きっと誰かの万華鏡
おくとりょう
昏い瞳
その瞳には何も映っていなくて、こちらを見ているのか、私には分からない。
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久々の長期休暇。
雲ひとつない夏の晴れ空。
家のことも一段落して、のんびりしていたが、急遽、動物園に行くことを思いたった。
このご時世だからか、客足のまばらな園内。
これ幸いと、のんびりじっくり見て廻る。
人気者の象の柵の前も、今日は人が少ない。
象達は、まさに差すような日の光を避け、水場で静かに涼んでいる。
水場は柵からやや遠く、私は持参してきたオペラグラスを覗きこむ。
大きな耳に、長く器用な鼻。
皺だらけの硬い皮膚に覆われた大きな体躯。
頭では理解していても、目の当たりにすると、やはり身近な他の動物とあまりに違う身体に不思議な感覚を覚える。
ふと日差しの熱が途絶え、自分に影がかかっていることに気づいた。
オペラグラスから顔をあげると、柵の近くに一頭の象が。
長いまつげ、茶色い円らな瞳。
こちらを見ているのだろうか。
私はその小さな瞳に吸い込まれるように、見入っていた。
まっすぐな瞳に。
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「―――、―――。」
勤務先の最寄りのひとつ前の駅名に、ハッと目が覚める。
立ったまま寝てしまっていたみたいだ。
今日も一日が始まる。
いつも通り会社に着くため、いつも通りの電車。
繰り返しの日々。
それでも、未だに通勤電車は慣れない。
狭い箱の中、みな周りを気にせず、通信端末に釘付け...。
うんざりしながら、降車したとき、
「落とされましたよ」
私の肩を叩いたのは、隣でずっと端末を触っていた少年。
私のハンカチを差し出していた。
乗車券を出すときに落としたのか...。
ゲームに夢中で周りなんて見ていないのだと思っていたのに。
「すみません」
ふと動物園の象を思い出す。
覗きこんだ瞳に、私は映っていなかった。
きっと、私の目にも象は映っていなかった。
そう思っていた。
「ありがとうございます」
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