。
「強すぎだろ! 同じナンバーズでも、結奈とは比べ物にならない!」
「織斗たちは術が使えるようになったの最近でしょ? 向こうは二年前から術使えたし、それなりに訓練もしてきたんだから」
「二年前?」
思わず、よそ見をしてしまった。
その隙を狙って、水の塊が織斗の両手足を拘束する。
「え? ……あ、やべ、捕まった」
手首に張り付いた水の枷ごと、織斗は壁に押し付けられた。
身動きできず姫未を見上げると、彼女はブンブンと手を振った。
「あ、ダメダメ。私は戦いに参加できないルールになってるから。手助けできないわよ?」
「ルールって何だよ! つかお前、二年前ってなんでそんなこと知って……待ってこれ、抵抗できなかったらどうなんの?」
「封印されちゃうわね。当主である織斗が封印されるのはまずいんだけど」
「まずいんなら何とかしろよ!」
「うーん……」
姫未は顎に手を当て考える。
その間もあやめは織斗に歩み寄り、手を伸ばした。
「……っ」
しかし手が触れる直前、あやめの足元でパシャンと水が跳ねた。
足元の水が天に向かって突き上がり、織斗とあやめの間に壁を作る。
「なんだ?」
突然のことに理解が追いつかない織斗。
鼻の先に水滴が落ち、顔をあげると白い面を被った少女が織斗の頭上、壁の上に立っていた。
「……仮面の、女?」
華奢な身体つきに纏ったユルいティシャツと短パン。なぜ女とわかったかというと、色素の薄いふわふわの髪が肩まで伸びていたことと、胸元にはしっかりとした膨みがあったから。
赤い絵の具で目と鼻を描いたお面、ヒゲが生えていることから狐か狸か、獣の顔を象ったと思われる。
面の少女は織斗を一瞥したあと、ストンと地面に着地しあやめと向き合った。
「……水属性」
面の少女が指をくるくる回すと、指先から水が滴った。
地面を蹴って、あやめのほうに駆け出す。
あやめがかんざしを胸の前にかかげて水の壁を作るが、面の少女は壁の横をすり抜けた。
しゅるっとあやめに巻きつこうとする糸を、水の攻撃で弾き返す。
「解印」
あやめの言葉と共に、かんざしから出た水がその背中に張り付き、 羽のようになった。
トンッと地面を蹴り、まるで蝶のように空中を舞うあやめ。
しかし長くは続かず、水の羽が消えたことで地面に着地して面の少女と向き合った。
「……頭いいですね」
ため息混じりあやめが呟く。
身体には、キラキラした水の糸が巻き付いていた。地面に張り巡らせれていた糸が、あやめの着地と同時に彼女に巻き付いて身動きを封じたのだった。
見つめ合う面の少女とあやめ。
やがて面の少女が歩みを始めた。手首に巻いたリストバンドに指を当てる、そこには神木の家紋が赤い糸で刺繍されていた。
しかし次の瞬間、面の少女の足元で一枚のトランプが舞った。
「っ……」
トランプに気がついた面の少女が背後に飛ぶと同時、辺り一面が火で覆われた。
「は、なに? なに?」
パチパチと、散らばっていた糸が燃える音がする。
状況を理解しようと目を凝らす織斗だが、火の威力が強いせいで何も見えなかった。
「やば、これ。やばいこれっ!」
逃げようとした織斗だが、手首が引っ張られて動くことができなかった。
「いて……そういえば、水の塊に捕まってた」
何とか消す方法はないかと手首に目を向ける。だが、そこにあったのは水の枷ではなく緑色の蔓だった。
何十本もの蔓が壁から生え、織斗の手そして足を掴んでいる。
「……あれ? 水に捕まってた、はずなのに」
「あやめの術ならとっくに切れてる」
織斗の疑問に答えるように、頭上から声が聞こえた。
聞き覚えのある声に顔をあげようとする織斗だが、壁に押し付けられているせいで首がうまく回らかった。
「あやめ、生きてるか?」
壁上の声が炎の中に向かっていう。
徐々に威力が小さくなる炎の中から、片膝をつき頭を下げたあやめが姿を現した。
「お手を煩わせました、当主様」
「問題ない、この状況でよくやってくれた。問い詰めるべきは」
声の主が、手に持っていたトランプを右横に投げつける。トランプから炎が飛び出し、攻撃を仕掛けようとしていた面の少女の糸を焼き切った。
少女は糸を手放し、織斗の目の前に着地する。
「緋真の、当主」
「……ご名答。で、そっちは何者かな?」
「…………」
面の少女は答えない。
両手のリストバンドに隠していた針を指で握り、織斗に向かってそれを振りかざす。
「え、なに、なに?」
動揺した織斗だが、少女が狙ったのは手足を拘束している蔓だった。
蔓が千切れて自由になった織斗は、顔をあげて声の主を見つめる。
「…………ひろ」
声で気づいていた。
しかし姿を見て確信したことで、織斗が小さく呟いた。
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