不幸は甘く、芝生は青い

「はぁーっ!

 やっぱり夏は北海道やねーっ!」


 深夜の函館山を下りる一台の乗用車。

 中には女性が二人。


 後部座席の一人が夢見心地に呟く。

「今まで夜景って、大して綺麗と思ったことなかったけど...今日のはなんか感動したわぁ...」


「何て言ってたっけ?

『一万$の夜景』は、電気代の値段?」


「ちゃうちゃう、一万$は残業代!」


 前後で転がるように笑い声が響きあう。


「まぁ、ここのは世界三大夜景ですから!」


「ほな、残業代もさぞ、ようけ貰えるんやろね!」


 ひとしきり二人でクスクス笑った後に、関西弁の彼女は、小さい小さい声で呟いた。

「…あたしも、コッチ来ようかな...」


 運転席の彼女の瞳は動かず、車の走行音が静かに響く。


 助手席の彼女は、消え入りそうな声のまま、殻に篭るように言葉を繋げる。


「また、デートキャンセルされてん...


 アンタが言うとおり、やっぱり浮気されてる気がする...

 もしかしたら、何人かいるかも...

 そんなん、アタシは浮気とかかなんいやだし、

 早く別れたいけど、彼のことはやっぱり好きやし、」


 ふと、車が止まっていることに気づき、口をつぐんだ。


「んー...渋滞だね」


 浮気男への気持ちが、言葉に乗って、混ざってしまったように思えて、彼女は息を止める。


「上から見たときは、渋滞も綺麗な夜景だったのにね」


 振り向いた彼女は、優しい口調で顔をしかめた。


「そういえばさ、マリンスノーってあるじゃん?

 海の雪みたいなヤツ。

 スッゴい神秘的だけど、あれって死体とかなんでしょ?


 それから、超新星だっけ?

 あれは明るい星に見えるけど、あれも星が死んだってことなんだよね?」


 渋滞が動き始めた。


「カッコつけようとしたけど、上手く言えないなぁ」


 シートベルトを締め直しながら、苦笑いする。


「こっちに来る?

 私も、一度離れた方が良いと思うよ。

 好きな気持ちは置いといて。

 離れて見えてくるモノもあるしね」


「...うん」

 エンジンの力がタイヤに伝わる。


「…あと、もうちょっと愚痴、聞いて欲しい...」


「いーよ!

 じゃあ、もうちょっとドライブしよっか」


 車は光の流れに混ざって行く。

 夜はまだこれから。

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