第6話 One of the pieces ①
いまだ敵の全貌は掴めていない。
ただ一つわかったこと。
織斗の保護者である祖父がなぜ神木一族のことを伝えなかったか。
トランプが行方知れずで力を持たない今、織斗に術力のこと、敵一族のことを伝える必要がなかった。と祖父は話した。
術力もない姫未もいない今の状態では架空の話になるし、妙に意識して敵一族に正体がバレても困る。
また、敵の目を欺くために神木一族は織斗の父、先代当主の代で解散したらしい。
そうして平和な日々を過ごし今では、
他の神木一族がどこにいるかもわからないと言う。
*
「大きく分類するとね、当主、ナンバーズ、その他の術者、術が使えない血縁者、その四つに分かれるの」
住宅街の朝、民家の塀に腰掛けながら姫未が言った。
「当主がトップでその次に強いのがナンバーズ。当主と同年代くらいの子たちが選ばれるかな」
「選ばれるって、誰に?」
織斗はトランプを数枚、空に向かって放り投げた。
「解」の声とともに、トランプから炎や水、草木が飛び出す。
「うーん、神さまと……」
「……と?」
「ナンバーズはその世代世代で、ランダムに選ばれるの」
「おいまて、なんで今誤魔化した?」
「だいたい四人から八人かなー?」
「……姫未ってさ、人の話聞かない子だよな? 千二百歳のババァだけど」
「ちょっと、失礼じゃない? 私がババァなら、あんたは超ウルトラ爺さんだからね?」
「なんでだよ」
「とにかく、一般の術者と違うのはナンバーズは当主の血がなくても術を使うことができる」
「当主の血?」
織斗の投げたトランプから炎が飛び出し、空を飛ぶ鳥にぶつかった。
クマより大きな体をした空飛ぶ生き物が、ぐしゃりと地面に落ちる。
「ちょこちょこうざってーな、拘束して攻撃するか。解」
クラブの6を掲げると、そこから六本の蔓が飛び出し鳥のような生き物の身体を縛った。
『グッ』と、苦しそうな声が漏れる。
「一般の術者が術を使うには、当主の血を術印に染み込ませる必要があるの」
「うぇー、もし神木の一族だってやつが現れて、そいつが術使いたいってなったら俺の血をやらなきゃなんねーの?」
「そうなるね。その子もたぶん、相手一族の当主の血をもらってるはずよ」
姫未は地面に横たわっている羽の生えた生き物を見る。
カバに羽がついたような、鳥とは言い難い生き物。
「適量に留めればただの術使いで終わるんだけど……血を与えられ過ぎたか、それとも自力で力を解放しちゃったか」
「力を解放したら強くなれる分、人間には戻れなくなって俺を倒すか封印されるかしか道がなくなる……そうまでして神木を倒したいのか」
「倒したいからこうなるんでしょ。それか当主への忠誠心ね」
「忠誠心?」
織斗はケースの中からジョーカーを取り出し、鳥人間に向けて「封印」と言葉を発する。
白い光が溢れ、やがて地面に横たわる鳥人間を連れてカードの中に消えた。
「敵一族は絆が強いし、神木と違って子孫の管理も厳しい。現代でも結束して血を守ってみたいだしねー」
「……前から思ってたんだけどさ」
ジョーカーをケースに収め、姫未の座っている方に向き直る。
「姫未って、敵の正体知ってるよな?」
「え?」
「一週間、俺でも簡単に倒せるようなやつばっかり相手してきた。最初は敵一族ってやつどんだけ弱いんだって思ってたけど、違うよな?」
「まあ、向こうの当主はあんたの千倍くらい強いと思う」
「ほら、知ってんだろ、向こうの当主がどんなやつか」
「……正直に言うとね」
姫未は目をそらし、苦笑いを浮かべながら答える。
「向こうにも私みたいな存在、従者ってのがいて、友だちなのよね」
「はあ? 友だち?」
「だって千二百年も生きてるのよ? 二つの一族が争うたびに顔を合わせて、友だちにもなるわよね」
「でも敵なんだろ? つーか向こうの当主ってどんなやつ?」
「それは言えない」
即答し、姫未は指でバッテンを作った。
織斗はため息をついて肩を落とす。
「爺ちゃんもそう言ってた、言えないって」
「約束したからね」
「約束?」
「それより、織斗もそろそろ仲間集めたら?」
「おい、話変えんな」
「隣に住んでる結奈ちゃんは? 父方の叔母ってことは、織斗の次に血が濃いってことでしょ? 高校一年生なら歳も変わらないし、ナンバーズの可能性が高いんじゃない?」
「結奈は……いや、この一週間とくに変わった様子ないし」
「自分がナンバーズだって気づかない子もいるわよ。特にあんたたちは何も知らずに育ってきたでしょ?」
「いやでも……それより向こうの当主が」
「そういえば織斗、学校は?」
「学校……やべっ、電車!」
「走れば間に合う! 行ってらっしゃい!」
「帰ったら話聞くからな!」
バタバタと走り去る織斗の背中を見送り、姫未はため息をつく。
「学校にいる間は襲われないって、なんで気づかないんだろ。あれだけ近くにいるのに……気づかないかなぁ?」
*
「おはよう、親友」
チャイムが鳴ると同時に教室に入り込んだ織斗。
ホームルームが終わって織斗の元にやってきたのは、
「今日も遅刻だな」
「ち、こくではない、間に合った!」
「チャイム鳴ってたろ」
