光を映す

 雨上がりの昼下り。


「…何ていう詩やったっけ?

 国語の教科書のに載ってた『虹の中の人はその幸せに気づかない』みたいなヤツ」


 水滴が煌めく窓辺で、外を眺めていた少女が呟いた。


「吉野弘の『虹の足』」

 側で壁にもたれて座っていた少年がかき氷をつつきながら、事も無さげに応える。

 窓から身を乗り出さんばかりな彼女とは対照的に、彼はしっかり日陰に入っていた。


「おぉ…パッと出てくるんや!マッジメー!」


「まぁ、こないだやったトコやし…」


「んー…何その反応ー!冷たくない?」


「夏は苦手やねんもん…」


「気温が高いから、冷たい反応やったんやね」


「……」


「冷たー!」


「…それで?何で急に『虹の足』の話なん?」


「いや、あれさ、虹の中にいる人のことを幸せって言ってるやん?

 でも、あたしはその綺麗な虹を見てる人も幸せやと思うんやんな」


 外で響き渡っていたアブラゼミの声がピタッと止まる。


「あの詩は、幸せは気づかないものだってことを詠ってるけど、〈虹の中にいる人達〉は〈虹を見た人達〉よりも幸せなんかな?」


 雲ひとつ無い空からの陽射しは、ビームのような熱量で、部屋の中に降り注ぐ。陰から少しでも出たら、火傷しそうな程に。


 少年は、日なたにいる彼女を見もせずに、溶けたかき氷をキュっと飲み干すと、伏し目がちに口を開いた。


「…もしかして、また別れたん?」


 風鈴がちりーんと鳴った。

それを合図にしたかのように、再び蝉達がジーワジーワと鳴きだす。


 窓枠に肘をついていた少女は、窓からパッと少年の方へ向けると、ニッと笑って、そのまま窓に凭れかかった。


「よう、わかったねぇ」


「…失恋する度に哲学的なこというんやもん」


「ふふ。もう恋は辞めるわぁ…。

 恋は見てるのが一番やわぁ…」


 少年は立ち上がると、そぉっと日なたへ手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。

 そして、手のひらをじっと見つめた後、不貞腐れたように呟く。


「じゃあ、今度僕に好きな人出来たら、相談しよっかなぁ」


 ふわっと明かりがついたような笑顔になった少女は、踊るように少年に駆け寄った。


「おーおー!あたしに任せなさーい!

 ピッチリ成就させちゃるよー!」


「あー暑い暑い!

 まとわりつかんといてよー」


 日は傾き、少年も陽の光の下。

 明るい夏の日の午後。

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