第9話 One of the pieces ④
美優に絡み付いた蔓は一瞬で消えた。
ギロリと教室の出入り口を睨みつける美優。
その視線の先を追った結奈が、ぽつりと呟いた。
「お兄ちゃん……」
織斗は手に持っていたトランプケースを、ズボンのベルトに引っ掛けて差し込む。
結奈の無事を確認したあと、床に倒れている美優に目を向けた。
「プテラノドン……無理に力を解放したか、感情が暴走してるか……」
「ふっ……神木の当主のお出ましね。私にはもう、勝ち目がないわね」
美優の言葉に、織斗は眉を顰める。
「その姿になった時点で、お前の負けだろ」
「言ってくれるわね。醜いってのは自覚してるわ」
「……醜いとは思ってない。ただ、わけわかんねーとは思ってる」
カチッと、織斗がケースに手をかけると同時、美優が翼を広げた。
「解印」
美優の放つ風を得意の運動神経でかわし、ぶつかってくる翼はダイヤのカードでガードした。
唖然とその様子を見ていたブラックが、慌てて織斗に近づく。
「トランプってことは……あんた、当主か!」
「……え、なにおまえ? 人間? 羽生えてるけど……悪魔? えっ、めちゃくちゃかっこよくない?」
「いや……今はそれより……」
「あ、大丈夫。俺一人で倒せる。それよりお前、めちゃくちゃかっこよくない?」
ブラックの姿を認めた織斗は、子供のように目を輝かせた。目線はブラックに向けたまま、器用に美優の攻撃を避ける。
「あなた……術使ってないのに、これだけ避けれるって……くっ」
バタバタと翼を広げる美優だが、その攻撃も嘴も織斗には当たらない。
触れる直前でするっとかわされてしまう。
やがて織斗が美優に向き直り、その瞳に翼竜の姿が映し出された。
「デジャブっていうかさぁー」
「デジャブ? デジャヴでしょ?」
「……え、ごめん。よくわかんねーんだけど」
「発音の違いよ! で、既視感がなに?」
「キシカン? えっと、だから俺……その姿のやつには、負ける気がしない」
ぱっと、織斗が床を蹴って美優の頭上に飛んだ。
背後に振り返る美優だが、そこに織斗の姿はなかった。
ピタッと、美優の背中にトランプのカードが触れる。
「うん、やっぱ弱いわ、おまえ……俺が昔相手したやつより全然、弱い」
「なに、言って……」
「姫未から聞いたんだ。その姿になったらもう、封印するか死ぬかしか人間に戻ることは出来ないって」
「……もう一つ、方法があるわよ」
「なに?」
「私があなたを倒せば……」
「状況見てもの言えよ。封印」
美優の言葉を遮り、織斗は容赦なく印を唱える。
しゅっと、織斗の手にあるジョーカーのカードから白い光が飛び出した。
キラキラと舞う粒子、光に取り込まれる美優、翼竜の姿。
それを無表情で見つめる織斗を見て、結奈は息を呑んだ。
「お兄、ちゃん?」
その横顔がまるで別人のようで、自分の知っている従兄だとは思えなくて。
結奈は胸の前でぎゅっと、飴袋を握りしめた。
カチッと、織斗がトランプケースを閉じた。
「大丈夫か……いや、怪我してるな」
振り返った織斗の顔はやはり、結奈の知っている織斗ではなかった。
*
自主室に一人残された広は何をするわけでもなく、空を見ていた。
手元には青色で象形文字の様なものが描かれたトランプ。
織斗が持っているトランプや結奈の飴袋にあったそれと似ているが、微妙に違う同じような形の模様。
カチカチとトランプのケースを開閉していたが、ドアの前に人の気配を感じてそれをやめた。
「久しぶりだな、
「ひさしぶり」
広の声に応えたのは、薄紫の直垂を着た少年だった。
年は広より少し下、十四か五くらい。
小柄で美しい少年は、入口のドアにもたれながら笑みを浮かべる。
「ねえ、ヒロ。わざと神木を勝たせてるよね?」
「面白い冗談だな」
「冗談で言ってるつもりないんだけど?」
「……根拠は?」
「与える刺客と神木当主のレベルが違い過ぎる。まるで神木の当主を戦いに慣れさせてるみたい」
「それが事実なら大問題だな。京都に告げ口でもするか?」
「…………」
広が振り返るが、時雨は笑みを浮かべただけで返事しなかった。
ため息をついた広が、窓へと向き直る。
「相変わらず、いい加減な従者だな」
「お互い様でしょ。ヒロだって神木の封印が解けてなお、友だちごっこを続けてるんだから」
「……お互い様だな」
「てことで、告げ口もしないし助言もしない。どっちでもいいよ、オレは」
時雨が片手をあげて広に背を向ける。
次の瞬間、スーッと時雨の体が消え、そこに存在しなくなった。
広のスマホにメッセージが入ったのは、その直後。
画面には、[神木織斗]の名前。
「友だちごっこじゃない。俺らは……緋真と神木は、最初から敵だった」
*
一年の教室、美優が封印されると同時、荒れていた室内が元どおりになった。
散乱している机や椅子、文具など全て美優が翼竜に変化する前の状態に。
教室の隅でスマホをいじっていた織斗は、メッセージを送り終えると結奈の方を向いた。
「広に連絡しといた。体調悪いみたいだから、結奈連れて帰るって」
「うん、ありがと」
織斗の隣で膝を抱えて座る結奈。
顔を埋めたまま、「別人みたいだった」と呟く。
「お兄ちゃんじゃなかったみたい」
「……戦ってる時は、必死だし」
「神木家とか術師とか、意味わかんない。お兄ちゃんは当主で、じゃあ私は何なの?」
「結奈はナンバーズっていう一族の中でも力が強いやつだろうって姫未が……あ、戦うときはその袋に入れた飴を取り出して割ることでモンスターを召喚して戦える。封印する時は相手の口に飴を放り込めばいい」
「飴を口に放り込むって、かなりハードだよね……私ここに来る前、広くんに飴あげようとしたんだけど」
「それは大丈夫だ。術力を持たない一般人には結奈の封印術は通用しないらしい」
「ふーん……お兄ちゃん、飴食べる?」
結奈がおもむろに飴を取り出すが、織斗はそれを手で制した。
「だから、俺は封印されるから」
「一般人にはダメなのに、味方には通用するんだ。変なの」
結奈が再び膝を抱えて頭を埋める。
「北村美優っていうの、あの子」
顔を隠したまま、小さな声で結奈は言う。
「同じクラスの、いるかいないかわからない目立たない子。明日学校に来ても、誰もあの子がいないこと気にしないのかな」
織斗は答えなかった。
封印された人間はこの世から存在が消える。織斗が美優を封印した瞬間、彼女は消えた。
座席表は一つ抜け落ち、ロッカーは空になった。
名簿にももう載っていないだろう。
「友だちになろうって話してたのに。そういえばまだ、返事聞いてないや」
結奈は顔を上げて織斗を見る。混乱で虚ろになっているような、疲れたような瞳。
「私がやる……今度から、私の大事な人は私が封印するから」
それだけ言うと、結奈は再び膝の中に顔を伏せた。
「……あぁ」
織斗は結奈の頭を撫で、空を見上げた。
雲一つない快晴が窓の外に広がっていた。
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