何でもない私だけの石ころ

 その日は、実習室での授業だった。


 私の席の机の裏に彫られた一文。


『私だけが私じゃないの』


 うっかり筆箱をひっくり返して、机の下に潜り込んだときに、たまたま見つけた。


 シャーペンの先で何度も削って書かれたような一文。

 何だか口の中で転がしたくなる響きを感じ、授業も上の空で、そぉっと指でなぞっていた。


******************************


 帰り道。

 友達と分かれて、一人で歩いているときに、ふと思い出す。


 アレはどういう意味だったのか。


「私」以外に「私」がいるってこと?


 つまりは、ドッペルゲンガー?

 ホラーは苦手だなぁ…


 もしくは、多重人格?

 アレは病気の一種だというから、助けを求める声なのかも。


 それか、厨二病?

 それこそ、多重人格に憧れてたり…。


 そうでないなら、哲学?

「私」だけでなく、みんなが「私」の視点、つまり、主観を持っているということ?


 それなら、自分と他者についての話?

 他人との間にこそ人格が生まれる的な?



 それともそれとも……


 ………………


 ……



 ふと気がつくと、我が家の玄関前。


 考えに耽って、足元しか見えてなかった。

 あぶない、あぶない…。


 まぁ、とりあえず、今のこの私は私だけだ。


 愛犬の熱烈なお出迎えに応えながら、そう確信する。


 リビングからは、温かい甘い香り。


「ただいまぁー」


 今日のおやつは、何だろな。


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