腕組みをし、呆れたようにいう広。
今週に入ってこの遅刻ギリギリ生活が続いている織斗を見かねての言葉だろう。
「寝坊、てわけじゃないよな? 織斗、寝起きいいもんな」
「まあな……」
「じゃあ、ここ最近、毎朝なにしてる?」
「なにって……」
わざとらしく目をそらす織斗。
姫未と出会い、不思議な力を手に入れた織斗は毎朝、敵一族と思われる人間に襲われていた。なぜか朝、それも平日の織斗が学校に向かっている途中。
住宅街から急に人気がなくなり、突然目の前にやつらが現れる。
正直、楽勝だった。
昨日は鎌を持った男、一昨日は腹話術をする少年。
弱くはないが戦い方を知らない、素人の織斗以上に。
『才能がないのに気持ちだけで無理やり術使いになってる』と姫未は言った。
しかしそれを、目の前の友人に話できるわけがない。
そもそも、話をすること自体禁止されている。
「電車が混んでて」
「それはいつものことだろ」
「そんでトイレに行って……」
「電車の中で? 混んでたんじゃないのか?」
「そしたら鳥が出てきて」
「鳥? 窓から?」
「いや、民家の脇から、ぼわって」
「……手品師と同じ電車に乗り合わせたのか?」
「あれすげーよな、ハンカチの中から鳩が出たり、剣を身体に刺しても切れないんだぞ! あ、広って大抵のことは出来るよな? 手品とか……」
「手品中の殺人って罪に問われるのかな? 俺、お前の腹を切ったせいで捕まるとか嫌なんだけど」
「……失敗前提で話するなよ」
シーンと会話が途切れる。
と、その時、教室の出入り口にいた生徒が織斗の名前を呼んだ。
顔を上げた織斗の目に、一年生のエンブレムをつけた女子生徒の姿が見えた。
「
織斗は立ち上がり、教室の出入り口へ駆け寄る。
「お兄ちゃん! よかった、会えて。これお弁当」
赤い風呂敷に包まれた弁当箱を差し出すのは、
胸元まで伸びるふらふわの髪の毛、膝上三センチくらいのスカート丈、着崩した制服にぱっちりとした目元、その中には色素の薄い綺麗な瞳。
女子高生という言葉が似合う、可愛らしい少女だった。
「弁当?」
「月水金はお母さんがお弁当作るって話だったでしょ?」
「あ、今日水曜か。悪い」
「朝イチで来たんだけど、お兄ちゃんいなくて」
「織斗、遅刻したから」
「あ、広くん!」
織斗の肩越しに、広が結奈に話しかけた。
パッと、結奈が広から視線を逸らす。それは嫌悪からではない、照れで恥ずかしさからの態度だった。
「遅刻じゃないって言ってんだろ」
「そういえばお兄ちゃん、月曜も遅刻してなかった?」
「だから遅刻じゃないって」
「ここ一週間、毎日だよな」
わざとらしい作り笑顔で話す広。
結奈は耳を赤くし、広の顔を見つめていた。しかし視線に気づいた広と目があうと、やはり顔を背けてしまう。
端的に言うと、結奈は広に片思いをしていた。
出会った瞬間の一目惚れ、小学生の頃からずっと。
「そういえば結奈ちゃん、明後日、英語のテストあるでしょ?」
「広くん、よく知ってるね! そうなの、範囲広くて大変で」
「勉強、教えようか?」
「…………え?」
呆けていた結奈だか、言葉の意味を理解し、赤面して両手を胸の前に掲げた。
「いや、いやいやいや、広くんにそんな! 学年いや学内成績一位、運動神経も抜群でなおかつ高身長美形の才色兼備! みんなのアイドル広くんにそんな、恐れ多い!」
「なんだそれ、広、そんな事言われてんの?」
ツッコミを入れたのは織斗だった。
広は表情を変えず、笑顔のまま話を続ける。
「織斗にはいつもテスト範囲教えてるし、結奈ちゃんは妹みたいなものだし」
「妹……私が広くんの……(それじゃ近親相姦になっちゃう。妹以上を所望します! ああ、でもそれじゃあ広くんファンクラブ、誰も手を出しちゃダメ同盟の先輩たちから目をつけられる)」
「おい結奈、心の声漏れてんぞ」
「え、なに? いやそれより広くんが……じゃあ、お言葉に甘えて」
「じゃあ放課後、一年の教室に迎え行くから」
「広くんがお迎えに……え、いや待って、それダメ!」
「どうして?」
「広くん一年の教室くると目立っちゃうから、直接自主室いくから!」
「……そっか、じゃあ、A館の自主室のとこで」
「うん、ありがとう! 私そろそろ戻らなきゃ。広くん、また後で……もしかしてお兄ちゃんも来たりする?」
急に声のトーンを変えて話す結奈。
織斗は呆れたような顔をし、首を横に振った。
「放課後は用事あるから」
「そっか! じゃあ広くん、放課後にね!」
あからさまに態度を変えて颯爽と去っていく結奈。
姿が見えなくなった後で織斗はため息をつき、隣に立っている広を見た。
「珍しいな、広が結奈に勉強教えるとか」
「中学の頃は教えてただろ」
「俺んち遊びに来るついでにな。わかってると思うけど、おまえ目立つんだからな。学校で結奈に接するときは気をつけろよ」
「わかってる」
広は目を細め、踵を返して自分の席に戻った。
「大丈夫、わかって……計算してやってるから」
呟いた小さな声は、織斗には聞こえていなかった。
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